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ネメシアの獅子  作者: 翡翠のネコ
外伝 孤月の巫女と常若の都
24/27

外伝2

「ハッ!!?」


 飛び起きる。ばさりと舞った掛け布団、気づいたネメシアが素早く寄ってきて彼の顔を覗き込む。その表情はひどく硬かった。


「……何があった。」


 結局零毬はあの後気絶してしまい、異常を察知した主が引き返して救助してくれたのだという話を、無理やり寝かしつけられた床で聞く。やはりネメシアの人外感覚をもってしても、あの何者かに気づくこともできなければ手掛かりも見つからなかったという結果に、嫌でも気が引き締まる。


「しかし精神感応を気合で弾くなど、随分無茶をしたものだ。脳にそれなりの損傷を負っていたから焦ったぞ。不調は無いか?」

「横になる必要性を感じないくらいには元気だよ。で、主サマはどう思う、強敵か? 多分あののっぽ野郎がこの異界の核で間違いないと、俺は見てるんだが。」

「そこは同意見だが、脅威となるかは別だ。私から見ると奴は……」


 いつも迷いのない大きな瞳が不意に瞼に覆われた。不自然に言葉を切り、腕組みしながらうつむくネメシア。たっぷり数十秒悩んだ挙句「なんでもない」と話を打ち切る姿は初めて見るもので、じっと見つめて圧をかけてみるが彼女に効果があるはずもなく。

 二人の無言のやり取りを見守っていた透子が、ついに焦れた様子で挙手しつつ割り込んできた。


「とりあえず都を見物してみませんか? ここがどんな場所か、人々がなぜこんな異空間で暮らしているのか、もしわかったら何かの糸口になるかもしれません。それに昨日、零毬さんを運んでいた時、門番さんに災難だったなって声をかけられました。きっと知っていることがあるんですよ! ここで睨み合ってないで外へ出てみませんか?」

「……そうだな。」

「……まあ暇を持て余しても仕方ないしな。主サマ、アンタいっつも大事なこと言い忘れるんだから、言えそうなことあったらすぐ言ってくださいよ!」

「善処する。」


 すっきり纏まったとは言い難くいくらか憮然としていた零毬だったが、宿の外に出れば見慣れぬ景色に気が持っていかれる。ぐるりと周囲を眺め回して感心と感嘆を吐息に滲ませる零毬。

 鮮やかな朱と緑は直前にいた町とも共通するが、この都には一つ、特別なところがあった。


「ほぼ全部竹で造られた都か……!」


 建物は壁から庭柵、道具は武器から燃料まで、竹材が利用されていないところが見当たらないのだ。普通は木材が使われそうな部分はすべて竹の板材になっており、高い加工技術があること、そしてそれを十全に発揮し美しい建物を並べられる財もあることがうかがえた。

 極彩色で緻密な柄が表現された、庶民の生活とは縁が無さそうなお高そうな織物が、街のあちこちに掲げられ風にはためく。壁や屋根の飾りとして鎮座する虎は金箔で覆われ陽光を眩しいほど照り返す。

 異国情緒に加え、常識外の煌びやかさを兼ね備えた街並み。活気があるが騒がしすぎず、どこか穏やかな雰囲気で満ちた、絵空事のような景色。


「まるで御伽噺の舞台だな。神々の住まう楽園みたいな、惜しみない贅の凝らされ方してら。」

「おいそこのあんたたち!」

「ん?」


 あっちをキョロキョロこっちをジロジロ、余所者感丸出しで歩いていたためか見知らぬ者が一行に声をかけてきた。不審がられたか、と弁明しようとすれば笑顔で首を横に振られ。


「外から来た人は必ず宴に招待しているんだ。このトコワカの都は選ばれた者しか辿り着けないから、みんなが外の話や目新しい娯楽に飢えていてね。都の総力を挙げて歓迎するよ、代わりにあんたたちの旅の話、故郷の話をしてほしい。断ってもいいが、その場合は道行く人々から質問攻めにされる覚悟をしてくれよな。」


