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ネメシアの獅子  作者: 翡翠のネコ
割れた硝子瓶
14/25

禁足地目指して

 すっかりやつれた零毬が、床にへばりつくように倒れていた。彼は奉仕活動と称した重労働から解放され、今やっと主の元に帰り着いたところなのであった。


「あの女ァ……! 丸三日も扱き使いやがって……!」

「むしろ予想より早く終わったのではないか?」

「本部からまた、次の場所へ行けって指示がきたんだとよ。それが無かったらもっと長引いただろうな。」


 のたのたと座椅子に座り直した青年、その口元に差し出される氷菓。主からの労りに喜んで口を開ける。


「凍ったミカンなんてどこから出したんだよ……美味い、ありがとうな。」

「おやつに貰ったのを凍らせてみただけだ。流石に暑い日が続けば、涼を取りたくもなる。人の出入りがあると迂闊に陣は使えないからな。」


半分ずつのミカンを食べ終わる頃、零毬が少し元気を取り戻したあたりでネメシアは話し始めた。


「貴様が寝込んでいた間に、三つほど重要そうな情報を手に入れたぞ。ひとつ、この前のような怪物が現れるようになったのは、玻璃教が渡来してから。ひとつ、裏社会で出回る呪いの宝石。ひとつ、禁足地の主の噂。最後のは貴様にとって朗報になるやもしれんぞ?」

「へえ、どんな話なんだ?」

「誰もいないはずの禁足地に、遠目にも巨大だとわかる黒い影を見てしまうことがある。見てしまった者は遠からず不幸になるので、呪いの化身、禁足地の主なのではないかと言われているそうだ。心当たりのある特徴だろう。」

「……まさか、化物皮か? あれを取り戻せたら俺の戦闘力を補えるじゃねえか! じゃあ次は禁足地に向かうって事でいいのか!?」

「うむ、そのつもりだ。集めた情報から、禁足地の手前までなら立ち入る理由が作れそうなので、透子を説得して別行動で行こう。」




「ダメですってぇ〜!! いくら何でも危険すぎますぅ~!!! 禁足地周辺は法の取り締まりが及ばない無法地帯だって教えたでしょ~!!?」


 透子の反応は予想通り、ネメシアに縋りついてじたばたと騒がしいものだった。


「しかし、ようやく手に入れた家宝の手がかりなのだ。無視は出来ない。後できっと合流するから、今はここでお別れだ、透子。」


表情と声は優しげに取り繕いつつ、女の手を引き剥がしたネメシア。さっさと歩き去ろうとした主従だったが。


「待ってください! 一日、いや半日待って!! うちも一緒に行きます!!!」

「はぁ!?」

「…………はぁ。」


事は思惑通りには進まないようだ。




 馬車を乗り継いで、ワタヌキ東の国境近くまで移動した三人。

 背を丸めてどんよりした気配を発し続ける透子に、焦れた零毬が毒づいた。


「いい加減にしろよ、そんな顔するなら着いてこなきゃよかっただろ!」

「だってぇ心配ですし、零毬さんの疑いも晴れてないですし……お二人はこんな少人数で危険地帯に突入するの、怖くないんですかぁ……?」

「別に。」

「どうとでもなる。」

「えぇ〜……。まあ、零毬さんはあの怪物と戦える力があるみたいですもんね。詳しく教えてくれませんけど!」

「秘密だ秘密、教える筋合いもねえ。」


 雑談しつつ足を動かし続ける。

 最後に立ち寄った集落から先は伐採しっぱなしの森の跡地のような、見晴らしは良いが足場の悪い土地が広がっていた。それを越えた向こう、見るからに手つかずの森が禁足地と人の住む地を隔てる緩衝地帯なのだという。


