クロちゃん
玲子をコンビニから彼女のマンションに送り届け、祐一の愛車で帰ってきた2人。
祐一の手を借りて駐車場に降りると、クロも一緒にスルッと降りてきた。
「クロちゃんに助けて貰いましたね」
「クロ、ありがとうな」
祐一がそう言いながら、クロを抱上げて喉を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らし、気持ちが良さそうに目を細める。
『ああ。クロちゃんになりたい・・・』
ファーストキスの機会を玲子の強襲でフイにしてしまった麗奈は、祐一に抱っこされているクロが非常に羨ましい・・・・
「今日はもう遅いから」
「はい」
ちょっとショボンとなる麗奈。
「泊まって行くよね?」
「!!!」
これでもか! という位に真っ赤になって頷く麗奈。
「行こうか」
そう言って祐一が手を差し出して、その手を繋いだ。
因みにクロは祐一の肩の上で、でろ〜んと伸びて欠伸をしていた・・・
×××
「麗奈さん、服着た?」
お風呂上がりの脱衣場で祐一のパジャマを借りて、ダボダボの袖とズボンの裾を必死で折っている麗奈に祐一が声を掛けてきた。
「先に寝室に行ってていいからね。疲れたでしょ? 俺を待たずに、寝ちゃっても大丈夫だから」
祐一が脱衣場に上半身裸で入ってきて全自動の洗濯機にポイっと自分の服を放り込む。
「麗奈さんの服も入れといて。夜中の内に洗濯したら明日には乾くだろうから」
「は、ハイッ! 了解ですっ!」
慌てて赤い顔のままで脱衣所から飛び出す時、祐一からフワっとビールの匂いがした。
リビングのソファーの上にでろーんと伸びた黒猫が寝そべって髭をヒクヒクさせている。
「クロちゃん? 一体いつの間に祐一さんのマンションに来てたの?」
「にゃ」
クロはまるで答えるように、そのままの姿勢で首だけを上げると一声鳴いた。
「ああ、そりゃ猫又だからね」
「へ? ネコマタ?」
「クロもそうなんだけどさ、神谷の家に住んでる猫は全部『猫又』だよ」
祐一は風呂から出てきて、冷蔵庫から缶ビールを出すと蓋をプシュっと音をさせてから、缶に口を付けながらそう言った。
「正確には分かんないけどね、ずっと居るんだよ。俺の爺ちゃんの代もその前もその姿のままらしい」
「・・・・」
「元は仕えてた殿様から下賜されたらしいんだよね」
「・・・・下賜された」
「クロは前から俺の所に跳んで来るんだよね。コイツらって、女神様と一緒なんじゃないかな? って今は思ってるよ」
麗奈の膝の上で腹を出して寝転がるクロ。
「お母さんと同じ・・・」
「俺達神谷の血筋がヤバい時とかに急にやって来るんだよね。『寄り合い』の連中は、主って呼ぶんだけどさ、コイツらに気に入られたら他人でも神谷の一族って認められることになるらしい」
「えっ!?」
ソファーに座る麗奈の横に腰掛けて、黒猫を撫でる祐一。
「麗奈さん、クロに最初っから気にいられてたでしょ? だから爺共が余計に大喜びしてたんだよ」
「ああそういえば・・・」
引き振袖を神谷の家で着せられて写真を撮った時に、お年寄り達が『嫁さんには黒猫がくっついとるで』『おお、よほど神谷の主に気に入られたもんじゃあ』と言われていた気がする。
え、まてよ何か大事な事がもう1つあったような。
「あの、お父さんもミケとトラに好かれていたような・・・?」
「うん、社長は麗奈さんのお父さんだから、『殿様』扱いなんだと思う。カリスマの問題なのかも知れないけどさ」
祐一の、嫁になる予定の自分より父の方が沢山の猫達に気に入られている・・・?
二匹だけど・・・
何やら複雜な気持ちにさせられる麗奈であった。
祐一はクロを撫でながら、
「跳んでくる時は、必ず神谷の男が居る場所だから、麗奈さんはクロ達に会う機会が多分増えると思うよ。まあ気まぐれだから、いつの間にか神谷の家に帰っちゃったりもするんだけどさ」
祐一の貞操の危機? を救うために現れたクロを思わず拝む麗奈である。
首を捻る祐一。
「今日のはさ、俺が玲子を嫌がって本気で突き飛ばしたらアイツが怪我するからそれを止めに来たのと、麗奈さんを守りに来たんじゃないかな?」
「え? 私を?」
「だって、元カノが急にやって来てあんなの見て気分いいわけ無いでしょ? もし俺が麗奈さんの立場だったら、絶対嫌だと思う。でもさ、コイツがいると何かホッと和むじゃない?」
「そう言えば・・・」
「コイツらってそう云うの得意みたいでさ〜オヤジ達も随分と助けられたみたいなんだよね」
そう言うとアハハと笑う祐一。
「オヤジ達が終わったから、次はお前らの面倒見てやる! って感じなのかもね」
クロは顔だけを上げて
「ニャア」
と又鳴いた。
「まあちょっとクロがいるから、麗奈さんに手出しをし難いってのもあるんだけどね~」
そう言いながら照れたように笑い、ぎゅっと抱きしめてきた祐一の腕の中で麗奈は又顔が赤くなり、
『確かにちょっと恥ずかしいかも・・・』
祐一の温かい胸に顔を埋めた。
祐一の言うように、突然夜中にやって来た彼の『元カノ』である玲子には驚いたし、何よりも自分とは全く違うタイプの女性だった事に麗奈は少なからず衝撃を受けた。
以前祐一を追いかけてきたエマという女優や、会社の『追っかけ』的な女子社員達とは全く違っていたからだ。
しっかりした口調、彫りの深い顔立ちの美女。
背が高く如何にも仕事の出来る感じの大人の女性で年齢は祐一と同じだという玲子。
それに引き換え、自分はまだ社会に出たばかりの1年生で、まだまだ会社の受付の中でも新人のひよっ子だ。
祐一と同じ大学に通い4年間恋人として付き合ってきた玲子と、婚約したとはいえそれは、祐一にとっては成り行きでしかも出会ってたったの2日目の事であり、自分の一方的な一目惚れの片思いから無理矢理始まったばかりでまだ1ヶ月足らずしか付き合っていない自分。
麗奈は祐一のことを知っているようで、まだまだ知らないことがきっと想像以上に沢山あるのだ・・・
そう思ったら、目の前の玲子が突然羨ましくなった。
彼女は自分の知らない祐一を沢山知っているのだ。
祐一は、彼女の事を
『玲子』
と呼んで、自分の事を
『麗奈さん』
と呼んだ。
その違いが過ごした年月の長さという、勝てない現実を突きつけられたような気になったのだ。
きっとあのまま1人で自宅に帰ったら、悔しさ、悲しみ、焦燥、色々な気持ちが心に溢れてしまって眠ることすら出来なくなってしまっていただろうと思う。
だから祐一は泊まって行けといったのだろうし、クロは彼がそう言い出しやすくなるように仕向けてくれたのだろうと言う彼。
何だか色々なモノ達に心も守ってもらえているのだと。
祐一の腕の中で、そう麗奈は思った。




