樹専務
専務という役職は会社のナンバー2で社長の代理も果たす権限のあるれっきとした経営者サイドの重役である。
なので、要は社長補佐であり実質は副社長みたいなものだ。
社長不在の時の決裁なども任される重要なポストだが意外に周知されていなかったりする。
それは祐一の勤めるイシカワ・コーポレーションの専務も同じで、結構目立たない役職のはずなのだが・・・
「専務は社長の弟さんよ。基本的にココは親族経営の会社だからね」
絨毯を敷き詰めた廊下を西条と共に歩いていく祐一。
「普段会長の方は週3日くらいしか会社に顔を出さないんだけどねー、何か面白がってるのかな? 朝から社長をからかってるみたいに見えるんだけど」
首を捻る西条。
「その割には、どうも社長を見てると怒ってる訳でもなさそうなのよね~君よっぽど優秀なのよ。俺の秘書にするって2人共が譲らなくなってさ、間に立ってる専務が困っちゃってるのよね」
ケラケラ笑いながら廊下を曲がると、正面に秘書室と同じような金文字のプレートが『社長室』『会長室』『専務室』とそれぞれのドアに飾ってある。
「この3つの部屋って実はドア2枚ずつ、合計4枚で隔ててあるだけで実は繋がってるのよね」
「はあ。要は間に小部屋みたいなものがあるんですね?」
「そうそう。よくわかってるじゃない。そこが秘書の待機部屋っていうか、給湯室だからね。覚えといて」
西条は専務の部屋のドアをノックした。
「はい?」
「西条です」
「あ、いいよ入ってきて」
結構軽い感じだな、と首を傾げた祐一である。
「「失礼します」」
2人で専務室に入っていく。
部屋に入ると、正面の如何にも重役用といったデスクがあり、椅子に座っている男性がいた。
どちらかというと会長である石川辰夫に似た感じのスリムな体型をした40歳前後の男性を、社内報で見たことがあるな、と祐一は思い出した。
確か独身で社内の女性人気ナンバーワンで玉の輿狙いのハンター女子社員に、毎日狙われてる有名人だった。
と、仕事にはあまり関係なさそうな情報を思い出した。
――コロッと忘れてた・・・確か名前は石川樹だったような・・・
「やあ、はじめまして」
「今日から専属秘書として配属になりました神谷祐一です。宜しくお願いします」
そう言って頭を下げる祐一。
「あ、西条さん彼のこと借りて良いかな?」
「良いですよ。昼休み前には1度開放してあげて下さい」
そう言いながら笑顔で去っていく西条女子。
「さてと、今後とも宜しくね。もうちょっとしたら僕の甥になるんだよね、祐一君」
パタンと閉じたドアを確認しながら、辰夫によく似た細面のイケメンがこちらに向かって微笑む。
「はい、それも宜しくお願いします」
「うん、多分だけど君じゃ無いとあの一家の面倒みきれないと思うから、頑張ってね」
そう言いながら、デスクに頬杖をつく。
「・・・そうですか」
頬杖をついたままの樹はニンマリ笑う。
「突然君が移動になった理由なんだけど」
「はい」
「兄の話を聞く限り、君の能力が突出しているみたいでさ、経理課全体が君に甘える状態になりつつあるんだよ。で会社としてはコレは不味いだろうって事になって、兄が君を移動させることにしたんだ」
――あ、やっぱり。
「でまあ、君に関しては身内同然だし社長の後を継ぐかどうかは、まだ未定でいいんだけどね。経営者サイドになるっていうのはもうテンプレなんで、諦めて下さい」
何故か頭を下げる樹。
「いやいやいや、専務。何を頭とか下げてるんですか!」
「だって、祐一君。あの兄と義姉だよ? 親父も曲者だしさ。しかも聞いたら美奈の初恋のNinjaグリーンでしょ? アイツ絶対に会社まで会いに来そうだろ?」
真顔でそういう樹専務とまあ確かに、と目が泳ぐ祐一。
「君、やたらと気に入られちゃって大変だよね。今までのように経理課に君をそのまま置いといたら、あの人達が何かと理由をつけて出入りして、大騒ぎになるのは目に見えてるから、早々に君を秘書として引き上げさせたんだけどね」
遠い目になる樹専務。
「・・・え〜と」
はぁ〜とため息をつく樹。
「今度はさ、君を会社に置いといてサポート役として使いたい社長と、君を会社から連れ出してサポート兼遊び相手にしちゃいたい会長が君を取り合ってるんだよ」
溜め息を付きながら続ける樹。
「しかも会長が、君は麗奈の婿になるから自分の孫だよな〜とか言って、兄をからかうんだよ。すると兄が何かを思い出して、不貞腐れるという事を繰り返すんだ。朝からそれをやってて、仲裁に忙しくてさ・・・会長が昼に会食があるって言って出ていって、やっと静かになったんだよ」
「ええぇ〜・・・」
いや、俺の身体は1個しか無いんですけど。そして社長は何を思い出して不機嫌になるんだ・・・?
と、内心冷や汗をかく祐一。
「しかも君、本物の忍者の末裔でしょ? こき使われそうで怖いよ・・・」
ああ。
この人メチャクチャ苦労人だ・・・・