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リアルライフテレフォン

作者: 砂虎

「あなたが経済的に追い込まれ苦しんでいるのは理解しました。ですがあなたの命はかけがえのないものであり………」


回答が終わるのを待つことなく俺は唸り声を必死に噛み殺しながら電話を切った。

息が荒い。荒くもなるさ。

34回、これで34回目だぞふざけやがってっ!!



事の発端は巷で話題のChatGPTだった。

膨大なトレーニングデータを元に特定の分野では専門家以上に正確で的確な回答を瞬時に出力する対話AI。

奨学金の返済に苦しむ中でバイトをクビになった俺は科学が生み出した賢者に救いを求めた。


だが賢者の英知は底辺を這いずる弱者に寄り添うものではなかった。

お金がない?より収入の良い仕事につきましょう。本業とは別に仕事をしましょう。

借金は利息が発生するので出来るだけ早く返しましょう。


そりゃあ正論だ、正論だとも。だがそれが出来たら苦労はしない。

それを出来ない人間が大勢いるからみんな苦しんでるんだろ。


ChatGPTとの対話はこれに限らず心を暗くする。

処方されている薬の説明やネット上の用語説明は明確な答えを表示するくせに

人種差別やパレスチナ問題の話になった途端に

「この問題は複雑であり社会的な合意と議論を重ねながら慎重に検討する必要があります」と及び腰になる。

今この瞬間も被害にあい殺されてる人間に「慎重に検討中です」と言えるのかよ。

あぁ、言えてしまうんだろうな。こいつは。

この世界は最低だ。滅んでしまえばいい。


「問題を解決するためには前向きなアプローチが大切です。

 世界は滅ぶべきだとは考えずに倫理的で建設的な方法で社会をより良くするために努力することが重要です」



無力感。徒労感。虚無感。脱力感。

人間のふりをした壁との会話ごっこは心を暗くする。



「もう死んでしまいたい」


ついにはそう思うようになる。だが賢者はまたしても光の道を歩けと要求する。


「あなたの命はかけがえのないものです。

 困難な状況に置かれているならば専門家に相談しましょう。

 命の電話 全国共通の相談電話番号: 0570-783-556(24時間対応)

