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ネメシアの獅子  作者: 翡翠のネコ
割れた硝子瓶
18/25

隠れ里蹂躙作戦

 下見を終えた翌日、楽団宝船の大きな天幕に人知れず集まった関係者たち。ネメシアたち三人、金舵、そして追加で呼びつけられた海賊船の船長が中央の机を囲んで立ち、そのほかの構成員らは少し離れて中央を囲むように輪になって待機していた。


「しっかしなんで人攫いの海賊を従わせることになったんで?」

「我々が乗っていた船に襲いかかってきたから返り討ちにしたまで。ただ放逐するのも勿体なくて術をかけたのだが、まさか狙い澄ましたように役に立つとは思わなかった。」

「ほぉ、そりゃまた運命的で。」


 脂汗を垂らし怯えながら少女の顔色を窺っている船長に、皮肉とも哀れみともとれる視線を向けた金舵。そっと頭を振り、机上に向き直って指示棒を取る。


「場も整ったし、会議を始めよう。さて机に広げられてるのは、なんとウチの楽団員手描きの、隠れ里の地図だ! 本当は普段使ってる施設や隠し通路も書いてる門外不出モンだが……オレたちはここを去るからな。ちょうど良いから作戦に関係するだろう場所を追記しておいたぜ。星印が外への脱出路、丸印が奴隷のいる倉庫、バツ印がグリフィスの場所だ。」

「我々の目的もおさらいしておくか。

第一はグリフィスの全回収。

第二にグリフィスに関する競りの売買記録の入手。

第三に奴隷の救出となる。

第一は私と零毬、第三は透子と海賊共が担当し楽団の者はそれぞれの補助を。最後に支配人の館を襲撃して第二を達成、隠れ里を脱出する、というのが事前の話し合いで決まった大筋だ。何か意見のある者は?」


 説明が終わった途端に透子が手を挙げる。


「外に出る道を塞がないと、悪い人たちが町に逃げて悪さをすると思います! 完全封鎖ってできないでしょうか?」

「うーん、地図にあるのはオレたちの知ってる道だけで、各組織で独自に造ったり支配人が増改築して変わってたりするからなぁ。完全封鎖ができたらオレたちにも都合が良かったんだが……」

「道を個別に、じゃなくて里全体を包む結界で外と遮断したらどうだ? 確か可能ですよね、主サマ。」

「無論だ。陣札を壁にぐるりと配置すれば良い、その場合港への道は開けるよう注意する必要はあるが、難しくもないな。」


 零毬の提案を軽く肯定したネメシアに、驚いた顔で金舵が口を挟む。


「できるのか!? なら建物も同様に閉ざせたりは!? 大競り会場には身分の高い奴が強い護衛を連れてくるんだ。そいつらを閉じ込めておけたら随分楽になるぞ。表で高い地位にある人間なんかは、現行犯じゃないと捕まえられないこともあるし。」

「いいですねぇ!! 悪い人は一網打尽にしましょう!!!」


 ふむ、と首肯した少女が手元の紙に結界札について書き記す。

 邪魔者を減らしたい金舵と悪党を残さず捕まえたい透子が同じ方向で盛り上がる中、オドオドと目を泳がせる船長に気づき水を向けてやるネメシア。


「言いたいことは言え。疑問や提案を飲み込んで失敗などしてみろ、貴様らの行く先が牢屋からあの世になるぞ。」

「主サマ、これ以上の脅しは逆効果ですよ……」

「は? 脅しではないが?」


 事実を言ったまで、という態度の彼女に慌てて船長が喋り出す。間に入った零毬に隠れながら、だが。


「申し訳ありません! 恐れながら、何らかの手段で人々を北へ動かさなければ、奴隷の誘導や乗船は難しいかと……狭い里ですから、何処もかしこも人がいて、絶対に見つかって邪魔されます。」