「このめちゃくちゃな地面、もしかして賊対策か?」

「その通り! 緩衝地帯側からは移動しにくく、集落側から飛び道具で攻撃出来るようにしてあるらしいです! 生活を守る知恵ですね!」

「なんでお前が得意げなんだよ。」


「ところでネメシアちゃん、大丈夫ですか? 疲れたら抱っこしますよ?」

「主サマのお世話は俺の役目だが!?」

「稚児趣味……」

「違ぇって!!!」

「無駄に体力を使うな。二人とも荷を担いでいるだろう、気遣いは不要だ。」


 時々休憩を挟みながらも数刻後、一行は境界を踏み越えた。太陽は沖天から幾らか傾いたが暮れには遠い。方角に注意して、更に東へ東へ進んでいくと。


「おい、管理の手は入っていないんじゃ無かったのか? 随分しっかりした広い道が敷かれてるぞ。」

「本当ですね……どういうことでしょう?」


 手間を掛けて整えられただろう道路が目の前に現れた。ネメシアが頭上を仰げば、ある程度の高さまでしか枝打ちされておらず枝葉の影が道に掛かっていた。


「外から見えにくくしてあるのか、隠蔽工作か? 犯罪組織の私道の可能性があるな。」

「ええっ!? 危ないじゃないですか、すぐ離れましょうよぉ!」

「でも俺たちはならず者共に用があるんだぜ? 盗品やいわく付きの品が取り引きされる場所を知りたいんだからよ。」

「あわよくば倉庫の場所も突き止めて取り返したいところだ。呪いの宝石などと呼ばれているらしいグリフィスの……家宝の破片を。」


 主従の意向によりひたすら道なりを、今度は南目指して歩く。噂に反して道中は平和なものだった。人も獣も見かけないまま日が落ち、道から外れた木の陰にごく小さな天幕を張る。最初の見張りに零毬が残り、ネメシアと透子は寝袋に収まった。


 す、と夜明け色の両目が開かれる。

 少女が上体を起こすのと見張りが異状を伝えに来たのは同時だった。


「俺たちが来た方から光が見えた。こっちに近付いてきてる。」

「私も人の声で目が覚めた。十数人、あと大型の動物が数頭いるようだ。透子も起こせ、接触を試みるぞ。」

「相変わらず人外の感覚は凄えな……」


 色々片付けつつ相手方の接近を待っていると、普通の人間の耳にも彼らの声が聞こえてきた。賑やかな談笑、この危険地帯を通っているというのに平然としている様子。それが示す意味は……。


「本当にやるんですかぁ……?」

「もちろん、頼む。」


 遂に謎の集団が見えてきた。いくつもの大きな荷車を、馬、象、熊などに牽かせた、やけに派手な集団だ。その進行を阻むように透子が飛び出し、声を張り上げる。


「た、旅の一座の方々とお見受けします! 我々諸事情あってこの地に迷い込みまして、よろしければ道中の安全のために同行させていただきたいのですが!?」

「我々? 何人いるんだ?」


 先頭の男が問い返してくる。

 対話に応じてもらえたことに安堵の息を吐いて、他の二人を手招く透子。


「この三人です。」

「おいおい無法地帯に子連れたぁ正気を疑うぜ!? それとものっぴきならない事情持ちか? しょうがねえ、おい! お前らも良いよな!?」


男が後方へ叫ぶと威勢の良い肯定が返された。  あっさり受け入れられ、空いた荷車で眠るよう促される三人。拍子抜けと不安が半々の顔をした透子を放置し、警戒する様子も無く眠る主従。透子は余計に心細い思いをする羽目になったが、結局その夜は何事も無く過ぎ去った。


