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どうやら面接のようです

これでようやくプロローグが終わりました。

“そこ”は、あえて名付けられるような場所ではなかった。必要に応じて造られ、その役目が終われば消去される、一時的な保管場所の一つに過ぎないからだ。


 それは数千年の時が流れようとも、訪れる者が数十億を超えようとも、管理者達は変わらずに名付けようとはしなかった。


 あるいは、名付けないのではなく、名付けようがなかったのかもしれない。


 地の底に淀む訳でもなく、天の頂きに載る訳でもなく。仰々しい名前は相応しくないが、簡素な命名では収まりきらない。天国と呼ぶには理想からほど遠いが、地獄と言い表すには条件が欠けている。


 やはり“そこ”としか名付けようのない場所だったのかもしれぬ。






 俺は死んだ。


 俺は死んだ筈だ。


 俺は間違いなく死んだ筈だ。


 オラはしん―――


 アー、うん、コホン


 例によって調子に乗りすぎそうになった。ジャ(以下自主規制)にしかるべき金額を納めないと、文章中に使用できないのだが、この辺ぐらいまでだったらアウトではない(んじゃないかぁ?)と思う。


 なにはともあれ、俺は死んだ筈だ。少なくとも、こんな風に意識に一切の混濁もなく目覚められるような、軽い損傷ではなかったのは間違いない。


 ならば、考えられるのは一つ。

 

 俺は死んだ。


 俺は死んだ筈だ。


 俺は間違いなく死んだ筈だ。


 オラはしん―――(以下自主規制)


 うむ。このネタは今一つだな。繰り返せば多少は可笑しみが生まれるかと思ったが、やはりお笑いとは難しい。


 さて。無駄口はここまでにして、現在の状況を確認しよう。


 いま居る場所の確認は後回しにして、まずは体の状態から。


 意識、OK。知覚の内、視覚、OK。聴覚、たぶんアウト。嗅覚、不明。味覚、アウト。そして触覚なんだが、これは・・・アウトだよなぁ。


 体の状態を知る為に視線を膝に落としてみれば、白い棒状の物体が肉を切り裂いて飛び出している。皮膚の下の筋繊維のピンク色と鮮やかなコントラストを描いているが、これはもしかしなくても折れた大腿骨なのだろう。


 普通は激痛にのた打ち回るのが順当なんだろうけど、どういう訳かまったく痛みを感じない。


っていうか、俺って頭蓋に穴が空いて居たと思うんだよね。身体の把握が上手いこと出来ていないからいまいちよく分からないんだが、足を見る限り、意識を喪う直前の記憶と同じ状態なのは間違いなさそうだ。


 だとしたら、こんな元気なのはあり得なくないか、と思う。


 まあ、自分が迂遠な言い方をしているのは自覚しているんだけどさ。だって、体はぼろぼろなのに意識ははっきりしているし、痛覚はないし。


 それに、わざと後回しにしていたけど、状況が状況だからなぁ。


 現実逃避を止めて、目の前の光景をしっかり認識しよう。


 今、俺は真っ逆様に墜落中なんだから。


 あるいは、逆に上昇中かもしれないが。


 物が見えているからには何処かに光源があるのだろう(そんな常識がどこまで有効かもわからないが)。その光源が何処にあるかは知れないが、少なくとも視認できる範囲にはない。


 俺の目の前に広がる景色を例えるなら、それは光届かぬ深海。前後左右に上下方向、そのどれもが遠過ぎて、果てなき闇に落ち窪んでいる。その中を、おそらくはゆっくりと落ちている(空気抵抗と比較対象物が無いと速度すら判断できない)俺は、さしずめマリンスノーといったところか。


 千年も万年も変わらず、ただただ一人きりにて永劫を堕ちて行く、なんて言えたら多少は抒情的になれるかもしれんが、ま、今の俺は足が捻じれて頭蓋にヒビが入った死体(穴が開いている、というのはあくまで推定でしかないのさ)だからな。すこぶる散文的に振舞うとしよう。


 何より、落ちている(推定)のは俺一人だけじゃない。いや? 俺“一つ”じゃないと言った方が正確かもしれん。


 首を巡らせば、闇の中に浮かぶ星々。あるいは近く、あるいは遠く。あるいは速く、あるいは遅く。微かに、しかし確かに、互いの位置を変えながら闇の中をたゆたい、絵画とも音楽ともつかぬ夢幻を、誰知るともなく描き続ける―――(抒情的ぱーとつー)


