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ネメシアの獅子  作者: 翡翠のネコ
外伝 孤月の巫女と常若の都
26/27

外伝4

 ネメシアいわく、巨人の気配は社とは真逆の、都入り口辺りまで瞬間移動したらしい。警備の多い社の中を闇雲に動くのは得策ではないと結論付け、窓穴から外へ脱出し山中を通って戻ることにした。見張りがいないわけではないが、そもそも山から掘り出されたような社である。周囲に人が通れる道もなく少し離れたところは手つかずの原生林、歩きにくさと引き換えに見つかりにくいのは確かだ。


「主サマ、なんか“らしくない”よな。」


 ちょっとした空き地を見つけて小休憩しているさなか、前触れなく落とされた低い呟きにネメシアが眉を上げた。呟いた当人は水筒をあおりながら目を逸らしたままだ。


「どこら辺がですか? いつもの迷いも躊躇いもなく突き進むネメシアちゃんでは?」

「いいや。あの劇を見てからかな、この異界にいる奴らに対してやけに感情的な気がするんだよな。特にあのデカブツに。多少の自覚はあるんじゃねえか?」


 問いと同時に青年が少女へと視線を定めたが、入れ違いに少女は目を伏せる。


「俺たちの目的はグリフィスの回収だけだろ。都の人間にも、怪しい巨人にも、楽団宝船にも肩入れする必要はねえ。効率だけ考えるならさっきの巫女様を燃やして、怒り狂って攻撃してくるだろう奴を返り討ちにする手もあったのに、アンタなんて言った? 『奴との断絶を決めるのは早計』? どういう意味だよ、なんであの野郎にちょっとでも心を傾けてんだよ!?」


 始めは冷静に事実を述べながら、じわじわと語気は強まり最後は責めるような言い方に変わった。少女は何も言わない。

 だいぶ重たい空気の中、思いっきり白けた顔の透子が、呆れを前面に出した声色で口を挟んだ。


「めちゃくちゃ個人的な嫉妬じゃないですかぁ。真面目に聞いて損しました。」

「は? ちが………………くもねえかもしれねえけど……!」

「いやいや取り繕っても無駄でしょう特に最後のは。今気にするところじゃないでしょ~器が小さいのは嫌われますよ!」

「だぁって気になるだろうが!! 普段の主サマならさっきのとこで火をつけようとして止められる側じゃねえか!!」

「開き直んないでください!」





「私にもわからないのだ。」


 お決まりになったけんか腰のやり取りの合間にぽつりと落とされた、仕方なく打ち明けるような、若干曇った少女の声音に二人が口を閉ざす。一度顔を見合わせてからまたネメシアを見ると、彼女は眉間を揉み解す仕草と深呼吸を終えて顔を上げていた。


「人間にいいように使われる巨人をふがいないと思ったあたりまでは、いつも通りだった。だが都の者たちの浅ましさを見て、あの巫女の有様を見て……私たちに重ねて見てしまったから。」

「“私たち”?」

「正確には私と零毬に、か。」

「あっハイ。わかってますよ言われなくても……」


 仲間外れを宣言されいじけた透子は横に置いて。


「他者の状況を己の過去に重ね、あまつさえ我が事のように感情が動いてしまうなど初めての経験だ。合理性を捨てて巨人側の味方となり、ブーシウらの鼻を明かしたいとすら思う。何の利益にもなりはしないのに。」


 苦悩する表情を隠しもせず語った彼女は、本気で自分の心が理解できていないようだった。零毬は久しぶりに『ああ人外なんだったこの人』と思いつつ、少女の前に跪いて下から顔を覗き込む。


「主サマ。そいつは共感とか同情って言うもんだ。アンタにとっては初めての経験でよくわかんねえかもしれねえが、おかしなことじゃない。むしろ主サマに同情心があったことに驚きだよ。」

「……これが同情というものか。心とは面倒なものだな。」

「昔の俺なんて、心ひとつで破滅する人間のいい例だったろ。念のため聞くけど、竹野郎が好みの見た目してるわけじゃないよな?」

「は? 当たり前だろうが。」

「じゃあ何も問題ないな! 主サマがやりたい事やってスッキリするならそれが俺たちの利だ、ちゃんと胸張って俺たちの前を歩いてくれよ。」


 ニッと笑って見せた零毬と、真顔のネメシアが見つめ合う。


「……主サマ? っておい、ちょっと!」


 かと思えば両手で栗色の髪をわっしわっしと撫で始めた。抗議も無視した乱暴めの手つきに青年が目を回しかけたころ、今度はぎゅっと抱き寄せて小さく一言。


「……助かった。」

「! へへ、主サマにそう言ってもらえる機会があるとはな。」

「私が『心』というものに向き合うようになったのは、零毬と出会ってからなのでな。自分で自分の変化に気づけなかったりこうやって言語化できず悩んでいたりしたら、また頼む。貴様の方が、私のことをよく見ているようだから。」

