お昼休みの怪
1階の受付に麗奈を迎えに来た祐一だが、もうひとりの受付嬢が引き攣り笑いでレナにサムズアップをするのを横目でチラリと見てから、会社のロビーを一緒に歩く。
「受付の田淵さん、どうかしたの? 何か具合悪いのかな〜 顔色が悪かったね」
「え。えと、ちょっとしたカルチャーショックがあったみたいですね」
因みに、私のこの薬指を飾るダイヤの指輪のお値段を・・・
と、聞きたいような、聞きたくないような・・・
詳しそうな田淵が引き攣る様な値段なんだろうな〜 と察する事がやっとできた麗奈は明後日の方向に目を向けた。
「御昼、社食でいい?」
「あ、私お弁当作って来ました祐一さんの分も」
「え、凄いな何処で食べようか?」
嬉しそうに笑う祐一にキュンとなる麗奈。
「敷地内の中庭に行きましょうか、あそこベンチも四阿もあるし」
自然と手を繋いで会社の中庭に移動した。
もう、ラブラブ高校生カップル(死語?)のようである。
受付の田淵や桜田が見たらきっと砂糖を吐くに違いない・・・
「お弁当は自信があるんですけど、量が分かんなくってゴメンナサイ」
「おー」
麗奈の小さい弁当箱に比べると少しだけ大ぶりの弁当箱におかずだけが詰めてあり、後はラップで包んだ大きなおにぎりが・・・
「大丈夫、上等だよ。これだけあれば夕方迄お腹は空かないから」
ちょっとだけ垂れ目の悠一の目が、嬉しそうに更に垂れてフニャっとなる。
どうも麗奈はこのフニャっと笑う顔が好きらしくその度に赤くなるのに祐一が気がついた。
「ひょっとしてさ、麗奈さんが最初に言ってた、笑うとフニャってなる? 俺の顔がホントに好きなの?」
「ハイ! すごく幸せそうに見えて大好きです!」
赤く染った顔を、片手で隠して
「どうもありがとう」
と、お礼を言う祐一だった。
リア充が爆発しそうで危険である・・・ 退避しないといけない。
×××
意外とマメらしい麗奈は、お弁当だけでは無く水筒に温かなお茶も詰めて持ってきていた。
2人仲良く食後のお茶を飲む。
「え、じゃあ、今日から裕一さんは最上階の秘書室勤務になったんですか?」
吃驚して、大きな目を更に大きくする。
「うん。社長と会長の2人がどっちの秘書にするかで揉めててね・・・」
青空に視線を送る祐一。
お疲れのようである。
「裕一さんは、お祖父ちゃんとお父さん、どっちと仕事をしたいんですか?」
「え? 樹専務」
「・・・叔父さんですか」
まあ、そうだろうな、という顔の麗奈。
「社長に却下されたけど」
「そうでしょうね」
2人でため息をついた。
「まあ、俺はどっちでもいいや。なるようにしかならないだろうし・・・ それより、麗奈さんとの時間が減るのが困るかも」
「え?」
「だってどちらかの秘書になることは確実でしょ? 秘書ってマネージャーみたいなもんだし、1日中ほぼ拘束されるだろうから、今日みたいにお昼休みも一緒には取れなくなると思うよ」
祐一のその言葉を聞いてガ~ンと、頭の中に何かが響いた麗奈・・・
突然無言になり、スマホを取り出してLINE に何かを一気に高速で打ち込み始めた。
「?」
その時、四阿の直ぐ横の茂みで、人の気配がした為祐一は如何にも偶然、そっちを見ましたよ、という体で、脚を組み替えながら身体をずらして、視線を向けた。
「ちょっと、押さないでってば」
「やだ、こっちに気が付きそう」
「やばいってば、早く拝んで帰ろうってば」
女性が小声で会話しているのが聞こえてくる。
首を傾げてレッドロビンと槇の木が重なった茂みをじっと見つめながら火の着いてない煙草を咥える。
「やだっ、ちょっとカッコいい〜」
「やっぱイケメンだね」
「人のモノになったら余計によく見えるわね!」
カサカサと茂みの中を動く音がして、3人位の足音が去っていった。
「? なんださっきの?」
祐一は、首を更に傾げた。
「ヨシッ! コレでいいわ」
丁度そのタイミングでレナがスマホから顔をあげ、そう言ったので祐一はそちらに視線と身体を戻した。
「麗奈さん、どうしたの急に?」
麗奈はアルカイックスマイルを浮かべ
「お父さんに、私と祐一さんの貴重な時間を取り上げたら、お母さんに全部言いつけるよって、釘刺しときました」
素晴らしくイイ笑顔だった。
×××
「じゃあ、夏はアメリカなんですか?」
「うん。契約だからね」
「そっか・・・」
「一緒に行く? 社長は許可してくれるって言ってるけど、パスポートを確認しないとダメかもしれないとも言ってたよ」
「え」
急にカーッと赤面する麗奈。
「一緒に行ってもいいんですか?! 仕事なのに?」
「現場見学もできるよ? ちゃんと許可さえ取れば。撮影中は離れるけど、ほぼ一緒にいられると思うけど?」
うーん、と一度首を傾げて考えてから、
「撮影がつまらなかったら買い物でもしてたらいいし。最初の3日は本土だけど残り1週間はハワイに移動だからチャペル見学もできるし、挙式も予約さえしてたら出来るはず。どうするか決めといてくれる?」
優しげに微笑む少しだけ垂れた目を見て、麗奈は耳まで赤くなり、幸せ過ぎて心臓が爆発寸前になり目が回った。
彼女が爆死する前に誰かこの男を止めろ! と言ってくれる親切な通行人はいなかったようである・・・