 などと、ほざいても好いんだが、やっぱりそんな綺麗な代物じゃあない。


 視界に収まる範囲だけでも、少なくない数の物体が浮かんでいる(落下中もしくは上昇中)のは間違いない。それが、おそらくはただ単に広大過ぎるが故に、闇が満たしているこの空間での希少な視覚対象物となっているのも事実だ。それこそ夜空に浮かぶ星と呼びうる程に。


 しかし、翻って考えてみれば、俺もまた同様である事は想像に難くない。


 つまり、闇に浮かぶ物体達もまた、俺と同じく死体なのだろう(つーか、死体です)。


 近場に浮かぶ一つを挙げてみれば、迷彩服を着たコーカソイドらしい死体。


 らしい、というのは、肌が白く赤毛を短髪に刈りこんだ男性なのだが、いかんせん顔面が原形を留めていない。相当に無残な事故に遭遇したのか、それとも念入りに顔を潰されながら死んだのかのどちらかなのだろうが、それと一目で分かるのは整えられた下の歯列だけで、上唇より以上はスプーンで抉った様に丸く変形している。


 ・・・うぅむ。どんな風な死に方をしたらあんな死体が出来上がるんだろうか? 先に顔面の骨と筋肉を丁寧に砕いてから、鉄球の類で勢いよく押し潰した? それとも、爆発によって吹き飛ばされた何かと、壁に挟まれて死んだ? 


 出来る事なら本人に聞いてみたいものだ。意識があることは、ほぼ剥き出しの舌がごちゃごちゃと動き回っているから見てとれる。問題はほぼ間違いなく会話が不可能な点か。ああも耳も眼球も等しく平べったくては、こっちの存在は気付かなさそうだ。


 そもそも言葉が通じるか分からないしねー。


 という訳で、視線を彼から外して周囲に戻します。他に浮かんでいる連中を見ても、確認できる範囲では全員が死体。しかも明らかに自然死以外ばかり。頭ぐちゃぁの、内臓どばぁで、原型を留めていません。


 ふん。以上の事実を考慮するに俺は死んだんだろうし、ここが何処かの想像もつく。


 これが噂に聞く、地獄とやらか。


 意外、でもなんでもないな。思い当たる点が多すぎて自然に納得できる。


 だけどさぁ、納得できないっちゃ、納得できないよねぇ。


 生前の俺は未遂どころか想像してただけよ? どこぞの宗教では想像だけでも罪となるって言ってるけど、同時に死ぬまで童貞を守れば天国に行けるなんても言ってるぞ。


 その点俺は、童貞はおろか後ろの口も上のお口もバージンよ? まったくの処女ちゃんよ? セルフでできるほど体が柔らかくはなかったしな(意味が分からなくても、他の人には聞かないでね。無垢な貴方でいて欲しい)。


(あ、そうそう。今まで言ってなかったけど、俺は誕生時から死亡時まで一貫して男性だったので、上の文章をミスリードではありません。そのまんまの意味です。もう一度言いますが、そのまんまの意味です)


 純粋無垢とは程遠い人生であったのは違いないが、さりとて罪といえるほどの罪を犯さなかったのが俺の生前だ。なのにこんな仕打ちとはあんまりじゃないか。


 せめて触覚でも残っていれば、こんな不運に陥った自分を慰めるのもできただろうに。


 おっと、誤解しないでくれ。直接どうこうするような品の無い真似は一人きりの時にする程度の羞恥心は備えている。俺が残念に思っているのは、せっかく自分の頭蓋に穴が開いているのに、それを活用できない事についてだ。


 眼球(が治まっている窩)の話はない訳じゃないが、流石に頭蓋は滅多に聞かない。脳ミソの状態がいまいち不明だが、塊ならばしっとりと湿りつつ纏わり付く肉を崩して愉しみ、崩れているならふわふわの豆腐を突き固める感触を味わう。どんな状態でもそれなりに趣深い経験となるだろう。


 などと限界ギリギリアウトな下ネタを並べつつ、いきなり話を前に戻します。


 死体の話や下ネタをする前に、俺が言った事は覚えているだろうか?


