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第76話 王都への旅路

「まあ! これが『黒曜の魔女』ブランドの新製品なのね。まだ相当に貴重な品なのではなくて?」

「そうですね、奥様にお渡しした品が初物になります。これは日焼け止めと言って、効能は――」


 辺境伯との食事会の翌朝、わたし達は王都に向かう前に、辺境伯夫人の歓待を受けていた。

 一応、辺境伯夫人と顔を合わせる可能性も想定していたから、新たに開発していた日焼け止めと高級志向の化粧水とを持ってきていたけど、正に備えあれば憂いなしだったと思う。

 夫人はピンセント商会二号店を予めリサーチしていたらしく、これらの品を献上すると素直に喜んでいた。


 その一方で、夫人の方もサプライズを用意しており、わたしの方も朝から驚かされていた。


「ありがとうフミナさん、これは大事に使わせて頂くわ」

「はい、是非とも。それと、わたしの方こそ旅装を頂き、ありがとうございました」

「前のは、『略奪者ブリガンド』のせいで使い物にならなくなったのでしょう? 貴方に良く似合っていたと聞いたから同じものを作らせたけど、本当に良く似合っているわ」


 夫人はそう言ってにっこりと微笑む。

 それに合わせて、わたしは夫人へと一礼した。


 わたしが今着ているのは、従来と同じデザインの旅装で、今朝方にわたしの着替えとして用意されていたものだった。

 この服を見た時は驚いたけど、製造元が領都の工房だったらしく、夫人の伝手で突貫で用意させたものらしい。


 結構気に入っていた服だったので有難く感じたけど、この情報を把握して僅かな時間で用意出来たのは、辺境伯の力あっての事に違いない。

 そう考えると怖くなってくるけど、那月やメグから特に注意も無かったので、辺境伯の謝意ないし夫人の純粋な厚意とみて良いのだろう。




 そんな思わぬ一幕はあったけど、わたし達は日が高くなる前に王都へ向けて歩き出す。


 辺境伯からは馬車を出すとの打診もあったけど、馬車のデメリットは案外大きい事もあって、魔法の活用も見据えるなら徒歩の方が優位と判断した。

 それに加えて、わたし達の場合は徒歩の方が【結界】も使い易いし、いざという時に[転移]が利く事もあって、那月やメグも賛成していたので大丈夫だろう。


 実際に出発してみると、【隠密】と【警戒】の効果もあって魔物や盗賊に襲われる事もなく、メグも意外なほどに体力がある様で、障害らしい障害も無く順調に旅路を歩んでいく。


 そのうちに街が見えてきたけど、当初の話し合いで決めた通り、その街には入らずに旅路を急ぐことにした。


「予定通りとは言え、街を避けて進むのはやっぱり違和感がありますね」

「仕方ないよ。この街の領主って評判良くないし、オブレストの刺客がいる可能性もあるからね」


 この辺の事情は那月が詳しく、またグランツ辺境伯からもたらされた情報もあったので、寄っても問題無いところと避けるべきところは予め決めていた。


 単純な戦闘なら、わたし達が後れを取る可能性は低いけど、万が一はあり得るし、政治的な搦手で来られた場合は対処が難しい。

 そもそも、女三人(+使い魔)での旅という事もあって、特に安全には気を配るべきと判断した。


 しかし、メグは街に入れないのは自分のせいだと認識している様で、気落ちした表情でトボトボとわたし達の後を付いてくる。


「すみません。私のせいで街にも入れず、お姉さまや那月さんにまで野営を強制する事になってしまいまして……」


 そう言って自責の念で落ち込むメグを見て、わたしは慰めるべく彼女の頭を撫でる。

 それに合わせて、那月もメグの真正面に立つと、彼女を励ます様に声を掛けた。


「そんなに気にしないの。いずれにしても、あの街は避けてたと思うしさ。それにね、野営って言ってもフミナのは常識外れに快適だから。きっとメグもびっくりするよ」

「……そうなんですか?」


 那月の言葉を聞いて、メグは申し訳なさ半分、期待半分の顔で見つめてくる。

 実際には、せいぜい一般的な宿と同程度の居住性だと思うし、あまり期待をされても困るのだけど、メグの顔を見ていると頑張ってみようかという気になった。


「那月、あまりハードルを上げないで下さい。……とは言え、今回はメグも一緒ですし、期待に添えるかは分かりませんが、一つ新魔法を試してみようと思います」

「本当ですか!? ありがとうございます、お姉さま!」


 わたしの言葉を聞いて、メグは目を輝かせたかと思うと、わたしの胸へと飛び込んで来る。

 わたしはメグを受け止めつつ、今夜披露する魔法を頭の中で再構築していた。




 その夜――

 いつもの様に、日が暮れる前に野営の準備と夕食を済ませてから、わたしは土のシェルターを作成する。


 メグは初めてだったので驚いた様だけど、那月の方はいつもとの違いが分からないせいか、首を傾げていた。

 ともあれ、みんなで土のシェルターの中に入った後、日が暮れた頃にベッドに横になるよう促してから、わたしは新魔法を披露した。


「わあ…………」

「え、これどうなってるの?」


 今回の新魔法は、土のシェルターの天井をマジックミラーの様にする事で、外の景色――星空を見える様にするものだった。


 外から中を覗けなくしたり、外への光の反射を抑えたりと色々面倒な工夫をしているけど、魔法の力は物理法則を上回る様で、何とか成功した感じだ。

 前世では星やプラネタリウムが好きだったから、それが新しい土のシェルターの原案に一役買った形になるのかもしれない。


 メグは初めて見るであろう景色に目を奪われており、その一方で那月は防衛の面で不安を感じたのか、小声で確認してくる。


(フミナ、ちょっとこれ大丈夫なの?)

(問題ありませんよ、外から中は見えませんので)


 わたしはそう言うと、天井と同じ作りの素材を那月に渡す。

 那月はそれを見て驚きつつ、触ったり裏返したりしていたけど、やがて納得したのか、メグと同じ様に星空へと目を向けた。


「まさか、街の外でこんなに気楽に星空を楽しめるとは思わなかったよ」

「成功して良かったです。代わり映えしない旅路だと、気が滅入ってしまいますからね」


 わたしと那月がそう話していると、メグが少し落ち着きを取り戻しつつ、それでも興奮した様子で話し掛けてきた。


「ありがとうございます、お姉さま! こんな素敵な体験が出来るだなんて、思ってもみませんでした!」


 そんなメグを宥めつつ、わたし達は就寝までの時間、星空を鑑賞して過ごす。

 星空の効果でメグの気持ちも持ち直した様で、新魔法は大成功だったし、旅の憂いを解消出来た安心感もあって、わたし達は緩やかな眠りへと落ちていった。

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