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ネメシアの獅子  作者: 翡翠のネコ
空っぽの毬栗
6/25

心の向く先

 ざく、ざく。

 土を掘り、標本化の杭を埋め込んだ紅白の彼岸花を植えていく。秋の庭に欠けていた花は、これで最後だった。軽く叩いて根元の土を固め、安定したのを確かめる。作業はこれで終わり、道具や手を水路で洗い流して家に戻ると。


「零毬、八つ時だぞ。」


 玄関入って直ぐに待ち構えていた主に軽く目を開く。やけに上機嫌な様子のネメシアに微笑ましくなりつつ、盆に二人分の茶と大福を用意してそばに座った。


「どうだ? 庭の整備は終わったか? 手が空いたなら町へ行くぞ。ついにアレが完成したのだ!」

「アレ……髪を伸ばす方法ですか。昨日までは『不変の身体が今は憎らしい!』とか地団駄踏んでたのに。」

「やかましい。行けるのか行けないのかどっちなのだ。」

「終わらせてきましたよ、いつでもどうぞ。」


本題はおやつではなかったようで、手もつけずまくし立てる少女。望んだとおりの返答を得て表情を明るくし、一口で大福を平らげてぱたぱたと部屋に戻っていった。


「忙しねえなぁ。」

「貴様も準備しろ!」

「はーい。」


 祭りの日と同様、目眩ましの魔法陣を使って街に繰り出す。店を見つけ意気揚々と入っていった二人。


 しかし。


「主サマ、そんなに落ち込まなくても……」


 怒って騒ぎ散らすでも拗ねてむくれるでもなく、ただしょも……と肩を落とすネメシア。そんな姿を初めて見た零毬は、とりあえずそっと手を引いてその場を離れることしか出来なかった。

 祭りの日からずっと彼女は研究していたのだ、自分の身体を変化させる魔法陣を。完成させたら簪を買いに行くと宣言していたこともあり、今日は随分楽しみにしていた。故に、お眼鏡にかなう物に出会えず落胆するのも無理はない。


「やはり祭りの時に確保しておけば……でもあの時は出来るか分からなかったし……零毬、来年同じ店は来ると思うか?」

「どうでしょうね、この小さい島であんな豪奢な簪を買えるやつはそういないし、店側も売るってより宣伝のためっぽかったように思います。輸送も気を遣うだろうし望み薄では。」

「ん~そうか……実演がてらに着飾って、弟に新しい魔法陣を見せに行きたかったのだが……」


人気のない町外れでそんな会話を交わす。あまりにも消沈しているのを見かね少し考えて、懐から出した煙管に葉を詰め火をつけた。ちなみに箱庭では匂いを理由に禁煙命令が下されている。

 すぅ、息を吸って、ぱ、と音を立ててわっかになった煙が吐き出された。

 ぱ、ぱ。繰り返す。ちらりと様子を窺えば俯いていたのが煙に目を奪われており、思惑通りと唇の端をつり上げる。


(物言いはともかく興味を示すものが子供っぽいから釣れると思ったぜ。)

「なんだそれは……おもしろいな。」

「でしょ? 昔じじいに教わったんですよ。」


 黙々と、もくもくと、煙で遊ぶ零毬。それを眺めるネメシア。煙草が燃え尽き、灰を落としたのを切っ掛けにして少女は立ち上がり、気分が上向いたらしいと判断して声をかけた。


「いったん帰って、別の手でも考えましょう?」

「……いや、無ければ作ればいい。」


流れを無視して呟かれた言葉に嫌な予感。


「零毬、簪を作れ!」

「久しぶりの無茶ぶり。落ち着いてください、職人が作った方が良いに決まってます。店で注文してみたら良いじゃないですか。」

「店の者には『まだお嬢ちゃんには早すぎる』などと笑われて相手にされなかったが!?」

「いつの間に。やってみるだけなら出来ますけども……」


 説得ものれんに腕押し、というか零毬があっという間に折れた。号泣したあの日から、じわじわ首を絞められるような苦痛が軽くなった代わりにネメシアに甘くなったと、内心自嘲しながら零毬は当のネメシアと向き合っていた。

