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ネメシアの獅子  作者: 翡翠のネコ
割れた硝子瓶
20/27

幕間 零毬の誕生祝い

時系列は、「酩酊に沈む街」で透子が元気になった直後あたりです。

「そういえば零毬さんって誕生日いつなんですか?」


 ナバラを出発するための最後の買い出し中に、いきなり透子がそんなことを言い出した。視線をなんとなしに追えば甘味処が建っていて、「特別な日におすすめ!」という売り文句が看板に書いてある。

 彼女の言葉と見ているもののつながりが理解できず、首をひねる零毬。


「なんでそんなことを聞くんだ?」

「え、大事なことでしょう? お祝いとかあるし、年齢が増える境の日ですし。」

「は? 年数えは年始だろ?」

「いつの時代の話ですか!? どんな田舎出身なんです!?」

「透子、忘れているようだが零毬は百年以上前の生まれだぞ。」

「あ!」


 嚙み合わない会話を見かねてネメシアが割って入る。


「ええ~じゃあ誕生日を祝ったこともないんですか? もしや日付もわからないとか……」

「お社の手伝いしてた時に自分のを見たことあるから、知ってはいる。確か八月の十一日って書いてたな。」

「……過ぎてるじゃないですか!!!」

「ほう! では祝いをしなければな。おい透子、人間の祝いとは何をすればいいのだ?」

「それはもちろん、特別な食事と素敵な贈り物、ですよ!」


 完全に乗り気な主と、キラキラ目を輝かせる透子についていけずぽかんと見守る零毬。そうしているうちに話がまとまったのかグリンと二人の首が向けられ反射的に身構えてしまう。


「な、なんだよ……」

「何が欲しい? できれば形に残るもので。そも貴様にとっての娯楽・趣味は何だ? あげ連ねろ、そこから考えるから。」


 そう聞かれても、まず自分が生まれたことを祝われる、ということが彼にとってしっくりこないのだが。一応記憶を掘り返してみるが、やはり碌なものが浮かばず情けなさにちょっと肩を落とした。

「俺の娯楽なんざ飲む食う寝るしかねえよ……ほかにやりたいことも思いつかねえ。」

「いつもと変わらんではないか。その中だとなんだ? 寝具か、盃、食器? 煙管はもう持っているしな……よく考えたら煙管以外に私物らしい私物を持っていないな、貴様。」

「あー確かに、着物とか全部主サマがしまい込んでたのを使わせてもらってるし。」

「じゃあ小さめの調度品もありでは? お気に入りのものが目に入るところにあると元気が出ますよ!」

「その通りだな、では店を探すぞ!」


 先に挙げられた候補から焼き物がいいのではないかと見当をつけ、信徒に話題を振っては情報を引き出し、一行はナバラの表通りから少し外れた古くて小さい店にたどり着く。

 昔から地元の工房と提携し細々と、だが連綿と経営を続けているというその店は、舶来品を主に取り扱う華やかな大店とはまた異なる趣があった。


「獅子や狛犬の置物があるぞ、置くなら対がいいが……」

「置けるところってなると戸棚の上くらいじゃねえか?」

「あそこじゃ高くてほとんど見えないですよぉ。」


 明りに照らされ、陶器の滑らかな輪郭がまろやかな光を返す。ぶつかったりしないよう慎重に、棚の間をゆっくり進みながら商品を眺めていく。ころころした動物型、草木柄の香炉、色彩豊かな湯呑やおちょこ。

 きゅっと身を寄せ合いあーでもないこーでもないと、個人への贈り物というより箱庭に合うものという視点で評価しながらさらに奥へ。茶壷や瓶、花器と大きめの作品群の中で一つ、零毬の目を吸い寄せたものがあった。


