第3話:水槽の中の失敗と笑顔
部室に戻ると、先輩が埃だらけの机から小さな水槽を引っ張り出してきた。「これは去年の失敗だった」と笑ったが、錆びた角を指でなぞるその仕草には、どこか言いようのない寂しさが漂っていた。「何があったの?」と尋ねたくなったが、言葉を飲み込んだ。
「失敗」という言葉の裏に、何か大切なものが隠れている気がして、考えが深まった。水槽のガラスには細かい傷が刻まれていた。まるで誰かが何度も手を入れ、完璧を求めた跡のようだった。
「これ、先輩が作ったんですか?」
思わず尋ねると、先輩は一瞬目を細め、「いや、俺じゃない。昔の部員のだ」と呟いた。その声がどこか遠くを向いていて、興味を引かれた。そこには、私が知らない先輩の過去が隠れている気がした。
「これを使え。まずは準備だ」と先輩が言うと、外部フィルターやソイル、バクテリア剤を並べ始めた。「やり方はこうだ。まず、底にソイルを敷いて――」
「ソイルって何ですか? 土とは違うんですか?」
「ただの土じゃない。魚や水草に必要な栄養が入っている。こうやって敷く。次にフィルターをセットし、バクテリア剤を入れて、一週間ほどで濾過が整う。簡単だろう?」
「そんなに待つの? 早くフグを飼いたいです」
「焦るな。アンモニアが出たら死んでしまう。ちゃんと準備しないと魚は生きられない」
渋々頷いたが、先輩の言葉には、生き物を気遣う優しさと静かな覚悟が込められている気がして、納得できた。水槽に水を入れ、フィルターを動かすと、水音が響きだした。