 今は箱庭に帰ってきて、ネメシアの要望を書き留める為に紙と筆を用意したところである。


「主サマは派手なのが好みで、大きな花一つを中心に、垂れ飾りをつけて……」

「布や飾り紐、細い鎖ならば、貴様に前渡した一番の物入れにあったはず。出来上がりまで私は関与しないからな。」

「本当に俺に任せて良いんですか? 俺大工なんですけど?」

「楽しみにしている。」


有無を言わさぬ笑みで期待を上乗せされ、顔を引きつらせた。




「一人で歩き回るのも久しぶりだな。」


 容赦なく襲いかかってくる番犬に懐かしささえ感じながら、四つ足で森の中を駆け抜けていく零毬。花飾りを作るために竹を取りにきたのだ。流石にもう、聖地の中で苦労することはない。難なく採集を済ませたとき、ふと地面が揺れた。


「地震? 最近多いな。」


軽く首を傾げたが気にするほどでもなく、さっさと踵を返す。


 竹を割る。割って、更に割って、薄くへいで長さを調整。その竹を芯として花びらの形を作る。


「零毬、簪の軸にはこれを使え。」


作業する彼の視界に、ことりと黒っぽい棒が置かれた。手に取ると見覚えのある銀の斑点。


「これ、前に取りに行かされためちゃくちゃ硬い石では?」

「そうだな。こっちが専用の加工道具だ。」

「えぇ、なんであのときは道具くれなかったんですか!」

「貴様が何も聞かずに飛び出して戻ってこなかったからだが?」

「ぐぬぅ……」


軽口を叩きながら鉱石の形を整えようとヤスリを持つ零毬、ネメシアはその背にもたれるように座って読書を始めた。


 しばらくの間、ざりざり、ぱらぱら、小さな音だけが響く。

 不意にネメシアが体勢を変えたのが、背中越しに伝わってきた。少女の手のひらが背を撫で思わず手が止まる。


「……ドクドクいってるな。」

「そりゃあ、生きてるので。」

「儚い命のくせに、なかなか力強い音をさせるものだ。貴様の音は、嫌いではない、むしろ……」


眠たげな、うっとりしているような呟きは、そこで途絶えた。増した重みと規則正しい呼吸音から本当に眠ってしまったようだ。ため息をついて持っていたあれこれを置き、起こしてしまわないように静かに動く。本をよけて小さな体を抱きかかえ、寝室へ。


(相変わらずきれいな顔してるな。)


 寝台に横たえたネメシアの顔につい見とれる。

陽光を連想する薄い金色の髪。曙の色をした瞳は隠れているが、髪と同じ色の長いまつげがよく目立つ。傷もシミもない白い肌、小柄で華奢な体躯も相まって精巧な人形のようだ。


(ただ沈黙していると、出会った頃を思い出す。人外の威圧感は恐ろしかったし、何を考えているかちっとも分からなかった。今も表情の変化自体は乏しいが、雰囲気や仕草に感情が乗るようになって人間味が出たな。この変化はネメシアが俺に合わせたからか、それとも俺が何か影響を与えたのか?)


「アンタに何かを残せたら、俺も無価値じゃなくなるかな?」


意図せず音になった言葉。自嘲に唇を歪めながら、作業に戻る零毬だった。




「で、完成品がこちらになります。」


 余った竹で編んだ箱をわざとらしいくらい恭しく差し出した零毬。受け取るネメシアは目をキラキラさせながら蓋を取った。


「これは……」


 目を引かれる大輪の牡丹。花びらは濃い紫、紅色、水色で構成され、丸い橙色の中央部と合わせてみれば夜明けの空を思い起こさせる。緑と白の組み紐が花の周囲で楕円を作り、葉を表していた。