「主サマ、あれどうです? あの一番目立つ色したやつ。」

「む。あの金の帯したやつか。」


 それは一抱えほどある花器だった。全体は色鮮やかな朱色で、しもぶくれの腹を金の帯が一周しているだけと、色味に反して模様や装飾はほとんどない。


「弟君の瞳みたいな色ですし、床の間があるのに何も置いてなかったでしょう?」

「ゼスタの色か……ありだな。貴様も気に入ったのだな? ならばよし。店主はいるか!」


 ネメシアの呼びかけに、総白髪ながら溌溂とした表情の老婆が姿を現した。

だが購入の意思を告げると、なぜか苦い顔になって金額を口にした。


「高っ!?」

「ええぇどこの有名陶工の作品ですかぁ!!?」

「それが新しく独り立ちを希望している若い子の作品なの。腕に文句はないのだけれど、いちどちょっと、はっちゃけて採算度外視の作品を作っちゃって、それがあの花瓶なんです。無名だしこの値段は強気すぎるって言ったんだけど、開業資金も突っ込んじゃったから何とか取り返したいと。お酒で気が大きくなってたらしいわ、怖いわよねぇ!」

「あ~ははは……主サマどうしましょう?」

「ん? 買うと言ったら買うが?」

「えっ!? い、いいのですかお客様!?」

「どうせ金には困っていない。早く包め。」


 そう言って懐―正確には箱庭―から金子の詰まった袋を気軽に取り出す少女。震え上がる店主。慌てた様子で手を打ち鳴らし奥から従業員がわらわら出てくる。

 急に物々しい空気になってしまい縮こまる庶民二人をよそに、かしこまった店主とネメシアが話をまとめ始めた。


「はい、代金は確かに。……この額を即金で支払うお客様は初めてですわ。未来ある若者への支援に感謝を表したいのですが、どうでしょう? ほかにお気に召したものがあればそれもお付けしますが……」

「ふむ? 零毬、ほかに何かないか。」

「え、また俺?」

「貴様の誕生祝いのためにここまで来たのだ、主役は貴様以外にないだろう。とっとと選べ、それとも店主にいい品を紹介してもらうか?」

「いやいやいらないです、気が引けるんで!」


 主の提案を固辞して茶器の並ぶほうへ逃げるように移動する。居心地が悪かったのだろう、透子もついてきて一緒に商品を眺め始めた。


「なんだよついてくんな!」

「零毬さんが決めないとこの時間は終わらないんですもん! 急いで良さそうなの探しましょう! ところで茶器のほうに来ましたけど、お茶も嗜むんですか? 見たことないですけど。」

「んまあ、前までは興味なかったんだが、酒屋で知り合った奴からな、教えられちまったんだよ……。新たな可能性、酒出し茶の存在をな……!!」

「ブレませんねえ。」

「美味い酒を飲むために美味い茶を探すのもいいなって。箱庭にせっかく茶室らしき部屋もあるし、全く使ってないのもったいないだろ。」


 雑談しながらぐるっと見回す。きれいな白緑の茶器一式に目を留めて、湯呑の一つを手に取ると青年の手にしっくり収まる感じがした。透明感のある光沢に見とれていると透子が一言。


「それ陶器じゃなくて磁器ですね。この店内では珍しく舶来品ですよ。」

「そうなのか……これ主サマが使っても似合いそうだよな。ん、これにする。すいませーん!」

「はぁい……あらそれですか? 値札が倒してあるものは売約済みなのです。本日受け取りにいらっしゃるはずですので、もしかしたら直接交渉できるかもしれませんが……」


 店主が言い淀んだ時、狙い澄ましたように来客を告げる風鈴が鳴る。すらりとした長身、白い肌と艶めく金髪、明らかに外つ国の民とわかる男が従者を連れて入店。


「おや、先客がいるとは。こんにちは。」


 意外にも流暢にこちらの言語を操って、その男はネメシアにまっすぐ向かい話しかけてきた。不躾な視線に、少女の眉間に皺が寄る。


「なんだ?」

「おっと失礼。僕のような見た目の人は、この国では見かけなくて親近感を覚えてね。同郷者だったりはしないかい?」

「違うな。そちらはもしやあの茶器を受け取りに来たものか。」

「そうだけど。」

「実はこちらもあれを気に入ってしまった所でな、交渉の余地はあるだろうか?」

「……ふぅ~ん?」


 クッと笑みの形を作った若者がネメシアの手を掴み、零毬が血相を変える。


「君、見たところ女の子のわりに随分戦えそうだね。僕は修行の一環で他国を巡っているんだ、有意義な経験ができた、と思わせてくれたなら譲ってもいいよ。あるいは一緒に茶会とかでも――」