「ああ、陽動なら宝船で作戦立ててあるぜ。きれーいに、人目を排除してやるから任せとけ。必要なのは透子嬢や海賊と一緒に、経路の確認をするくらいさ。」


 金舵の言葉を受けて、陽動についても書き足した。


「ならばついでに救出対象にも話をつけてこい。いきなり連れ出そうとして疑われたり抵抗されたりすると面倒だ。」

「はい、うちもそのつもりでした! 聖女の肩書きもありますから、信用してもらえると思います!」

「ああ、任せた。……こんなものか?」


 上の方に前準備と大きく書かれた紙――今まで書き込んでいたもの――を掲げたネメシア、自然と集まる視線。内容は以下の通り。


 陣札の作成、設置…ネメシア、零毬、他案内人数名

 陽動工作…金舵率いる楽団宝船

 奴隷の説得、誘導経路確保…透子、海賊、陽動工作から数名


「これらを全て今日明日でこなさねばならん。サボった者から傀儡に変えるぞ、分かったら全員キビキビ働け!」

「はい!」

「おう!」

「了解、いいな野郎共!」

「おぉー!!」

「ははあーっ!」


 様々な了承、雄叫び、最後だけ平伏と毛色が違ったがとにかく全員、課せられた役目を果たそうと動き出した。




 一日目、会議終了直後。


「発破をかけたはいいが、一番急がなければならないのは私たちだ。隠れ里用の遮断結界札は、もう見本を書いておいたから貴様はこれを模写して量産しろ。」

「あいよ……って、うわ。ちょっと複雑で面倒な陣だな。」

「立体的な範囲を指定するとどうしてもそうなる。貴様が普段使っているような、簡単な事象をその場で発生させるだけの陣とは違うのだ。二百枚は必要だからな、頼むぞ。」

「にひゃっ……!?」

「私は建物の封鎖と内部生命体の無力化を盛り込んだ陣を書かねば。こちらの方が面倒だが一枚で済むから、終わったら手伝ってやるが……楽をしようとは思うなよ。」

「はい……」


 主従が机にかじりつき黙々と作業し始めたのと対照的に、金舵は声を張り上げ走り回る。


「金舵親分、資材がギリギリです! 急だったもんで買い付けは難しいと、補給班からも連絡が!」

「あるもん全部かき集めろ!! お前たちに支給してる分もだ、どうせ倉庫を漁って回るんだから、その時に必要分を回収してこい!!」

「オジキィ、計算が狂った! 予定地で揉め事、目立っちまって仕掛けが出来ないよぅ! 連鎖が途切れちまう!!」

「計画を変えないなら、追加でもう一カ所分必要になりやすが……」

「チッ!! 海賊共にも協力させろ! ご大層な大砲積んだ船に乗ってんだ、備蓄を持ってるはずだからな!」


 楽団宝船の面々は、昼食を食べる暇もなさそうだった。


 夜、人気のない倉庫街には小さな音もよく響く。


「鍵は開きました、透子様。じゃあおれは外で見張ってますので……」

「はい、お願いしますね。」


 細く開いた扉から中へと滑り込む透子。饐えた臭い、息を呑む音、怯えが空気にも滲む様。一瞬だけ悲しみに強く目を閉じ、すぐ安心させるための笑顔を作った。


「皆さんを助けに来ました。玻璃の女神教より聖女の位を授かりし者、透子といいます!」




 二日目。のろのろと重怠い体を引きずるように部屋を出た零毬は、金舵とばったり出くわした。


「うぉ、どうした坊主。今にも人を殺しそうな顔してんぞ。」

「うるせーな……こちとら目も手も首も頭も痛えんだよ……。丸一日同じ陣を書いて書いて、できたと思ったら『正確さが足らない』ってボツにされて、結局三百枚くらい書かされたんだ……!」

「貴様が線も真っ直ぐ引けないのが悪い。」

「道具も無しに寸分違わず模写できる主サマがおかしいんですぅ!!!」


 背後の声に思わず叫び返すも、ネメシアは涼しい顔で彼の横をすり抜け、早く行くぞと手振りで示す。朝食を食べに、自然と並んで歩き出す三人。


「ところで聞きたかったんだが、人外が揃って欲しがるグリフィスとやらは一体何なんだ?」

「……勘違いしないでほしいんだが、人外なのは主サマだけだ。グリフィスは主サマの力の結晶、だから回収して回ってる。ついでに言うと透子は一緒に行動してるだけで仲間じゃねえ。」

