独ソ戦
1941年6月22日。
アドルフ・ヒトラー率いるナチスドイツはソビエト連邦と結んでいた独ソ不可侵条約を破棄。
同日にバルバロッサ作戦を発動し、四百万の兵力と共にソビエト連邦へと侵攻を開始した。
奇襲攻撃によりミンスクを始めとする地域は瞬く間に陥落し、大勢の民間人が殺戮された。
バルバロッサ作戦自体はモスクワでの戦いで失敗したものの、今度はブラウ作戦と称する夏季攻勢による進撃が開始される。
目的はソビエト経済の生命線であるバクー油田の無力化。
ボルガ河によるタンカー輸送を阻止することで石油供給を停止させて経済を破壊し、継戦能力を奪う目論見。
そして、そのうちの一つとして狙われた都市が、スターリングラードであった。
「生き残りは、何人いる?」
「13人です…」
かび臭い地下室に、兵士の声が力なく響く。
あれからどれくらいの時間がたったのだろう、銃声が止むことはなく、どこもかしこも死体だらけ。
廃墟と化したスターリングラードにぽつぽつと雨が降り注ぎ、地下室に水が漏れる。
バケツにたまった水を水筒ですくい、飲み水にする。
バケツに入った砂埃で少し汚れてはいるが、何とか飲める。
運よく合流しできたソビエトの兵士もドイツ軍による攻撃に相次いで倒れ、今は私を含めて13人、しかも大半が負傷兵だ。
当然、こんな環境では落ち着けるわけがない。
(「前の方がましだな…」)
砂の味のする水を無理やり飲み下し、現実を卑下する。
前世では少なくとも銃弾が街中を飛び交うようなことはなかった。
何万、何十万の人が殺しあうことも勿論、ない。
ドイツ軍の戦車がギュラギュラと音を立てて近くを通るたびに、振動で砂が地下室に落ちる。
近くで銃声は聞こえない。
それはつまり、友軍は既にいないという事だ。
「食料は、持って三日か…」
リーダーのスヴォ―ロフ軍曹が箱を開けてそう呟く。
こうしている間にも、タイムリミットが刻一刻と迫っている。
「どうしますか?」
「夜のうちに抜け出して、友軍と合流を目指す」
「正気ですか?」
少尉にソコロスキー―等兵が異を唱える。
「このままでは飢え死にかドイツに殺されるかの二択だ。
なら、イチかバチかだ」
「どこを目指しますか?」
何とか口を動かし、スヴォ―ロフに作戦を尋ねる。
すると彼は地図を取り出し、一点を指さす。
「…ここだ」
「…」
全員の口が閉ざされる。
スヴォ―ロフの示した位置はここから二十キロメートルは離れており、一晩で移動することは不可能である。
「三日だ。食料が尽きる三日までにはここにたどり着く」