「主サマに気安く触れないでもらいたいんですが。」


 しゃがみ込み幼気な手を持ち上げ勝手なことを言い出した相手に対し、はっきりと威嚇しながら引き剝がす。引き剥がした男の手を捕まえたまま、零毬はひたりと目を合わせ。


「主サマを戦わせるわけにはいかないので。お相手するのは俺でもよろしいですか?」

「へえ、君が? あまり強そうには見えないけれど……まあいいよ。言っておくけど満足できない戦いじゃ譲ってあげられないからね?」




 店主に頼み店裏の空き地を借りる。向こうのお供が何も口を出してこないのは意外だったが、どうもあの若者はしょっちゅうこういうことをしているらしかった。

 試合前、三人固まってこっそりこそこそ話し合い。


「零毬さんどうするんですか? 変化して戦うんですか? 人前で?」

「変化なしでは戦えんだろう。身体能力を高めたところで技術がないのでは、あちらの武芸者に敵うまい。」

「ですよね。主サマ、どうにかなりませんか?」

「無策であんなこと言ったんですか!?」

「演じてる立場的にああ言うしかなかったろ!」


 対策そっちのけで揉める二人を眺め、顎に指を添え考え込むネメシア。


「……手段がないわけではないが。」

「えっ!? さっすが主サマ!!」

「ん~、うむ、貴様の身体も私のものであるからしてな? うん、何があっても何とかなるだろう!」

「えっ?」


二回目にあげた声は、困惑と不安に染まっていたがもう時間がない。若者が進み出て剣を構えるのに合わせて、説明無く白い剣を押し付けられ背を押される零毬。


(さっきの言葉の意味めちゃくちゃ気になんだけど、もうどうにもできねえ! 主サマが何とかなるって言ったんだ、信じろ!!)


 自らを鼓舞し顔を上げる。目の前の相手は気負いも感じさせず朗らかに笑った。


「決闘の名乗りを上げようか。僕はマスターシュ・ゲイザー、遥か西から旅をしてきた流浪人だよ。」

「……零毬。ネメシア様の忠実なしもべ。これでいいのか。」

「うん! よくできました!」


 見様見真似で決闘の作法を行う青年に、子供を褒める調子で笑いかけ、次にキリリと表情を引き締める若者。

 立会人の宣言が終わると同時に、零毬の身体の感覚がふっと遠のく。


 ガキィッ!!


「おおっ!?」

「へえ!」


 淀みなく剣を抜き攻撃を受け止めた零毬。めいめい驚きを見せる中、そのまま敵の剣を流し踏み込んだ。

 ひらり後方へ跳ね避ける若者、その足で再度地を蹴り迫る。

 突き、の振りした袈裟切りを、重心を傾けすれすれで躱す。

 逆袈裟に返ってくる刃を抑えればギチギチと火花が散った。


「す、すごい! 零毬さん戦えてます! ねぇネメシアちゃん――」


 慣れた手つきで剣を振り回す零毬にはしゃぎ傍らの少女に話しかけた透子だったが、状況を察しきゅっと唇を引き結んだ。

 瞬き一つせず集中し、戦う二人を見つめるネメシア。彼女が現在進行形で何とかしているのは明白。

 透子にできるのは、周囲に怪しまれないよう自分の陰に少女を隠すことだけだった。




 右、左、鼻先を掠める横薙ぎ。若者の軽やかな剣技。

 避け切って首狙いの斬り払いを放つ、己自身をぼけっと見守る零毬。


(おい、あまりアホ面をさらすな。表情くらいは自分で取り繕え。)