「おはようさん! 改めましてオレは金舵、皆からはカンダの親分とか小父貴とか呼ばれてる。この度は我が楽団『宝船』へようこそ!」


 翌朝、挨拶を交わし直す一行と楽団員たち。金舵は日焼けした壮年の男性で、昨日対話に応じてくれた男であった。

 彼らは動物たちと共に音楽を奏でながら劇をするのが売りなのだとか。


「皆さん気さくで良い方たちみたいですが、なぜ緩衝地帯を移動しているんですか?」

「ははは! まあこんなとこ歩いてりゃ疑うよな! 理由は簡単、猛獣を連れてるからだ! 人混みを移動すると動物たちの気が立っちまって危ねえのさ。」


手近にいた象を撫でてやりながら金舵は笑う。


「逆にここではこいつらのお陰で敵が寄ってこないから、安心して移動できるわけだ。」

「ちゃんと合理的な理由だな……じゃあなんでこんな所に道があるのかは知ってるか?」

「それはちょっとわからんなぁ、結構前からあるみたいだが。入ってみたら道があったから使ってるだけだ。」


聞けば大抵のことを答えてくれる明るいおじさんとは、すぐ打ち解けた雰囲気になれた。太陽が地平に隠れようという頃、一座は歩みを止め、天幕を用意し始めた。


「今日は留まるのか、昨晩のように交代で休みながら進み続けるのかと思っていた。」

「それじゃ動物たちがへばっちまうだろ。あと、折角客がいるのに自慢の演奏も聞かせずサヨナラしちゃ寂しいと思ってな。お代はいらねぇから楽しんでくれよな!」


 現れる即席の舞台、太鼓に笛に三味線、あるいは見知らぬ楽器を手に手に団員が並ぶ。

 金舵の指揮で、一夜の演奏会が始まった。




「坊主、よく飲むなぁ! 酒好きか?」

「大好きっすね。」

「そうか、遠慮せず飲んで良いぞ!」

「あざす!」


 男衆に囲まれる零毬と、


「可愛い! 肌すべすべ~!」

「お菓子が好き? 果物が良い?」

「えっとぉ~……」

「あまり触らないでほしいのだが。」


女たちにちやほやされる透子とネメシア。

 透子はまごまごしているうちに色々口に突っ込まれ、ネメシアは勝手に食べ進めながら、話しかけられるのを無視し舞台に集中していた。本日最後と銘打たれた演目は興味深いことに、『欲望の王』、禁足地の話だった。


 躍動感に満ちた踊り、一糸乱れぬ合奏。真っ赤な衣装が翻る、あの時街を包んだ炎の如く。祟りの化身に見立てられた熊が舞台に上がり、音は高らかに終幕へと盛り上げる。

 逃げ惑う王様役が恐怖を歌う。早まる曲調と張り詰める空気。

 命乞いを掻き消す咆哮と、ドドン!! と腹に響く太鼓の音で演目は締められた。


「わあ~……! 凄いですね、思わず見入っちゃいました!」

「ああ、面白かった。」


 素直に称賛する女子組の、パチパチという拍手に、ごとん。と重たい別の音が混ざる。


「ん? え、零毬さん? の、飲み過ぎて寝ちゃったんですか……?」


振り返ると倒れ伏した零毬、動揺する透子を周囲の女たちが押さえつける。


「大人しくしな!」

「抵抗すると痛い思いするわよ?」


ネメシアに刃物が突きつけられると抵抗も出来なくなってしまい、されるがままに何処かへ移動させられるのだった。


「親分、いつも通り身ぐるみ剥いで檻に入れときやした! どうしました? 険しい顔して。」

「おめぇら、あのガキの面見たか? 全部見透かしていたかのような落ち着きぶりに、得体の知れない雰囲気……おい、進路変更だ、東に向かうぞ。」




 布を被せ普通の荷車に偽装した、鉄格子の箱に三人は閉じ込められてしまった。奪われた服の代わりに麻の貫頭衣を着せられ、手足に枷を嵌められて、売られていく奴隷のようである。


「ほら結局悪い人たちだったじゃないですかあ! どうするんですかぁ!?」

「うるさい。声を抑えろ。」

「何でそんなに落ち着いているんです!? 零毬さん、さっきからピクリともしませんけど! 生きてますか!?」


 透子が喚く喚く。あまりのうるささに猫を脱いだネメシアが、透子の耳を引っ張った。


「黙れ。貴様が騒ぐせいで外に漏れかねんから話せんのだ。勝手に着いてきた挙句邪魔になるなら、この場で見捨てていくが。」


 怒りを込めた耳打ちにやっと沈黙した透子、深くため息をつき、ネメシアは零毬に手を伸ばす。小さな手が触れると、彼は何事も無かったかのように起き上がった。


「え? ええぇ?」

「なかなか強い痺れ薬だったな。」

「まさか倒れたのも、無防備にお酒を飲んでいたのも演技だったんですか!?」

「おう、主サマの指示でな。」

「しばらくこのまま行くぞ。歩く手間が省けるだろう。」

「いやいや、どうやって逃げるんですか!? 荷物も全部取られて……路銀や生活用品もですが、うちは特にあの服は取り返せないと困ります! あれは邪悪を退ける戦闘服でもあって、替えが利かないんですよぅ!!」

「……なんとかするから黙っていろ。」


呆れと苛立ちを顕わに吐き捨てたネメシア。可愛がっていた少女の刺々しい態度に驚き身を竦める透子を、こっそりせせら笑う零毬だった。




 分厚い布越しでも、日が昇れば少し明るくなる。改めて観察した檻の中は案外広く、きれいなものだ。端にある木の蓋は厠のようだ。


「そういえば、いつ彼らを悪人だと判断したんですか? うちも怪しんではいましたけど、決め手を見つけられませんでしたよ?」

「金舵とやら、入ってみたら道があったと抜かしていたが、普通に考えて大きな荷車と大きな動物を率いて、鬱蒼とした森に入ろうとするのはおかしいだろう。つかなくていい嘘をついた時点で確信は持っていた。その上日に焼けた肌と潮の香り、おそらく船から直接この道に入れる非正規の港もあるのだろうな。それらをしっかり利用しているならば、裏社会に通じた抜け目ない人間である可能性が高い、と考えたのだ。」

