第72話 天空の聖炎
「どうした、そんな怖い顔をして? 今更怖気づいたか?」
「馬鹿な事を。わたしはまだ諦めていませんよ」
「そうは言っても、そこから降りて来ねえ様じゃ説得力が無いぜ? それにしても随分とガードが堅えこって。ま、その分後の愉しみが増えるから良いけどよ」
ハンツはそう言うと、わたしのスカートの辺りを不躾に眺め回す。
その様子から、わたしが下着や素足が見えないように上履きしているのを指したのだと思うけど、決闘の最中とは思えない指摘だった。
「ま、お前が下りて来ないなら、引き摺り下ろすだけだ。さて、どこまで避けられる? 来い! [フラウグ]、[フィーヴァ]、[フレムサ]!」
ハンツがそう咆哮する様に大声を張り上げると、その右手側に三本の矢が召喚された。
ハンツはそのうちの一本を無造作に掴むと、〈グシスナウタル〉へと番えてその弓弦を強く引いていく。
その瞬間、宙に置き去りのままになっていた残りの二本も、目に見えない弓に引かれた様な動きを示し始めた事で、わたしは〈グシスナウタル〉の真の性能を理解し、一気に警戒度を引き上げる。
「ここからは狩りの時間だ! 精々愉しませてくれよ!」
そう言うと、ハンツは弓に番えた一本の矢を放つ。
すると、それに合わせて弓に番えられずにいた残り二本も同様に放たれ、三本の矢がわたしへと殺到した。
三本の矢はいずれも強力な衝撃波を伴っており、掠るだけでも大きなダメージは避けられないだろう。
それ故に、わたしは慣れない空中戦を避けて一気に急降下する事で、三本の矢の矢を躱して地上へと降り立つ。
その一方で、ハンツの方もわたしの動きを読んでいた様で、この機会を逃さずに一気にわたしとの距離を詰めて来た。
危機的な状況の中、わたしは奴の意表を付いてその突進を躱す。
「――[光源]」
「っ!? ちっ、このアマ!」
殺傷力が無く、ただ眩しいだけの[光源]はハンツの想定外だった様で、奴はその強烈な光に耐え切れず目を瞑る。
そんな状態でもハンツは構わず突っ込んで来たけれど、目が見えない状態では獲物の位置までは掴めなかった様で、わたしは安全に回避した。
その後も、未だ視力が回復しないまま暴れているハンツを見て、わたしは一つ覚悟を決める。
奴とここまで戦って分かった事は、奴は生物としてのスペックは非常に高い反面、人間として持ちうる技術についてはさほどでも無いという事だ。
【絶対防御】とあれだけの身体能力があれば負け知らずだろうから、おかしな事ではないけど、ならばそこに付け入る隙があるはず。
わたしは魔女なので、基本的に一対一の戦いには向いていないし、本来は可能な限り距離を取って戦う必要もあるけど、〈グシスナウタル〉の存在や奴の技術面を考えるなら、敢えて中近距離も交えた距離感で戦った方が良いのかもしれない。
実際に那月との訓練と比べてみても、身体能力が高いだけのハンツの方が御し易い様に思う。
わたしが新魔法のチャージをしつつ、そう考えをまとめた頃、ハンツの目も癒えて来た様で、奴は苛立った様子でわたしを見据える。
「チャチな手品を使うじゃねえか……。今のは流石の俺様もイラっと来たぜ」
「そのチャチな手品に惑わされたのは、何処の誰でしょうね?」
わたしは敢えて挑発する様にそう返す。
すると、ハンツは分かり易く苛立ちを露わにして叫んだ。
「……上等だ! んならよ、とっととお前を捕まえてイイ声で泣かせてやるよ! 泣いて従順になるまで、俺様の存在を刻み付けてやる!」
ここからが本番と、わたしはロスさんの様に時間稼ぎに徹する覚悟を決める。
わたしの尊厳と運命が掛かった、命懸けの鬼ごっこが始まった。
本気のハンツは想像以上に苛烈で、わたしは何度も空への退避も交え、時には奴の言うチャチな手品も駆使して必死に逃げる。
実際にはただ逃げている訳ではなく、新魔法のチャージや[疾風の羽]に[敵意探知]、更にはその時々でハンツへ放った魔法も含めると四重五重の同時詠唱を続けた事で、わたしの脳は軋みを上げていく。
更には、奴の攻撃もどんどん荒っぽくなっていった事で、致命的な損傷こそないものの、わたしは徐々に傷だらけになっていき、同様に衣服も破損していって肌が見える様になってきていた。
やがて、何度目かの攻防の末、再度空へと逃れたわたしに対し、ハンツは色欲に塗れた目線で舐め回す様にわたしを見上げる。
「中々イイ恰好になってきたじゃねえか。一息に全てを奪うのも良いが、じわじわと嬲るのもこれはこれでありだな」
「……下種の思考ですね」
「そうは言っても、お前は今からその下種の女になるんだぜ? いい加減諦めたらどうだ。そら次も行くぜ! [フラウグ]、[フィーヴァ]、[フレムサ]!」
何度目かの〈グシスナウタル〉の三連撃を、わたしは今回も何とか躱す。
しかし、その衝撃波までは避け切れず、空中に留まる事こそ出来たものの、わたしは更にボロボロになった。
遂には下着も露わになり始めた事もあり、ハンツは口笛を吹いてニヤリと嗤う。
