浜辺に咲く百合の花
「陽射しが眩しいね」
太陽に向かって手を翳した凪が、目を細める。
肩には薄ピンク色のカーディガンを掛けており、その下はビキニの赤い水着だ。出るところが出ていて凹むところが凹んでいて、グラビアアイドルのような魅惑の体つきをしている。
開放的な格好には似合わず、凪は、登山用と思しき巨大なリュックを背負っている。
中に何が入っているのだか知らないが、結構重そうであり、『あんこうの提灯』から砂浜に来るまでの十五分くらいの徒歩で、凪の息は絶え絶えになっている。
コンクリートの段差を降り、砂浜に入ったところで、凪は重たいリュックを下ろす。
私も、凪同様に重たいリュックを背負っていたので、凪のリュックとは少し離れたところにリュックを置く。
なお、私も凪同様にビキニ姿であり、凪ほどではないかもしれないが、それなりにスタイルも良い。花蓮が言うように太ってもいない。若干幼児体型なだけで。
「凪も帽子を被ってくれば良かったのに」
凪と対照的に涼しげな表情なのは、こちらも水着姿の花蓮である。
胸の主張はそれほどではない。ビキニタイプの黒い水着だが、上にも下にも大きなフリルが付いており、露出はそれほど多くない。しかし、それがかえってエロいのが不思議である。
ところで、花蓮の格好において着目すべきなのは、決して水着ではない。帽子である。
花蓮が被ってるのは、花蓮の頭の円周よりも遥かに大きい麦わら帽子。バカリボンの上から被っているので、少し浮いている。
これは間違いなく〈例のキスシーン〉の場面で花蓮が被っていたものに違いない。
今日が〈Xデー〉であることには、もはや疑いはないだろう。
私は、スッとさりげなく凪と花蓮の間に立つ。
凪と花蓮を二人きりにさせないこと。
凪と花蓮を互いに触れ合えないようにすること。
それが今日の私の至上命題だ。
それなのに――。
「理栄、そっち行かないでよ」
理雨が、私の腕を無理やりに引き寄せる。
そして、理雨は、私をギュッと抱きしめた。
理雨もビキニを着ている。
私同様、それなりに胸はある。
理雨の胸の柔らかい部分が、ふにゅっと私の脇腹に当たる。
「ちょっと、お姉ちゃん、いきなり何するの!?」
「姉妹のスキンシップだよ……あれ、理栄、顔が赤くなってるよ? もしかして照れてる?」
「……て、照れてなんてないよ!」
明らかに取り乱している私の様子を見て、凪と花蓮はあははと声に出して笑っている。
マズい。完全に理雨の術中にハマってしまっている。
理雨は、私に抱きつくことで百合っぽい雰囲気を醸し出し、凪と花蓮を〈その気〉にさせようとしているのである。
理雨が、私の耳を食むくらいの距離まで唇を近づけ、囁く。
「潤斗、私とイチャイチャしよう?」
顔がさらに赤らんだことが自分自身でも分かった。あまりにも危険な〈ハニートラップ〉である。
「りょう……お姉ちゃん、やめて! 離してよ!」
私は、なんとかして理雨の腕を振り解くと、理雨から逃れるべく、海の方へと走っていく。
「理栄、待って!」
「待たない!」
「私のこと嫌いになったの?」
「そういう問題じゃない!」
私と理雨の砂浜での追いかけっこ。
凪と花蓮がいる地点からはどんどん離れてしまっている。
遠くから凪の声が聞こえる。
「理雨ちゃんと理栄ちゃん、すごく楽しそう。花蓮ちゃん、私たちも追いかけっこしようか?」
「やめてぇ!」
私は急いでUターンをする。
そして、凪と花蓮の間に舞い戻る。
膝に手をつき、肩を激しく上下させながら、私は言う。
「はぁはぁ、凪、花蓮、せっかく海に来たんだからさぁ、はぁはぁ、海で泳ごうよ……きゃあ!」
理雨に背後から飛びつかれ、私は、砂浜の上にうつ伏せに倒れる。
私の背中に、理雨が胸をむにゅっと押し付ける。絶対にわざと。
「捕まえた。もう逃さないからね」
理雨、もとい、遼把は、素人童貞から理性を奪いにきている。
「誰か助けて……」
凪は、私が襲われている様子を微笑ましげに見ながら、言う。
「仲良し双子ちゃんを邪魔しちゃマズいね。花蓮、私たちは海に入ろう」
耳元で、チッと理雨の舌打ちが聞こえた。
砂浜ではなく、海。
ひとまずは助かった……みたいである。