第66話 クライスへの報告
メグの呪いを解呪した後、今度は子ども達を呼んでメグの紹介をする。
事前に定めた偽装設定の通り、彼女をわたしの従妹として皆に紹介したけれど、子ども達は疑う様子もなく、メグに興味津々な様子を見せていた。
魔の森での反応も鑑みて、わたしは従妹がいるとは知らなかった設定にしているけど、子ども達もさして気にした様子は無い様だ。
その一方で、メグが魔の森にいた理由ついては、ほぼそのまま伝える事にした。
メグが王侯貴族である事を示すような部分は省いて、危機的状況に陥った際に、母の形見の魔道具で[転移]した結果と話すと、子ども達は驚いたり同情したりしていた。
その様な事情もあって、偶々出会った従姉の家に身を寄せるという話は、子ども達にもすんなりと受け入れられ、特にシャルが率先してメグに話し掛けていた。
わたしはそれを見て、無事にメグが受け入れられた事にほっとしつつ、その夜は念のため防護結界の効力を最大に引き上げてから就寝する事にした。
翌朝、アルフルスの庁舎が業務を開始してすぐに、わたしと那月はメグを連れてその中へと入っていく。
今回は事が事なだけに、急いで対応する必要があったので、那月の名前を使ってクライスさんとの即時での面会を要求する。
すると、受付の手に余る面倒事の雰囲気を察知したのか、ラングさんが近付いて来た。
「おはようございます、ナツキ様、フミナさん。そちらはフミナさんの妹さんでしょうか、初めまして」
「おはよう、ラングさん。緊急でクライスさんと面会したいんだけど、少しでも良いから時間取れないかな?」
那月の切羽詰まった物言いを聞いて、ラングさんは驚いた様に片方の眉を上げると、顎に手を当てて思案する。
「……この時間であれば、まだ何とかなるでしょう。付いて来て頂けますか」
「ありがとう、助かるよ!」
ラングさんは那月の様子からただならぬ気配を読み取った様で、すぐにわたし達をクライスさんの執務室へと案内する。
「失礼致します、クライス様」
「ラング、まだ出発まで時間はあるはず……って、ナツキにフミナ君?」
「ナツキ様が緊急での面会を希望されていましたので、お連れしました。ナツキ様、私もご一緒した方が宜しいでしょうか?」
「うん、その方が助かるよ。正直、クライスさんの手にも余る事態だと思うし」
「……ちょっと待て、ナツキ。そんな事を言われると、もう聞きたくない気持ちで一杯なんだが……」
「それはダメ。こういう時の領主様でしょう?」
那月の冗談めかした言葉を聞いて、クライスさんは苦笑しつつも話の先を促す。
それを見て那月は頷くと、躊躇なくメグを紹介する。
「聞いて欲しいのは、この子の事」
「見たところ、フミナ君の妹さんかい?」
「そうなら良かったんだけどね……。この方は、『オブレストの白雪姫』――オブレスト公国第一公女、マルグレーテ・セレネ・オブレスト殿下です」
「シグルス王国の勇者ナツキ様よりご紹介に預かりました、マルグレーテと申します。突然の訪問となった事、失礼致します」
那月の紹介に合わせてメグが挨拶をした事で、クライスさんとラングさんは唖然とした表情のまま固まる。
それでも、クライスさんの方が一足早く我に返ると、眉間を揉み解しながら那月へと問い掛ける。
「ナツキ、随分と突飛な話だが、お前の顔を見る限り冗談の類でもなさそうだから、一つ確認させてくれ。この方が、オブレスト公国のマルグレーテ殿下という証拠はあるのか?」
「クライス様……で宜しいですか? どうぞこちらを。オブレスト大公家の者のみが所持を許された指輪です」
そう言ってメグが指輪を外して差し出すと、クライスさんはそれを受け取って確認を始める。
そのうちにラングさんも我に返って、一旦執務室を出ていくと、今度はルイサさんを伴って戻って来た。
ラングさんに促されるまま、ルイサさんは指輪に[鑑定]を掛けると、やがてその表情が驚きへと変わる。