 “今、俺は真っ逆様に墜落中なんだから”


 この表現、実はかなり妙なのはお気付き戴けたかな? そのすぐ後に“上昇中かもしれない”とあるので、単なる修辞かとお思いかもしれないが、本当はそうではない。


 そもそも、俺は何度もこの空間に上下左右(ついでに前後)に確定的な位置情報が無いと(分かりづらいが)述べている。では何故に最初に墜落中と言い表したのか。その理由は、俺の頭上に存在する。


 顎を上に突き出すように頸を起こせば、彼方に真四角な石版が浮かんでいた。自ら光を放ちはしないが、闇の中を無造作に漂い、そこだけを白々と際立たせている。


 いや、石版などという大きさではない。そこに到るまでに在る死骸と比べれば、ちょっとしたホールに匹敵する程の大きさと見える。


 そんな代物が視界の中にちらほら。俺も含めた死体連中に比べれば圧倒的に少ないが、頭上以外にも幾つか浮かんでいる。


 そしてこれがポイントなんだが、徐々に俺と石版上の物体の相対距離は短くなっている。基準点を任意に設定できるっぽいこの空間では“来る”と“向かう”は等号で結ばれるが、なんとはなしに大きい物体を基準に言語表現を規定してしまうのが日本語の特徴として、俺は自分に向かってくるではなく、自分が近付いていると認識してしまったらしい。


 と、言う訳で、現在進行形で俺は墜落中。


 一体どうなるんでしょうかねぇ。相対速度が分かれば、このまま床に貼り付く赤い染みとなるか、それまま中途半端に意識を保ちながらごりごりと顔面を石に削られるか想像がつくんですけどねぇ。


 とりあえずこういった場合は、先行する事例に当たるのが順当でしょう。幸運にも俺の斜め上には迷彩服を着たニイさんがいらっしゃるので、彼がどんな末路を迎えるのか期待しながら待つとしますか。どうやって死んだかも興味津津なのに、これからどうなるかも期待させてくれるなんて、ニクイねっ、この色男!(顔面はほぼ無いがな)


 さて。今までの移動速度から計算するに(あくまで体感時間に過ぎないが)衝突するまでもう暫く掛かりそうなので、じっくりたっぷりどんな死に方をしたのか想像し・よ・う・か―――


 おおう! あの男がいきなり消えたぞ。何が起こった。


 いや、落ち着け俺。一瞬見失っただけで、男なら斜め上を相変わらず移動している。


 だが速度が全く違う。急激な加速によって消えたように見えたのか。


 何が原因だ? チッ。もっと時間をかけて状況を把握したいが、その時間も手掛かりも無ぇ。しゃあねぇ、肚ぁくくるか(テンポ速いなぁ。この辺り)。


 あの死体が加速したのと大体同じ位置に差し掛かった瞬間、頭上の石版、いや、巨大な石造りの正方形が猛烈な勢いで迫り始めた。


 俺も死体と同じように加速したのだろう。触覚、よりも体感覚が失せている所為で慣性の影響を感じ取れなかったが。 いや? こんな状況で物理法則が有効であることを望む方が間違っているかもしれんが。


 ・・・なるほど。近付いてみれば、また色々な発見があるものだ。


 離れていた時は厚みなど知りようもなかったが、この正方形、かなり厚みを持っている。


 ダメだな。この形容は正しくない。正確にはかなりの“深さ”を持っている、だろう。


 簡単に言ってしまえば、蓋の無い箱の形だ。正方形の、おそろしく分厚い一枚岩をまるごとくり抜き、そのまま部屋に仕立てたような、バカバカしい形状だ。


 しかも、デカい。


 壁に当たる部分の高さは、比較すると4、5メートルを超えるか。それが全く些細に見えるほどに、狂った縮尺で底面は形作られている。目算も働かないが、少なくとも数百メートルの単位でなければ測れまい。


そして更にイカレた事に、床の上に相当数の人間が、一分の狂いもなく整列しているのが見えてきた。


身長から計算するに、間隔は前後左右ともに1メートル程だろう。万に迫るか、あるいは超えるだけの人間が身じろぎせずに突っ立っているのは、はっきり言って薄気味が悪い(言わずもがなかもしれないが、壁の高さを割り出す為に使った比較とは、当然この人間達との比較だ)。


 首を動かしてもいないのに視点が移動しているので、どうやら単に落下しているだけではないらしい。これには意志が働いているとしか思えんから、俺が行く先は整列する連中の一角のようだ。仮に前から順番に詰めているのだとしたならば割と最後尾の、しかも迷彩服のニイさんの真横が着地点っぽい。


