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ネメシアの獅子  作者: 翡翠のネコ
空っぽの毬栗
2/24

仮初めの命

 さて、零毬がネメシアの下僕となってから2週間が経った。小さな箱庭の構造を頭に叩き込むには十分な時間。


 小さな家を囲む庭は四つに分かれ、玄関前に春夏、家裏に秋冬の植物が植えられていた。庭の囲いの外には芝生が生い茂り、植物たちに行き渡らせるように、細い水路が巡っている。水源は山中の帯水層らしく、洞窟の天井付近、高いところから細い滝が幾本も落ちて池や水路に流れこんでいた。


「水路の掃除をしろ。生き物や土砂、落ち葉もたまに流れ込む。今後定期的にやれ、詰まらせたりしたらどうなるか、わかるな?」


 光源は洞窟中に生える、発光する苔。他には景色を楽しむ用か、庭を照らす明かりが備え付けられているのと、日が昇れば陽光も幾らか差し込んでくる。


「壊れた明かりも戻さなくては。予備はここにある、設置するだけだぞさっさとしろ。」


 家は小さくも良い造りで、何処かの金持ちが離れとして使っていそうなものだった。玄関から入れば土間、そして囲炉裏のある板間に上がる。右奥の襖の向こうは主の寝室。寝台と文机しか無い殺風景さだが中庭に面した丸い飾り窓が見事なものであり、窓際の寝台に横になるネメシアと合わせて絵画のように思われた。


「……なにをボサッと突っ立っている? 働け。」


 板間と寝室両方からつながる外廊下から、茶室、風呂、厠へと入れる。中庭の壁に風呂を沸かすためのかまどがあった。


「次は風呂掃除、続けて湯を沸かせ。残り湯は使っていいから貴様も清潔さを保て。私の下僕なのだから、薄汚いままでいることは許さん。薪の補充も当然貴様の仕事だからな。」




「あのクソガキャ……いい加減にしやがれ、くそっ! 庭づくりだけじゃ無く様々こき使いやがって、ろくに休みもねえ! 箱庭には食いもんも無かったし……飢え死にはしないはずだが、じゃねえ、そういうこっちゃねえだろ!? クソ、神様もどきのひとでなしが!!」


 山の側面にある、小さな穴倉。全力で苛立ちをぶつけた岩壁にヒビが走った。そこはネメシアの目を盗んで休むための隠れ家。安全地帯ではあるが箱庭の外では寒さ、地形、番犬などのせいで命がいくつあっても足りないので、零毬は常に化物皮を纏っていた。

 どっかと座り込み、床に広げていた紙切れを見直す。何処に何があるかを大雑把に描き込んだ、手製の地図だった。


「山の周りは大体見たな。後は……海か。聖地の外には出るなって言われたが、海岸は範囲内だろ。」


 ぼやくのを止め、零毬は地図を懐に仕舞い込む。穴の外へ出て、急斜面を四つ足で走り出した。向かう先は北の海岸。


 全速力なら番犬も振り切れる脚力だけあって、さほどの時間もかからず砂浜を踏む。当然ながら誰もいない。最近流れ着いたとおぼしき小舟が一艘ぽつんとあった。


「見覚えがあると思ったらこれ、ちょっと前の時化で流されたって聞いたやつだ。ここに着いてたなら見つかんねえよな。漁網……使い道あるか? 舟は特に損傷なしと。」


ふと海を眺める。曇り空と同じ灰色に凪いでいた。


「……逃げれねえかな? 食料と水があれば……本土までどれくらいあんだっけ。」


 小舟を引きずる。木の枝を折り組み合わせ屋根を作って置き場所をつくった。こまめに様子を見に来る必要はあるが、舟の保全はなんとかなるだろう。意地でも逃げてやる、と、この時の零毬は思っていた。




「いがぐり頭。材料集めは進んでいるか?各季節の植物に加えて傷がついた池の橋や柵の修繕も必要なわけだが、目処は立ったのか。箱庭にも戻らずずっと外にいるだろう。」

「……はい主サマ。何処に何があるかは把握し終わりましたから、花に関しては時期を待てば。自前だと塗料や工具が足りず、修繕は手を出しあぐねています。」

「そういうことは早く言え。」


 経過報告を求められ顔を出した箱庭。ネメシアが投げ渡してきたのは手のひらに収まる大きさの角柱2つ。側面には複雑にカクついた溝が彫られ、底面にそれぞれ1、3と刻んである。