「す、すごい……あの、ネメシアちゃん、もしかして普通の人ではない……?」

「今更かよ!?」

「いやだって! 名家の出で英才教育されたら普通より尊大だったり博識だったりするのはよくあるらしいじゃないですか!! でも捕まったときの落ち着きぶりとか怒ったときの威圧感とかが、あれ? って。」

「今更かよ……」


 景色は見えないが確実に車は進み、時間は過ぎていく。朝晩一つずつの握り飯に、ちっとも足りないとぼやく零毬。


「あと何日かかるんだ? 俺が餓え死にする方が早いかもしれねえ……」

「大袈裟な。最低限の水と食べ物は貰ってるでしょう。」

「楽団員たちの話に出た地名は、テフ、チヨビレ。ずっと南まで行くらしいな。」

「闇市や違法賭場の話題もありましたね……チヨビレ島には多くの同志がいるはずなのですが、そんな話は聞いたことがありません! どういうことでしょう?」

「さあな。」


 日が経つにつれ会話も無くなり、ぼんやりするだけの時間が増えてきた、そんな日の夜。ゆっくりと荷車が停止し、野営の準備に人が動き出すのかと思いきや、外はやけに静かなまま。


 こんこんこん。

 荷台を叩く音で三者三様に飛び起きた。


「おう嬢ちゃん、元気か?」

「金舵か。何の用だ?」

「用って言うほどのことじゃあないが……裏社会で長生きするコツ、嬢ちゃんは何だと思う?」

「知らん。」

「それなりに人生経験を積むと、『コイツはやべぇ』ってな勘が働くようになる。そしたらその直感に従って……やべぇ奴は生かして帰さない。それがコツさ!」


 荷車が揺れる。音を立てて傾く。

 足を掬われて転んだ人間二人、対して体勢を保ったネメシアが手元に剣を召喚。枷を容易く引きちぎり高速の斬撃。

 布も檻もバラバラに切り裂き視界が晴れるも、荷車は既に空中、崖下に下降を始めていた。金舵の傍らには象、そして銃を構える楽団員たち。


「ふむ。」

「撃てェッ!!!」


親分の号令に、団員たちが引き金を引く。飛び上がる少女、蹴り落とされる形になった荷車から悲鳴が上がる。

 身を捻り銃弾を躱しながら、ネメシアは崖そのものを狙って剣を振り抜いた。


 ザンッ!!


「うわあっ!?」

「く、崩れる! 車が落ちる!!」

「構うな! 巻き込まれるぞ!」


 大きな亀裂と衝撃でゴッソリ削れた崖上の地面。退避していた馬車も一台崩落に車輪を取られ、馬共々落下。

 金舵は下を覗き込んだが、少女の姿はとっくに闇に消えていた。


「やっぱ只者じゃなかったか……。流石に禁足地から生きて帰っては来られないと思いたいが……」


 静まりかえった不気味な森をしばらく見下ろしていたが、やがて首を横に振り、仲間を率いて立ち去るのだった。




 高所からの着地を平然と行った人外少女、そのまま転げ落ちた檻へ歩み寄る。無傷だが目を回している零毬を見つけ、枷を切断しておいた。


「透子がいない……外に投げ出されたのか。」

「ネメシアちゃ~ん……たすけてくださ~い……」


呟きに答えるように、情けない声が聞こえてくる。声を頼りに生い茂る草を掻き分けると、真っ二つに割れた透子の頭が出てきた。持ち上げて断面を合わせると瞬く間にくっつき、いつも通り元気よく喋り出す。


「ありがとうございますぅ! どうも頭部が壊れると上手く思考できなくなるみたいで、身体を直せなくて困ってたんですよ!」

「そうなのか。派手に飛び散ったようだが大丈夫そうか?」

「ちょっと時間掛かるかもですが、急いで直します!」


集中し始めた透子を荷台の残骸の上に安置してやると、すぐ次の目的へ動く。少し離れた所に落ちた馬車へ迷わず向かい、積み荷を引っ張り出した。


「なるほどなぁ、昔宝物庫を探し出したのと同じ方法を使ったのか。」

「零毬。起きたか。」


 従者が手伝いに参加し、さくさくと物品の整理が進む。戦利品として分類されていたのだろう、三人の荷物が大まかな価値毎に混ざって纏められていた。当然ネメシアの大事な簪もその中に含まれていて、彼女にとって狙うべき車は一目瞭然だったのである。


