第71話 VS略奪者
ハンツと共に街の外へ[転移]した後、今度は[疾風の羽]を唱えて一気にハンツとの距離を取る。
幸いな事に、ハンツは状況認識が追いついておらず、呆けたままだった事もあり、難なく離れる事が出来た。
ハンツと決闘するに当たり、二次被害を避ける意味でも街の外に出るのが絶対条件だったけど、ハンツの油断を誘って[転移]し、その直後に奴と距離を取れた事で、ようやくその条件を満たせた形だ。
わたし達が[転移]した場所は、アルフルスの西側の街道が通っている草原で、すぐ北には魔の森が広がっている辺りになる。
この辺なら人は住んでいないし、人通りも多くはないところだから、わたしが全力で魔法を使うには好都合だ。
やがて、ハンツの現状認識も追いついた様で、奴はわたしを見据えて問い掛ける。
「さて、お前の事は十分に評価していたつもりだったが、まだまだ過少評価だった様だな。でだ、二つ答えろ。さっきのは[転移]か? そして、ここは何処だ?」
「ええ、アルフルスから大分離れた草原へ[転移]しました。ここでなら、周りを気にせずに決闘する事が出来ますので」
「なるほど。個人で[転移]を操れるたあ、最早伝説級か? ますますお前が欲しくなったぜ」
ハンツはそう言うと、わたしに欲に塗れた目を向けつつ舌なめずりをする。
「それに、ここなら俺達の逢瀬を邪魔する奴も居ねえ。初心な生娘でも安心だろ? んな訳で、早く睦み合おうぜ」
「随分な自信ですね。まだ決闘は始まってもいませんが?」
獣欲を隠す気もないハンツへの嫌悪と恐怖を封じ込め、わたしは強気に返答する。
それに対して、ハンツは好色な笑みを浮かべつつも、思わぬ一言を告げた。
「分かってねえな、フミナ。決闘も男女でするなら、それもまた睦み事さ。一対一で互いに集中し死力を尽くし合う、褥の中と一緒だろう?」
ハンツのその言い様に、わたしは思わず唖然とする。
だけど、その言葉からハンツの人となりが少し見えた気もした。
恐らく、奴にとって決闘とは己が勝利して当然のものであると同時に、女性とは己の所有物か否かであり、そこに相手の意思は関係なく、屈服させて奪うのが当然という考えなのだろう。
そういう意味では、奴の『略奪者』という二つ名は、ハンツ自身をよく表していると言えるのかもしれない。
「だからよ、俺はもう待ち切れねえのさ! こんな良い女を前にしていつまでも我慢できるほど、俺は出来ちゃいねえしな!」
「……お前の事が少しだけ分かりました。そして、わたしとは決して相容れない事も。なので、全力を以てお前を否定させて頂きます!」
決闘に不要な恐れの感情を吹き飛ばす様に、わたしは大声でそう宣言する。
それを見て、ハンツはいやらしい笑みを更に深めると、意外な提案をしてきた。
「良いねえ、益々お前を屈服させたくなったぜ。ならよ、フミナの勇気に免じて最初の一撃は譲ってやる。それを決闘の合図にしようぜ」
「……正気、いえ、わたしの事を侮っているのですか?」
「いいや、これは自信だぜ。それに、為す術がないと気付いた時のフミナ表情を、是非とも見てえのさ」
「……後悔しますよ」
わたしは短くそう返すと、自身の魔力を高めていく。
それに対して、ハンツは宣言の通りただ棒立ちのまま突っ立っており、魔法への回避や防御をする素振りすら見せなかった。
わたしはその様子を見て最初に放つ魔法を決めると、力ある言葉を紡ぐ。
「……行きます。氷の中で永眠れ――[氷棺]!」
わたしの初撃は[氷棺]で、以前にリザードに向けて放った時とは比べ物にならない程の魔力を込めた結果、ハンツを巨大な氷の墓標へ封じる事に成功する。
しかし、それでもハンツの魔法防御を貫くには至らず、奴は最初こそ感心した様な顔をしていたものの、やがて自力で[氷棺]から抜け出した。
「中々イイ一撃だったぜ? でも、これで終わりじゃあねえよな?」
「――[フレイムファング]!」
わたしは続いて巨大な炎の咬撃を放つ。
火魔法は殺傷能力が高いから、対人戦で使うのは気が引けたのだけど、そんな事を考えている余裕は無い様だ。
しかし、[フレイムファング]も奴の魔法防御に阻まれ、ハンツは火傷一つ負った様子が無かった。
ハンツは巨大な炎の中から出てくると、わたしを見据えてニヤリと嗤う。
「どうだ、少しは俺様の事を理解したか?」
「お前は、一体……」
「良いねえ、その表情! ならタネ明かしだ。〈勇者〉ってのはな、並の人間とは別物なのさ。それこそ進化した種族と言う程にな!」
ハンツはそう言って哄笑すると、尚も続きを語る。
「例えば、俺には【絶対防御】というスキルがある。だからよ、俺を傷付け、ましてや殺すなんざ、夢物語なんだぜ!」
