短 編 : 告白
「……今、何と言った?」
私は、今耳にした言葉の意味が、分かりかねて、思わず聞き返した。
いや、意味は、分かると思う。
何を考えて言っているのかが、理解できなかったのだ……。
「先生の子供が産みたいから、ご協力、宜しくお願いします!」
藍が、妙に明るい表情で、余りにあっけらかんと言うので、
「ああ、そうか、わかったよ」と、思わず答えそうになって、思いとどまる。
「何を、又、突拍子もないことを……」
私は、頭を抱えてしまった――
日掛 藍、十八才。彼女は、「生粋のお嬢様」だ。
何せ、私が所長をしているこの「日掛生物研究所」を所有している 天下の「日掛コグループ会長の孫娘」にして、「唯一の後継者」なのだから。
勝ち気で、気位が高くて、我が儘で、……そして優しい娘だ。
それは、私が一番良く知っている。
五才の時から十三年間、この研究所で私が育てて来たような物なのだから。
「別に、問題はないでしょう?
お祖父様だって、ひ孫が出来るんだから、大喜びよ。
先生、私の事好きでしょ?
私は、元々先生が好きなんだから、何の問題もないわ
何か、おかしい?」
おかしい? と真顔で聞かれても……。
「…おかしくは、ないが……」
それが問題なんだ。
彼女の言う通り、私はこの二十以上も年下の娘に、どうも「男として、惚れている」 らしい……。
”らしい” というのは、自分でもこの感情が、父親が娘に対するような、肉親の情なのか、恋人に対する恋愛感情なのか、今一つはっきりしないからだ。
いい年をして、情けないとは思うが、人には得手不得手と言う物があるのだ。
大好き、大好きと言われ続けているうちに、その気になった物なのか……。
自分でも分からない。
ただ、愛しいと思う。
この娘の為なら、何を犠牲にしても惜しくはないと、そう思う。
それが、どんな非人道的な事でも、自分は迷わずするだろう――
「もちろん、私がお腹を痛めて産んであげられる訳じゃないけど……。
先生は、迷惑?
私との子供なんかじゃ、嫌?」
迷いのない真っ直ぐな瞳が、少しだけ陰る。
「いや、そんな事はないよ」
そうだな、それも悪くはないかもしれない。
彼女は近々、長い眠りに付く。
彼女には今の医療技術では治療不可能な、先天性の内臓疾患があり、このまま何もせずにいれば、あと数年の命なのだ。
「コールド・スリープ」――
いわゆる、人工冬眠のような物だ。
未来の医療技術の進歩に望みを繋いでの、今できうる唯一の選択肢。
「まるで眠り姫みたいね」
コールドスリープに入らざるおえない自分の運命など物ともせず、彼女はそう言って笑った。
その笑顔を、守りたい――
「分かったよ。そうしよう。協力するよ」
彼女が、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう!先生!大好きよ!」
そう言うと背伸びをして、私の首にぶら下がるように、抱き付く。
そして右頬にキスをした。
終業後、所長室での一コマである。
今の自分は、さぞ締まりのないニヤケた顔をしているだろう。
部下には、死んでも見せられないぞ……。
私は心の中で呟いた。
おしまい