フルストーリー
1・・・自己中心的な物語の主人公
2・・・大成功と大失敗の物語の主人公
3・・・現実世界と空想世界にいる物語の主人公
4・・・契約を解除した物語の主人公
5・・・死神の小話
『アリエス・シアター』1
・自己中心的な物語の主人公
その少年は考えていた。これからの人生について。自分はヒーローにはなれないのだろうか。自分は成功者になれないのだろうか。自分は自分という物語の主人公には成れないのだろうか、と。
齢十四歳にして、自分の未来を考えるというよりは、一種思春期に起こる精神的な病気である。後々に恥ずかしくなって後悔するタイプのやつだ。
しかしその少年は至って真剣だった。自分は陰の者。陽の者とは相容れない、所謂オタクだった。根暗だった。
その少年は休み時間に寝る振りをしていた。自分とは関わるな、というメッセージでもあった。それが周囲に届いていたかは本人には分からないが、結果的に周囲からは「何だアレ?」「気持ち悪い」と忌み嫌われ、孤立していった。しかし部活では普通に友人は居た。漫画研究会である。もう本当に後悔しかしない道を辿っているのだが、本人は分かっていなかった。
部活中、友人が話し掛けてきた。
「有江殿。今日は何を描いてるのですかな?」
「あぁ、羊田君。何。封印されし右目を包帯で隠して力を制御している主人公だよ」
「おぉ!まさに中二病全開ですな!」
「五月蠅い。それに中二病の意味、間違えてるぞ」
「どういう漫画にするつもりなのですかな?」
「タイトルはもう決まってる。『ダークネス・トゥルー・アイズ』だよ」
「どういうストーリーにするのですかな?」
「さっきも言った通り、封印されし右目を開放して世界を救う闇に落とされた堕天使の物語だよ」
「ほほう!まさに陰の者ですな!」
「やかましい」
正直、有江は世の中を見下している。そこら辺にいる人間は特に深い事を考えずに生きているのだと。自分だけが深い事を考えていると思っていた。まぁ誰にでもよくある経験だろう。
そんな時、夏休みに有江は家族と共に父方の実家に帰省した。そこで蔵の掃除を頼まれ、手伝った。その時「牡羊座の悪魔」という書物を発見した。「何だろう?」と思い中を読んでみると、昔の文字でやや読み辛い部分はあったが、どうやら世界を自分の望み通りの姿に変えられる事が出来るらしい。
「こんな素晴らしい物があるなんて!」
と有江はその書物をこっそり持ち帰り、実家で試す事にした。
まず部屋を暗くし、床に一メートル四方の魔法陣を書く。その魔法陣は牡羊座の星座に則った形にし、周りに古代ギリシャ文字を書く。そして自分の血を一リットル抜き取り、それを小瓶に分けて牡羊座の星座の星の位置に置き、最後に古代ギリシャ語で呪文を唱える。この時、裏サイトで注射器を購入し、血は数週間に分けて抜き取った。すると突如、目の前が光に包まれ、魔法陣から山羊の頭を持つ、体が人間の化け物が現れた。
「私と契約したいのは君かい?」
「は、はいっ!」
「私と契約した時に起こる事象は知っていて私を呼んだのかい?」
「はい。世界を自分の思うがままの姿に変えられる事が出来るって書いてありました!」
「代償は分かっているかい?」
「代償?そんなのがあるんですか?」
「そんな事も知らずに私を呼んだのかい?」
「だって書いてなかったから……」
「そうかい。じゃあ君には特別に教えてあげよう。私と契約をしたら、世界は君だけのストーリーになる。つまり、普通の生活を送る事が出来なくなるという事だ」
「……?まぁ、そうですね」
「意味が理解出来ていないようだが、一応説明はしたからね?それでも良いんだね?」
「はい」
「じゃあ頭をこちらに……」
有江は頭を牡羊座の悪魔に向けた。牡羊座の悪魔は有江の頭に手を置いた。すると目の前がチカチカし出したかと思うと激しい頭痛に襲われた。有江は蹲り、その場に倒れた。
「じゃあ契約完了だね。後は好きにこの世界を楽しみ給え」
そう言い残して牡羊座の悪魔は消滅した。
気を失った有江は目を覚ました。そこは儀式をする前の自分の部屋で「夢だったのか……?」と思いつつ外を見た。いつもと変わらない日常を送っている人々。そこで有江はとりあえず食事をしようと一階に降りた。そこにはすでに朝食を用意していた母親がいた。
「おはよう一。ご飯出来てるよ」
「あぁ、母さん。おはよう。じゃあ食べようかな」
朝食の支度を終え、一は食事をした。
「何だ。特に変わった世界でも何でもないじゃないか」