 少女の細い指がそっと持ち上げれば先端の飾りが揺れる。軸に開けられた穴に短い鎖が通り、円形の金属板に透かし彫りが施されたものがぶら下がっている。中心の円と外周を幾本ものギザギザした細い部分が繋いだ意匠は、輝く太陽にも降り注ぐ稲妻にも見える。外周部分には5本の金属の棒が等間隔に吊され、揺れるたびキラキラ光りチリチリ鳴った。


「主サマの髪は薄い色なので、目立つように濃い色を使いました。丁度良い布があったので瞳の色に合わせた構成です。」

「……」

「組み紐で固定しつつ葉っぱを表現して、透かし彫りの構図は主サマの印象から。」

「……」

「主サマは結構活発だから細い鎖は絡まりそうだと思って、使うのやめたんです。……あの、お気に召しませんでしたか?」


 沈黙したきりの主におそるおそる問い掛けると、左右に首を振られる。


「自信なさげだったくせに、随分な出来のものが出されて驚いていた。褒めてやろう。さっそく私も成果を見せてやらねば。」


言うなり帯を緩めるネメシア、零毬が口を挟む暇もなく変化が起こった。

 髪が伸びる。手足が、背丈が伸び着物が膨らむ胸の輪郭を形作る。数秒後、零毬よりは小さいが、幼子とは到底言えない女性が立っていた。


「どうだ! これくらい伸びれば簪も使えるだろう!?」

「胸を張るな!! はだけてるだろ!!? き、着替えろ!!!」


 ひと悶着あったがなんとか髪を結う準備を整え、ネメシアの髪に櫛を通す。まとめた髪をくるくる捻り、巻き上げ、その間に見える白いうなじを意識しないように手早く簪を挿した。後頭部の少し高いところで団子状にした髪、その右側に牡丹の花が据えられ逆からは余った髪が下へ流れる髪型になった。

 ネメシアが結い上げられた髪を鏡越しにじっと見つめ、ぱっと零毬を振り返る。


「似合うか?」


頬を染めて、嬉しそうな恥ずかしそうなはにかみを浮かべ彼の言葉を求める。その表情は今までで一番自然で、柔らかく、そして美しかった。


「と、とても……」

「そうだろう! 私もとても気に入った、これは見せびらかしてくるほか無いな! というわけで数日留守にするが貴様は自由にしているが良い!」


 まくし立てる勢いのまま外へ飛び出していくネメシアを、零毬は追えなかった。彼の脳内を占めるのはいきなり足元がすっぽ抜けたかのような衝撃と浮遊感。処理が間に合わない感情の洪水。


(ああぁあなんで今更、嘘だろだってアイツは人外ででも正直好みいや違う気の迷いだ俺は稚児趣味なんかじゃない、大人の姿に惚れたから関係ないのか違うそもそも惚れてなんかない、気のせい気のせい可愛いなんて思ってねえし!)


 頭を抱えのたうち回り、必死にかき消そうとするその気持ちは。名前だけならば誰でも知っているそれは。


 恋、というものだと、零毬にも分かっていた。


「主サマの留守中に、なんとか忘れねえと。恋に落ちるとはよく言ったもんだ……あぁくそっ、今まで通りに顔を合わせられる気がしねぇ……!」


 長い時間をかけて落ち着きを取り戻し、やっと起き上がった零毬の視界に鏡が入る。耳も首も真っ赤になった己に、盛大に舌打ちをするのだった。




 数日後、石畳の広場に聖地の主が帰還する。前回とは真逆に雪がちらつきそうな寒さ。


「お帰りなさいませ、主サマ!」

「おや、ふふ。」


 ネメシアが、ぱたぱたと駆け寄ってきた零毬を引き寄せて暖を取る。黒い毛皮に顔を埋めると、やたらと早い鼓動が耳についた。


「今回はどうした?」

「ただの出迎えですよ、やだなぁあはは。」


 一刻も早く会いたかったなどとは言えず、笑って誤魔化す零毬。雰囲気の変わった彼をきょとりと見つめるネメシア。結局恋心を捨てることは出来ずこんな風に行動を起こしてしまっている不器用な青年は、早く想い人を暖かい家へ連れて行きたくてその手を取る。

