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第69話 ロスの覚悟

 雲の無い晴天の下、わたしはロスさんと一緒にスラム街へと来ていた。

 これが二回目という事もあって、ロスさんともそれなりに打ち解けられているし、スラムの雰囲気にも慣れつつあった。


 業務上やむを得ないとは言え、スラムの雰囲気に慣れるのはどうなんだろう等と思いつつ道を歩んでいくと、スラムの雰囲気がおかしい事に気付く。

 スラムの事をそんなに知っている訳ではないけど、何と言うか猛獣が闊歩した事で、他の動物達が怯えて逃げ出した後という感じだろうか。

 ロスさんも同様の印象を持った様で、警戒した表情を見せる。


「嬢ちゃん、今日は何かが変だ。出来る限り警戒を強めてくれ」

「やっぱりそうですか。分かりました、気を付けます」


 今日は那月もヒナタも別行動なので、ちょっと不味ったかもしれないと思いつつ、わたしはヒナタの【警戒】を模倣した新魔法[敵意探知(マリスサーチ)]を唱える。

 すると、この道の先――かつての〈ラプターズ・ネスト〉本拠地で、強い闘争の気配が感じられた。


 戦っているのは二人の様だけど、その片方は強大な気配を漂わせており、戦いは一方的でもおかしくない感じがする。

 強大な方の気配は、その大きさだけで言うなら、那月や[魔王の鎧(デモンズメイル)]を装着した時のカイトと比べても、あるいは上回っているかもしれない。


 そう推測していると、もう片方の気配が急速に弱くなっていく。

 何者かの命が失われる可能性を前に、わたしはロスさんへ緊迫した状況を告げた。


「ロスさん、この先で強大な力同士の衝突が起きた様です! 命が失われる事態も考えられます!」

「何、マジか!? ……よし、急ぐぞ嬢ちゃん!」


 ロスさんはそう返すと、一気に全速力に近い速さで走り出す。

 それに続いて、わたしもロスさんの後を追って走り出した。


 一応、ロスさんはわたしの事も考えている様で、わたしが何とか後を付いて行ける位の速さでスラム街を疾走していく。

 彼に付いて行くのは大変だったけど、今日はスラム街に行くからと旅装に着替えておいたのも奏功し、わたしはロスさんに離されない様に後を追う。



 そのままの勢いで、わたし達が現場に辿り着いた瞬間、ロスさんの前から巨大な何かが吹っ飛んで来た。

 ロスさんは最初こそ回避の姿勢をとったけど、その何かを認めた瞬間、態勢を変えて受け止める。

 それは血塗れのファルコンで、最早意識もなく、危険な状態である事が一目で見て取れた。


「嬢ちゃん! コイツを回復出来るか!?」

「分かりません! ですが、試してみますので、静かに降ろして下さい!」


 わたしの答えを聞いて、ロスさんはファルコンを地面に静かに横たえる。

 それを見て、わたしが回復魔法を掛けようとしたところ、前方から声が掛かった。


「ああん? 新顔か? まあ良い、そのデカブツはたった今俺が倒した。一応生きてはいるみてえだが、もう助からねえだろうぜ」

「んだ、てめえ!」


 ロスさんは激高しつつも冷静を前を見据え、わたしもその視線を追うと、そこには猛獣を髣髴とさせる大柄な男がいた。

 男は一切ダメージを受けていない風であり、あのファルコンが相手という事を考えると、極めて高い実力が伺える。


 ロスさんもそれを理解しているのか、怒りの表情を見せつつも、男を警戒して早まらない様にしているのが見て取れた。

 緊迫した状況の中、ロスさんは一呼吸置くと、改めてわたしに声を掛ける。


「アレはヤバイ。だが、ファルコンも虫の息だ。俺がアレの相手をするから、嬢ちゃんはファルコンを回復したら逃げてくれ」

「……大丈夫なんですか?」

「一応、ハイポーションは持ってるしな。時間稼ぎ位はしてやるさ」


 ロスさんはそこまで話すと、男に向けて大声で宣言する。


「アルフルスの官員のロスだ! 殺人未遂の罪で貴様を捕縛させて貰う!」

「ああん? 何だ衛兵かよ。スラムなら良くある事だろう? 何をそんなにイキってんだ?」


 対して、男は呆れた様な声でおざなりに返答する。

 確かに、男の言う事はこの世界の実情と言えるものの、今のこの街にはそぐわないのもまた事実だった。

 なので、ロスさんはそれを指摘しつつ、巨大な両手剣(ツヴァイハンダー)を正眼に構えていく。


「貴様、余所者だな? この街のスラムは再開発が始まって治安が良くなり、領法だって普通に適用される様になった。んな訳で、手前はただの無法者なんだよ!」


 しかし、そんなロスさんの構えを見ても、男は一切の動揺もなく、ただただ面倒くさそうな表情だけを浮かべていた。


「面倒なのに当たっちまったな……、まあ良いか。聞け! 俺はオブレスト公国の勇者ハンツだ! 行方不明となった公女マルグレーテ殿下捜索のため、この国まで出向いた! それを知ってなお、てめえは俺に剣を向けられるか?」

