第74話 いざ領都へ
翌朝、わたしと那月とメグは、ヒナタも連れてアルフルスの庁舎へ来ていた。
メグの保護要請や、『略奪者』の起こした事件の報告をすべく、わたし達はこれから領都バルタットへ向かう手筈となっている。
わたし達がしばらく不在になる事もあって、お店との調整も大変だったけど、辺境伯からの要請でもあるので、ティナさんやテルセロさんとは昨日のうちに急いで話を付けてきた。
また、魔法薬の方も昨日のうちに作れるだけ用意したのと、メグに触発されたのかフィリアも化粧水を生成できる様になっていたので、それで何とか凌いで貰う事になった。
この点では、化粧水の生成用に専用の魔道具を用意していた事も功を奏した恰好だ。
辺境伯との会談の内容次第では早めに帰って来れるかもしれないけど、場合によっては王都にまで赴く事になるかもしれず、那月やモニカさんと相談して、十分な備えをしていく方が安全と判断した故の対応になる。
わたしとしても、貴族とのやり取りもそうだけど、アルフルス周辺から離れるのも初めてになるので、しっかりと準備するに越したことはないはずだ。
また、すぐに街の外へ出る事もあって、わたし達は既に旅装へと着替えていた。
わたしの旅装はハンツとの戦闘でボロボロになっていたので、偶々早めに届いていた夏用のものを着ていく事になり、メグはリゼット達の予備に用意していた旅装を着ている。
夏服を着るにはまだ早い季節なので少々肌寒さは感じるものの、魔法でカバー出来る範囲だし、メグの方もわたしとお揃いの恰好で喜んでいたから大丈夫だろう。
アルフルスの庁舎でルチアさん達と合流してから、わたし達はそのまま領都バルタットへと出発する。
スペイサーさんは辺境伯への先触れのために先行して出発したらしく、わたし達と同行するのはルチアさん、タリアさんとアルベルさんの三名になる様だ。
また、以前に那月が辺境伯に挨拶に行った時とは違い、今回は宿場町で一泊していく予定になるらしい。
出発後の旅路は順調で、わたし達は街道を東へと進み、余裕をもって宿場町へと辿り着く。
この宿場町はクランクと言い、街の規模はアルフルスの半分以下の様だけど、決して小さな街ではなく、宿場町という事もあって宿屋が多く並んでいた。
「やっと着いたね。……フミナ、大丈夫?」
「……はい。途中からは慣れましたし、今は腰回りに違和感がありますが、回復魔法を使えば問題無いかと」
「あ~、やっぱり? なるべく落ち着けて走らせたつもりだけど、初乗りでここまで遠出すると大変だよね」
わたし達はそう話しつつ、乗馬したまま大通りを進んでいる。
但し、わたしは馬に乗った経験が無かったため、那月と相乗りで彼女の前に乗せて貰っていた。
もっとも、メグと一緒に馬車に乗せて貰う案もあったので、ここまでの道中の苦労を考えるとその方が良かったのかもしれない。
やがて、わたし達は大通りの中央にある一番大きな宿屋へと到着する。
この宿は元々辺境伯による直営所が由来という事で、役場に隣接して建てられており、辺境伯やその関係者がこの街を訪れる際に使用されているらしい。
実際のところ、現代日本の高級ホテルとは比ぶべくもない感じだけど、貴族が使う宿という事もあって中々小綺麗なつくりをしていた。
また、客層をある程度区分けもしているらしく、わたし達は最上階の三階の部屋となり、風呂や食堂なども三階専用のものになるらしい。
貴族が使う宿という事でそのセキュリティ対応に感心しつつ、わたし達はまずは明日の予定について確認し合う。
明日は辺境伯の居城に着いた後に夕食会が開かれるらしく、わたし達も正装に着替える必要がある様だ。
その際、那月は騎士の礼装で問題なく、わたしもティナさんから貰ったドレスで大丈夫な様だけど、メグはドレスの持ち合わせがないから借りる必要がある。
また、着付けや化粧はルチアさんが担当するらしく、意外と到着してからが大変になりそうだった。
「……という訳で、湯浴みの時間も考えると非常にタイトな予定となりますが、お二人ともご承知下さい。もっとも、マルグレーテ殿下もフミナさんも、さほど化粧にお時間を掛けずとも問題無いとは思いますが」
「ええと、でしたらお風呂の代わりに[清浄]を使うのはどうでしょう?」
「[清浄]……ですか?」
わたしの提案を聞いてルチアさんは驚いた様だけど、論より証拠という事で、わたしは自分自身に[清浄]を掛ける。
いつもの様に長旅の汚れが一瞬で浄化され、身体はお風呂上りの様に、服は洗濯し終えた直後と比べても遜色ない状態を見て、ルチアさんは目を丸くする。