 そんな穏やかな空気を、地鳴りと揺れが霧散させた。


「うわ、最近どんどん酷くなってるな。ホウライ山はとっくの昔に火が消えてるはずなのに……主サマ? 何か心当たりでも?」

「……思っていたより危険な状況かもしれん。急いで箱庭に戻るぞ。」


家に入ってすぐ簪を箱にしまい、元々の髪飾りに

付け替えたネメシアは大量の紙に魔法陣を書きつけ始めた。


「零毬、自己強化系は研究していたか?」

「少しだけですね。化物皮があれば良いかと思って……この島で一体何が起こってるんですか?」

「島のヌシが復活しかけている。」


そんなもん聞いたことが無い、と首を捻った零毬に、当然だと頷いて続ける。


「大昔、私がこの島に降り立った時、溶岩がカエルの形をとったような怪物が山に住み、火山活動を活発にさせていた。そやつのねぐらがちょうどいい広さだったのと、箱庭造りに邪魔すぎたためにそれの排除を試みたが……結局仕留めきれず封じるに留まったのだ。奴が自由になれば島丸ごと火の海確定、短期決戦以外無い。」

「主サマが仕留め切れなかったってとんでもない相手なんじゃ……勝算はあるんですか?」

「当然だ。」


 ホウライ山のふもと、町とは山を挟んでちょうど反対側。亀裂は大きくないが底は見えないほど深い谷に二人は来ていた。手分けしてネメシアが量産した札を谷の縁にベタベタ貼っていき、端から端まで貼り終わると、谷を覆うように光の網が現れる。


「さて、貴様の役割は理解したな? 奴にまともに接近できるのは、化物皮を着こなせるくらい呪い耐性のある貴様だけだからな。」

「主サマは大事なことばっかり言い忘れすぎですよ! 俺には呪いへの強い耐性があるとか、化物皮は本来着た人間を理性無き化け物に作り変えるやべー呪物だとか!!」

「知らずとも困らなかったことはどうでもよかろう! 作戦を確認するぞ、まず今張った罠で奴を大きく削る。貴様はヌシの呪眼が効かないのを活かして接近、生命力簒奪の陣を刻んだ杭をひたすら打ち込め。私は杭を作りつつ奴の移動を妨害する。受け渡しはこいつらを使うぞ。」


 少女が懐から出した二つの水晶を宙に放ると、輝きと共に形が変わる。ざんと地に立つ姿は番犬に似て、しかしそれより二回りは大きく、体毛の無いつるりとした無機物的な見た目をしていた。


「私に忠実な“猟犬”だ。強力な手札である分、今使えるのは二体が限界だが十分だろう。……お出ましのようだ。」


 その言葉に零毬は谷の方を向く。大地の裂け目から光が漏れている。緊張か気温の上昇のせいか、汗が流れ落ちた。焦げる臭い、赤熱する液状の鉱物が谷底から這い出て、光の網と接触した。


 バチバチバチバチバチッ!!!


 激しく火花が散る。それを意に介さぬように溶岩の塊は谷から出ようと藻掻いている。


 バチッバチッ……ブツッ!


 光の網が破れ、急速に溶岩が広がる。


「勝利条件は、箱庭に到達される前に奴の存在を支える力を奪い尽くす、だ。耐熱の陣は気休めにもならんから溶岩には触れるな。健闘を祈る。」


そう言い残して猟犬にまたがり離れていくネメシア。じりじりとした痛みを伴う熱気の中、流れて広がった溶岩が見上げる程盛りあがり、カエルのような形になる。形がはっきりすると、ぎょろっと目が開き零毬を見据えた。


「ッシ!」


 呼気と共に全力で投擲。

 中指程の大きさの石杭が音も無く溶岩に消えたのを見て即座に反転、距離を取る。陣の効果が発動し生命力が流れ込む感覚。数を数え始めた。


(ひとつ、ふたつ、みっつ………………二十も持たないか。こりゃかなり絶え間なく投げ続けなきゃならないな。)