 ふと風が止まる。いや止まったのは人の流れだ、視界に入る全員こちらを注視していることに首筋がぞわつく。


「……なんか、今ので周りの目の色が変わった気がするんですけど……?」

「来訪者に失礼にならないように、個人で外の話を聞きにいかない代わりに歓迎会で聞いた話を新聞にまとめて共有する決まりになっているんだ。逆に言えば、来訪者が歓待を拒否したら各々で話しかけてもよくなる。死ぬほどもみくちゃにされるだろうね。」

「大人しく宴に出た方が時間は取られない、と。なるほど。宴の場では都についても聞けるのだろうな?」

「もちろん! ではついてきてくれ、会場へ案内しよう。」


 あくまでも友好的な笑顔を浮かべて宴への参加を促す案内人と周囲の圧力に、少し面倒そうにしながらもネメシアが了承の意を示した。主が決めれば否はない、連れ立って案内人の背を追う。

 人波を縫うように歩き、案内されたのは大きな集会場らしき背の高い建物。全体は八角形の角柱の形をしており、屋根は三段に分かれ大中小と積み重なった装飾的なもの。八角形の角ごとに屋根の端が反りあがっていて、朱や橙で塗られていることも相まって花が咲いているかのようだ。

 綺麗な円形の両開き戸という、これまたこの国特有らしい建築様式に目を奪われつつ中に入れば、青竹色の衣服に身を包んだ男女が一行を迎え入れた。


「ようこそおいでくださいました。」


 体の前で袖を合わせるしぐさと共に軽く頭を下げ、男女は声を揃えて言う。年のころはどちらも三十代前半に見えるが、こんな場で代表として立つということはそれなりの地位にあるのだろうか。彼らの後ろには大きな円卓があり、大皿に山と盛られた数々の料理が湯気を立ち昇らせていた。


「お席へどうぞ?」


 女性がそう言って椅子を引くが、変わったことに三人の席は一つずつ間が開けられ、空いた椅子に男女が座るようだ。

 中央、一番上座がネメシア。彼女から見て右に男、零毬。左に女、透子。残った席に案内人と他数名が収まる。


「おや、不思議そうですな。主催が手ずからお客様をおもてなしするのはここらでの常識なのですが……あなた方は余程遠くから来られたのですか?」


 大皿から取り皿へ、慣れた手つきで分けては各々へ配膳していく男女の様子から嘘ではないことが分かり、異国の文化だなあとしみじみする透子。零毬はそんなことよりも他人に挟まれて内心不機嫌になっているであろうネメシアが気になって仕方ない。

 酒と料理がいきわたり、歓迎会の始まりが宣言される。


「では、都に新しい風を吹き込むまれびとの来訪を祝って!」


 高く掲げられる盃、一行の代表として、感情を努めて無にしたままのネメシアがそれに応じるのだった。





「そうだ、申し遅れましたが、わしはこの都の長を務めるブービエンと申します。そちらが妻のブーシウ。いやあ自己紹介をする機会が滅多になくて、ついつい忘れてしまいます。」


 皆が料理に箸をつけた頃、やっと気づいたらしいブービエンが慌てたように名乗った。


「長ですか、お若く見えるのにすごいですね。」

「あらお聞きになりませんでした? ここは常若の都なのですよ。」


 素直な驚きを口にした零毬に、ブーシウの方が嬉しそうに笑って、大事なことをネタ晴らしするような雰囲気で話し出す。


「ここに住まう民は老いや死から解放された、つまり不老不死を得た人々なのです。もちろんわたくしたちも。これでもこの都がまだ寒村だった頃からの、長老と言ってもいいくらいの年月を過ごしていますのよ。」