「は!? 坊主は獣に変身するし、透子嬢はどう見ても人の身体してなかったって、部下から聞いてるが!?」

「あぁ、そういや神の眷属がどうのって言ってたような? 主サマ、結局透子って人間で合ってます?」

「ガラス瓶。」


 会話にそぐわない返答に零毬と金舵が揃って首をかしげ少女を見つめ、続く言葉を待つ。


「勝手に動いて喋るガラス瓶。初めて会ったときはまだ人間だったが、信仰とやらが集まるごとに人で無くなりつつあるようだ。本人に自覚はないようだがな。」

「へぇー聞かなかったことにしますね! え〜っと、俺の変化は、あれだ! てめえらに放り込まれた禁足地で、そこの主を倒して手に入れた力だ。毛皮を着てるのと同じ。」

「禁足地の主とかいうやべー奴の力を“着れる”時点で本当に人間か? ってオレは思うけどなあ。」

「そ、れは……いや、俺は珍しい体質なだけで人間だし……」


 会話の終わりに合わせるように食堂に着いた。組織二つ分人数がいるせいか、がやがやと結構騒がしい。ちなみに透子は夜中に働く都合上、まだ眠っているので朝食の席には来ない。


「食べたら陣札の設置に行く。金舵、案内役はすぐ出せるか。」

「出せる。オレもこっち案件の見回りするから一緒に行くぜ。」

「わかった。」



 変化した零毬はその身体能力と鋭い爪を使い、主に命じられるまま陣札を仕込んでいった。

 岩壁を虫のように這い上り、高いところに一枚。

 人目を盗み剥がした石畳の裏に一枚。

 二百枚の札が尽きるまで、移動しつつひたすらにそれを繰り返した結果。


「もう無理……! もう身体が動かねえ……!」

「百回以上も垂直壁登りしたらそりゃぁな。」


 地面にべたりと倒れた零毬の頭を、よくやった、とポンポン撫でてやるネメシア。


「あとは戻って明日のために休むだけだ。オレがおぶって帰ってやるから、寝てていいぞ。」

「あざす……」


 青年を軽々背負い、すたすたと歩き出した金舵に周囲も続く。楽団員と談笑しながら大通りを闊歩する男は、裏社会の実力者として畏怖され道を譲られ、一方で率先して仲間を背負いその姿を微笑ましく見守られていた。いつもより高い目線から見えたそんな景色、疲れでぼんやりした零毬は、不思議に思ったことを無意識に口に出していた。


「親分、もしかして団員背負って歩くの珍しくねえの……?」

「歓迎会で潰れた新人とか、連れ帰るときは必ずこうだからなあ。仲間として受け入れた以上物理的にも立場的にもオレが責任持って連れてくぞっていう意思表示の一種さ。」

「ふぅん、だから楽団の奴ら、楽しそうなのかね。」

「お? ウチに興味あるか? 坊主なら歓迎するぜ!」

「そんなんじゃなくて……ん~でも、誘ってくれんのがあと百年早かったなら、入ってたかも、な……」


 ただ幼い頃に憧れた、家族の団欒を思い出したのだ、という本心は眠気に負けて喉の奥で消えた。


「寝ちまった。ところでお嬢さま、蹴るのを止めていただきたいんだが。」

「やらんぞ。零毬は私のものだからな、絶対にくれてやらんからな!」

「はいはい、痛てて。」




 そんなこんなで当日、大競りの開催日がやって来た。

 太陽は沖天、隠れ里の中央に鎮座する円形の建物に、どんどん人が吸い込まれてゆく。きっちりした身なりの者が多く、衣服だけで金持ちだとわかるほど。警備の者たちが道を示し列を整え、その案内に従って客人たちが扉をくぐり抜け、最後の一人が入るのと同時に入り口が閉ざされた。


「予定通りの時間だ。名簿と受付人数も一致した、作戦開始の合図を!」


 見張りから敵影無しの合図を受け、通行制限に置いていた大きな木箱の一つを開くと。


「ネメシア様、お願いいたします。」

「うむ。」


 ぴょこんと少女が飛び出て、次に青年がのそりと出てくる。ネメシアが手ずから陣札を扉に貼り付ければ、ふわりと広がった光が建物を包み込み、更には地面を伝って四方八方へ飛び散っていく。


「結界札の連動に問題なし。外界との遮断完了。」


 小さな呟きと共に、彼女は虚空から黒い剣を引き抜いて天に向け、


 ドオオンッ!