先行するニイさんが中空で急停止すると半回転して床に立ったんだが、俺も同じ動作をするんじゃないんだろうか。どう見たって三半規管の限界に挑戦しているんだが(三半規管が働いてるか分んないじゃん、という突っ込みはなしの方向で)。


 そして目標らしき地点のちょい上で、視界は急停止ののち半回転(うげっ、戻しそう)。


どうやら俺は着地したらしい(推定)。例によって体感はゼロだが、視線の高さからはほぼ間違いないだろう(足の感覚が無いから、接地しているかどうかまでは責任が持てん)。


 さてさて。疑問だらけだが―――『そのまま動かずに待っていて下さい』―――うん? 今、耳元で声が聞こえた様な気がしたが、気の所為かそれと―――『足元の正方形から外に出ないで下さい』―――うん。気の所為ではないわ。


 まずは足元に視線を落とせば、成程ネー。微かではあるが、光が線となって区切っている。この枠に収まるように立っていれば、整列になるわ。


 でも、動くなと言われれば動きたくなるし、出るなと言われれば出たくなる。それが人間ってもんでしょ? 俺が自分から動くの御免だけどネ。どうなるか知れたモンじゃねぇし。


 さてさてさて。どうしたものかと考える、よりも早く、指示に従わないペナルティが分かりそうです。真横のニイさん、この人思った以上に堪え性が無い。俺とさしたる差異もなく到着したのに、もう我慢の限界を迎えました。剥き出しの舌で舌打ちの動作だけ(音声なし!)をすると、大股で枠線の外に出てしまいました(考えられるパターンとしては三種類。一、堪え性が無い性格だった。二、耳が無いから指示が聴こえなかった。三、体感時間が俺とは異なっていた。どれでしょうね?)。


 あぁ、うん、成程ネー。


 何が起きたかよく分かりませんが、何かが起こったのは確かなようです。


 見たままに描写すると、右足を踏み出すニイさん。次の瞬間、それが着地するより早く右太腿が分離。僅かに空中を落下した後、本体ごと足も消失。以下、音沙汰なし。


 やっぱり何だかよく分かりません。ま、順当に考えると、死んだんでしょうね。死体なのに。死体も残さず。


 それでも分かった事が二つあります。動くなという指示には大人しく従った方が良いという事と、結局ニイさんがどんな風に死んだのか不明のままとなってしまった事です。うん、俺に未来があるなら、いつかあの死体の再現を試みてみましょう。


 それはともかく。直立不動(です。体感覚がないので、視覚情報で補正中)で暫く待っていると、ある程度の間隔を置いて、同じように(意識のある)死体が降り注いできた。落下位置は予想通り、整列を為すような場所に。


 落ちてきた連中の何人かは指示に従わずに消え去ったが、その空白が穴埋めされる事無く、遂に最後の一ヶ所が埋まった。


 さてさてさてさてさて。待て、と言われていたが、もういい加減時間が来たと―――『お待たせしました。これより説明を開始します』―――はい、来ました。これ―――『皆さんにはこれから選択をしていただきます。生を続行される方は線に従って進んでください。選ばれない方はそのままお残り下さい。説明は以上です』―――早っ! それに短っ! んでもって酷ぇ! さんざん待たせた挙句、何の説明もしないまま終了かよ!


 はぁ。不満はこれくらいにして、どうしようか考えよう・・・なんてね。


 選択肢は最初から決まっている。あのクソ短い説明には“生を続行される方”なんて文言が入っていたからな。つまり此処で立ちっ放しだったら、それこそ地獄にフォールダウン。そんなのまっぴら御免だネ。


 個人的な思考の嗜好からすると、先頭切って動きまわるのは好きじゃないんだが、今回ばかりはそうも言っていられん。タイムリミットが何時なのかは不明だし、俺と同じ様な思考を辿った連中が同じく動き出したのが見えている。


 床に視線を落とせば枠は消え去って、今度はちょうど俺の目の前から光が走っている。時間経過に正比例して増える、動き出した死体共に邪魔されないうちにさっさと駆けだす。俺の動きに釣られて何人(何体)かが更に動き出したようだが、知ったこっちゃない。


 足元の光は真っ直ぐに壁面へ。見るからに堅そうな石壁だが、ここで常識が通用するとは思えんし、俺は常識の埒外が立つ。思わずにやける顔を取り繕う事もせず、頭蓋を砕く勢いで頭から石壁に飛び込む!