「1は貴様も入った、服飾品の収納に入れる鍵、3は道具入れだ。今後は好きに使うがいい。」

「いいんですか!?」

「何度も言わせるな。さっさと仕事をしろ。ああ、鍵といっても鍵穴があるわけでは無く、持っているだけでいいからな。」

「ありがとうございます。」


 内心都合が良いとほくそ笑みながら、従順そうに見える笑顔を作った。少女は彼に目もくれず本を読んでいたが。零毬がここに来てから、ネメシアは寝ているか本を読んでいるか、どちらかの姿しか見たことが無い。その上で整頓や掃除を言い付けてくるので零毬の苛立ちもうなぎ上りだった。


(絶対に自由になってやる……! これ以上我慢して生きるのはゴメンだ!)

「いがぐり頭。」

「はい!?」


びく、と過剰反応した零毬に首を傾げながらネメシアは続ける。


「ここに載っているこれを探して持ってこい。一週間以内だ。分かったな?」




「…………分かったな、じゃねーーーよチクショーーー!!!」


 叫び声が山彦になって返ってくる。命令されてから既に五日が経過していた。

 ネメシアの示した本の挿絵、藍色に夜空のような白い斑点が浮かぶ鉱石は、聖地のあちこちに生えており零毬も勿論確認していた。楽な仕事に思えたが…この鉱石、ツルハシでは歯が立たず、トンカチでもヒビすら入らず、怒りに任せた全力の攻撃でもびくともしない恐ろしいものであった。


「ちっ、また来やがったか!」


 さらに煩わしいのが、鉱石の近くにいると番犬が積極的に襲ってくること。怪我こそしないが体当たりで吹き飛ばされたり、作業の邪魔をされたり。群がられすぎて動けなくなったこともある。

 対番犬はもはや慣れたもの、飛び掛かりに拳を合わせ一撃。


「こいつら、いくらでも湧いてくるな……まったく。鉱石の採り方もわかんねえしにっちもさっちもいかねえ。」


二匹、三匹と増える敵。一端場所を変えるか、と戦うのをやめ回避に専念し始めたときだった。受け流した番犬が一匹、鉱石の柱に激突した途端。


「うげぇっ!?」


 突然番犬たちが一斉にそれに食らいつく。あっという間に周囲は惨状にかわり、うっかり見てしまって嘔吐く羽目になった彼、しかし機会は逃さずその場を離れるのだった。


「何が起こった? 奴らが反応したのは何に……? 戻って調べる必要、あるよな。」


 半日ほど時間をおいて戻ると、さすがに何もいなくなっていた。夜になってしまったが今の零毬には障害にならない。


「ぐっちゃぐちゃだ……同族にも容赦ねえな……気分悪いし、ちょっとどかすか。石柱に肉片が飛び散ってて凄いことに、ん?」


ザッ、ザッ、と雪ごと蹴って肉塊を離れた所に寄せ、綺麗な雪を手に取って石柱を擦る。擦っていると、不自然に雪が残る場所があった。


「これ……番犬の牙の跡!? じゃあ牙を剥ぎ取って使えば、鉱石の採取が出来る!? 奴らこの石柱を守っているっぽかったし、傷つけたやつを優先して襲う性質がありそうだ。それも利用してやれば……!」