感覚の途絶を目印に石杭を投げる。巨体故に当てやすいのが救いだった。


「ハッ!」


 片手で三本ずつ、六本きっちり溶岩の体に沈める。しかし突然直ぐ横の木が燃え上がった。


「げっゲホッ、い、きが……ッ!」


火の粉と煙をもろに食らい息を詰まらせる零毬。その間にも下草は黒く焦げていく。


『何をしている!』


鋭いネメシアの声、同時に後方へ勢い良く引き摺られる。痛む目をこじ開ければさっきの場所に溶岩が。


『奴は溶岩の玉を吐く。かなり早く、油断すると当たるぞ。』


零毬を解放した猟犬の口から、少女の声がする。


「助かりました。さっきのが焦熱の邪視ですか、おっかねぇ……」

『貴様は燃えずとも周囲の物体はそうではないからな。猟犬に追加の杭を持たせてあるからとっとと打て!』

「ハイハイ!!」


 猟犬の首の革袋を受け取り、カエルもどきに再接近。零毬に追随する猟犬。

 一か所に留まらなければ、生きた木はたやすく燃えない。木々の間をすり抜け、あるいは枝から枝へ飛び合間に杭を放つ。視線が黒い焦げ跡を残し追う。

 ヒュンヒュン、風を切り飛ぶ石杭。

 飛来する溶岩の塊が、どぱん、どぼっ、重い音を立てて弾ける。

 零毬に当たることはないが、森の有様は悲惨の一言に尽きた。


 一息に十本以上投げ込んだ直後、波打つカエルの体表。


「なんだ!?」


パッと飛び退いた足、地面を流れ落ちる溶岩はすぐ固まった。所々に石杭が出ているのを見るに、脱皮のごとく表面を切り離したらしい。


「トカゲの尻尾切りかよカエルのくせに! くそ、今の分は無駄にされちまったか!?」

『無駄ではない、効果があるから抵抗している、その証だ。体積を削った奴にも痛手はある! 遠慮無く続けろ!!』

「……分かりましたよ!」


 打つ。

 吐く。

 投げる。

 切り離す。

 駆ける。

 燃やす。


 もはや何本投げたやら、入れ替わりで杭を補充し続ける猟犬はともかく、聞こえてくる声は明らかに疲れていた。


『だいぶ、縮んだな……』

「そう、ですね……」


 生命力簒奪での継続回復があってなお肩で息をする零毬。真昼から現在、日が沈みかけるまで駆けずり回った成果は。


 山のような巨大さから、ちょっとした小屋くらいになったカエルもどき。


「縮んだ分、はぁ、すばしっこくなって当たんないんですよ!」


 ビュンッと投げられた石杭をカエルもどきは飛び避ける。ある程度縮んでからは零毬に目もくれず、山頂目指し一直線に逃げていくのだ。先回りしたネメシアの罠があったお陰で足止めしつつ攻撃を当てられている。