「不老不死!? い、いったいどうして、どうやって!?? そんなホイホイ実現できるものじゃないですよねぇ!?」

「外の人々にとってはそうでしょうね。でもわたくしたちには、孤月の巫女様の御加護がありますから。」


 孤月の巫女。

 その名前が出た途端、もともと上機嫌に飲み食いしていた都の民たちがさらに笑顔になった。にこにこ、にこにこと、大袈裟な、わざとらしいくらいの満面の笑みにどこか濁った欲を感じ取り、透子は愛想笑いしながら視線を落とした。

 代わりに人の顔色など窺わない我らが主が切り込む。


「それは何者だ? 人間とは思えんが。巫女というからにはさらに上位の何かを奉り、間接的に恩恵を与えてくれる存在ということか。」

「ネメシアさんこそお若いのに聡明でいらっしゃる! かの方は月神に遣わされし神使様、不老不死の霊薬を下賜されるほどの寵愛を受けた――」

「これ、おまえ! その先はアレの出番だろう!」

「あらやだそうでしたわ!」


 何やら現地民側がにわかに盛り上がり、ついていけない客をそのままに何かの用意が始まる。風景の描かれた幕が立ち上げられたことで、小芝居の舞台であるらしいと分かった。


「都の成り立ちをちょっとした劇でご紹介いたします。お客様は気楽に、くつろぎながらご覧くださいね。」


 室内の明かりが弱められ、相対的に照らし出される舞台。

 切り絵を組み合わせた紙人形が、背景の幕にくっきりと影を落とした。





 背景は月の輝く空と山々。山間に貧相な数人の人影が揺れる。


「昔々、この都が小さな寒村だった頃のことです。険しい山に囲まれ外との交流も難しい村は、飢えと病で滅びる寸前でした。そこに現れたのが、月神の使いとして修行の旅をしていたホゥユエ様だったのです。」


 語り部の言葉に合わせて新たな影が舞台へ現れる。四肢を躍動させながら舞台を横切る虎の姿、その背には少女が乗っていた。

 降り立った虎に震え上がる人々だったが、少女が進み出て光を舞い散らせると虎が消えて少女に虎耳と尻尾が現れた。あざとくもかわいらしい虎耳少女が、ひらひらと舞い踊り村人たちに花びらを振らせる。するとうなだれていた彼らは急に元気になったようでひょこひょこ動き始め、少女を取り囲んだ。


「その通力と月神の薬によって村は救われました。村人はたいそう感謝し、月神とその使いをこの地の守り神として祀ることに決めたのです。」


 背景が入れ替わり、空は明るく山には社が描き足され、ボロを着ていた村人が身綺麗になっている。人の数も増え活気が出てきたようだ。そしてその輪の中心はあの少女である。


「月神の社を立てるとホゥユエ様はそこに住み着き、巫女として村に助言をくださったり交流を持ったりと、皆の中心的存在になっていきました。しかしそんな中で、悪しき企みを持つ男が一人。」


 舞台端で賑やかな一団を遠巻きに眺める、背を丸めた男の影が一人現れた。他の人形が舞台から捌けていき、男が入れ替わるように中央へ。光源が近づけられたことで、影は背景いっぱいまで大きくなって、不気味につり上がった口が目につく。


「男が求めたのは、月神が持つという不老不死の霊薬でした。慎重に時間をかけて彼女の力を調べ上げ、機会を狙い、ついにある夜の祈祷中、彼女が無防備になる瞬間に行動を起こしました。」


 また背景が切り替わる。石の洞窟らしき壁、天井にぽっかりと空いた穴から巨大な満月が覗いている。祈りを捧げている様子の虎耳少女。その背に忍び寄る影。

 男が躍りかかった直後、ぱっと舞台を照らす明かりが真っ赤に染まった。


「卑怯な不意打ちが、巫女の尊い命を奪いました。儀式の真っただ中、月神の御前での惨劇です。神は驚き、悲しみ、怒り狂いました。巫女を救わんと降り注いだ神の薬が飛び散り、男にも村人にも効果を発揮します。ようやく何かが起こっていることに気づいた村人たちに恐ろしい神の声が命じました。