「ルイサ、分かりましたか?」
「はい。この指輪は確かにオブレスト大公家の、それも直系の人間である事を示すものです」
「……ありがとうございます。もう大丈夫ですので、ルイサは戻って結構です。ああ、この事はくれぐれも極秘として下さい」
指輪が本物と確証を得られた事で、ラングさんはルイサさんを退室させる。
ルイサさんが深く一礼をして去った後に、クライスさんは指輪をメグへと返還すると、表情を改めてメグと向き合った。
「まずは指輪をお返し致します。私はシグルス王国グランツ辺境伯ブラント・グランツが実弟クライス・グランツ、国王陛下より子爵を賜りし者です。知らずの事とは言え、礼を失した対応、失礼致しました」
「いえ。礼を失すると言うのなら、私の方が問題になりましょう。何せ、先触れもなく貴国に入国した上、本日も身分を打ち明ける事なく来てしまいましたので」
二人はその様に言葉を交わし合うと、礼については一旦目を瞑る事にして、お互いに確認すべき事を優先して話していく。
メグは大分話を端折っていたけど、オブレスト公国で命を狙われた結果、[転移]してしまった事と、その際にわたし達に保護された事を説明した。
一方で、クライスさんはラングさんを紹介したり、緊急避難的な入国については承知した旨を返す。
「……貴方の置かれている事情は理解致しました。今後の方針は兄――グランツ辺境伯の判断を仰ぎますが、それまではこの街にご滞在頂いて構いません」
「まあ! でしたら、その間はおねえさ……、コホン、ナツキ様のお屋敷にお邪魔させて頂いても?」
「……公女殿下は現状維持をご所望らしいが、ナツキは大丈夫か?」
メグの希望を受けて、クライスさんはわたし達にそう確認する。
それを聞いて、那月は困った表情を見せてから、クライスさんに返答する。
「殿下の希望は分かるけど、クライスさんは大丈夫なの? 正直、私達だと何かあっても責任なんて取れないし、王族が暮らせる程に整ったところじゃないよ?」
「そうは言ってもな……。ラング、何か案は出せそうか?」
クライスさんも那月同様に困った顔をしつつ、今度はラングさんに話を振る。
それを受けて、ラングさんは考えをまとめる素振りを見せながら口を開いた。
「……そうですね。私としても、ブラント様の判断が下りるまでは、ナツキ様のお屋敷にマルグレーテ殿下をお預かり頂くのがベストと考えます」
ラングさんはそう結論を述べると、続いてその理由を話していく。
「ご本人が望まれている点も大きいですが、ナツキ様のお屋敷にお住まいなのは女性のみのはずですので、公女殿下の醜聞除けになります。また、フミナさんの結界がある事も踏まえれば、アルフルスで最も安全な場所の一つとも言えるかと」
ラングさんが語った内容は、わたし達の事を正確に把握したもので、わたしは思わず大きく目を見開く。
以前にロスさんが『案外お上は良く見てる』と言っていたけど、もっと心した方が良いのかもしれない。
那月もそう思ったのか、ラングさんにジト目を向ける。
しかし、ラングさんは内心を悟らせない微笑で返すと、懐から一枚の紙を取り出してクライスさんへと渡す。
「勿論、公女殿下が生活する上で足りない物もございましょう。そちらに係る金銭的な負担と、公女殿下をお預かり頂く報酬とは我々の方でご用意致します。クライス様、まずはこの証文にてご認可頂ければと」
「……相変わらず用意が良いな」
クライスさんはそう苦笑しつつ、証文の金額を確かめながらサインをする。
気が付けば、もうしばらくの間、わたし達がメグを預かるのは規定事項の様になっていて、確かにメグの希望もあるし、わたし達も受け入れ自体はやむを得ないとは思っていたけど、ラングさんに上手く誘導されてしまった感じだ。
とは言え、想定していた事態である事も確かなので、わたしは証文に記載された金額を見て那月と一緒に驚きつつも、メグとのこれからについて考えることにした。