「そう言えば、貴方は優秀な魔女でしたね。でしたら、明日の準備の際はご協力願えますか」
「はい、よろしくお願いします」
[清浄]のお陰で、明日の予定が大分緩和された様で、まずはほっとする。
その後は旅の疲れを落とすべく、夕食を摂って早めに休む事になった。
夕食は案外普通の料理で、その味こそ一般の食堂より大分美味しく感じたけど、貴族達も意外と庶民と同じ様なものを食べているのかもしれない。
また、お風呂については、今夜もメグはわたしと一緒に入りたがったけど、ルチアさんがメグの入浴の補助をするという事で、浴室がそこまで広くなかった事もあり、彼女に任せて逃げる事にした。
女性になってしばらく経った事もあり、ある程度は慣れてきた感もあるけど、それでも肌を見せ合うのは避けたい気持ちが強かった。
そんな苦労はあったけど、みんなが入浴を終えて就寝時の部屋割りを決めようとしたところで、再度一悶着が起きる。
「このお部屋は広いですし、今夜は私とご一緒頂けませんか、お姉さま」
「……落ち着いて下さい、メグ。ヒナタの【結界】がありますから、わたしが部屋の中におらずとも、あなたを守る上で問題はありませんよ」
「はい、勿論お姉さまの警護は信頼しております。ですが、それとは別にお姉さまには是非とも私の傍に居て欲しいのです」
メグはそう言うと、わたしの手を取って上目遣いでお願いをしてくる。
お風呂の時に逃げ切ったせいか、今回はメグも強硬姿勢を崩さず、ルチアさん達もメグを諫める気は無い様だ。
逃げ場のない状況に追い込まれ、わたしが途方に暮れていると、那月が助け舟を出してくれる。
「あー、二人とも落ち着いて。メグもフミナが困っているから、ね?」
「……ズルいですよ、ナツキ様。そう言って、ナツキ様は今夜もお姉さまとご一緒されるのでしょう?」
実際に、昨夜はわたしと一緒に寝た事もあって、そう言われると那月もこれ以上はメグを諫められない様だ。
なので、わたしも覚悟を決めて次善策を提案する。
「でしたら、三人でこの部屋を使いましょうか。幸い、それでも十分な広さがありますし」
わたしはそう言いつつ、那月にアイコンタクトでお願いをする。
その一方で、メグはわたしと二人きりでない事に不満げな表情を見せたものの、否を返すのも難しかった様で、結局は那月も受け入れる事になった。
メグに割り当てられた部屋は貴族の女性向けらしく、大きな天蓋付きのベッドが備えられてあり、それは三人でも余裕で寝られる程の大きさだった。
だけど、それが良くなかったのか、護衛云々は最早関係なく、わたし達は何故か三人一緒にベッドに入る事になってしまう。
「……護衛や身分など、色々と突っ込み所ばかりですけど、それでも一つ言わせて下さい」
「何でしょう、お姉さま?」
「どうして、わたしが真ん中になるのでしょうか?」
本来ならわたしと那月は護衛役になるはずだし、身分的な意味でもお姫様と一緒のベッドはどうかと思うけど、それらは一旦置いておいて、わたしは今の状況について苦言を呈す。
それに対して、メグは可愛らしく首を傾げながら、さも当然という風に答えを返した。
「私とナツキさんの縁を繋いだのはお姉さまですから、この配置が自然かと。それと、ここにはグランツ卿の手の方々もおりませんし、お屋敷の時の様に私はお姉さまの従妹という事で良いのでは、と思いまして」
どうやら、メグとしてはアルフルスの屋敷にいた時と同じ様な関係を欲しているらしく、それは彼女の『ナツキさん』という言い方にも現れていた。
他者の目があるときは『ナツキ様』で通していたはずで、メグとしてもわたし達だけの時は身内として扱って欲しいのかもしれない。
そう考えると、あまりメグを拒絶する気にもなれず、結局はメグの希望通り、わたしを真ん中にして三人で川の字になって寝る事を受け入れる。
「嬉しいです、お姉さま」
「ちょっと、くっつき過ぎですよ」
「この位、従姉妹なら普通です。……幸せ過ぎて今夜は眠れないかもしれません」
そう言いつつ、メグはぴったりとわたしにくっついてきて、その温かさと柔らかさに、わたしは狼狽する心を抑えつつも緊張感を高めてしまう。
更に反対側からは、那月が躊躇いつつもわたしに寄り添ってきており、彼女の方もこの状況下で戸惑っているのか、あるいはわたしのアイコンタクトを取り違えているのかもしれない。
結局、その夜は那月とメグの感触を感じながらの就寝となった事で、わたしは中々寝付く事が出来ず、寝不足で翌朝を迎える事になった。