 光明が見えた零毬の行動は早い。必要な道具を持って最適な場所へ。聖地の境界ギリギリのところだが、他より小さくすぐ壊せそうな鉱石を見つけていたのだ。

 石柱の根元にしゃがむ。番犬どもから毟ってきた大量の牙とトンカチを取り出す。ここからは時間との勝負。


 ガチン!杭のように牙を打ち込む。


 ガチッ!まず大雑把に一周。


 ガチン、ビシッ。歯が立たなかった鉱石に、あっさりとヒビが走っていく。


「ガウアァ!!」

「来やがった!」


明確に破壊をしたからか、番犬たちは明らかに獰猛になっている。大口を開け跳んできたものの首を捉え、零毬はその口を石柱に叩きつけた。石柱とぶつかった牙が折れ飛ぶ。


「グルルァ!?」

「やっぱり標的が変わったな! ほら、追っかけろ!!」


目論見の成功を確信した零毬、掴んだままだった番犬を遠くへ投げ捨てる。番犬どもが同族へ走る隙に牙の打ち込みを進める、それが彼の立てた作戦だった。

 番犬の行動は単純明快。石柱に直近で害を与えた方を狙う。他の場所で試して核心を得ていた通りである。


 何度も繰り返して使った牙が二十を越えた頃、石柱が揺れた。


「っ来た!!」


番犬が集まりすぎて手に負えなくなってきていた頃合い、零毬は思わず叫びながら、距離を取って構える

 全力を両腕に。実戦の中で気づいた化け物の力。ぶわっと毛が逆立ち、爪に黒い光が宿る。


「バラバラだぁっ!!」


裂帛の気合いと共に交差する斬撃が敵を薙ぎ払った。衝撃で石柱もついに折れて倒れる。喜びに拳を握った零毬。


 だが、想定外が一つ。


「あー、おっかしいな……こんなに仕留めきれねえなんて――」


 増えすぎた番犬どもとその死骸が障害物となり、十匹ほどがほぼ無傷で唸り声をあげていたのだ。


「くっそ!!」


 急いで鉱石を抱え上げ逃走を図るが、相手の数が多すぎて回り込まれ、思った方向に行けない。


「準備に一日費やしちまったから、今日中に主サマに届けなきゃならねえのにっ! 邪魔すんなよ!」


 命令されるのは嫌だが「出来ない」「使えない」と見なされるのはもっと嫌な零毬、意地でも命令を完遂するつもりでいた。

 壊してしまった鉱石では同士討ちも誘発できず、闇雲に逃げ回る。

 何度目かの体当たりを食らい、体勢を立て直そうと後退し。


 その足が空を蹴った。


「っあ」


 盛大に背中を擦りながら滑り落ちていく。そこが聖地の外、町から離れた低めの崖だったと、転がりきってから気づいた。


 毛皮のお陰で怪我をしていないはずなのに、零毬は起き上がれなかった。

 身体が動かせない。

 冷たく暗い気配が、体の末端からじわじわ広がっていく。覚えのある感覚だった。


(な、なんで……? な、ん…)


抵抗の暇も無く、零毬は気絶した。




「起きたか。」


 神々しい美しさの少女が、顔を覗き込んできている……そう認識してからやっと自分が生きていることに気づく。


「まだ動けんだろう? 今のうちに一つ教えておく。貴様の命は仮初めのものだ。」


とんでもない台詞に目を見開く零毬。ネメシアは寝台の横に椅子を運んできて座り、続きを話す。


「貴様の身体は私の力によって維持されるようになっている。だから、私の力の及ぶ範囲から出ると貴様は死ぬ。今回はわざわざ回収しにいってやったが、次は無いぞ。勿論契約を終えた暁にはしっかり直してやるとも、案ずるな。」


ぺたり、少女の手が額を覆った。力が流れ込んできて、熱さえ感じる。何をされているのかと不安になれば、回復を促しているだけだと心を読まれ返された。


「しかしまさかあれを破壊できたとは驚いた。どうやった? ……番犬の牙? ほぅ。残念ながら私の命令は遂行出来なかったな。使えない人間の割に頑張ったのは認めるが、貴様が自由になるのはいつになるだろうな?」


「……そろそろ動けるはずだ、どうだ?」

「はい……ありがとうございました。」

「言葉はいい、さっさと働け。」


 ぴしゃりと言って外を指すネメシア。立ち上がり一礼だけして、零毬は箱庭を出た。


「はーぁ……」


 海岸の小舟の様子を見に来て、そのまま海を眺め黄昏れる。逃げ出すことが無理だと分かった以上、あの高慢な少女に従い望みを叶える他なくなってしまった。

 少し、心が折れそうだった。


「ま、小舟はあった方が良いし、様子見は続けるかね……。俺は、解放されたって町には戻れないし。」


 あーあ、ともう一度溜息をついて、今度こそ真面目に箱庭の修繕をしよう、と決めた。


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