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冬果

 昨日の悪天候が嘘のような快晴。

 早朝から屋敷中が大騒ぎになっていた。


 らしい。


 というのはわたしはその騒動の最中すっかり眠りこけていてそれに全く気付かなかったから。


 馬が庭を滅茶苦茶に荒らしまわっていたので捕まえてみればそれがシオンの馬ということが判明し、ならばシオンは一体どこに?ということで屋敷中大捜索されたが見つからずにいよいよ差し迫った状態になった時いつもよりかなり遅くなってしまった朝食をわたしの部屋に運んできてくれたルルが一つのベッドで仲良く眠りについているわたしとシオンを見つけ屋敷中の使用人ががっくりと崩れ落ちたとはあとから聞いたルルの話。


 しかし話はそれだけでは終わらず起き出したシオンは昨夜の強行のせいで体調を崩していて高熱を出してしばらく安静状態となった。

 夕方には天候回復に伴いヴィングラー達もシオンが書置きを残して帰ったことにひどく立腹しながら屋敷に戻ってきたが赤い顔で床に付いているシオンを見て何も言えなくなったらしく枕元に座っているわたしにも何か言いたげに視線を向けたがやはり何も言わずに部屋を出ていく。


「行ったのか」


 ヴィングラーが出て行くと眠っているとばかり思っていたシオンがうっすらと目を開けた。


「起きておられたのですか」

「さっきからな。今は父上にあれこれ言い訳をするのが面倒くさい。何か飲み物をくれ」


 身体を起こしたシオンに冷たい飲み物を渡す。一口口に含んでそのままシオンはベッドに横になる。


「お前、ずっといたのか。もういいから自分の部屋に戻れ。うつる」

「大丈夫です。よろしければ熱が下がるまでここにいさせてください」

「…………」

 

 シオンが手を伸ばしたので、何事かとシオンに向かって屈みこむと、その掌をおでこにあてられた。


「熱いではないか」

「熱いのはシオン様ご自身の手です。ゆっくり休まれてください」


 頬を紅潮させ目を潤ませたシオンが窓の外の怖いくらい赤い夕焼けををぼんやり見つめながら、


「天気がいいな」

「はい。昨日の天気が嘘みたいです」

「昨日、……昨日か。結局僕は風邪をひくために早く帰って来たようなものだな。思慮に欠けた行動に出るとこういう目に合う見本だ」

「シオン様、でもわたしは……」


 嬉しかったですと続けようとして気恥ずかしさに口ごもる。口ごもっている間にシオンの寝息が聞こえてきたのでわたしは布団を掛け直す。


「失礼します」


 ルルがわたしの夕食を持ってきてくれた。


「お変わりありませんか」

「はい。あ……!」


 ルルが籠に持っているものを見てわたしは声を上げた。


「それ、もしかして」

「ええ、ヒリトからチルリットさまに渡してくれと言伝を頼まれたものです」


 籠いっぱいの冬果。自分からヒリトに頼んでおきながら取りに行くことをすっかり忘れていた。約束そのものの存在すら籠の冬果を見るまで忘れていたとは自分がひどい薄情者になった気分だ。ヒリトは怒っているだろうか。どの道今日はもう謝ることもできないのでまた後日謝りに行かなくてはいけない。


 どうぞと手渡された中には熟した冬果が甘い香りを放っている。


「丁度良かったです。冬果は滋養が高いので感冒のときにはとてもよいものなのです。皮をむいておきましょうか」

「あの、出来たらナイフを貸してもらえますか。シオン様が目を覚まされたらむいて差し上げたいので」

「それは構わないのですが大丈夫ですか?」

「はい」


 多分。

 ヒリトはあんなに簡単そうに冬果を剥いていたのだからわたしだってやればできるはずだ。


 ルルが去って行ったあと貸してもらったナイフで冬果を一つむいてみることにする。シオンの枕元に腰掛け皿を膝に置き冬果を手に取る。


「…………」


 おかしい。

 最初の一つでわたしは異変に気付く。あんなに簡単にヒリトはむいていたのにわたしがむくとなぜかナイフが滑る。無理やりむいてみたが切った皮に果実がたっぷりついていて出来上がった代物は食べる部分がほとんどないものになり下がっている。


 駄目だ。こんな状態のをシオンに出せるわけがない。幸いなことに籠の中にはまだ冬果が十数個残っている。数個くらい練習に費やしても大丈夫だ。


「よし」


 わたしはドレスの袖を上腕まで引き上げ真剣に皮むきに取り組むことにした。


 

 山盛りになった残骸を前にして途方に暮れていた。すでに半分以上使ってしまったが、ほんの少し上達が見られる程度だ。わたしはこれほどまでに不器用だったのかと絶望したくなる。


「イタっ」

 

 力が入りすぎて滑ったナイフがわたしの左手の親指に刺さり、鮮血が流れる。

 さあああ、と文字通り血の気が引いた。身体に傷をつけてしまった。シオンに怒られる。いや、大丈夫だ。今彼は高熱にうなされていて寝ている。明日には血も止まって分からなくなるだろう。そっとシオンに視線を向けると布団からのぞいている金茶色の瞳とばっちり目が合った。残っていた血の気が全部引く。


「シ、シオン、様?」

「今、痛いとか聞こえたが?」

「す、すみません。冬果の皮をむいていたのですが」

「さっきから見ていたがお前それをこねくり回して何をしている?果汁を手に塗りたくる美容法でも流行っているのか」


 シオンが言うのも無理はないほどわたしの両手は肘のあたりまで果汁まみれだ。顔を赤くしてうつむくわたしに、


「ひとつくれ」

「今フォークをお持ちします」

「いい。そのまま摘まんでくれ」


 どうにか一口大だけ残っていた果実をつまんでシオンの口元に運ぶとシオンはわたしの指ごと果実を口に入れる。そのままわたしの腕を掴み、手に付いていた果汁を舌を這わせて舐め取る。


「あ、の、し、シオン様、それはわたしの手です」

「知っている」

 

 すべての指をしゃぶりつくすとそれだけだは飽きたらなかったのかそのまま手を引っ張られてベッドの上に押し倒される。荒い息のシオンはもう片方の手も同じように舐め上げていく。


「き、汚いです」

「指に傷をつけるからだ」


 どういう意味なのか。傷をつけてしまった罰だということなのか。もしかしたら風邪がうつってしまったのかと勘違いするくらいに急激に身体が熱くなる。果汁の甘い匂いに酔ってしまいそうになった時、ぽふん、とシオンがわたしの胸の上に頭を落とした。


「?」

「熱があがった…」


 力なくわたしの身体の上に預ける頭がかなり熱い。


「シオン様、ちゃんと眠らないと」

「…………いい」


 呟きを最後にシオンは意識を手放したようだ。

 お、重い。

 眠ってしまったシオンの身体をどかそうとするが全く動かない。

 部屋の中はシオンのために少し暑いくらいに火を燃やしていて、その上わたしの上に発熱したシオンの身体がぴったりと密着しているので少々どころではなく暑い。

 汗びっしょりになりながらシオンの下でどうやったら抜け出せるのかもがいていると、扉がノックされた。


「失礼します。タオルを……」

「あの、ルルさん、助けてください……」


 さすがにかなり恥ずかしかった。



 

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