 っとっとっとぉ。しこたまたたらを踏んで、勢いを殺す。盛大につんのめったが、顔面スライディングという無様な姿は晒さずに済んだ。


 で、恒例の現状把握。上見て、下見て、前後左右を見て、と、ハイ、分かりました。


 床は滑らかに光を返す漆黒。頭上は青く瞬く星々が河を成し、その雫が無数に滴って全天に流れる。今在る場所を喩えれば、宇宙に穿たれた黒い窓。

殷々と谺する輝きが、海辺に寄せる波の、時に混じり、時に打ち消して、その濃淡を綾なすに似て、明暗もまた等しく光に彩られるこの宇宙の中で、ただ些細な一片のみが、尽きせぬ星々を億万分に希釈し、その僅かな欠片までも、何処とも知れぬ淵へと沈める唯中に、宙に融ける事もなく、窓の外へと去る事もできず、無言の叫びのままに、永遠と刹那の意味を知る―――(抒情的ぱーとすりー)


 あ、寝言じゃないですよ。でも、こんな寝言紛いを口走りたくなるほど、圧倒的な光景である事も間違いないんですが。


 平たく言ってしまうと、RPGのラスボス戦なんかにありがちな宇宙ステージです。透明なのか反射しているのか、それとも単純に黒なのか製作者のみぞ知る床に、空気とか宇宙線とかどうなんだよと突っ込みたくなる背景の、アレです。


 ゲームでは見慣れてはいても、こうして実際(か、どうか。今の俺は生きてるのか、死んでるのかもわからんしな)に接してみると、想像以上に美しい。


 360度全てが星、星、星。それも均等に散らばっているのではなく、天の川や星雲といった疎密と輝きの強弱が描くコントラストがゆっくりと動き、プラネタリウムとは比較にならない開放感が全身を包み込む(例によって体感覚はないけどね)。こうして口で説明した所で、その物足りなさに不甲斐なく思う様な、でも自分の言葉なんかではとても説明しきれないのが納得の様な、曰く言い難い光景だ。


 だが、こんな荘厳な背景はやはりラスボス戦にこそ似つかわしい、という事で。


 ハイ、目の前に居ますね。ラスボスっぽいのが。


 シルエットは頭がでかくて足元が細くなっている巨岩っぽいんですが、よくよく見てみればそんな生易しい代物じゃないってのが、すぐに分かります。


 まず正面には人間の顔っぽいものが付いています。あくまで顔っぽいものですよ? サイズは俺の身長よりも大きいし、ご面相だって顔の皮膚を剥いだ後何日か野外で虫に食わせていましたみたいな、骨と、筋肉らしきものに部分的に覆われたきっついミイラ風の老人顔。


 しかも干からびた人間が主たる構成要素。詳しく説明すると、明らかに人間の死体らしき物体が幾つも幾つも重なり合って顔を形作っているんですよ。


 つーか、全身(全体)がそんな感じなんだよね。光源が小さいから細かい部分までは見えないけど、シルエットの縁も、人間の頭とか手らしき影がちらほらと飛び出してるし。微かに光が当たっている箇所では、腕が飛び出ている腹部とか、舌の代わりに踵が口を出ている顔面とか有るし。


 化け物とか怪物とかよりも、悪魔とか邪神といった雰囲気の薄気味悪い「悪かったな。薄気味悪くて」、いや、別に非難している訳じゃないですよ? 単なる感想であって。


 ・・・ああ、なるほど。そ「うむ。そう言う事じゃ」 ・・・他人の台詞にかぶせないで欲しいなぁと「留意しよう」 分かります。留意するだけでなんですね。


 そう言えば。まだ確認していなかったんですが、私って死んだんですか?


「そうとも言えるし、そうではないとも言える」


 好奇心のそそられる言葉ですねぇ。詳しく教えてください。それと、手を伸ばしてくる訳も。


「一つの形の終わりが全ての終わりを必ずしも意味しない。死と眠りに違いはなく、天と地は交わらない。分かるか?」


 つまり変態だと。私のケツの穴がそんなにも魅力的なんですか? いきなり拳とかはちょっと激しすぎると思います。


「因みにこっちはワシの趣味じゃよ。元々は目を病んでおったのでな。手で触れる方が馴染んでおる」


 乗っかってはくれませんねぇ。ま、これが貴方の流儀であるというのなら、大人しく従いますが。触覚が無いので、全身を撫で回されても何も感じませんし。んで? 話の流れからすると、今の私は蛹に似た状態。そこから、どう話が転がると?


