表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

短 編 : 決意

 私は、今まで自分が特別だなんて思っていなかった。


 パパもママも、私が小さい頃、飛行機の墜落事故で死んでしまった。

 だから、私には、パパに肩車された記憶も、ママに抱き締められた記憶もない。


 でも、それを寂しいと思ったことは無かった。


 だって、私には大好きな「妹」がいた。

 大好きな、「おじいさま」がいた。

 お母さんのような、優しい世話係の「前田さん」がいた。


 そして、大好きな、「柏木先生」がいた――


 研究所で暮らす私と妹にとっては前田さんが、「お母さん」


 料理も、お裁縫も、ついでに行儀見習いも、ホントは「ママ」に教わるはずだった事を、たくさんたくさん教えてくれた。

 最初に教わった料理は、バレンタインで柏木先生にプレゼントした「ハートのチョコレート」!

 あれは、柏木先生がこの研究所に来た最初のバレンタインデー。


 私も妹も、まだ5歳。

 はっきり言って、おままごとの延長だった。

 全身チョコレートまみれになってやっと出来上がったときには、もう先生は仕事を終えて自分の部屋に戻ってしまっていた。


「先生、今日はお仕事早く終わったの?いつも、”藍たちがおやすみするまで、お仕事だ” って言ってるのに……」


そう言う私たちに、前田さんは、ちょっと哀しい顔をして、

「藍ちゃん達。このチョコレート、柏木先生に、お部屋まで持って行ってあげなさい」と言った。


「えっ?いいのー? いつもは”お部屋には、行っちゃダメ”って……」


「今日は、良いのよ。せっか頑張って作ったんですもの。行ってらっしゃい」

「お部屋に入るときは、ノックをするのよ」


「は〜〜い!」


 そして、前田さんに言われた通り、私と妹は、「ノックをして」先生の部屋に入った。

 ただ、ノックをしただけで、返事を待たなかったけれど。


 だって、まだ5歳だったんだもの。


 がちゃり。


 開けたドアの向こうには、大きな本棚の前で何かビンのようなモノを握りしめて、先生が、泣いていた――


 いつも優しい先生が、泣いていた――


「ゴミが入っただけだよ」

 そう先生は言ったけど、あれはうそ。


先生は、泣いていた。


後で前田さんにそのことを伝えると、

「柏木先生の、先生が亡くなったの。ええとね。死んでしまったのよ」 そう教えてくれた。


「死んでしまった?」

 幼い私たちには、まだ「死」というモノがなんなのか、良く分からなかった。


「大好きな人が、もう会えない遠い所に行ってしまって、先生は悲しかったのよ。人はね、そう言うとき、悲しくて泣いてしまうものなのよ」


 私と妹は、前田さんの話に、わんわん泣いてしまった。


「大好きな人に、もう会えない」


 その言葉が、幼心にとてもショックだったから。



 今にして思えば、あれがきっかけだったのかも知れない。

 私は、先生のあの涙を見て、先生を好きになったんだと思う。


 5歳の初恋。


 その気持ちは、18歳になった今も変わらない。

 先生は、私にとっては、一番大切な人。


 例え、自分が不治の病で二十歳まで生きられなくても。

 妹が、実は私の臓器移植用にられたクローンでも。


 私が「生きたい」と言えば、多分先生は迷うことなく、妹からの臓器移植をするだろう――

 そして、そのことに一生苦しむ。


 それが分かっているから。


 コールド・スリープなんかしたくない。

 このまま死んでも、最後まで先生と一緒にいたい。

 

 そう言えば、きっと先生は苦しむ。


 きっと。


 だから私は、笑うんだ。


「まるで、眠り姫みたいね。ロマンチックで素敵ね」


 それは、私の精一杯の強がり。


 私を「好き」と言ってくれた、先生の為に。

 

 大人だけど、不器用な先生の為に。


 大好きな、先生の為に。



 私は、強くなる。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