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所長 3 「禁断の研究」

 客室を与えられて、そこに泊まることになった浩介は、ソファーに座り込んだまま身じろぎもせずに、ただひたすら衣笠の言葉を反芻していた。


 ――つまり、こう言う事か。


 ――私は、ここ日掛生物研究所に、病床の衣笠所長の後任として呼ばれた。

 その仕事の内容は、表向きは日掛グループ・バイオ部門の研究施設、「日掛生物研究所」の所長。


 だが、実際は、日掛 藍」の、

 彼女は先天性の内臓疾患を持っていて、何もしなければ、恐らく二十才までは生きられない……。

 彼女のクローン体 「大沼 藍」を使っての、臓器移植プロジェクトの総責任者。


「今はまだ、あの子達は幼すぎて、臓器移植の時期としては、早過ぎる。源一郎には、彼は私の幼なじみでもあるんだが……そう言ってある。実際、そう言う側面もあるんだが、本当は、私がやりたく無いんだよ……」


 本当ならクローン体は、あくまで臓器保存用の器として、実験施設の中で管理していればいい。

 名前など付ける必要も、人間として教育する必要もない。

 だが、産まれて来た命を目前にした時、自分にはどうしてもそれが出来なかったのだと、そう言って衣笠は力無く笑った。 


「どうして、私だったのですか? 移植手術の為と言うなら、いくらでも優秀な医者がいたでしょうに……」


 柏木は、素直に浮かんだ疑問をぶつけてみた。


――金の為なら、倫理感も良心も売り渡す様な人間はいくらでもいるだろう……。自分は、そう言う人間だと思われたのだろうか? 


「柏木君、君は私が知っている中では、最高の外科医だよ……。しかし、私の目的はむしろ、君の研究の方にあるんだよ」


「研究って、”動植物における生体冷凍保存”ですか……? それと、臓器移植と何の関係が……」

 浩介は、一つの可能性を思いついて、まさかと思いつつも口に出した。


「まさか教授は彼女を、コールドスリープさせるおつもりですか?」


 少しの沈黙の後、衣笠が静かに口を開く。


「一つの、選択肢だと思っているよ」


 浩介にはそれが「唯一の選択肢」だと、そう言っているように聞こえた。





 驚いた顔をしていたな……。

 衣笠は、先刻の柏木の表情を思い出していた。


 「…当然の反応だな……」

 力なく呟く。


 柏木浩介は、自分の教え子だった学生の時分から、ある意味目立った存在だった。

 多くの学生の中で何故こうも、自分の関心を引くのか……。

 もちろん、その成績は群を抜いて優秀だった。

 しかし何より――、


「あの不器用さ……私によく似ている」

 クスリと笑いがもれる。


 頭は抜群に良いのに、その処世術の不器用さと言ったら、天然記念物並なのだ。

 クールだの、無表情だの、何を考えているのか分からないだの、他の学生や教職員から聞こえて来る彼の評価は、余りかんばしい物ではなかった。


「勉強熱心な、単に不器用な、自分の若い頃によく似た青年」


 もし、息子がいれば、こんな感じだろうか?

 できれば、こんな事には巻き込みたくはなかった。

 これは、もう倫理がどうのと言う問題ではなく、立派な犯罪行為なのだから。


 しかし、自分にはもう残された時間がなかった。

 それを自覚した時浮かんだのは唯一、柏木浩介のあの生真面目な顔だけだったのである。



 六年前、幼なじみの日掛 源一郎から連絡があったのは、長年連れ添った妻を病気で亡くし、まるで抜け殻のようになっている時だった。


「孫を助けて欲しい――」


 源一郎の願いに、医者でありながら、妻の病には無力だった自分にも救える命がある……。

 いや、むしろ何かに没頭していたいだけだったのかもしれない。

 一も二も無く、彼の申し入れを受け、勤めていた大学を辞め、この研究所にやって来た。


 日掛グループの、無限とも言える資金力を得た上の研究の成果は、目覚ましい物があった。

 そして、クローン実験の成功。


 「…正気の沙汰ではないな……」 


 ”マッド・サイエンティスト” 


 まさに自分は、「悪魔に魂を売った狂った科学者」に他ならない――。

 苦い自覚が、病み衰えた痩せたその身体を支配していた。




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