『あの罪人を追放せよ! 巫女に近づけさせるな!!』


かくして村人たちは与えられた不死身の加護を持って、同じく不死身と化した罪人を捕らえ谷底の牢に幽閉しました。反省を促すための罰でしたが、神の祟りを受けた罪人は正気を失い、長い年月の果て怪物へと身を転じ牢から逃げ出してしまいます。」


 深紅の舞台が元に戻り、今度は背景でなく一枚の絵が出された。防壁を立て武器を構える村人たちと、不気味に節くれだった細長い体の化け物が戦っている様子だ。


「狂った罪人は今もなお巫女に執着しており、神は巫女がいつか復活するその日まで守り続ける代わりに、十年に一度不老不死の霊薬を下賜することを約束されました。この都はそのための砦。巫女が目覚めるまで、あるいは罪人が悔い改めるまで、我々は長い生と闘いの日々を課せられたのです。」


 その言葉を締めくくりとして、人形劇は幕を下ろした。






 透子は素直に、零毬は礼儀として、ネメシアは二人を真似て拍手を送る。ブーシウたち都の民はその賛辞を得意げに、満足げに受け取りながら部屋の明かりを灯し直し、席に戻ってきた。


「都の成り立ちを劇でまとめたものでしたが、いかがでしたか? わかりやすかったならよいのですが。」

「ああ、面白かった。闘いの日々といったが今は随分穏やかに暮らしているな、建物も人も増えて、安定したからか?」

「その通り! 始めこそ人手も防衛力も足りず苦労しましたが、今や奴は外壁を超えることもできません。生活への不安もなく、ここは月神によって造られた巫女の揺り籠でありながら我々の楽園にもなったのです!!」


