第73話 死闘を終えて
それからさして間を置かず、那月はわたしの元までやって来る。
那月はわたしの位置を示す魔道具に従って、[疾風の羽]も交えて全力で走って来た様で、再会した時は相当に消耗していた。
そんな状態であったにもかかわらず、那月はわたしの姿を認めると、愕然とした表情になった後にきつく抱きしめてくる。
一応、自分の身体だけは[完全回復]で治して、更に[清浄]も掛けておいたのだけど、服装はボロボロのままだったので、那月はわたしが乱暴されてしまったのだと勘違いしたらしい。
わたしはそんな那月の勘違いを訂正しつつ、ガチ切れしかけていた那月を宥めるべく逆に抱きしめる。
やがて、那月が落ち着いた頃合いを見計らって、わたしは那月の身体を離すと、今回の騒動の顛末を語って聞かせた。
「……という訳で、『オブレストの略奪者』はわたしが斃しました。スラムの方も、恐らく死者は出ていないはずです」
その話を聞いて、那月は驚いた様な呆れた様な、それでいてようやく安心出来たといった顔になった。
「そっか。でも良かったよ、フミナが『略奪者』に酷い事をされるかもしれないって聞いた時は、本当に血の気が引いたんだから」
那月の話によると、スラム再開発には監視役がいた様で、これまでに例のない緊急事態を確認した事で、クライスさんにまで報告が行ったらしい。
そこで那月もわたしの危機を知り、メグをクライスさん達に任せて、急いで駆け付けたらしかった。
どうやら、『略奪者』の悪名はシグルス王国内にまで轟いていたらしく、思い返せばロスさんもハンツと対峙した時は、畏怖だけでなく嫌悪感も露わにしていた様に思う。
状況的にやむを得なかったとは言え、その様な質の悪い悪漢と一対一になってしまった事を考えると、那月の心配も分かる気がした。
「それでさ、フミナ自身は無事みたいだけど、服装がボロボロだから着替えなきゃね。屋敷まで[転移]出来る? あ、戻ったらフミナはもう休むこと」
「そんなに過保護にしなくても、わたしは大丈夫ですよ。それよりも、今回の件は早めに報告すべきですし、それはわたししか出来ない事だと思います」
再会時の勘違いも一因なのか、那月は随分と過保護だったけど、わたしの語った事もまた理解していた様で、やがて不承不承といった風に頷いた。
那月との話し合いがまとまった後、わたし達はまずは屋敷へと[転移]する。
ボロボロの服装で男性の目のあるところに行く訳にはいかず、わたしはモニカさんの手も借りながら普通の服へと着替える。
その際に、モニカさんはわたしが何かされていないかの確認役も担っていた様で、わたしが無事だと分かった途端にニコニコしながらもふもふされてしまった。
そんなこんなで想定外に時間を食ったものの、わたしと那月は一緒に庁舎へと向かう。
すると、庁舎の前には大きな馬車が停まっていて、施された紋章を見ると領都から手配されたものらしい。
だとすると、辺境伯の使者はもう来ているはずで、わたし達が歩みを早めて庁舎へと入った途端、メグが猛烈な勢いでわたしの元へ飛び込んでくる。
突然の事に驚きつつも、わたしはメグを何とか受け止めて、彼女を宥めるべく優しく撫でた。
「お姉さま、ご無事ですか? 酷い事はされていませんか!?」
「落ち着いて下さい、わたしは大丈夫ですから」
わたしがそう言うと、メグは猫がする様にわたしに身体を擦り付けてきて、やがてわたしの無事が理解出来たのか、そのまま抱き着いてくる。
「本当に良かったです。あのハンツがお姉さまに狼藉を働こうとしたと聞いて、居ても立っても居られませんでしたから……」
自国の勇者という事もあって、メグはハンツの強さや『略奪者』としての悪名をわたし達以上に知っていたらしく、それ故に奴に目を付けられたわたしが何をされたのか気が気でなかったのだろう。
不安からの反動か、メグが中々わたしから離れようとしなかった事もあり、わたしはメグに張り付かれたまま、クライスさんの執務室へと案内される事になった。
クライスさんの執務室に入ると、部屋の主たるクライスさんと、わたし達を案内してくれたラングさんの他、見知らぬ四名の男女がいた。
その内訳は、初老の男性一名と二十歳頃の女性三名で、彼らが領都からの使者なのだろう。
わたしがそう推測していると、クライスさんがわたしを伺う様に声を掛けてくる。
「フミナ君、無事だったかい? 突如『オブレストの略奪者』が現れ、ロスが大怪我をして君が連れ去られたと聞いた時は、気が気でなかったよ」
クライスさんはそう語った後に、見知らぬ男女にわたし達の事を説明し、それから再度わたし達へと向き合う。
「『略奪者』がどうなったかも教えて欲しいけど、まずは彼らを紹介しようか。彼らは領都バルタットからの使者だ」
そう言うと、クライスさんはわたし達に彼らの紹介をしていく。
初老の男性がスペイサー・ブリクジルさんで、グランツ辺境伯家の執事長になるらしい。
女性三名は剣士のタリアさんに侍女のルチアさん、そして魔道士のアルベルさんで、メグの護衛と世話のため派遣されてきた様だ。
「……とまあ、みんなの紹介も終わったところで、フミナ君に今回の事件について聞いても良いかな? もし話し辛い事があれば、別室でルチアにお願いするけど大丈夫かい?」