「良いねえ、新しい性癖に目覚めちまいそうだぜ。そうでなくても、良い女のあられもない姿ってのは興奮するしな」
そう語るハンツに対し、わたしは無言で最後の準備を進める。
その様子を見て、わたしの限界が近いと見たのか、ハンツは更に調子良く警告をしてきた。
「どうした? もう下りてくるだけの力も残ってねえか? なら撃墜するだけだぜ。止めだ! [フラウグ]、[フィーヴァ]、[フレムサ]!」
わたしに避けるだけの力が無いと見たのか、手加減しつつも神速で放たれた三連撃を、わたしは最小限の動きだけで躱す。
その結果、派生する衝撃波で身体を切り裂かれ、あちこちの傷から血が流れているわたしを見て、ハンツは最後通牒を告げた。
「さて、これで限界だろう? いい加減諦めて、俺様の女になったらどうだ?」
それに対して、全ての準備を終えたわたしは、逆にハンツへ最後通告を行う。
「改めてになりますが、わたしはケダモノと付き合う気はありません。むしろ、命が惜しいならそちらこそ逃げたらどうです? お前が二度とこの国の地を踏まないのなら、尻尾を巻いてオブレストに帰って頂いても構いませんが?」
わたしの言葉の意味が理解出来なかったのか、ハンツはしばしの間唖然としていたけど、やがてその意味を咀嚼出来たのか、凄みを見せた笑みを浮かべる。
「……なるほど、この期に及んでなお強気でいられるとはな! 決めたぜ! お前はきっちり調教してやる! 徹底的に、俺様に二度と逆らえねえ様にな!」
「……そうですか。なら、仕方ありませんね」
わたしはそう言うと、決闘の最中にハンツに分からない様に敷いていた時空魔法の陣を発動する。
奴は魔法が発動した結果が目に見えない事を訝しがったけど、体の身動きが取れなくなった事に気付くと、驚きの表情を見せた。
如何に【絶対防御】を持つ勇者と言えど、幾重にも重ねられた空間の断裂を前にしては、簡単には動く事が出来ない様だ。
「何だと!? 見えない壁でもあるってのか!?」
「空間断裂による結界を発動しました。お前にどれ程の力があろうと、それは容易に抜けられるものではありません」
わたしが淡々とそう話すと、ハンツは最初こそ呆然としていたものの、やがてわたしを見据えてニヤリと嗤う。
「これがフミナの奥の手か? 中々の手品だが、この程度俺様に掛かれば……」
ハンツはそう言うと、馬鹿力を全開にして空間断裂による結界を壊しにかかる。
【絶対防御】による恩恵もあるのか、空間断裂結界が軋みを上げ始めたのを見て、わたしは躊躇わずに止めとなる力ある言葉を紡いだ。
「いいえ、これで終わりです。――[天空の聖炎]」
わたしが詠唱を終えた瞬間、天空から照射された一柱の巨大な光条がハンツを貫く。
それは超新星が如き輝きと熱量を以て、空間断裂結界の中の全てを焼き尽くし、そして一瞬で蒸発させた。
時空・錬金・光・火の四属性合成魔法[天空の聖炎]――遥か上空にて時空魔法により太陽の光を集約し、それを錬金魔法により光・火の二属性の魔力へと変換、最後に光魔法・火魔法でコントロールして照射する新魔法だ。
その性質上、屋外でしか使えず、またチャージ時間も相当に掛かったものの、その破壊力はわたしの想定を遥かに超えていた。
事実として、空間断裂結界の中は超高温により気化した物質やプラズマがひしめき濁っており、中がどうなっているのか全く分からない。
また、空間断裂結界で熱を遮断しているにもかかわらず、その周囲には少しずつ熱が漏れ出しており、辺りの草原は一瞬にして灰燼と化した。
その様子を見て、わたしは[天空の聖炎]がもたらす余波の危険性に気付くと、焦りつつも[天空の聖炎]で生じた熱を異空間へと追放していく。
やがて、空間断裂結界内の温度が常識的な範囲に落ち着いてくると、中の物質は液化の後に固化していき、それに合わせてプラズマも収まる。
そこにはハンツの姿形は一切なく、火成岩と化した地面だけが残っていた。
ハンツを斃した事よりも、[天空の聖炎]の想定を超える破壊力にドン引きしつつ、わたしは思わず呟く。
「街から離れて本当に良かったです。創っておいてなんですけど、[天空の聖炎]は封印した方が良いかもしれませんね……」
下手をしなくても、一つの都市を焼き尽くせる程の超魔法を前に、わたしは力なく苦笑する。
そうしていると、街の方から猛烈な勢いで走って来る人影に気付いた。
遠目で見るとどうやら那月の様で、いつかの時の様に援軍に来てくれたらしい。
その事に気付くと、もう色々と限界だった事もあって、わたしは[疾風の羽]を解除して地面へと降りてから、大の字になって寝転ぶ。
「相変わらず過保護なんですから……」
わたしはそう言いつつも、ギリギリの決闘でささくれだっていた心が落ち着いていくのを感じる。
ハンツはかつてない強敵だったし、あれほどの獣欲を向けられたのも初めてだったから、勝負に勝てたとは言え、わたし自身の消耗も相当だったのだろう。
なので、わたしは那月が来るまでの間、そのまま心身を休める事にする。
見上げた青空は、今も雲の無い晴天のままだった。