「何……『オブレストの略奪者ブリガンド』……だと!?」


 ハンツはそう宣言すると、ニヤリと嗤う。

 その一方で、ロスさんは驚愕の表情を見せており、わたしもロスさん同様に驚きを隠せず、思わずファルコンを診る手も止めてしまっていた。


 正直なところ、勇者というよりも山賊の類にしか見えず、何と言うか那月とアレが同じ称号を持っている事が信じられない。

 むしろ、ロスさんの口走った『略奪者ブリガンド』こそが、彼の本質を示していると言って良い様に思う。


 しかしそれも一瞬の事で、緊迫した状況の中、ロスさんは一早く立ち直ると改めてハンツと対峙する。


「嬢ちゃん、これは想定外ってか最悪も良いところだ。自分の身の安全を第一に考えてくれ」

「……ロスさんはどうするんですか?」

「奴は俺が何とかする。それと、ファルコンの手当だけでも頼む」

「……分かりました、ご武運を」


 そうわたしと話し合った後、ロスさんは一歩前に出た。


「貴様が本当にあの『略奪者ブリガンド』かは知らないが、確かなのは貴様が領法を犯したという事だ。なら、俺には貴様を止める義務がある」

「……なら、しゃーねーか。この街のお偉方を直接締めた方が、公女殿下に早く会えるかもしれねえしな」


 それから二人は闘気を高め合い、遂にロスさんが戦いの口火を切る。


「……俺はアルフルス筆頭騎士ロス・リンクスだ、行くぜ!」


 二人の戦いが始まるのを見て、わたしはファルコンに[完全回復(エリクシル)]を掛ける。

 [上級回復(エルダーヒール)]を掛けつつ容態を診ていたけど、[完全回復(エリクシル)]以外では治せなさそうだったので、やむを得ない。


 二人の戦闘が始まるや否や、ロスさんは最速で飛び出すと、迷わずハンツを一刀両断しようとした。


「喰らえ、豪剣技[閃断]!」


 一方で、ハンツはロスさんの剣を避ける素振りもなく、ただ棒立ちのまま身じろぎすらしなかった結果、そのままロスさんの[閃断]が直撃する。

 ところが、ロスさんの[閃断]はハンツを切り裂く事が出来ず、その剣はハンツの左肩に当たったまま止まっていた。


「馬鹿な……!」

「……田舎騎士なんざ、所詮はこの程度か。消えろ」


 自分の剣が全く通じなかった事実を前に、ロスさんは驚愕して隙を晒す。

 ハンツはその隙を逃さず、ボディブローをロスさんにぶち当てると、ロスさんは冗談の様な勢いでわたしの方へと吹き飛ばされてくる。


 それでもロスさんは意識を繋ぎ止めていて、咄嗟にハイポーションを呷ると、立ち上がって再度剣を構えた。


 その際に、ロスさんは一旦わたしの方へと振り返る。


「すまねえ、嬢ちゃん。大した時間は保たせられないかもしれん」

「わかりました。ファルコンの命は繋ぎ止めましたので、ロスさんも命だけは守る様にして下さい」

「……オッケーだ。良いか、俺が負ける前に逃げろ、後は気にするな。嬢ちゃんは絶対アレの目に留まらない様にするんだ」


 そこまで早口でわたしへと告げると、ロスさんはハンツとの闘争へ戻っていく。

 どうやら、今度は一撃を貰わない戦い方へとシフトしたらしく、時間稼ぎに徹する覚悟が感じられた。


 ロスさんが決死の覚悟で稼いだ時間の中、やがてファルコンは目を覚ますと、わたしに気付いて口を開く。


「魔女……か。どう、やら……俺は、助けられた……様、だな」

「まだ喋らないで下さい。命は助かっても、体は悲鳴を上げていますので」

「……構わん。魔女よ、俺達を置いて逃げろ。あの男の本質は、略奪者だ。であるなら、この場で最も価値あるものは、お前を置いて他にはない……」


 ファルコンからもロスさんと同じ様な話を聞かされ、わたしはようやく事の重大性を理解した。

 要は、ハンツは勇者というよりも、その二つ名の通り本質的には『略奪者』であり、それが戦利品として欲する物が何かと言えば、若い女性というのは十分に考えられた。

 女体化した当初はその辺も気を付けていたはずだけど、最近は平和に暮らせる様になった事で、危険な世界という認識が薄れていたのかもしれない。


 そのうちに、奮戦むなしくロスさんが倒された気配が感じられる。

 それから間を置かず、ケダモノの目がわたしに向けられた、そんな気がした。

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