「おう、任せてくれ。」


 零毬が照れ笑いとともにネメシアを抱きしめ返す。

 久々の甘い触れ合いはしかし、突如現れた乱入者に邪魔されることとなった。


「うわ出た、金舵さん!!」


 がさっと茂みを退け出てきた姿に透子が身を引き叫び、胡乱な目を向けたネメシアが唇を尖らせる。


「もう少し空気を読めなかったのか、堪え性のない奴め。」

「これでも話の切りがいいところまで待ってたんだぜ? ていうかオレの存在に気づいた上でイチャつき始めたろ、ホント肝の太いお嬢様だよ。」


 肩をすくめてため息をつく金舵に、仕方なし、みたいな面で立ち上がった主従。緩かった空気を引き締めるように咳払いをしてガリガリ頭を掻き、気のいいおじさんの顔から裏社会の重鎮の顔へと切り替えた男がネメシアを見据えて口を開いた。


「なにもかも見なかったことにして、都を去ってくれねえか。そうでなければ、アンタらを処刑場に案内しなきゃいけなくなる。」

「面白いことを言う。私を殺せるつもりなのか。」

「ご案内はできてもお嬢様は死なねえだろうなぁ。だが、少なくとも儀式の邪魔をさせなければこっちの勝ちだ。」


 一度唇を引き結んで、金舵がほろ苦い笑みをこぼす。


「あぁ、こんなの交渉にも脅しにもならねえ、情けないこった。せめてグリフィスがオレの手元にあったら、何か違ったかね?」

「いいや変わらない、貴様らの力が私を上回れない限り。交渉が成り立つのは、同じ舞台に立っている者の間だけなのだから。」


 互いに分かり切った答えだったがゆえに、悲愴も絶望もなくそうだよなと首肯した男。対話終了を合図に、ひそやかに空き地を包囲していた兵士たちが動いた。


 ザッ!!

 一斉に突き出された槍を上空へ飛び躱す。透子の武器生成魔法、光り輝く大槌は闇に慣れた目を焼き、一瞬でも怯めば接近した獣が鎧ごと爪牙の餌食とする。

いつもならこれで終わりだがここは常若の都、不死という異常が正常な異界、血肉をまき散らしながらも倒れることなく武器を振り上げる兵士。森中に増えてきた増援の気配に、余裕のない表情で二人は背を預け合った。


 兵士の壁に分断される形で、ネメシアは一人夜の森に立つ。彼女を囲むのはたった五人、羽虫と大差ないそれらより姿を隠した金舵を警戒し気配を手繰るが、この異界特有の空気に紛れ捉えられない。


「余所見をするなァッ!!」


 怒号、感情に任せ振り下ろされた剣をネメシアは見もせず受け止める。流し目を送りつつ指の力だけで真っ二つに折った剣先を驚き固まった顔面に返してやった。わっと動き出した後続の槍を身体の捻りだけで躱し、奪い、木へと磔。吐かれた血が落ちぬ間に次、横一閃の剣を足場に敵の顎を一蹴。倒れた無防備の胴に刃を深々と突き刺し地面に縫い留めた。人外ぶりを十全に発揮した早業に連携が瓦解したたらを踏んだ残り二人。それを見逃してもらえるはずもなく、少女の小さな拳に首や頭蓋を砕かれ声も上げず崩れ落ちる。


「流石だな! この程度じゃあ得物を出す必要もねぇってか!」


 金舵の声がした。バッとそちらを向けば目前に飛来する矢。片手で払い落としつつ黒い剣を呼び出すが、森ごと焼いてしまおうと込めかけた雷はあることに思い至って霧散する。


(今、奴を殺してしまうと、楽団員がまとめて敵対することになるのか。内輪で揉めていてくれた方が後々都合良い、となるとこやつをどういなすかが問題だな……)