 ふいにその笑みが違う色を帯びる。


「あなた方は運がいい、もうすぐ霊薬がもたらされる儀式の日なのですよ。儀式に参加し都の住人となれば、あなた方も不老不死になれますの、いかがかしら!?」

「いやいい、間に合っている。」

「はい?」

「お、俺たちには目的地があるからな! 残念ながらここに腰を据えるわけにはいかないんだ、主サマもそう言いたかったんですよね!?」

「ん、うむ。」


 明らかに想定外な返答をされて虚を突かれた顔をするブーシウ、零毬がネメシアのうかつな言葉選びに肝を潰して取り繕い、なおのこと不審な挙動を晒したり。


「あなた方より数か月前には旅の楽団がやってきたんですよ。宝船という、縁起のいい名に恥じない煌びやかさで!」

「えっあの人たちが……!? まさかその楽団もまだここに滞在してたりします……?」

「知ってるのかい? 外では結構有名なのかな。ずっと滞在して連日公演してくれているよ、皆大喜びさ! 見に行きたかったら頑張らないと、席が取れないと思うよ。」

「あ、あぁはい、大丈夫です。」


 思いがけず知った名前が出てきて目を泳がせる透子だったり多少の失態はあったが幸い深堀されずに済んだのだった。


 腹は満たされ、酔いが回り、誰も彼もが正常な判断力を欠いてゆく中でネメシア一人だけが、凪いだ思考で状況を俯瞰している。


「一つ問いたい。」


 おぼつかない手つきで酒を注ぐブービエンに、藪から棒にそんな言葉をかけ、反応も待たず続ける。


「あの劇の内容が事実であるならば、いつか巫女が回復し祝福が失われる日が来るのではないか。その時はどうするのだ?」

「ああ、そんなこと気にする必要はありませんよ……ここは永遠の楽園です。月神様の御加護は消えたりしませんよ。」


 月神様と尊称で呼び丁寧な姿勢を崩さないが、彼の表情にはそんな日が来るわけないとでも言いたげな卑しい笑みが垣間見えて、あぁやはりと少女は目を伏せた。





 結論から言って、宴でのもてなしには文句のつけようがなかった。

 料理や酒は空になったそばから追加され、零毬ですら最後にはもういらないとこぼすほど。帰りは牛車で宿まで送り届けられる好待遇。

 そして翌日、胃もたれや二日酔いで布団にシミの如くへばりついたお供たちを強制回復し、ネメシアはまっすぐ街門を目指した。


「おっ? この間来たばっかの御客人じゃないか、もうここを出て行っちまうのかい?」

「いいや。こっちの従者が先日襲われたときに、大事なものを落としてしまったらしくてな。それを探しに来ただけだ。」


 足は止めずに門番に答え、すたすたと零毬が倒れていたあたりまで来た少女が、スっとその場所にしゃがみこんだ。零毬達も慣れたもので、すぐ意図を察して身を寄せ地面を漁るような体勢をとる。


「で、主サマ、何しに外に出たんだ? 悪いんだけど俺、飲みすぎて後半は何も覚えてなくてよ。」

「うちも……おなかいっぱいで眠かったし、お酒の匂いきつくてぼーっとしちゃって……すみません。」

「申告せずとも全部見ていたから知っているわ馬鹿どもが。……ただ、この話をするならもっと都から離れたい。零毬、奴はどのあたりに立っていた?」


 最後の問いだけ大きめの声で、それに答える彼もわざと響くように声を張る。


「あっちの方でした!」

「よし、行ってみよう。奴に持ち去られた可能性もある。」


 急ぎ足で竹林へ、周囲に人の耳目が無いと確認してからは散歩するようにゆったりと歩みを進める。吹き渡る風と、擦れ合う竹の葉が立てるささやかな音、果ての見えない青竹の連なり、踏みしめた枯葉と土の層はふかふかと柔い。直射日光こそ当たらないが天気は晴天で明るさには困らず、何事も無ければ散歩日和と喜べたことだろう。


「あの劇の内容、どう思った?」


 前触れなく口火を切った主の声に、周囲に向けていた意識を戻す。


「どうといわれても、ふぅんそうなのかとしか思わなかったが……強いて言えば男一人だけが悪い奴だったのか? 他の奴らは何してたんだってくらいか。まぁ一つのお話としてまとめるために色々省いただろうし、重箱の隅をつつくみてえなもんだよな。」

「なんか似たような話聞いたことあるなーってずっとモヤモヤしてました。今さっき思い出したんですよ、月から来て、月へ帰っていったお姫様の話だ! って。」

「ほう?」

「なんだそりゃ、知らねえ。」

「え、零毬さんも知らないんです? 結構有名な御伽噺なのに。」

「あいにく俺はお前ほど文化的で余裕のある生活はできてなかったんでな。それとも嫌みのつもりか?」

「違いますよぅ!」


 眦を吊り上げ肘鉄を繰り出す零毬にタジタジになりながら、透子は何とかその続きを話す。


「えっと、内容自体に共通点は少ないんですけど、月が重要であること。不老不死の霊薬が登場すること。重要な要素が同じなんです! 御伽噺のお姫様は竹から生まれてきてて、この場所も竹ばっかり。もしかしてここの話が元になって、あの御伽噺ができたのかも!」

「もしそうならとんでもない皮肉だな。」


 目を輝かせ語っていた透子がピャッと身を竦ませ閉口する。嘲笑と憤りがないまぜになった、ひどく恐ろしげな声だった。


「主サマ……?」

「事実はまったく正反対だ、そうなのだろう? 隠れていないで出てこい。」


 明後日の方向に投げかけられた問いに、幾度か目を瞬いた時。


 がさ。

 がさっ、もこ、ごごごっ。


「えっ!?」

「なん、はぁ!? タケノコ!!?」


 積もった落ち葉を掻き分ける音で咄嗟に身構えたものの、ぼこっと頭を出したそれは、一見するとタケノコにしか見えなかった。あっけにとられるうちにもどんどん地面の揺れはひどくなり、タケノコ(?)はどんどん地上に出てきて一行の誰の背丈も超えた大きさとなって、壁のように立ち塞がる。