そう思っていると、ふとテレビを見た。そこには殺人犯が逃亡しているというニュースが流れていた。一は「こんな人間、死ねば良いんだ」と思った。暫くして、その殺人犯が急に心臓発作で倒れていた所を報道陣が発見したというニュースが流れた。それを見て一は「まさか……!?」と思った。次に「自分は空を飛べる」と願うと、宙に浮いた。そのまま自由気ままに空を飛び、今まで自分の事を馬鹿にした奴らを殺しに行った。彼らが続々と死に、世間は大騒ぎになった。しかし一はそのニュースすらも「最初から無かった」ものとして扱い、世界を変えていった。最初こそ「自分は殺人犯か?」とも思ったが「いや、自分は世界を変えられる力を得たんだ。これは素晴らしい能力だ!」と前向きに捉えるようになった。
ここから一の人生が狂い始めるのだった。
『アリエス・シアター』2
・大成功と大失敗の物語の主人公
有江一は牡羊座の悪魔と契約した。世界を変える魔法のような、特別な力を得た。
夏休みが終わり、学校に通い始めた。相変わらずつまらない授業。そこで窓から外を眺め「テロリストがやって来て、俺がボコボコにする、みたいな展開無いかな?」と思うと、本当にテロリスト達がやって来て学校をジャックした。そして一はテロリスト達に向かって行き、異常な身体能力でテロリスト達を倒していった。その瞬間、先生から同級生まで全員から「凄い!」「格好良い!」「素敵!」「ありがとう!」と称賛の声を貰った。それに気分を良くした一は、自分に都合の良いオリジナル漫画設定の「ダークネス・トゥルー・アイズ」なるものを自分に身に着けた。自分の命と引き換えに世界を救う物語だ。しかし本当に死ぬ訳ではなく、それっぽい雰囲気を見せるだけなのだが。
翌日から世界を大きく変えた。世界は魔法と科学の融合体「ジャスティス・ワールド」なるものに変え、世界を自分の都合の良い世界に塗り替えた。
そこでは自分が王として君臨し、都合の良い敵を作り出し、バッタバッタと薙ぎ倒して「俺、強ぇ!」と歓喜に満ち溢れていた。
一方で、寝る時の夢はつまらなかった。世界を変える前のいつもの日常を過ごし、勉強、勉強の毎日。周りからは気味悪がられ、嫌われて過ごしていた。しかし目を覚ませばあの魔法と科学の世界。無敵の自分が過ごすには十分過ぎる環境で、いっそ目を覚まさなければ良いのでは?と思い、そのまま眠る事の無い体を手に入れた。そこでは常に日が昇り、たまに夜になる。疲れを知らず、どんどんストーリーが進んでいく。更に絶世の美女達と結婚し、ハーレムを築いていた。子供は面倒なので産ませずにいた。
一方で、たまに疲れたり暇になって眠ると、その夢では自分は病院にいた。たまに気を取り戻したりして、どうやら原因不明の眠り病に罹っているという設定らしい。つまらんし痛いし苦しいしですぐに眠り、また元の世界に戻った。
そんな生活を送っていた。
ふと「何かがおかしい」と感じるようになった。あまりにも自分に都合が良過ぎる。いや、そういう契約を結んだのだが。しかし夢が異様にリアルだった。痛覚、視覚、嗅覚、味覚、聴覚がまるで現実のように感じられていた。もしや自分が現実だと思っていた世界は夢で、夢だと思っていた世界は現実だったのではないかと。
起きている間に悪魔を再び召喚しようとした。しかし現れなかった。もしかして、ここは現実では無いから呼び出せられないのかと思い、一度眠る事にした。
そこでは管が体中に繋がれ、酷い痛覚に悶え苦しみ、やがて医師がやって来た。その後、一年間の入院をして退院した。その間、眠る事であのジャスティス・ワールドで過ごした。
「やはりおかしい」
一は思った。夢の世界では約十四~十五時間起きていると定期的に眠くなるが、ジャスティス・ワールドではそれが無い。しかも、夢の中で眠るとジャスティス・ワールドに繋がるのだった。「もしかして自分は夢だと思っていたのが現実で、現実だと思っていたのが夢だったのでは?」と思うようになり、夢の中で再び悪魔を召喚した。
「私と契約したいのは……って、何だ。君かい」
「教えて下さい。どっちの世界が本物なんですか?」
「ほう。やっと気付いたかい?そうだね……どっちも本物だよ。君にとってはね」
「どういう事です?」
「本当の世界は今、私が呼び出されているこの世界。だが、君の夢の中の世界も本物。君の夢でも命は同等に生まれているんだよ」
「意味が分からない……元に戻して下さい」