「おとなしく衣服を取り上げられたのもこのためとは、流石主サマ。」

「別々の車に分けられていたら困るところだったが、見た限り揃っているな。それに私たちの物以外にも……」


 硬貨や宝石の入った小さな袋がじゃらじゃらと、少女の手に弄ばれる。一つ一つ中身を確認していた手が、ふと止まった。


「想定外の収穫……今回はツキが回ってきたらしい。」

「お、何あった?」

「後で教える。透子もそろそろ直るだろうし、早く着替えたい。」


 さて、着替えて元の格好に戻った一行はその場で一夜を過ごすほかなかった。熾した火に奴隷服を放り込みながら、零毬は透子へと声を掛ける。


「何をそんなに震えてんだ、寒いのか?」

「違いますぅ! あなた、なんにも感じないんですか!? 結界を張ってもなお心胆寒からしめるこの瘴気!! 我々は禁足地にいるんですよぉ!!?」

「……主サマ、なんか感じます?」

「貴様はなんともないだろうが、常人ならとっくに発狂しているほどの負の念に満ちているな。まぁ私にも影響は無いのだが。」

「へー、全然わからん。」


悪党にも瘴気にもケロッとしている主従に、透子はただの信じられないものを見る目を向けるばかり。


 夜が明けても禁足地は薄暗い。深い森が光を遮っているのとは別種の薄闇が、土地全体を覆っているようだった。


「太陽も見えないし方位磁石も狂うし、確かに普通は生きて帰れないだろうな、これは。」

「とか言いつつガンガン進んでますけど、大丈夫なんですか……?」

「大丈夫大丈夫。」


(呪いの大本を意識しながら直感で進めってのが主サマのご命令だから、外へは向かってないんだけどな。)


 獣道すら無い森を、掻き分け押し退け、切り払いながら歩く。鳥の声も虫の音もしない不気味な静けさ。やたらに生えた植物も、捕食による間引きが無いためだろうか、伸びるだけ伸びて枯死しているものがありそれも異様さを醸し出していた。


「……お、あそこらへんに建物の名残みたいなもんがあるぞ。」

「石畳があった場所は草が少なくて歩きやすいな。王宮があったのは、たしか向こうだったはずだ。」

「ちょうどそっちに行こうと思ってたんだが、もしかして王宮跡地に陣取ってんのか? まさに王様を気取ってるわけだ。」

「あ、あの? お二人とも何をしてるんですか?」

「…………」

「うち、状況にも話にもついていけてないんですけど。」

「…………」

「む、無視しないで……」


(どうします?)

(捨て置け。目的は目の前なのだ、アレを納得させる言葉を選ぶのも面倒だし時間の無駄だ。)


 念のため伺いを立てた零毬だが、ネメシアに慈悲など無かった。

 容赦なく置いていこうとする二人に半べそになりながらも、一人になりたくない一心で追い縋る透子。




 そうしてようやく辿り着いたその場所は、かつての栄華を嘲笑うかのように朽ち果てた瓦礫と黒い霧に包まれ。

 かつての天守を枕に寝そべる、漆黒の巨獅子に占領されていた。


「……おや? 懐かしい顔じゃのう。ワシを長いこと敷物にした小娘と、僅かな時間とはいえ捻じ伏せ支配しおった小僧ではないか!」

「あの時より随分でっかくなったなあ、頭だけで五尺ありそうだ。


……おい、化物皮! この百年そこら勝手しまくったらしいじゃねえか! ここらで遊びはやめにして、また一緒に働いちゃくれねえかな!?」


 地鳴りに似た低い音が空気を震わす。

 威嚇音だ。


「あの日、この場所でワシを解き放ってくれたことだけは感謝しておるぞ小僧。人も妖も喰らい放題、お陰で往年の知恵と肉体を取り戻せた。そんなワシが、やっと掴んだ自由をふいにして、毛皮に戻ると思うか? えぇ!?」


 ざんと大地に爪を立て、化け獅子が立ち上がる。


「まあこうなるよな。」

「もう一度皮を剥いでやれば良いだけだ。」

「ッひぃぇ……!」


 肩を竦め、懐の紙束を確認する。

 無表情に剣を抜く。

 震えながら大槌を喚び出す。


 『禁足地の主』を毛皮にするためなどという、前代未聞の戦いが今、始まる。





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