 ネメシアの耳にはひっきりなしにキリキリと、弦を引くバネ仕掛けの音が届いていた。羽虫を払う僅かな時間で(いしゆみ)の部隊を配置した、金舵の指揮能力に内心舌を巻く。


「らしくねえな、いつもの派手な戦い方はしないのか?」

「らしくないのはそちらだ、貴様の楽団はどうした? 生への執着のために船を捨てたのか?」


 しきりに位置を変え喋りながらも居場所を掴ませない男だったが、挑発を急所に打ち返されたらしく一瞬押し黙った。ギラリと目を光らせ、復活し始めた兵士の頭を踏みつぶして再度無力化しつつ攻めに転じる少女。ひとたび木々の間を駆けだせば矢など恐るるに足らず、各個撃破される弓兵の悲鳴が響き渡り血臭が漂う。


「見つけたぞッ!!」


 手あたり次第動くものを斬り伏せようやくネメシアは金舵を視認できるまで近づいた。舌を打った金舵が隣にいた弓兵の首を引っ掴んで投げ、憐れ投擲物にされた彼は剣の露と消える。間髪入れず迫る鋸刃の短剣も少女は容易く受け止め、耳障りな金属音と火花が散った。

 眼球狙う横振りを屈んで避ける。返る刃を剣の腹で弾き鋭い蹴り上げを見舞うが紙一重で躱される。


「ふんッ!」

「おっと。」


 伸ばし切った足を引き戻す一瞬の硬直、すかさず金舵が細い足首を捕まえ、少女の矮躯を全力で投げ飛ばした。

 背中から強かに木の幹に叩き付けられ、反動を受けた首や四肢が激しく揺さぶられる。落下を待たず追撃の蹴りが脇腹を捉えもんどりうって転がった、しかしここまでされてもネメシアは呻き一つ上げず平然と立つ。金舵が乾いた笑い声を漏らし、汗を拭う仕草を見せる。


「わかっちゃいたがホントの化け物だな、うちの可愛い団員たちを連れてなくてよかったぜ……」

「わからんな、貴様は何がしたいのだ。貴様の振る舞いはなにもかも中途半端に見える。私にとって人間はいまだ理解しきれん存在ではあるが……目的も理由もなく死地には立てないことくらいわかる。なぜ貴様は私の前に出てきた? その半端なか――」

「オレを気にしてくれて光栄だが、そろそろあっちはまずいんじゃねえのかい?」

「なに?」


 問い返そうとした瞬間に銃声、鼻を掠めた硝煙。ネメシアは簪の飾りが頬を打つ勢いで振り返り、


「ぎゃあああぁぁ――――っ!!?」


その悲鳴が耳に届くより早く地を蹴っていた。





 真っ暗な地面に血が滴る。色は闇に溶け込めど、音と鉄錆に似たにおいが青年の負傷具合を物語る。力の入らない体を半ば横たえ、長い爪を懸命に振りかざして牽制する零毬が忌々し気に声を絞り出した。


「透子ォッ、さっさとしろぉ……!」

「わかってますけどぉ!」


 彼の背には数多のガラス片が突き刺さり瘴気の毛皮がほとんど消えてしまっているし、透子はバラバラになった自分の身体をかき集めている真っ最中。

 薙ぎ払っても途切れない敵の群れに疲弊した隙を突かれたのだ。戦場へ紛れるように持ち込まれた一丁の銃は、大きな獣に向けられるような猟銃だった。折り紙付きの威力は脆いガラスを吹き飛ばし、飛び礫と化した破片が化け獅子に襲い掛かった、というわけである。


 切り刻んだ兵士たちが、だんだんと回復して起き上がり始めた。


 変化が解けてしまえば零毬は抵抗の術を失う、そのあとは……具体的な想像はできなくとも、いいものではないだろう。爪の輪郭がぼやけ始め、くそが、と悪態の体をとった焦りが漏れた。

 絶体絶命かと思われたその時。

 夜空を裂き奔る雷光が、全てを真白に包む。


「おわ。」

「ひょっ」


 思わず発した声は意味もなく、また落雷の轟音にかき消され誰に聞こえることもなく。過剰な音と光に眩んだ意識が戻ってきたころには、燻る草木と赤熱する炭の山が積み重なっていた。不思議なことに、人の肉が焼けるとき特有の悪臭がしない。