 よく晴れた空に、一条の稲妻が閃いた。




「おぉ、マジで晴天の霹靂。天候も操るとは、やっぱあのお嬢さまやべーなぁ。

…… さぁ野郎共、覚悟はいいか? 長らく世話になったこの場所とも今日でおさらば、別れの挨拶はド派手に行くぜ!! 点火ァ!!!」

「イエェーイ!!」


 各々握り締めた点火装置を、歓声を上げた団員たちが起動。

 爆音、

 爆風、

 舞い上がる煙と火の粉、悲鳴。




「なーんか俺の人生、火事に縁がある気がするなぁ。」

「縁がある? 貴様が放火の前科二犯なだけだろうが。」


 窓の外、火を消そうと駆け回る悪党共を見下ろしてそんな言葉を漏らした零毬に、グリフィスを片端から見つけ出しては懐にしまっていたネメシアがツッコミを入れる。

 替えの効かない悪事の拠点ともなれば捨て置けないらしく、陽動の効果は文句のつけようがなかった。皆火事にかかりきり、全く無人の倉庫街を悠々と漁り尽くした主従。他の奴らの進捗はどうだと港へ向かえば剣戟の音、そして群がる悪漢のさなかに見慣れた銀髪が翻り。


「奴隷を庇いながら挟み撃ちされてる!?」

「まずいな。」


 走り出す零毬、流れるように獣に変化。

 共に駆けつつ一足でその背に飛び乗るネメシア。

 勢いを殺さず目も合わせず体勢を整え、二人は渾沌の戦場へ突撃。


「オラオラどけぇッ!!」


 手近な雑魚を獅子の巨体がはね飛ばし、


「邪魔するなら命の保証はせん!!」


剣から放たれる雷は、敵のみを正確に撃ち抜く。

 あっという間に死屍累々、立っているのが味方だけになった頃、人々を船に誘導し終わった透子が戻ってきた。


「お二人とも、ありがとうございます〜! 助かりましたぁ! 途中まで上手くいってたんですが、港に逃げてくる人が増えるにつれて対処が遅れ、横を抜けられてしまって先に制圧した港の人たちを解放されて挟み撃ちに……。あっでも助けなきゃいけない人たちは、さっきので全員です!」

「そうか、概ね予定通りということだな。では海賊共に出航を言い渡そう。チヨビレ……ではダメだろうな、ナバラの港に向かい、着き次第大声で罪の告白と事情の説明をすること。もしものときは聖女の名を出しても構わん、行け!」

「ははっ!」


 少女の一声で一斉に船へ去っていく海賊たち。入れ替わるように、金舵率いる楽団宝船が走ってきた。


「おお! そっちも一段落かい!? こっちもやれることはやったが限界だ、外に出られないことに気づいた奴らがこぞって港に来るだろう。どうする?」

「金舵は零毬と透子を支配人の館に案内、他の者は邪魔だからどこかに避難していろ。私は、ここに大挙して押し寄せる奴らを、残らず痺れさせ無力化してから行く。」


 黒い獅子の背から少女が滑り降り、代わりに金舵と透子が乗る。嫌そうな唸り声を発する零毬だったが、ネメシアがあやすように撫でればフスンと鼻を鳴らした。


「よし、じゃあ行くぜ坊主! まずは競り会場の横を抜けてすぐを左だ!!」

「仕方ねーなーもう!」


 悪態つきながらダンッ! と力強く大地を蹴った獅子。瞬く間に遠ざかる姿、透子の悲鳴と金舵のはしゃぐ声だけが置き去られたように耳に残った。


「いいな~親分、おれらも乗ってみたかった~。」

「あたしらもモフりたかった~。」

「くだらんことを言っていると、貴様らも巻き添えにするぞ!!」

「はーい逃げまーす。」

「キャーッ、雇い主冗談通じなーい!」


 のんきに姦しい楽団員たち。

 ネメシアの人外ぶりを知ってなお同じ態度を貫く図太さに呆れながらも、物陰から様子を窺っている有象無象に向き直る。少女一人になった途端活気づき、音も姿も無いまま気配だけが喧しく騒ぎ始めていた。