『奴の目的は地下深くの溶岩湖、直通の火口に向かうと分かっていたから、貴様が囮になっている内に罠をばらまいておいた。効果はてきめんだったろう?』

「でももう山の中腹を越えたところですよ。決定打にも欠けるし、どうします?」

『こちらでトドメは準備している。貴様は奴の前に出て時間を稼げ、私もすぐ行く。』


主の言葉を伝え終わった猟犬が走り去る。準備の手伝いに呼ばれたのか。

 それを見送って、カエルもどきがまた罠にかかっているのを確認し、一度大きく深呼吸して。


 ぐっと体を沈め零毬は全力で跳んだ。

 カエルの頭上を越えつつ脳天に一発、その眼前に着地。


「このカエル野郎、もう無視させねえぞ!!」


 吠える零毬。

 開いたカエルもどきの口から出たのはいらえでなく溶岩の舌。

 勢い良く迫るそれを軽々と、曲芸のように避けてみせる。さながら先ほどまでの仕返しのように前へ後ろへ宙返り、相手の視界に留まり続ける。


 怒りに暴れる舌、剥き出しの岩肌が削れ飛ぶ。

 石礫に臆せず杭を投げ続ける。

 少ない隙、ギリギリの体力。

 散らばる小石に、一瞬足を掬われた。


「あ、ッガハ……!!」


 思考の暇も無い速さで舌が胴の正中を捉え、打突の衝撃で岩壁に叩きつけられる。

 体内から形容しがたい音が脳を揺らす。血を吐き散らす彼を横薙ぐ舌、岩場を跳ね転がされ痛みに気が遠のく。


(くそ……背骨を砕かれた、動けねえ……!)


 邪魔者を退け悠々と罠を抜け出すカエルもどき、思わず歯ぎしりしながら視線だけは動かす。どれだけ稼げた、まだか、と不安がちらついたとき、雷鳴が耳を劈いた。


「派手にやられたな零毬。」

「……ほんと、化物皮が無きゃとっくに挽き肉ですよ。」


触れた主の手から流れ込む力。痛みが消え起き上がった零毬に、ネメシアが笑いかける。


「よくやった。」


 そしてすぐさまカエルもどきに向き直り剣を掲げ、雷の檻に閉じ込める様はまさに人ならざる者。しかしここからどうするんだと見上げ、檻の真上が開いているのに気づく。同時に、花火が上がるような音にも。


 ヒュウウゥゥゥ――、

 どんっ。


 カエルもどきの真上ど真ん中を、槍のような物が串刺しにした。びくんと震えて、溶岩の塊が明確な形を失い、上からどろどろ崩れ落ちる。ぱかりと口を開け呆然とする零毬。


「山頂に発射装置を設置し、猟犬に撃たせたのだ。私が奴を固定して合図を送ってな! なかなかうまくいっただろう!?」


 得意げに胸を張る姿も可愛い、などとのたまう心に蓋をして、気を取り直した青年はお見事でしたと無難に讃える。

 気の抜けた二人は疲れた、帰ろう、風呂に入りたいと言い合って歩き出した。日は沈みきったが、溶岩のお陰で周囲は明るく――。


(待て、あれ、まだ崩れきってない?)


 地面が揺れる。振り返るとカエルもどきですら無くなったものが最期の力で飛び上がっていた。


 それは、空中で力尽き。


 二人の上に溶岩が降り注ぐ。


「主サマ!!!」


 力の限り地を蹴った。攫うように抱き上げ勢いのまま、出来るだけ遠くへ放り投げる。そのうちにも灼熱が足を背中を捉え、毛皮越しにも焼けるのが分かった。

 自分の身体が焼ける音、臭い、自分の悲鳴、あつい、と思ったときには意識を手放していた。




 目を開き、背中に芝生の感触を感じたことにホッと息をついた。見慣れた箱庭の中、いつぞやのごとく玄関前の芝生に転がされているようだ。めったやたらと重たい体を懸命に持ち上げると、胸のあたりに乗っかっていた何かがずり落ちる。


「え……主サマ!?」


 人形のようにぐったりとした少女。掴んだ手がやけに冷たくて、ザァッと血の気が引いた。


(呼吸は、心音は!!? ……よかった、かなり弱いけど、ちゃんとしてる。)


ぺちぺち頬を叩けばきゅっと眉間にしわが寄る。反応が返ってくるあたり深く昏睡しているわけでもなさそうだ。


「主サマ、大丈夫ですか? 主サマ。」

「…………ぅるさ……えねるぎ、ふそく…………ねかせろ。」


目を開けないまま、文句か命令か分からない言葉を残し再び眠ってしまうネメシア。


「……大丈夫そうだな。」


苦笑しながら横抱きにして、ひとまず屋内に運び込んだ。


(今回は大変だった……二人ともボロボロですげー汚れてるし。主サマ、身体拭いて着替えまでさせとかないと怒るだろうな、綺麗好きだからな……。じじいと同じ、介護だと思うか……。)


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