「零毬!!」


 二人が衝撃から立ち直るより先に、必死な顔のネメシアが全力疾走で飛び込んでくる。


「零毬、傷はっ!?」

「た、助かったぜ主サマ。ガラス抜いてくれ……」


 言葉にされるまでもなくテキパキと異物を取り除き、傷を治す。投げ捨てられた破片は透子に戻っていき、いくらもかからず二人は元通りになる。

 陣札を用い治ったことを確認しても、少女は青年の腹や背中をペタペタと触り続けていた。何を気にしているか察して、零毬はその手をそっと掴む。


「撃たれたのは俺じゃなくて透子だよ。あいつが銃弾で砕け散って、とばっちりを食らっただけ。アンタが治してくれたので全部だ、もう大丈夫だ。」

「…………撃たれて、いないのだな? なら、いい。わかった。」


 言い聞かせるような語り掛けに、彼女はやっと自分が取り乱していたことを自覚し、同時に落ち着きを取り戻したようだった。


「っていうか簪はどうしたんだ? 枝にでもひっかけたのか?」


 ネメシアが顔を背けた拍子にほどけた髪が揺れ、飾りの不在を示す。指摘されて、すこぶる面白くなさそうな表情で背後の森を指差した。


「こちらに気を取られたときに金舵に抜き取られたようだ。さっさと取り返しに行きたい、もう立てるか。」

「ああ、もちろん!」

「早く行きましょ! 炭化した人が再生を始めて、すごい気持ち悪いことになってきてます、早く離れたいですぅ!!」

「は? うわ、うーわ……見なきゃよかった……」

「ここまで焼くと回復が遅くなるようだな。」


 うぞうぞと肉色に変わり始めた気持ち悪い炭の山を踏み散らして、一行は再び森の中へ突入する。方位磁針が北を示し続けるように狂いなく、ネメシアはまっすぐ山を突っ切って最短距離で金舵を追いかける。駆け抜けた先には石切り場、広く平らな岩場があり、目的の男はそのほぼ中央に辿り着き息を整えているところだった。


「はっやいなぁ人外さんは……!」

「金舵アァッ!!!」

「そんな血相変えなくても、返すさ! ほらよ!!」


 鬼の形相で速度を上げたネメシアが、空高く放り投げられた小さなものに気づいて目を見開く。今まさに取り返そうとしていた簪がくるくると宙を舞い落下していき、人外の脚力が足首を軋ませながら無茶な方向転換を敢行し、少女の手が見事それを受け止めた瞬間。


 がこん、と地面が口を開いた。

 いつかのとよく似た仕掛け、しかしそれよりも広く、早く、深く、どうあがいても逃れられない状態に追い込まれた三人は重力に従い暗闇の中へ。


「奴に見下ろされながら落ちるのも二度目だな。」

「言ってる場合かよ主サマ!! 俺の側へ、結界を……!」

「うちもっ、うちも入れてください~ぃ!!」


 自由落下の強風に煽られながら必死に手を伸ばし、あるいは足をばたつかせ、一塊になろうと集まる。互いの手を掴み合ってとりあえず何とかなるか、と思ったところで眼下がパッと明るくなった。

 炎だ。広大な穴の底で一面の炎が躍っている。


「ッなるほど処刑場ってこういう……!!」

「二人とも私の胴体に掴まっていろ!! 零毬は変化も!!」

「はいっ!!」


 即応した二人をぶら下げ四方の壁に視線を走らせるネメシア、側面に通路らしき四角の穴を見つけると剣を呼び出し、刀身に指で陣を書き付ける。

 陣が輝き、剣の柄をしっかと掴んだ手がぐんっと引かれる。垂直下降に横への力が加わったかと思った直後、置き去りにせんばかりの勢いで剣がすっ飛んだ。お供たちが悲鳴を飲み込み必死にしがみつく。


 ドガッッッ!!!


 石壁に思いっきり突き刺さる剣。


 びたんっ!


 勢いそのままに壁に叩き付けられる零毬。


「ぅあっづぅ!! 毛皮越しでよかった、火傷するとこだったぜ。ていうか透子ォ! てめえよくも人を布団か座布団みてえに!!」

「だってぇ! うちが叩きつけで砕け散る方が絶対大打撃でしたよ、いいんですかぁ!?」

「ぐぬ……!」

「早く上がらんか!!」


 ぷらぷらしたまま揉める二人を、ぶら下がられたままの主が怒鳴りつけ強制的に黙らせた。

 主から離れて、黒く大きな爪を食い込ませ零毬は透子を背負ったまま平坦な壁をよじ登って通路に上がり、それを見届けたネメシアが剣の柄を鉄棒のように使い、つけた勢いでひらりと同じところまで飛び上がる。


「このでかい横穴、いったい何だろうな。通路にしちゃ明かりも何もなさすぎる。」

「空気穴ではないか? この巨大な火葬炉ならこれくらい必要だろう。」


 答えながら剣の方へ手をかざす少女だったが、深く刺さりすぎたのかなかなか抜けない。角度を変えたり細かく動かしたりと格闘している間、うろうろと周りを見ていた透子は何げなく覗き込んだ下にあるものを見つけて顔をひきつらせた。


