Episode8. 現実逃避と出国
沈黙が続く中、エレインが恐る恐る口を開いた。
「誠さん、その果物って一体何だったんですか...?」
「リココっていう、見た目はリンゴみたいな果物だよ。白き森の魔女のオルレアって人からもらったんだ」
エレインの顔が青ざめた。
「はっ、白き森の魔女!?誠さん、それは...」
「やっぱりそんなにスゴイ人なの?」
「スゴイなんてレベルじゃありません!この国で一番恐れられている存在ですよ!国王でさえ手を出せないって...」
誠は頭を抱えた。転生前の営業マン時代も、よく巻き込まれ体質で面倒な案件を押し付けられていたが、今回はレベルが違いすぎる。
「リベル、お前知ってただろ?なんで教えてくれなかったんだよ」
「だって、誠が楽しそうだったからさ。それに、オルレアは悪い魔女じゃないよ。ただちょっと...いたずら好きなだけ」
「ちょっとって言うレベルじゃないでしょ!」
その時、教会の扉が勢いよく開かれた。
「誠くん、いる?」
ロゼが息を切らしながら飛び込んできた。
「ロゼさん?どうしたんですか?」
「大変なの!ギルド長が国王に報告したら、国王が明日誠くんに直接会いたいって!」
「こ、国王に!?」
誠の声が裏返った。転生前は中小企業の営業マンだった自分が、まさか異世界で国王と面談することになるとは。
「それだけじゃないの。貴族たちも誠くんのことを知って、みんな興味深々なのよ。特にフランベール侯爵は『その魔女との仲介を頼みたい』って」
エレインが心配そうに誠を見つめる。
「誠さん、大丈夫ですか?顔が真っ青ですよ」
「だ、大丈夫じゃないよ!オレはただの駆け出し商人なのに、なんで国王や貴族が出てくるんだよ!」
リベルが慰めるように言った。
「まあまあ、誠。考えようによってはチャンスじゃない?国王に気に入られれば、商売もやりやすくなるよ」
ロゼが申し訳なさそうに続けた。
「実は...もう一つ問題があるの。その金貨のことなんだけど、ギルド長が『前払い』って言ってたのよ。つまり、誠くんには魔女との仲介役を期待されてるってこと」
誠は完全に青ざめた。
「む、無理だよ!オレにはそんな大それたことできない!」
ロゼとエレインが帰った後、誠は部屋で一人頭を抱えていた。
「リベル、オレ、もうダメだ。国王なんて会ったら緊張で変なこと言っちゃうよ。転生前だって、部長との面談でさえ胃が痛くなってたのに...」
「そんなに嫌なの?」
「嫌に決まってるじゃん!だいたい、オレがオルレアと知り合いになったのはたまたまだし、仲介なんてできるわけないよ。期待に応えられなかったら処刑とか...」
誠の想像は勝手に暴走していく。
「なぁ、リベル。オレ、この国から逃げていい?」
「逃げるって、どこに?」
「他の国とか...リベルなら道も分かるでしょ?」
リベルは呆れた様子で言った。
「誠、それは現実逃避だよ。そもそも君にサバイバル能力なんてあるの?」
「な、ないけど...でも国王に会うよりはマシだよ!お願い、リベル!」
誠は必死にリベルに頼み込んだ。転生前の営業マン時代、プレッシャーに負けて逃げ出したくなった経験が蘇る。
「はぁ...分かったよ。でも、ちゃんと準備はしなきゃダメだからね」
「本当!?ありがとう、リベル!」
誠は飛び上がって喜んだ。
翌朝、まだ日が昇る前。誠は必要最小限の荷物をまとめていた。金貨は全て持参し、食料と水、そして着替えを少し。
「エレインには何て言おう...」
「手紙でも書いておけば?」
誠は震える手で手紙を書いた。
『エレインへ
一身上の都合で、国から逃げることにしました。
心配をかけて本当にごめんなさい。
きっといつか戻ってきます。
誠』
「うーん、子どもの置き手紙みたいだね」
「我ながら自分の語彙力のなさに驚くよ」
「なんでそこは冷静になるんだよ。誠って変だねw」
二人は教会を静かに抜け出し、街の門へ向かった。
幸い、門番は居眠りをしており、簡単に街を出ることができた。
「それで、どっちに向かうの?」
「とりあえず南に行こう。隣の国まで歩いて3日くらいかな」
「3日も!?オレ、そんなに歩けるかな...」
「いまさら弱音を吐くの?自分で逃げるって言ったんでしょ」
街から離れるにつれて、誠の不安は募っていく。
でも、国王との面談を考えると、この選択が正しい気がした。
「ねぇ、リベル。オレたち、これで良かったのかな?」
「さあね。でも誠が決めたことだから、最後まで付き合うよ」
朝日が昇り始める中、二人の逃避行が始まった。誠にとって、新たな冒険の始まりでもあった。
続く