 突如脳内に響いた主の声に、もし操られていなければ飛び跳ねていたことだろう。


(渡した白い剣は私の一部だ、弟と交換していたのを緊急で戻してもらった。それを媒介に貴様の身体を動かしているから、うっかり弾き飛ばされんよう気をつけろ。)

(気をつけろって言ったって……)


 脳内会話中も戦闘は続く。


 互いに一歩も譲らぬ攻防。仕掛けたのは若者だった。

 地を削りながら振り上げられた足、巻き上がった土で目を閉じさせられるも操られているだけの彼は止まらないが。


「なるほどね?」


確信の籠った呟きと同時に若者が上着を脱ぎ、投げた。

 零毬の斜め後方、動きを封じるわけでもない位置。

 しかし的確に、ネメシアの視線を切る位置へ。


「ッ!!」


 少女が小さく息を呑み、白い剣は宙を舞う。

終わりを確信した観衆。


「ッらあっ!!!」

「うわっちょっ!!?」


 勝敗が決したと思われたその時、裂帛の声を発した零毬が全力で足を払いに行った。体勢を戻し切っていなかった若者が初めて悲鳴を漏らし、地面に倒れこむ。


「はぁっ、はッ……!」


 一目散に剣を回収、再度身構える青年そして少女。


「…………ふふっ、あはははは!」


 顔面に土をつけた若者は、無様な状態にされたにも関わらず心底楽しげな笑い声をあげ、ゆっくり立ち上がりながら片手を振った。


「うんうん、もういいよ、君たちの勝ちだ。」

「なんだと?」

「僕が譲ってもいいと思うくらい満足させてもらったってこと。そういう約束だったでしょ?」


 あっさり剣を鞘に納めたマスターシュが従者を呼び寄せ何かを受け取り、それをそのまま零毬に差し出す。とりあえず受け取ったが、手が下がるほどの重みと金属音の聞こえる袋に思わず顔が引きつる。


「……これはなんですか?」

「茶器の代金分の金子だよ。せっかくだから受け取って。あとこれ家の家紋、もし僕らの国を訪れることがあったら頼ってくれていいよ。」

「へ? ええぇ?」


 徹頭徹尾子どものような無邪気さと身勝手さで、異国の男は去っていった。




 面倒事に遭いつつ品物を持って箱庭に移動した一行。


「ところで、俺はいつまで操られっぱなしなんですか?」

「そうだな、ここまでくればいいだろう。」


 妙な言い方をするネメシアに不思議そうにする零毬、そのうちにも荷物を離れたところに除けた少女が白い剣を回収した。その途端、


「グッ!!?!? ~~~ァアッ……!!?」

「零毬さんっ!?」

「剣を振り回したことのない身体に剣士の動きをさせたからな。筋肉や関節にとんでもない負荷がかかるのは当然、よく一瞬だけでも自力で動けたものだ。箱庭に入ってからでよかったろう?」


喉に詰まらせたような苦鳴、その場に崩れ落ちる青年。おろおろする透子に治療の指示を出して、自身も陣札を用意するネメシアだった。




 やっとこさ回復し、花器を据え、食事や酒を並べてささやかに宴を行い、零毬の人生初の誕生祝いは幕を閉じる。


「なあ、もらった金はどうする? 主サマに預けるか?」

「別に持っていて良いぞ。なんなら今から外に飲みに行ってもいい。私は先に休むが。」

「わかった。」


 ふらり一人で歓楽街へ繰り出した青年は、夜凪の町を思い出したりしつつぼんやりと通りを歩いた。疲れすぎて居酒屋に入るのも億劫、しかし気が昂ぶっているのか眠気も来ない。懐に大金があるのもなんだか落ち着かない。


「お……?」


 そんなとき目に入ったとある店、とある商品。多分これが今日一番運命的な出会いだった。

 大金の使い道を決めて、零毬はその店の扉を押し開けた。


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