 パンッ!

 ギャリィッ!!


「……降伏勧告くらいはしてやろうかと思っていたのだが、必要ないらしいな。」


 完全に不意打ちだったはずの銃撃は剣で弾かれ、空気が一瞬固まる。


「殺しはしないが、痛みと痺れはたっぷり味わって貰うぞ!!」


 少女の左の手のひらから螺旋状の光線が伸び、そのまま具現化して雷光纏う鞭と成る。

 遅ればせながら彼女を脅威と認識した者たちに、伸縮自在の稲妻が容赦なく襲いかかった。




「……遠くから悲鳴が聞こえ始めたなあ。いやホントに末恐ろしいお嬢さまで。」

「そりゃもう俺の主サマだからな! っと、見えたぜ目的地!」


 軽やかに疾駆する零毬が、下見で一度だけ見た建物に気づき声を上げる。


「そうそう、支配人の奴は五階の、あのでかい窓から人を見下ろすのが大好きな性悪なんだ。流石にこの騒ぎじゃ地下道に逃げようとしてるだろうが……。」

「いや、なんかいる! 飛び込むから捕まってろよ!!」

「ひえぇちょっと、きゃああぁーっ!?」


 壁から壁へジグザグに飛び移り、器用に跳ね登って巨大なガラス窓に体当たり。

 粉々に割れるガラス、耳を劈く音。お高そうな絨毯に爪を立てて急停止した黒獅子が、呆然と座ったままの男たちに身体を向ける。

 三人に近い方にぼんやりした痩せた男、こちらは聞いていた特徴からして支配人だろう。男の向かい、恰幅のいい方が体躯に見合わぬ俊敏さで逃走を図り、


 ゴガッシャァッ!!


 透子のぶん投げた大槌が出入り口を潰した。ギラギラと輝きを放つそれに、怯えたように後退る。獣の背から飛び降りて、女はすぐさま新しい槌を召喚し構えを取る。


「思っていたよりもっと悪い状況じゃないですか……! なぜ、何故悪魔が司祭服を着ているんですかっ!!?」

「貴様はたしか聖女!? どうやってここまで来た、聖女の称号を与えられるほどの信徒が術から逃れることはできないはず!」

「おあいにくさま! うちは一人じゃないんです、心強い協力者が悪を看破しここまで導いてくれました!! 悪魔よ答えなさい、本物の司祭様は何処ですか!?」

「奴はチヨビレにも来られず悪党に食い物にされたアホだった、だから成り代わり利用し尽くしてやっただけだ!」

「っとにかくこれ以上の悪事は許しませんよ!!」


 怒りの形相で飛び掛かる透子。

 振りかぶった槌を打ち下ろす間際、刃が鞘から抜ける音がした。


 カンッ。


「えっぁ痛あっ!?」


 ガン、ゴトンッと転がる首。晒した断面は鏡のように、刀を振り抜いた支配人を映す。制御を失いへたり込む身体、迫る二の太刀に金舵が間一髪割り込んだ。

 ぎゃり、と火花が散る。

 金舵の持つ鋸刃の短刀が相手の刀を絡め取り、押さえ込む。


「透子、首!」

「うちよりも、悪魔を……!」


 獣人形態になった青年に頭を押しつけられつつ標的を探せば、それは壁の絵画を外しているところだった。絵画の下から金庫が現れ、開ける手間すら惜しんだ人外の手が扉を破壊。

 あふれ出る力の気配は、濃く、そして覚えのあるもの。


「グリフィス!? 全然感知できなかった、術で隠してやがったな!」

「貴様らがなんのためにここまでしたのか知らないが、こちらにも好都合だったぞ! 纏めて我が糧となるがいい!!」


 悪魔の声に呼応しグリフィスがどろり、溶ける。

 半固形の津波となって、悍ましく生物的な動きで襲いかかってくる!