 聳え立ったタケノコ(?)がついに動きを止め、次にしゅるる、と高級な反物がほどける様な衣擦れの音を奏でて円錐形が崩れる。タケノコの外皮によく似た模様の、一枚の外套であったらしいそれから顔を覗かせたのは。


「ッてめえは!」


 身の丈十尺、枯竹色の長い髪をすとんと下ろし、細長い耳には大量の星を模した銀細工。土気色の顔はやけに端正で満月のような瞳がよく目立つ。

 威圧的な長身に不釣り合いな、見ていて不安になる細さ。

 生命力を感じさせない肌や髪と、雄弁なほど意思を宿し輝く瞳。

 これから伸びてゆく筍と、既に命を終え朽ちゆく枯竹の、両方の色を纏う不気味な巨人がそこに立っていた。


「奴らの嘘偽りをこんなに早く看破したのは貴殿が初めてだ。して、某に何用か。」

「何用かとはご挨拶だな、私の従者に先にちょっかいをかけたのは貴様だろうが。まあ、今回の目的はお礼参りではない、グリフィスという夜空に似た見た目の石を探している。返してもらおうか。」

「持っていない。」

「わかっているとも。この先に隠し場所があるのだろう? 同じ位相にある私の一部ならどこにあるかなど手に取るようにわかる。そこを退け!」

「出来ない、某にはあれが必要なのだ!!」


 巨体にふさわしい声量で巨人が怒鳴る。共鳴するように周囲の竹が震え、しなり、そして一行へ牙を剥く!


「きゃあああ!」


 一人反応が遅れた透子が情けなくも避け損ね、竹鞭に地面へと叩きつけられた。パキャンッ! といつもの破砕音が鳴る。


「当たれば痛そうだが、ただの竹じゃあ切って仕舞いだな!」


 毛皮を纏い零毬が吼える。枯葉を巻き上げ四つ足で疾走し、長く頑丈な幹を鞭として迫りくる青竹をさらりと躱してみせた。その身のこなし、腕を振り回して斬撃をまき散らす様は獣のよう、しかし狙いは的確に節目節目に定められ、軽快な音を立てて動く竹の数を減らしていく。


 ヴォンッ!!!


「っとォ!」


 背後からの攻撃に宙返りで回避、すれ違いざまひっかけた爪はしっかと食い込み彼の身体をその勢いに乗せる。すっ飛んだ先、爪を構える先に巨人。


「オラァッ!!」

「うっ!?」


 スパーン!!

 カランッ。


「……あ?」


 確実に首を捉えたはずの手に伝わった軽い感触に、零毬が思わず声を漏らし振り返る。

 いない。

 影に気づき向き直れば眼前に巨大な手のひらが。


「ガアアァァッッ!!!」


 解放した瘴気と黒獅子へ変化した反動でなんとか巨人の手を退けた。


「なに……? 人ではなかったのか!? ならば……!」


 黄金の目が輝く。風によらず浮き上がる髪は、枯死したような色のせいか背筋を凍らせるほど不気味だった。が、空を裂く雷がその中心、すなわち顔面に命中し炭色に塗り替える。


「主サマ! さっすが……!」

「油断するな、奴も不死身だぞ!」


 鋭い警告を発しつつ零毬と並び立ったネメシアが剣を正中に構える。ほんのわずか目を離した隙に、炭山の向こうに無傷で再び現れた巨人が何かの動作を終えたようだった。

 いったい何が起こるのか……緊張で張り詰めた四肢が、背後の物音に過剰反応するのは当然のことで。


 カランッ。


「「!?」」


 大袈裟に飛び退いた二人の間をカラカラコロリ、ぶつかり合い音を立て転がりゆくのは、先程まで散々切り倒した竹の残骸。あっけにとられながら目で追えば青々としていたはずのそれらが急速に色を失い、そして勝手に組みあがっていき、


