秘書室のウワバミ様
秘書室という金文字のプレートがドアの前に燦然と輝いている・・・
――うん。ここだ間違いない。
ドアをノックすると、
「どうぞ」
という女性の声が中から聞こえた。
「失礼します。本日付けで秘書室に配属になった神谷祐一です」
そう言いながら中に入ると、
「あ〜きたきた、やっと来たよ神谷君」
正面にデデンとデスクがあって、そこに背の高い女性が立っていた。
秘書室長の西条亜紀である。
『あ、そうだこの人が室長だった。忘れてた・・・』
年の頃は40前後。
細身で如何にもキャリアウーマンといった風情だが、大酒飲みの噂があり、一部男性社員にウワバミというあだ名で呼ばれているのを祐一でも知っている位の有名人だ。
その横、西条のデスクに直角に角を並べる様にコの字並びに2つ机が並んでいて、向かって右側にやはり女性が座っている。
西条に似た感じだがショートカットの西条とは違い所謂ワンレングスという髪型で、体にピッタリ沿ったスーツを着ている。
年齢は祐一と同じくらいの年齢だろうか、『篠崎』というネームプレートを首からぶら下げていて、パソコンの画面をチェックしていた。
立ち上がって会釈をすると、
「宜しく、篠崎です」
と素っ気なく返され、そのまま彼女はパソコンの画面にまた集中した。
左の机は誰も座っておらず空いているように見える。
「神谷君の机は基本的にソコね、そう、その左側よ。今日は経理からの引っ越しと、社長の子守りで終わるだろうから」
「子守りですか?」
「そうそう。会長まで来ちゃって面倒くさいったら」
西条のこの辛辣さ。
ウワバミじゃなくてマムシかも知れない。
「この専属秘書室は総務のラインナップと違って、独立してる秘書室だからさ、慣れないだろうけど頑張ってね。一応総務との連携もするけど、あっちはオープン、こっちは結構守秘義務が多いからね。そこの調整に気を使うかもね」
やっぱりそうだった、と思う裕一。
上司になるウワバミ改めマムシ様は中々にアクが強そうだが、頼り甲斐は大塚よりありそうだな、と思う祐一である・・・
×××
西条に秘書室の仕事の説明を受ける祐一。
祐一の仕事内容は、専属秘書と言われるヤツで、上司のスケジュール管理や出張時のお供、書類作成に郵便物やメールのチェック、冠婚葬祭等まで含めるので要はなんでも屋、マネジャーである。
やることが多岐に渡る上に守秘義務も付随するため、人選は慎重に行われ決定するがそれなりに給料も破格なので、この会社ではそうそう簡単になれる訳ではないらしい。
――ていうか、話を聞くと、密偵や体術を使わない忍者みたいだな・・・
ちょっとだけ遠い目になった祐一である。
「で、まあ、経理課で優秀な君を引き抜きしたのには理由が色々あるらしいんだけど、君が一番知ってるって社長は言ってたんだけどね。なんか思い当たるフシがあるんじゃない?」
西条が首を傾げながら腕組みをする。
「ああ、多分ですけど。思い当たる点はありますね」
恐らくは経理課全体が祐一1人に責任を持たせてしまう体制になりつつあるのが問題なのだろう。
ある程度手を抜けばいいのかも知れないが、ついつい完璧に祐一がやってしまう為、皆の緊張感がなくなってしまったのが問題なのだろうと自分でも思う。
まるで今朝イチで見たデスク周りが今の経理課を表している様に感じて、祐一は苦笑した。
「自分が抜けたら動かない経理では、会社が傾きますから」
祐一がそう言うと、西条は微笑んだ。
「ちゃんと分かってんだ。良かったわ」
後は、まあ、俺が義理の息子になるからだろう。身内なら守秘義務も守れるからな・・・俺が社長でもそう考えるだろうね。
と頭の中で付け加えた祐一である。