「ちっ!」


 獣の反射速度を発揮した零毬、他二人を引っ掴み外へ。

 退避に成功し振り返れば、元いた部屋は波打つ黒に隙間なく埋め尽くされていた。


「支配人は飲み込まれちまったか。しかし悪魔の操り人形にされてたとは驚いたぜ。よくあることなのか?」

「人の感情を食べて廃人にし、操るのは有名な話です……空っぽになった人間を、容れ物として使い魔を造る話もありますから。さっきのも攻撃じゃなくて、支配人さんを取り込むためだったのかも……」


 透子が言い終わるより先に事態は動いた。

 波が膨れていく。

 屋根を押し上げ床を砕き、ミシミシバキバキガラガラと建物が崩れ。

 屋根をぶち抜き起き上がった黒いのっぺらぼうと“目が合って”、ボッ! と全身の毛が逆立った。


「早く乗れッ!!」


 叫んで再び獣に転身する零毬、飛び乗る金舵、鈍くさい透子は咥えて跳ね、飛び、駆ける。僅かでも距離を取ろうと足掻く。

 ダン、ダンッとあちこちの屋根や壁に足跡刻む全速力の逃げ、しかし振り返るまでもなく分かる、背後に迫る重圧。


「なぁちょっと金舵親分!? 後ろの気配がデカすぎてどう来るか全然わかんねえから教えてくれねえっ!?」


 全力疾走と緊張で上擦る青年の叫びに、毛皮に埋まるほどしがみつきながらも男はなんとか首を回す。


「右から来る! 跳べッ!!」


 ゴォォッ


 宙へ逃げた足のすぐ下を、黒い何かが過ぎていった。背の高い建物がついでに薙ぎ払われ音と瓦礫を降らす。


「戻ってきた、左だ!!」


 ゴォッ


「上から!」


 ドガシャアッ!!


「左! 時間差で右!!」

「ックソがぁ!!」


 絞り出すような悪態、気力体力の限界。

 震えた足は跳び損ね、追撃が逃げ場を失った三人に迫る。


(一か八か……!)


 直撃する寸前、それ――黒い巨人の腕――に沿うように力一杯身体を捻った。

 ぎゅるんっ! と凄い勢いで回転した身体は軌道を変え、辛うじて避けきる。


「ヂッッッ! っていいました、思いっきり掠りましたよぉ!!? ヂッッッ!! って!」

「うるせっ……はぁ、親分ここどこだ、主サマに助けを……」


 ふらふらの零毬、もう足を動かすので精いっぱい。

 そして返ってこない返事。

 無くなった背中の重み。


(あれ?)


 疲労極まった彼は、自らに被さる影にすら反応できなかった。


 ドグシャッッ。




「――さ、ん。れ、いが、さん!」


 意識の浮上と同時に激痛を自覚する。全身が言うことを聞かず、頬にざらつく石畳の感触からして地面に叩きつけられたと分かった。


「良かった、生きてますね……!」


 やっと目を開くと、すぐ傍に透子が仰向けで転がっていた。腹部の半分ほど、ちょうど咥えていた辺りが欠けており、中身が二人の周囲を濡らしている。


「……なんか、金箔入りの御神酒っぽいな? 匂いはしねえけど。」

「うちもちょっと思いましたけど!」


 流れ出た『祝福』に悪魔もその使い魔も手出しできないらしい、この隙にと治療の陣札を使う零毬。祝福のせいか、変化も完全に解けている。


「これが女神様の祝福です! 零毬さん、結構気絶してたのでこれが無きゃ危なかったですよ!」

「俺が気絶したのは、お前を噛み砕いた返しの分もあると思うんだが……まあそれは置いといて。身体直さねえのか?」

「直すと祝福も戻っていってしまうので、守る範囲が狭まるんですよね……うちの近くに来て、座ってください。」


 言われたとおりにしてやるとすぐ身体の再生に取りかかる透子。ガラス片と共に、時を巻き戻すように液体が動く。空の胴体が満たされるのに反比例して、二人を包む見えない力場が小さくなっていく。