「虎!?」


煤竹色の虎人形が、のしりと地面を踏みしめた。

 体高は獣形態の零毬に匹敵し、筒の形そのままで組み合わさり形作られているために凹みの影が縞模様に見えてそれらしい。張りぼてのくせにネコ科特有のしなやかな足運びを見せ、擦れ合う空筒に音を反響させ威嚇の唸りに似たものを発していた。


「こんなのもありなのかよっ!!」


 悪態つく獅子に隙ありと見たか、落ち葉を蹴立てて猛然と飛び掛かってくる。突進は難なく躱せど身を翻した虎の尾に横面を打たれ、悲鳴を上げ怯んでしまった。


「ギャッ!! ……くそ、やりやがったな!?」


 鋭い爪をお返しに叩き付けるが、不可思議な力で強化されているらしく切断には至らない。それでも全体重をかけて押し込めばバキバキとひしゃげる音がし始め、虎がもがく力を強める。

 胸を蹴飛ばされ、呼吸を阻害された黒獅子が振りほどかれ二頭の距離が開く。互いに円を描くようにゆっくりと歩み、睨み合う。


 次に動いたのは二頭同時だった。


 身体全てでぶつかり合い、絡まるように取っ組み合い有利な体勢を探り、互いの牙を避けながら互いの喉笛を狙う。


 威力が可愛くない猫パンチの応酬。

 ブヅリ、槍のごとき断面の竹が獅子の毛皮を突き破るが今度は怯まない。虎の右前足を咥え全身の捻りを乗せ、


バキンッッッ!!!


もぎとった。

 首を振って残骸を投げ捨てる。張りぼて故さした反応もせず、しかし確かに動きの鈍った相手に迷わず追い打ちをかける零毬。防ぐ前足を失った死角に顎をねじ込み、その喉元に牙をしっかり食い込ませる。


「ヴヴウウゥヴゥ~~~ッ!!」


 力む声がくぐもって己の脳を揺さぶって、他の感覚が一時的に途切れ全ての力が筋力に変換される。

 勢いつけ後ろ足で立ち上がる。足が土に沈む感覚、虎の張りぼてを引きずるように持ち上げる。

 全身全霊を込め、虎の頭を地面に叩きつけた。


 ドゴォッッ!!

 揺れる大地、ビシビシバキィッ! と竹の身体にヒビの走る音が甲高く、悲鳴の代わりに木霊する。それでもまだ、仕留めるには足りない。

 決定打に困ってネメシアの方を伺えば、彼女は逃げる巨人を追って遥か先の竹林を駆けていくところだった。


(ちっ、主サマには頼れねえか。)


体力が尽きて、力が入らなくなってきたことを自覚する。攻撃を受ける前に退けば虎は立ち上がったが、背に風穴が開き頭部がかろうじてつながっている状態。これならば押し切れるかも、と思った矢先、さっき投げた足部分やどこからか転がってきた竹の切れ端どもが集まって、その欠けを補い始めた。