「……よしっ抜けたぞ。では行こうか。」

「あのあのあの~その前にちょっと見てもらいたいっていうか、これがうちの見間違いであればいいんですけどぉ~……」


 ぴるぴる震える女が、足元を指差す。灼熱の炉へ続く床の切れ目、ほぼ直角の石の角に三日月形の黒い汚れが一つ、二つ、三つ、四つ。まるで、誰かが這い上がろうと指をかけたような。


「煤か、これ?」

「この下の壁、点々とくぼみもついてるんですよ。無理やり削って作ったみたいなのが……。でもさすがにあり得ないですよね、あんな火の海から登ってくるなんて、いくら不死身でも人間じゃ不可能ですよね!」

「さてな、人間というのは時折常軌を逸した輩もいるようだから。ここに物的証拠がある以上、この先にいてもおかしくはない……その手形の主がな。」


 下方の炎が照らすのは、せいぜい三人が立つ場所から数歩先まで。それより奥はどろりと重たい闇に満たされ一切見通せない。常人なら身を竦ませる暗闇にも気負わぬ足取りで突入するネメシアの、黄金の髪が光を受けて篝火のように輝いていた。


 かつかつ、三人分の足音が反響する。唯一夜目の利かない透子には松明を与え、ひとまず進めるところまで進んでみようと歩き続けることしばし。人の手が入っている部分は途切れ、自然の洞窟につながり上り坂になった。そこも抜ければやっと狭い空が頭上に見え、どこか深い谷の底に出たと知れた。


「空が白んでるな。ここからはまたよじ登るしかなさそうか?」

「思ったより植物が生い茂っていて、人の痕跡がわからんな。例の人物はここも出られたのだろうか。」


 日が昇り始めたことで空と崖の境目がくっきり浮かび上がり、地の裂け目では無く穿たれた穴のような地形なのが分かったがそれだけだ。うぅむ、と唸りながら穴の底を一周してみる少女、その最後の一歩を踏みしめた時、聞き慣れぬ声が足元から漏れた。


「おや。結局出られずこんなところに埋まっていたのか。」

「……誰だか知らないけど、気づいたんなら掘り起こしておくれよ。」





「あーあ酷い目に遭った! 不死身も碌なもんじゃないね。」


 身体を圧し潰す岩から解放され、開口一番そう宣ったのは年端もいかぬ少女であった。長いこと再生することもできなかったらしい手足をゆっくりと動かしつつ一行を見渡した、その容姿に既視感を覚えネメシアが衣服と問いを投げつける。


「貴様、孤月の巫女の関係者か?」

「孤月の巫女? ああ、ホゥユエのことね、そう呼ばれてるんだ……」


 礼もそこそこに裸体を隠し、巫女を親しげに呼ぶ彼女は普通の人間に見えるが、顔が巫女と瓜二つであった。


「あんたたちは炉の方から出てきた、ってことは簒奪者どもの仲間ではないってことだよね? そこ確認できないと話ができないんだ、大事なことなんだよ。」

「簒奪者とはあれか、孤月の巫女を祀り上げ不死者を増やそうとしていたブービエンとブーシウらのことなら敵対してはいるな。」

「そうそいつら……ってなんて? 今あいつらそんな風に名乗ってるってこと?? はぁあ、厚顔無恥とはこのこと!!!」


 治ったばかりの両手で己の頭を掻きむしり、少女が引き絞るような声で怒りを吐露した。


不老(ブーシウ)不変(ブービエン)だって……!? なんて、なんて奴ら、絶対許さないからな絶対その(ブー)の字を剝ぎ取ってやるからな!!!」


 我慢ならぬと唸る様も気に留めず、言葉を重ねるネメシア。


「語れる口があるなら洗いざらい吐いてもらおう。貴様は何者なのか、奴らは何を簒奪したのか、そしてこの都の真実を。」

「もちろん聞いてもらうさ、奴らの悪徳を闇に葬らせないために私は、どんな苦痛を味わっても自分を手放さなかったんだからね!!」


 憤怒の炎を宿してぎらつく目をした少女の名はシユエ、都の前身として語られた寒村にて生まれ育った人間であるという。山の恵みに生かされる傍ら、すぐ近くにあるにもかかわらず立ち入りを禁じられた竹林があり、幼心に言いつけを破ったことが全ての始まりであった、と彼女は語り始めた。



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