「良いけど……そうしたら君は永遠に眠る事になるけど、それでも良いのかい?」
「永遠に眠る……?死ぬって事ですか?」
「結果的にはそうなる。だけど、死ぬまで君は眠り続ける事になる。それでも良いのかい?」
「……それって、あのジャスティス・ワールドで一生を過ごすという事ですか?」
「ジャスティ……何だって?」
「ジャスティス・ワールドです。俺の夢の世界です」
「あぁ、その事か。どうだろうね?運が良ければそうなるんじゃない?」
「運が悪いとどうなるんですか?」
「さぁ?悪夢を延々見る事になるかもしれないし。ある程度能力を引き継いで一生を過ごす事になるかもしれない。それは私にも分からん」
「……もう少し時間を下さい」
「別に良いよ。私にとってはどちらに転んでも見守るだけだからね」
そう言って牡羊座の悪魔は消滅した。
一は悩みに悩み抜いた。結果、夢の世界とは断ち切ろうと決断した。
そこでいつものように眠り、ジャスティス・ワールドを消そうとした。するとそこへ第一王女が現れた。
「一様……?」
「何だ?」
「貴方は何をしようとしていらっしゃるの……?」
「この世界を消す」
「何故?」
「この世界は、俺の世界じゃないからだ」
「いいえ。違いますわ。ここは貴方が作ったもう一つの本物の世界ですわ」
「違うね。俺はここに居たら駄目になる。ここで終わらせる」
「そうはさせませんわ」
第一王女は配下の者達を呼んで一を拘束した。
「な、何をする!?」
「この世界を潰すという事は、この世界の住人全員が死ぬ事になるんです。ここまで作り上げてきたこの世界は、そう簡単には潰させませんわ」
「止めろ!お前達、消えろ!」
そう一は願ったが、配下達も第一王女も消えなかった。
「な、何でだ……!?何故消えない!?」
「私達はもう一つの個体なんです。そう簡単に潰せる程、軟じゃありませんわ」
「……馬鹿なっ!」
「さぁ、皆さん?一様を薬漬けにして下さいな」
配下の者たちは「は」と答え、一を牢屋に入れ、薬で眠らせた。
「向こうでゆっくり反省して下さいね?終わった現実と向き合いながら、やはりこちらが良いと感じるまで……私達はずっと待ってますから……」
そうして一は現実世界に戻った。
『アリエス・シアター』3
・現実世界と空想世界にいる物語の主人公
一は現実世界に戻った。正直、受験の事もあるし、もう将来の事を考えると空想世界にいるのは得策ではないと思った。現実世界で眠りに着くと、またジャスティス・ワールドに移った。
そこで一は体を雁字搦めに括り付けられ、奉り上げられていた。そこに第一王女が現れた。
「お目覚めですか?」
「……これは一体どういう事だ……!?」
「貴方様がまた馬鹿な事をお考えにならないように準備していましたの。どうですか?現実はこっちだとお思いになりましたか?」
「……こんなディストピア、現実である筈がない!」
「そうですか……残念です。こんな手は使いたくは無かったのですが……」
第一王女は聖剣エクスカリバーを手に取り、一を貫いた。
「がっ……!?」
グリグリとエクスカリバーを捻る第一王女。
「どうです?死にたくても死ねないでしょう?」
その後、足から腕に掛けて関節毎に軌って行き、一はやがて胴体と首だけになった。
「もう……!もう止めてくれ……!」
「最期は私達の為に生きて下さいね?」
第一王女はエクスカリバーを振り翳した。その瞬間、一は目を覚ました。
「うわぁっ!?」
寝汗が凄く、一はもう二度と眠らないと心に誓い、エナジードリンクや珈琲を飲んでなるだけ眠らないように努めた。しかし眠気には勝てずに寝てしまう日々。その度に体を切り刻まれ、一は疲弊し切っていた。
そして一は決意した。
「もうあの空想世界とは縁を切る」
『アリエス・シアター』4
4.契約を解除した物語の主人公
現実世界でもう一度牡羊座の悪魔を召喚した一。三度目の召喚で一は体力は大幅に減ってしまっていた。
「私と……何だ。また君か」
「悪魔契約を解除して下さい!」
「良いけど……そうしたら後遺症が残るよ?」
「どんな後遺症が……?」
「死ぬまで眠れなくなる」
「……?それの何が後遺症なんですか?寧ろ人生を何倍にもしてくれる幸せな魔法じゃないですか」
「なってみれば分かる。で?どうする?契約解除するかい?」
「はい!お願いします!」
「そこまで言うなら、まぁ良いけどさ……じゃあ頭を」
頭を差し出した一はまた目の前がチカチカし出した。そして牡羊座の悪魔が手を離した瞬間、目の前が真っ暗になった。