「一つは素直に死ぬ。得る物は無いが、失う物も少なくて済む。もう一つは仕事をする。上手く行けば、次の生を有利に始める事も叶うじゃろう。下手を打てば、ちょっとした奴隷生活を数千万年ほどやってもらう事になるが、お主なら問題なかろう」


 仕事ってのは、殺し合いですか? あんまり向いていない気がするんですけど。


「殺し合いを希望するならそちらにしようか? ワシの見るところ、お主は事務仕事の方が向いていそうじゃからな、まずは其処から始めさせようと考えていたんじゃが」


 事務仕事という事は、書類整理とか倉庫の片付けとかですか。そういった地味な仕事は好きですけど、経験した事がないので期待されても「いや、拷問と虐殺」ああ、凄く好きです、その仕事。


 さてさて、さてさて、さてさてさてさて。これは中々に「なるほど。フィボナッチか」 ・・分かってました。留意するだけ、ですもんね。


 ウン。それでは気を取り直して・・・これは中々に興味深いお話です。正直に言ってこのまま死んでしまうには、悔いの残る人生だったと言わざるを得ません。ですが、少々疑問に思う事が無きにしも「それにしてもお主。珍しい在り様をしておるのう」 ・・・・ええ、そうでしょうね。ミイラ化した腕に全身を掴まれている死体というのもとても珍しいでしょう。


 それで? 何がめずら「その本質自体は珍しくはない。じゃが、矛盾に気づき、それを調和さすとは何とも珍しい。本来なら真逆の道を歩んでも不思議はない。のう? なんでお主はここに居る? 過去か、未来か、心か、肉か? どれが主を定めた?」


 ・・・・んふ。んふふふ。んふふふふふ。却説、何の話かな、爺さん。俺の在り方など、一体何の話をしているか、俺には到底知りようが無い問いよ。ましてや、俺を定めた物など、その有無すらも知らぬわ。唯、俺は俺で在って、俺は俺で在ろうとした結果、此処に立って居るのよ。強いて挙ぐのなら、矛盾こそが俺の源よ。


「・・・・よかろう。今の主に意味無き問いである事は違いない。いずれ、主が羽化した時にでも尋ねるとしようか。それに、そうじゃな。易々と得られた答えなど、その価値を減じてしまう。そうは思わぬか?」


 なぁる。俺の問い掛けに応える気はない、そう解釈して宜しいか?


「逆に問うがの。なにゆえワシが、虫螻蛄の言葉に答えねばならん?」


 っくっくっく。違い無い。では、そろそろ逝くとしようか。して? 方法は如何?


「これを使うがよかろう。使い方は知って居るはずじゃ」


 ほう。拳銃か。たしかに使い方は多少知っている。ま、手にした事はないから、この重み、この冷たさが真実のものかどうかは知らんがな。


「じゃろうな。あくまで主にとって分かり易い方法を提示しているに過ぎん」


 その言葉と共に、全身を掴んでいた手が離れて行く。後に残されたのは、さきほどいきなり生じた拳銃の重みと感触だけ。


 ・・・・んふぅ。ちょっとらしくなかったですねぇ。楽しく、お気楽に、が座右の銘であると私としては、少々真剣になり過ぎてしまったようです。お蔭で目の前の方の名前や、日本語を話している理由、仕事先について等の気になる点を尋ね損ねてしまいました。


 ま、しゃあないか。知りたい事全てが、その場で全て知れるほど、現実は親切には出来ていない。ここは大人しく拳銃を口に加えてっと。


「逝くか」


 ええ、逝きます。よし、この角度なら確実に頭蓋をぶち抜いて、脳ミソ、脳漿他もろもろを撒き散らせる筈だ。では、両手の人差し指を引き金に添えて、親指でグリップを固定して、


 それでは失礼します。またお会いできる日が楽しみです。


「うむ。では、な。また逢えるかどうか、愉しみにしておるよ」


 軽く目礼して、人差し指に力を込める。


 そして、引き金を引いたところで、俺の記憶は途絶えてしまったのだった。

次回からようやく本番に入れそうです。

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