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幸福の定義  作者: まいかぜ
幸福の定義

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13/13

これまでとこれから


 これはこれで「ハッピーエンド」と言えなくもない。悪くない結末だと、エスターは思った。少なくとも、ゼスの隣で昔のように笑っているルカを見た時は。

 けれどそれは間違いだったのかもしれないと、早くもその翌日から考えを改めそうになっている。


「お前なぁ…」


 朝っぱらからリビングのソファーで抱き合う二人を見て、それでも気分良く祝福してやれるかといえば、答えは微妙に「否」だ。ゼスに跨るルカが下着に肌蹴けたシャツ一枚だなんて、身も蓋もない格好でなければ苦笑いしながら朝食を作ってやれただろう。多分、おそらく――きっと。

 せめてそういうことは自分たちの部屋でやってくれと、エスターは内心頭を抱えた。というか、つい昨日そう言い含めておいたばかりで――確かに聞き入れられるとも思ってはいなかったが――昨日の今日でこれでは先が思いやられて仕方がない。

 昨日までの二年間、まるで取り憑かれたかのよう死神を殺し続けていた女と同一人物であるとは――エスターでさえ――俄には信じ難いほどのびのびと振る舞うルカは、――とうに気付いていただろうに――ひたすらゼスへと注いでいた視線を上向けてようやく、エスターの登場を初めて知ったかのよう振舞った。

 濡れた唇を笑みの形に歪めながら目を細め、顔にかかる髪を掻き上げて。まるで悪怯れもせずに。


「あら、おはよう?」


 やはり、ルカの格好がどうだろうと同じことだったかもしれない。

 溜息一つ零して、エスターは仕方なく自分の視界を手の平で覆った。


「とりあえずお前は服着ろよ…」


 うんざりとしきった声音に――「わかってるわよ」――ルカはゼスの上から体をどかし、ソファーへ寝そべりながら申し訳程度シャツのボタンを引っ掛けた。

 付け根近くから剥き出しの足は、ついさっきまでルカ自身が跨っていたゼスの膝へと我が物顔で乗せられる。


「下」

「はいはい」


 結局、ルカが手首に小さく巻いていた黒衣をミニ丈のスカートとして纏うことでエスターも納得した。

 相変わらずルカにされるがまま、大人しくしているしか能のないゼスは、いつまで経っても真っ赤な顔で口元を覆っている。

 これが今日から自分たちの「日常」になるのかと、エスターの頭は痛む。それでも、二人を見限り出て行ってしまおうなどとは夢にも思わなかった。ルカもそれがさも当たり前であるかのよう振舞ってくれるからなおのこと。身を寄せ合うことに心地よさを感じているのはなにも自分だけではないのだと、――それを確かめたことこそないが――エスターは確信していた。


「あれだけ食っといてまだ足りないわけ」

「そう。結構燃費悪いのかもね、私」

「冗談は格好だけにしろよ…」


 だから今日とて、大食らいなルカのためせっせと朝食を作ってやる。


 口煩い分、面倒見もいいエスターをにこにこと愛想だけはよく見送って、リビングにゼスと二人、残されたルカはぐったりとソファーへ体を預けた。

 燃費が悪い云々の話は、なにも冗談ではない。ルカは確かに与えられる力の不足を感じていた。けれどその原因が自分の燃費の悪さなのか、ゼスの不器用さに因るものなのかは、未だ判断できないでいる。どちらも同じくらいにありえることで、だからこそルカは対処に悩んでいた。


 足を組んだ拍子に捲れ上がるスカートを、甲斐甲斐しくもゼスが直して押さえる。

 膝に残された手の平をちらと見遣り、ルカは両手を差し伸べた。


「ゼス」


 それは最早、二人の間で当たり前の主張となりつつある。ゼスは言われるまでもなくルカの体を抱き起こし、再びゼスの膝の上へと居場所を戻したルカは小さく欠伸を噛み締めた。

 ガス欠気味で体が省エネモードなのだろうと、ルカは考える。そうでなければ、ついさっき起きたばかりのこんな時間から眠たくなんてなるはずがなかった。


「ルカ?」


 どうすればいいのだろうと、徐々に重くなっていく瞼を潔く閉ざしてしまいながら――このままではいけないと、現状を憂う気持ちだけはエスターと等しい――ルカは考える。いつまでもゼスにべったりと、日がな一日だらだら過ごしているわけにはいかない。なによりルカは、「出たがり」なゼスのために状況の改善を望んでいた。そしてその術を模索してもいる。

 ただ、どうしようもなくゼスから離れられない「今」を心地よく思ってしまっていることも本当だった。だから「もう少しだけ」なんて、睡魔へ抗うこともせず自ら身を委ねてさえしまおうとしている。

 ルカが眠ろうとしていることに気付いて、ゼスは腕の中にあった体を更に引き寄せた。その方がルカは眠りやすいのだと知っているから。ゼスはルカを抱きしめたまま、ゆるゆると手慰みのよう長い黒髪を弄る。


「おやすみ、ルカ」


 それは「様式美」というやつだった。眠る前にはそう言うのだと、ルカがゼスに教えたこと。ゼスはそれをただ反芻しているだけで、なぞるような言葉にはそれでもいつしか心が篭った。どうか安らかな眠りでありますように――と。

 どうすればゼスを「今まで通り」でいさせてあげられるのだろうかと、考えながらルカは意識を手放した。

 そんなルカを抱きしめて、ゼスはやはり大人しくじっとしたままでいる。


 ただ触れ合っているだけならば、それはゼスにとっても何ら変わりない慣れ親しんだ「ルカ」だった。






(これまでとこれから/死神と死体。まいにち)

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