ハンツの語った話は衝撃的なもので、わたしは大きく目を見開いて驚く。
奴の言葉が事実なら、この戦いはわたしに勝ち目の無いものになるからだ。
無論、敵の言う事なので話半分に考えた方が良いけど、ハンツがそう自信を持って言い切る程の防御力があるのは間違いないだろう。
やがて、ハンツはわたしの方へ向けてゆっくりと歩みを進め始める。
それに対して、わたしは今度は[アークサンダー]を放ったけど、先程と同様に奴に効いた様子は無かった。
そのうちに、わたしが最初に取った距離の半分程度まで近付いて来たところで、ハンツは高らかに宣言する。
「そろそろ行くぜ? これからは追いかけっこの時間だ!」
「っ! [疾風の羽]!」
ハンツは弾丸の様な速度でわたしに迫ってきて、それに対してわたしは[疾風の羽]で距離を取る。
奴に捕まってしまえば全てがおしまいなので、わたしは全力で逃げるけど、それでも奴を引き離す事は叶わなかった。
しかし、ハンツの方もわたしに追い付くまでには至らず、そんな状況に焦れたのか、奴は立ち止まってわたしを見据える。
「追いかけっこも悪くねえが、ちと面倒だな。んな訳で、コイツを使う事するぜ。来い! 〈グシスナウタル〉!」
ハンツはそう言うと、強大な力を発する弓を召喚して構える。
恐らくは、那月の聖剣と同様の〈神の遺失物〉で、重苦しい程の圧力が感じられた。
「さて、これで終わりだ。死ぬなよ、フミナ!」
ハンツの構えに応じて、何処からともなく弓に矢が番えられると、ハンツは弓を引き絞って神速の矢を放つ。
わたしは何とかそれを避けたものの、神速の矢はわたしの後方へと着弾し、地面を穿つ程の衝撃波を生じさせた。
想定外の派生攻撃を受けて、わたしは回避も出来ずにダメージを負いながら前方へと弾き飛ばされる。
そこに向けて、正に待ってましたと言わんばかりにハンツが飛び込んで来て、わたしを捕らえるべく手を伸ばした。
「さあ、ここからは褥の時間だぜ!」
「間に合え! [疾風の羽]!」
ハンツはわたしの詠唱を気にせずに突っ込んで来たものの、[疾風の羽]が間一髪で勝り、わたしは何とか奴の手から離脱する。
尚も奴はわたしを捕まえようとしたけど、姿を完全に見失ったのか、戸惑った表情で辺りを見渡していた。
わたしはその隙を逃さず、最大級の時空魔法を発動する!
「爆ぜろ――[時空震]!」
わたしの放った[時空震]は、ハンツを中心に周辺の空間をまとめて爆砕する。
その凄まじい破壊の衝撃は辺り一帯を粉塵で覆い隠す程で、天変地異とさえ言えるほどの破壊的な大魔法の痕跡を、わたしは空中から見下ろしていた。
わたしがハンツの手から逃れる事が出来たのは、横ではなく縦方向への回避が奏功したからだった。
[疾風の羽]は、通常は高速移動の魔法だけど、魔力制御や魔法レベル次第では空を飛ぶ事も可能になる。
とは言え、そこまで至れる術者はほとんどおらず、半ば失われた技術でもあるからこそ、ハンツの裏を掻く事が出来たのだろう。
仮にハンツが無事であっても、この状況下ですぐに動くのは難しいはずで、わたしは[敵意探知]を展開しつつ、魔力回復ポーションを一息で飲み干す。
やがて、周囲の空間が落ち着くにつれて急速に粉塵は晴れていき、わたしはその先を険しい表情で睨んだ。
そこにはハンツが事もなさげに立っており、わたしの姿を認めるとニヤリと嗤う。
「今のがフミナの最大魔法か? 大した威力だが、俺様の【絶対防御】の前ではこの通りよ。しかし、まさか空まで飛べるとはな。見失うのも道理だぜ」
ハンツは機嫌良くそう語ったけど、わたしはそれを無視して奴を険しい表情のまま見つめ続ける。
そんなわたしを見て、もう打つ手が無くなったと勘違いしたのか、ハンツはにやにやと色欲に塗れた表情でわたしを舐めるように見回した。
だけど、わたしはそれを無視して、僅かながら見えた勝利へと至る一筋の光を辿るべく、ハンツを観察しつつ推測する。
[敵意探知]で捉えた時のハンツの気配は、僅かではあったが揺らいでおり、今の姿を見ても新しい傷跡が伺えるから、奴自身は気付いていない様だけど[時空震]は確かに【絶対防御】を貫通していた。
という事は、超威力の魔法であればハンツにも効く可能性が高い。
問題はそのための破壊力で、[時空震]ですらほとんど効かない事を考えると、普通の魔法で奴を倒す事は難しいだろう。
そこまで考えて、わたしは最後のカード――未完成の新魔法を切る事に決める。
制約が多くコントロールも難しい魔法だけど、ハンツに勝つにはこれしかない。
かくして、わたし達の決闘は佳境へと差し掛かりつつあった。




