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春の休日

 その日ルルが珍しく休みを取るらしく、朝食の給仕をしてもらっているときにそのことを告げられる。


「チルリットさま、本日わたくし夜までお暇をいただきましたのでシオン様のことよろしくお願いいたします」

「え、そうなんですか?」


 ルルが休みを取ることなど滅多にないことなのでわたしはちょっと慌てた。ルルの代わりがわたしに務まるだろうか、いや、間違いなく務まるわけがない。

 汗をかいているわたしに向かいで食事をしていたシオンがつまらなそうに言った。


「別に頼むこともない。そもそも僕も今日は忙しくないからルルが休みを取ったのだし。ルルはどこかに出かけるのか?」

「そうですね、久しぶりに実家に顔を出してこようかと思います」

「まとまった休みを取らせてやれなくてすまないな」

「とんでもございません。ここで働かせていただけていることを実家の親はとても誇りにしております。あまり長い休みをいただくと逆に心配させてしまいます」

「そうか」

「チルリットさまもご安心ください。わたくしの代わりの者がちゃんとまいりますから」

「そうなんですか」


 心底安心した。

 わたしの唯一の仕事であるお茶を入れ終わると、ルルが「それでは失礼いたします」と部屋を出ていく。


「今日はシオン様はどうなさるのですか?」

「特にない」


 香茶を口にしながらシオンは窓の外を眩しそうに見ている。

 この間までは毎日どんよりと曇った空だったのが嘘のように温かな陽気の日が多くなり、今日も空は青く一日雨の心配はなさそうだ。何となくくすんでいた景色も鮮やかな新緑に覆われて気持ちがいい季節。


「天気がいいな」

「そうですね」


 本当に久しぶりにゆったりとした時間が流れる。今日は時間にゆとりがあるせいか心なしかシオンの表情も優しい。


「こんこん。失礼しまぁす。わたくし今日一日シオン様のお世話をさせていただきますマチルダでーす」


 いきなり扉が開き、十代半ばくらいの女の子が飛び込んできた。

 ノックをして扉を開けるものだと思っていたが、マチルダは扉を開けてから口でノック音を表現している。


「…………」


 服装はルルと同じ全身黒のふんわりとした短いドレスなのだが白いフリフリエプロンと頭にもフリフリとした飾りをつけていてわたしはもちろんシオンも呆気にとられてマチルダを見ている。

 顔はとても可愛らしい。くりっとした大きな榛色の瞳と耳の下ですっぱりと切りそろえられた栗色の髪。身体も小柄なのでちょこまとうごく様は愛玩用の小動物を彷彿とさせる。


「早速お皿のほう下げさせていただきますねー。こちらとこちらもよろしいですか?」

「あ、わたしも手伝います」


 わたしが立ち上って皿に手をのばそうとすると素早くそれを制し、


「大丈夫ですー。チルリットさまは何もしていただかなくても。今日はわたくしが一日シオン様のお世話をさせていただきますのでチルリットさまももうご自分のお部屋に戻られてお寛ぎください」


 にこにこにこ。

 一点の曇りのない笑顔で言われてわたしは気圧されてしまう。


「え、はあ、そ、そうですか?」


 もうちょっとシオンとのんびりしていたかったのだが、立ってしまったのでそのまま扉へ向かう。


「シオン様、御用がありましたらお呼びくだ…」

「安心してください。わたくしがおりますからー。チルリットさまも今日は一日ゆっくりなさってくださーい」

「は、はい」


 まるで追い出されるように自分の部屋に戻る。

 今日一日ゆっくりと言われてもわたしは毎日ゆっくりしすぎるほどゆっくりしていてルルがいないのならわたしだってシオンの世話を少しくらいやってみたかったのに。 

 何となくむかむかしたので少し早いが入浴することにしたが、身体を洗ってすっきりした気分で部屋に戻る途中シオンの部屋をうかがうとまだマチルダの声が聞こえてきたのでまたむかむかしてきて全く気分転換にならなかった。


 部屋に帰って濡れた髪を乾かし時間を掛けて梳る。

 

「…………」


 シオンからの呼び出しはない。


 ルルから借りていた本が途中だったので読む。


 シオンからの呼び出しはない。


 もやもやしていたのでベッドに飛び込んで静かに暴れてみる。


 シオンからの呼び出しはない。


 何をしているのだろうか。用事がないといていたのなら部屋にいるのだろうか。ものすごく気になったわたしはいけないと思いつつシオンの部屋のある方向の壁に耳をあててみた。

 壁が厚いせいか音は聞こえないが、何となく人が喋っているような気が。まさかあのマチルダがまだ部屋にいるのだろうか。もっとよく聞こえないものかと移動してみるがどこも大して変りがない。はっと作りつけのクローゼットに気付く。クローゼットはシオンの部屋の方向に作りつけられていてもしかしたらあそこの中からなら聞こえるかも、とクローゼットを開け放ち、たくさん掛っているドレスを押しのけ奥の壁に耳をつけてみる。


「……?」


 何か、聞こえるような、聞こえないような???


 そのときいきなり部屋の扉が開き、尻を突き出していたわたしは扉に押されて顔を壁にぶつける。


「ぶぎゃ」

「何をしているのだお前は」

 

 呆れたように立っているシオンに何をしていたかなどとても言えなかった。



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