「これで君は一生眠れなくなった。その代償に、目が見えなくなった。これからは現実と空想が分からない人生を歩むと良い」
そして牡羊座の悪魔は消滅した。
それから一は盲目の人生を歩んだ。眠れないという代償は非常に大きかった、「眠れない」とは「眠る必要の無い」ではなく「眠る事が出来ない=常に睡魔が付き纏う」という意味だった。更に眠る事が出来ない為、全身麻酔が効かない。
ある時、病気に罹り、大きな手術をしなければならなくなった。しかし眠る事が出来ない為、ただ体が動けない状況で痛みだけが走るという拷問を受けていたような状況になっていた。しかもその手術は一階では終わらず、時間を掛けて何度もしなければならないという苦痛を味わう事となった。一は眠る事が出来ずにそのストレスから生涯を終えたのだった。
『アリエス・シアター』5
5.死神の小話
意識が朦朧とする中死んで逝った一は目を覚ました。そこは暗い場所で、辺りには何も無く、先も見えない。だが地面はあるという不思議な場所だった。ボーッとする頭を抑えながら立ち上がると、自分にスポットライトが当たるように光が差し込んだ。そして向こう側にもスポットライトが差し込み、そこには大きな鎌を持ち、黒いフードを被った少年が立っていた。
「やぁ、君を迎えに来たよ」
「君は……?」
「死神さ」
「死神?」
「そう、死神」
一はゆっくりと立ち上がり、深呼吸した。
「悪魔がいたんだもんな。死神くらいいるよな」
「理解が早くて助かるよ」
「俺は悪魔と契約した事がある。俺が行くのは地獄ですか?」
「いいや。地獄じゃない」
「じゃあ天国?まさかな」
「天国でもないね」
「じゃあどこに?」
「それは逝ってからのお楽しみ。まぁ詰まる所、天国も地獄もあの世では一緒なんだよ」
「ふぅん……?」
「さて、ここからは僕の仕事をさせてもらおうかな」
「仕事?」
「そう。仕事。ここでは君の願いを一つだけ叶えてあげる事が出来る」
「願いを、叶える……?」
「そう。生き返らせてくれ、なんてのは無理だけど、可能な範囲でなら何でも叶えてあげるよ」
「そうですか……ちょっと考えさせて下さい」
「良いとも」
一は熟考した。その間死神は煙草を吹かした待った。そして一は思い付いた。
「ジャスティス・ワールドの住人ってどうなりました?」
「ジャス……?何?」
「ジャスティス・ワールド。俺が作った空想世界です」
「あー……何かあったなぁ。そんなのが」
「あそこの住人達はどうなったか知りたい」
「ちょっと待ってて」
死神は鎌を一振りし、小さな光の球を出現させた。
「何それ?」
「電話」
死神は光の球に向かってボソボソと何を話していた。暫くして、死神は鎌を一振りして光の球を消した。
「存在しない」
「え?」
「存在しないんだ。全ては君の夢の中の住人だったんだ」
「そ、そんな……!?彼らにも彼らの人生があったんですよ!?」
「知らないよ。そんな事」
「……クソォッ!」
声にならない声で叫ぶ一。しかし死神は言う。
「もし罪悪感があるなら、あの世でもう一度作ると良いさ」
「もう一度作る……?」
「そう。向こうは割かし自由だからね。そんな感じのRPGでも作れば良いさ」
「ゲームじゃない!彼らは生きていたんだ!確かに俺の中で!」
「そう。君の中だ。君の中で完結していた物語だったんだ」
「俺の中で完結?でも、世界が終わる所を俺は見ていない!」
「君は世界が始まって世界が終わる事を人生で見て来たかい?」
「それは……!してないけど!」
「じゃあこれは架空の話なんだよ。そもそも、その世界が嫌になって牡羊座の悪魔様との契約を解除したんだろう?じゃあ気にする必要なんか無いじゃないか」
「でも、あそこで生きていた事には変わりは無いんだ!俺が勝手に作って、勝手に壊した!だから俺には彼らがどうなったか知る義務がある!」
「……面倒臭いなぁ」
死神は鎌を一振りし、光の階段と光の扉を出現させた。
「とりあえずあの世に逝ってごらん?そうすれば現実が分かるから」
「は、はい……」
「じゃあ君の願いは叶えたという事で……君にはあの世に逝ってもらうよ」
「はい」
一は光の階段を上り、光の扉をくぐって消滅した。
「ふぅ。今日はもうこれで良いだろう。疲れたよ」
光の扉の向こうから一の絶叫が聞こえてきた。
「あ、本当にあったんだ。ジャスティスなんちゃらって」
絶叫を聞きつつ、死神は鎌を一振りし、その場から消えた。