最後に、クライスさんが労わる様に言ったのを聞いて、わたしは皆にどう思われているかを理解し、その疑いを解くべく端的な結果を答える。
「はい、大丈夫です。『略奪者』ハンツはわたしが始末しましたので」
わたしがそう言うと、想定外の回答だったのかクライスさん達の時が止まる。
ただ一人、スペイサーさんだけは興味深そうな目を向けてきたけど、やがてクライスさんははっとすると、わたしに問い掛けてきた。
「……すまない。確認になるが、フミナ君が『略奪者』を仕留めた、で合っているかな?」
「そうですね」
「……すまないが、証拠というか根拠の様なものは示せるかい?」
更なるクライスさんの質問に対しては、一度那月と目を合わせてから、敢えて真実を話す。
「……それでは、まず『略奪者』にわたしが連れ去られたとの情報ですが、恐らくはわたしが[転移]した事を指していると推測します」
「[転移]……だと!?」
そう言って、驚愕の表情でわたしを見つめるクライスさんに対し、わたしはもう一つ真実を告げる。
「それと、少し前に出現した光の柱は、わたしが『略奪者』を斃した魔法になります。……これで良いでしょうか?」
わたしの更なる一言に、彼らは言葉を失い、信じ難いものを見る目でわたしを瞠目していた。
[転移]を個人で扱い、勇者を仕留め得る超魔法を操る魔女――言葉にするとかなりの危険人物に聞こえるけど、下手に隠すよりも今話した方が、彼らの心象が良いと考えた結果だった。
実際のところ、隣国の勇者が起こした事件だからこそ有耶無耶にするのも難しく、予め那月とも相談した末の判断になる。
しかし、わたしの話が想定を超えていたのか、誰も彼も反応を示さない。
わたしにくっついたままのメグも言葉が出ない模様で、どうしたものかと考えていると、不意に拍手が起こった。
拍手の元はスペイサーさんで、わたしの目線に気付くと、彼は柔らかく笑って口を開く。
「いや、素晴らしい。これ程の力を持った魔女は私も初めてお目にします。それとまずは感謝を。貴方のお陰でこの街は無事でしたし、我々と隣国との和平を脅かそうとした『略奪者』も排除出来ました。我が主に代わりまして感謝申し上げますと共に、我が主にも是非ともお会い頂ければ幸いでございます」
スペイサーさんの称賛が奏功したのか、他の人達も少しずつ我へと返り、わたしに向けられる目にも悪意あるものは無かった。
一方で、わたし達が辺境伯の元へ伺うのも既定路線となった様で、わたし達が望んだ事でもあったけど、スペイサーさんに上手く誘導された気がする。
その後はトントン拍子に話が進み、領都へ向けて明日朝にアルフルスを出発する事で話がまとまる。
急な話になるけど、メグを追ってきたハンツの起こした騒動を考えると、やむを得ないのかもしれなかった。
その夜――
もう遅い時間にもかかわらず、寝付く気にもなれず、ベットに腰掛けてぼんやりしていると、わたしの部屋の扉が遠慮がちにノックされる。
「フミナ、もう寝てる?」
「那月ですか? いえ、起きてますけど」
わたしがそう返すと、扉を開けて那月が部屋へと入って来る。
「ならちょっとお邪魔するね」
「はあ……」
那月の突拍子も無い行動に戸惑っていると、彼女はわたしの隣に腰を下ろして、何事も無かった様にとりとめのない話をし始めた。
那月の意図が読めないけど、明日は早い時間に準備を始めないといけないはず。
わたしがそう口にすると、那月はまた突拍子も無い事を言い出した。
「ならさ、今日は一緒に寝ても良い?」
「それは構いませんけど……」
実際には、那月と一緒に寝ると緊張から寝付けないのだけど、今日は那月がいてもいなくても恐らく一緒なので、わたしは了承する。
二人でベッドに入り、明かりを消して目を瞑ったけど、やはり意識が冴えているのか眠れる気はしなかった。
そのままぼんやりしていると、不意に那月がわたしを抱きしめてくる。
最初の頃と比べたら大分慣れたけど、彼女の身体は柔らかくて温かく、それを感じてわたしの鼓動は早くなっていった。
「……那月?」
「フミナ、気付いてる? 今すごく酷い顔してる」
「……え?」
那月の言う事が理解出来ず、わたしは目を開けて那月に目を向ける。
すると、那月は優しい顔でわたしの頭をその胸元へと抱えていった。
「苦しい事ってね、夜にいきなり来るんだ。禄でもない『略奪者』だったけどさ、あんなのでも一応人間だし、手に掛けたのは初めてでしょ?」
那月の言葉を聞いてその意味を理解し、わたしは大きく目を見開いて驚く。
確かにハンツは最悪の略奪者であり、奴を斃さなければわたしは死ぬよりも酷い目にあっていたに違いない。
しかし、そうであっても一人の人間を手に掛けた事に変わりはなく、それ故にわたしは不安に苛まれていたのだろう。
そう気付いた瞬間、わたしは温もりを求める様に那月にぎゅっとしがみつく。
「大丈夫、私が付いているから。今日はこのまま休んで」
そんなわたしに対して、那月はいつかの様に優しく抱きしめて頭を撫でてくれる。
那月の温もりを感じて安心したのか、わたしは穏やかな眠りへと落ちていった。




