来世があるのならば…
半年後 王国広場
スカイグレーの空の下に広場に設けられた絞首台。
草木に白露の残る早朝だというのに王都の民たちはすでに大勢が集まっており、その時を今か今かと待っていた。
「出ろ、死刑執行だ」
刑務官に特別監房の扉を開けられ、部屋を出る。
後ろからは件の黒ずくめの兵士が続く。
視界を横にやれば収監されている死刑囚がこちらを鉄格子を通して見つめている。
―――まだ若いのに…
―――次は俺がああなる番か…
囚人達のそんな声を耳に、半年ぶりの外へと向かう。
護送用の車に乗せられ、刑場へと向かう。
車から降りれば途端に浴びせられる罵声。
中には石ころを投げる者もおり、狙いが外れたいくつかは護衛の兵士に当たる。
両手に枷を嵌めたまま、絞首台へ向かう。
階段手前で豪奢なローブに身を纏った司祭が厚い聖書を片手に大仰な身振り手振りで来世がどうとかのありがたいお話を説いているが、そんなお説教は微塵も興味無い。
手錠の鎖をジャラジャラと鳴らしながら、絞首台の階段を上る。
壇上には私以外の2人の受刑者がおり、既に首に縄を巻かれた状態で目隠しをされている。
私の家族ではないことに、刹那の安堵を覚える。
赤線で囲まれた位置に立つと、執行人が慣れた手つきで私の首に縄をまく。
頑丈で太い荒縄。
私の首に縄の繊維がチクチクと刺さる。
絞首台の前で裁判官が私たちの罪状を大きな声で伝達する。
右隣の男は借金苦から強盗殺人を起こし、左の女はハニートラップを用いたスパイ行為で拘束された。
そして喧伝される私の謂れなき罪状。
裁判官が罪状を一つ一つ喧伝する度に大衆の怒りが増し、より激しい怒号と罵声が飛ぶ。
執行人に目隠しをされ、視界が暗転する。
「レイモンド、最後に言い残すことはないか?」
「ナタリア、許してくれ…」
裁判官が合図を出し、レイモンドの床板が抜ける。
「ガルシア、最後に言いたいことはあるか?」
「さっさとやれ…」
ガルシアがレイモンドと同様に処刑され、観衆が歓声を上げる。
その様子はまるでサーカスのショーの様。
「ウルリラ、最後に言い残すことはないか?」
とうとう私の番が来た。
侯爵令嬢としてのこれまでの記憶が刹那によみがえる。
礼儀作法を厳しく躾けられ、どこへ行くにも目付役が付いてきた。
食事一つとっても細かな作法があり、豪奢な食事を前にしても決して心安らぐことはなかった。
唯一安らげたものといえば、特別監房の中。
監視こそはあったものの何も言われず、礼儀作法を一切気にする必要のない空間。
何とも皮肉なことではあるが、この半年間がこれまでで最も心穏やかに過ごすことが出来た。
死の運命を素直に受け入れたもとい全てを諦めたのも一つの要因かもしれない。
不意に、先ほどの司祭が言った来世という単語が脳裏に浮かぶ。
私は輪廻転生というのは信じていなかった。
だが、本当に…本当に来世というものがあるのであれば…
「そうだな・・・来世があるのならば、今度こそ穏やかに生きてみたいものだ」
私がそう口にした刹那、足元の床が開いた。
ウルリラ・バーンレイヌ
聖暦1476~1496
アイレル王国建国史上最悪の悪女。
私利私欲のために外国と密約を交わして王位を狙い、クーデターを企てるも失敗し処刑された。
彼女の計画によって犠牲になった人数や経済的損失は計り知れず、アイレル王国の滅亡の遠因となったとされている。
アイレル王国興亡史より抜粋