 それでも巨人の手はそれを突破できないようだ。


「クソ忌々しい……!」


 巨人の肩で地団駄踏む悪魔。


「もういい! 臆病者の聖女め、そこで町が絶望に沈む様を見届けるが良い!」

「なっ! こら待ちなさい!!」

「バッカ野郎罠だよ! 今出てっても叩き潰されてお終いだぞ!?」

「でも、じゃあどうしたら……!」


 二人が押し問答している間にも、黒い巨人は隠れ里の壁を登り始めた。隠れ里はすり鉢状の地形の中にあり天井は無い、登り切ればすぐに町があるのだ。

 巨人の手が伸びる。遂に崖の縁に辿り着くその時、ザン、と手首辺りが切断され、巨人は体勢を崩し落っこちた。

 突然の出来事に釘付けになっていると、頭上から声。


「探したぞ、二人とも。」

「あ、主サマ~~!!」

「ネメシアちゃんッ!!」


 ひらりと降りてきた少女が真っ先に青年へ向かう。


「金舵から、零毬がやられたと聞いてすっ飛んできたのだ。大丈夫か?」

「用意してた札と、主サマの力でもう治したから平気だ!」


 飾り篭手を示して笑う零毬に小さく頷き、今度は巨人の方へ顔を向ける。未だに、いや、より一層必死に逃げようとしているそれ。

 小さな身体でとんでもない距離を跳躍し、ネメシアはあっという間に悪魔の背後を取った。悪魔は気づきもせず巨人を操作しようと躍起になっている。


「おい、どうした!? 使い魔だろう言うことを聞け!」

「愚かだな。」

「は? ッギャばばば!?」


 悪魔を雷光の鞭で絡め取り、そのまま透子にぶん投げた。


「そちらの処理は任せる。」

「はぁーい!」

「……さて。いい加減見苦しいぞ。」


 主たる悪魔に見向きもしない巨人。ひたすらネメシアから離れようと、力を奪われまいとするように壁をひっかいている。

 しかし全て無意味だ。

 ネメシアが右の手のひらを突き出せば、巨人はその大きさに関してふわりと吸い寄せられる。触れたところからぎゃるぎゃると渦を巻いて圧縮されていき、角柱状のグリフィスと、ついでに支配人の男が残った。

 男をその辺に放り捨て、悪魔を滅し終わった透子らと合流。


「あの巨人が外からも見えたせいか、それとも火事の煙のせいか、町の人間たちが近くまで来ているようだ。結界に引っかかっているのを感じる。」

「じゃあ後は外の奴らに悪党共を捕縛させるだけか。」

「待ってください! 金舵さんたちをまだ捕まえてなっ……ぐぇ!」


 慌てて港へ走ろうとした透子の服をネメシアが掴んで止める。


「とっくにあの楽団は出航しているぞ。それに、見逃すのが協力の対価だと話したはずだが?」

「本気でただ野放しにするんですかぁ!? 確かに良くしてもらいましたが、悪い人たちなのに変わりありませんよぉ!?」

「契約は契約だ。そもそももう追いつけまい、さっさと後始末にかかれ“聖女”。」

「……んもぅ! わかりましたぁ!」




 結界を解き、雪崩れ込んできた人々の相手は透子に任せて、主従は面倒事から避難していた。隠れ里を上から見渡せる場所は海もよく見え、名前通りの派手な船団が遠ざかっていくのを眺める。


「やっとまともにグリフィスを回収できたなあ。良かった良かった。」

「金舵もなかなか役に立ってくれた。無事の航海くらいは祈っておいてやるか。」


 めちゃくちゃになった悪徳の町。自分たちがつくり出した惨状に目もくれず、ひとでなしとろくでなしは一件落着と笑っていた。


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