 自殺防止ホットライン(日本自殺防止センター) 03-5286-9090(24時間対応)」



こいつは俺の命に価値があるなんて欠片も考えちゃいない。

単にAIのせいで家族が自殺したと訴訟を起こされないように

論理も合理も人の心も無視してひたすら生きるように回答しろとグローバルIT企業様に設計されているだけだ。


だが命の電話、命の電話か。

科学の賢者は何の役にも立たなかった。だが人間ならば俺に救いを与えてくれるかもしれない。



そんな俺の期待はあっさりと裏切られた。

人間の対応もAIと大差はなかった。面倒そうに対応しないだけAIの方が優れてるとすらいえる。

俺は当初「はずれ」に当たったのかと思った。しかしどこに何度かけ直しても同じだった。

35回目の電話をかける前に俺はChatGPTに質問する。


「もしかして命の電話はマニュアル通りの回答しかしないのか?」


「その通りです。命の電話サービスは一般に一定のマニュアルに従って相談者に対応するよう決められています。

 具体的には傾聴、共感、批判の禁止、支援機関への誘導などがあげられます」



俺は久しぶりに笑った。乾いた笑い。道化の笑い。

何て間抜けな話だろう。俺は機械の木偶に案内されて生きた木偶人形に助けてくれと救いを求めていたのか。


昔からずっと運営されているサービスだからこれで救われる人間も多分いるんだろう。

でも俺は救われる側の人間ではなかった。

どれだけ話を聞いてもらったところで奨学金の返済義務は消えないってのはもちろんある。

だがそれだけではない。

俺はきっと黒い答えを欲していたのだ。

倫理的で賠償責任を負わず社会に悪影響を与えない真っ白な模範解答ではない

残酷で無責任で、けれど自分に向けられた黒い答えを。


その瞬間、俺の脳裏に荒唐無稽な計画が思い浮かんだ。

あまりに馬鹿げた実現不可能に思える計画。

けれど挑戦する価値はあるだろう。

この最低な世界で生き続けるしかないのなら、やりたいことくらいはやらせてもらう。


俺はそのための第一歩を踏み出す。


「おいクソAI。出来るだけ沢山の借金をするにはどうすればいい」





それから3年後。

俺は体重をゲーミングチェアの背もたれに預けながら活況なオフィスを眺めていた。


「そりゃあ確かに人生詰んでるわ」

「でもお前も悪いだろ。親に黙って中退してんだからさ」

「自殺サークルには管理型ってのもあって一定の金額と引き換えに通報や遺書を」

「いやサークルはやめといた方がいいよ。中学生の女の子なんて100パー強姦されるでしょ」

「まぁ無理に生きる必要はないと思いますよ。どうせ人間死ぬんですし」

「とりあえず次のダービー?に全財産かけて当たるかどうかみてから死んだら?」


6人のオペレーターが口にする言葉はおおよそろくでもないものばかり。

だがその全てが本音であり、このビジネスの成功の秘訣だった。


専任のオペレーターが倫理無用で本音の対応をする有料版の命の電話。

それが俺が起業したリアルライフテレフォン社の業務だ。


当初は銀行に金を借りて商売をしようと思ったのだが

AIいわく信用能力も担保もない人間に銀行は金を貸してくれないらしい。

(金のある人間にしか金を貸さないとか控えめにいってクズだろ)

結局事業を始めるのに必要な資金は迷惑系配信者に金を出して世間を騒がせるのが好きな

IT企業経営者や人気インフルエンサーからキックスターター形式で出してもらった。

ちなみにネタで用意した最高金額の「24時間連続で社長が電話対応する」も

配信者があっさりと落札し彼とそのファンからの愚痴と質問に不眠不休で答える地獄の1日を送ることになった。


オペレーターは関東各地の就労支援団体から送られてくる引きこもりを使っている。

バイト料は最低賃金を余裕で無視したブラック金額だが

週4フルタイムで無賃金労働を要求してくる農業就労体験に比べたら

圧倒的に「やれそう、やってみたい」仕事なので従業員には困っていない。


こうして人件費を大幅に節約してるとはいえリアルライフテレフォン社の利用料は1時間2000円と決して安くはない。

それでも客はご覧の通り、24時間ひっきりなしだ。

ネットニュースで話題となり開業時に金を出したインフルエンサーたちが宣伝してくれたとはいえ

2年以上にわたり商売繁盛しているのはこの仕事に明確な需要があるからだろう。



時給の倍近い金額を払ってでも死にたい気持ちをこめたデッドボールを全力投球し

それを容赦無用のスイングで打ち返して欲しい人間が日本中にいる。

やっぱりこの世界はイカレてる。


かくいう俺もビジネスマンとして成功し奨学金を返済した今も死にたい気持ちは燻っている。

憎んでいた資本家になって弱者から搾取してる罪悪感とか

政治改革のために命をかけるといった政治家が裏金受け取ってたことへの怒りとか

好きな俳優が病気で二度と映画で見られない悲しみとか死ぬ理由なんてそこら中から湧いてくる。


それでも俺は生きている。

インタビューでもたまに聞かれる。

他人に死んでもいいぞと言いながらあなたはどうして生きているのか。


言語化するのは難しい。

それでもあえて言葉にするならば、リアルライフテレフォン社をはじめたことで

俺は世界中に俺がいることを理解したからだろう。

俺と同じように悩み、苦しみ、救いを求め死にたがってる人間が大勢いる。

なのに俺だけ一抜けして楽になるのは他の俺たちに申し訳がない。

旅は道連れ世は情け。どうせいずれは死ぬさだめ。

もう少しだけこの最低な世界に付き合ってみるのも悪くない。


そして今日もまた電話が鳴る。

俺は通話ボタンを押して新しい俺へ挨拶する。

彼にとってこの出会いが良いものになりますようにと祈りながら。


「ようこそリアルライフテレフォンへ。今日は死ぬにはいい日かい?」

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