「キリが無えなあ~もう! どいつもこいつも不死身ってか!! ……ん?」

「零毬さ~~~ん!」


 近づいてくるとろくさい足音に耳を向けると、これまたとろくさいというか、呑気な呼び声が届く。


「透子てめえ今まで何やって――ぐえっ!」


 気を取られ注意を散らした瞬間どてっ腹に体当たりを食らい、今度は獅子が地面に釘付けられる。振り払おうとした時、


「あっちょうどいいですそのまま! そのままお願いします!」

「はぁ!??」


 耳を疑う発言に動きを止めてしまい、意図せず従う形になった零毬に透子は何を思ったかとてもいい笑顔で手を振り上げた。


「遅くなった分魔法を練り上げてきたんですよぉ~! これなら外しもしません、行きますね!」


 激しく嫌な予感がし、尻尾の先から両耳までぶわっと逆立つ毛。


「まっ待て……!」


 掲げられた手に現れたのが火の玉で、予感は確信へと。


「ま、透子、ふざけ……」


 慌てすぎると言葉とは出てこないものらしい、現実逃避に他人事のような冷静そのものの感想を抱く彼の目の前で、火球が虎の背に空いた穴にすぽり、入っていった。

 虎が赤熱する。

 火事場の馬鹿力というやつで押さえつける足をぶっ飛ばし身体一つ分距離を稼いだ直後、乾いた竹の塊は炎に包まれ、

 そして、



 爆発――――――いや、爆裂した。


「あちちちちちッ!! いたたたたた!!」

「ひえ~!?」


 バンバンと銃声もかくやの破裂音が響き渡る。程度と有様と火の粉の量がえげつない爆竹のようだった。よう、ではなく本当に竹が爆発しまくっているのだが。

 仕舞いには竹林のあちこちに引火し始め、さすがにまずいと透子を咥えて零毬はその場を逃げ出した。





「な、何が起こったんですか……?」

「てめえふざっけんなよ!!? 竹を割らずに燃やしたら弾けるってことも知らねえのかよ!?」

「知るわけないでしょ~!? そも切りっぱなしの竹とか身近じゃないし! それを火にくべたこともないし!」

「ていうかそれ以前に危なかったろ!? 俺ごと消し炭にする気だったんじゃねえだろうな!??」

「零毬さんなら大丈夫だと思いました!! 実際うまいこと逃げてたじゃないですか!」

「死に物狂いだったわボケ!!!!!」


 透子を放り捨てるように解放し、人の姿に戻った零毬が勢いのままに彼女の胸ぐらをつかんで捲し立てる。お互いがキレ散らかす声とともに炎の勢いも増していく中、二人は近づいてくる気配に気づかなかった。


「……ここで何をしているのですか、お客人。」

「あっ。」

「げっ!」


 武器を構えた守衛が問う声に我に返る。厳しい表情の男たちに囲まれていると気づきそろって顔をひきつらせた。


「この火事の火元はあなた方ということで間違いないか。」

「あの、これは不可抗力ってやつで!!」

「そうです怪物が襲ってきたから追い払おうとして!」

「都の外に罪人がうろついていることはすでにご存じのはずですよね? しかも何をしたらこんなに延焼するんです? 里山は生活を支える資源、火付けは重罪!! ひとまず縛についてもらいますよ!」


 これはもはや言い訳のしようもない。

 包囲したままじりじり近づいてくる守衛に抵抗するのは悪手だと判断し、両手を揃えて差し出し、素直に縄を受け入れる。引っ立てられながら振り返ると、竹林はまだまだ燃え盛っていて。


「ところであれどうするんだ? 消火は……」

「心配無用、だから早く都まで行くんだ。そうすればわかる。」


 よくわからないまま彼らに合わせて早足で進む。石段を半ばまで上がったあたりで、外壁の周りや上を忙しなく動く人々が見えた。なんだあれ、と思っているうちに、人間が乗れるほど巨大な流しそうめん装置に似たものが組み上げられて、すぐにドバドバと放水が始まった。


「おぉー!」

「火事に備えてあちこちに雨水を溜める貯水槽があるのさ。必要となれば即席の水路を作って、ああやって火元に水を運ぶんだ。」

「しかし、今回はひどく燃え広がってるからなぁ……消火用水を使い切るかもしれん。最近は雨が少ないし。」

「しばらくは一層用心せにゃならんな。わかるか、この都を揺るがす問題になるところじゃぞ! しっかり反省してもらうからな!!」

「はい……」


 守衛たちに説明されたり怒られたり、今度は全く別の意味で視線を集めながら都を歩かされる二人であった。












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