第62話 メグとお呼び下さい、お姉さま!
その後、まずは少女に回復魔法を施してから、お姫様抱っこの恰好で彼女を抱えて、わたしは那月達と合流する。
那月達もわたしによく似た少女に驚いた様だったけど、少女がオークに追われる途中で攻撃を受けて気を失った事と、先程の不明な現象とを話すと、心配そうな表情になった。
「一応、回復魔法は掛けておきましたが、打ちどころが悪かったりすると、ちょっと厄介かもしれません」
「そうだね。念のため、すぐに帰った方が良いかも。皆は何か意見ある?」
那月の問い掛けを受けて、セルフィ達は顔を見合わせて頷くと、三人を代表してセルフィが答える。
「ナツキさんの意見に私達も賛成です。ただ、街までかなり距離があると思いますし、帰り方は良く考えた方が良いかもしれません」
セルフィの意見を聞いて、そう言えばセルフィ達には[転移]の存在を教えていなかった事を思い出す。
なので、一応那月と顔を見合わせて彼女が頷くのを見てから、セルフィ達にも[転移]が使える事を開示する事にした。
「その点は大丈夫です。わたしの[転移]で帰りますから」
「[転移]? ……まさか姉さん、[転移]が使えるんですか!?」
「はい、そのまさかです。この事は屋敷の皆には話して良いけど、それ以外には他言無用でお願いしますね」
わたしからの要請を受けて、セルフィは一も二も無く頷く。
とは言え、流石に個人で[転移]を使えるとの話には驚いた様で、子ども達三人は浮足立った様に再度顔を見合わせる。
それでも、三人で二言三言話し合ううちに皆あっさりと納得した様で、その適応の早さを見て逆にわたしが驚かされた。
「分かりました。やっぱり姉さんは凄いですね」
「まあ、これまでも[アイテムボックス]や野営の時の【結界】を見ていますし、何となく納得出来たと言いますか……」
「やっぱりフミ姉は凄い。こんな凄い人が師匠なのは幸運な事」
なんでも、セルフィ曰く『姉さんなら出来てもおかしくないと思いました』という事の様で、リゼットとフィリアも同じ思いらしい。
それを聞いて、子ども達からの期待値の高さに苦笑しつつ、わたしは[転移]を発動した。
◆ ◆ ◆
[転移]で屋敷に戻った後、わたし達はモニカさんを呼んで客間を整えて貰い、そこに少女を寝かせる事にした。
とりあえず、一通りの回復魔法と[清浄]を掛けたし、容態におかしな点もなさそうなので、彼女もじきに目を覚ますだろう。
また、少女の服はかなりボロボロになってしまっていたので、モニカさんに着替えさせて貰ったけど、元の身なりはかなり良かった様だから、良いところのお嬢さんなのかもしれない。
謎の発光現象があった事から、一応わたしが少女に付いて容態を伺ってはいるけど、今のところは問題なさそうだ。
その後も、少女の様子を確認するためにちょくちょくその顔を見ていたけど、少々幼い雰囲気が残ってはいるものの、やはり随分とわたしに似た顔立ちをしていると思う。
転生の際の神様とのやり取りを思い返すと、偶然似通っただけの可能性が高いと思うけど、一応彼女にも話を聞いてみた方が良いかもしれない。
その一方で、少女が魔の森の中に一人でいた事を思い出し、厄介な事情が見え隠れするので気を付けようと考えた辺りで、彼女は身じろぎをした後に目を覚ました。
目覚めた当初こそ、少女はぼんやりとしていたけれど、傍らにいたわたしに気付くと身体を起こそうとする。
「あ、そのままで構いませんよ。あなたは魔の森でオークに追われていましたが、その時の事は覚えていますか?」
「……はい」
「わたし達はそのオークを退治して、あなたを保護しました。ここはシグルス王国グランツ辺境伯領アルフルスで、わたしは魔女のフミナです。あなたの事を教えて貰っても良いでしょうか?」
「シグルス王国……ですか?」
少女は呆然とそう呟いた後、はっとするとわたしへと向き合う。
「すみません、想定外の事ばかりで驚いてしまいまして。お姉さまが私を助けて下さったんですね」
「その、『お姉さま』と言われましても、わたしに妹はいないのですが……。あなたには姉がいらっしゃるんですか?」
「いいえ、おりませんけれど?」
「へ…………」
少女の『お姉さま』呼びの理由を確認したところ、まさかの回答だったので、わたしは思わず呆然とする。
その隙に彼女は身体を起こしてわたしの手を取ると、わたしに熱視線を向けつつ語り出した。
「私を助けて下さった時の凛々しいお姿を見て、貴方こそが理想のお姉さまと直感したんです。美しくも凛とした佇まいに、魔物を前にした時の清廉かつ勇壮な振る舞いと魔物の群れを物ともしない圧倒的な魔法力、何より真っ直ぐに前を見据えたその瞳を見て、この人しかいないとそう思いました」
「え、ええと…………」
少女の尋常でない様子と言葉を受けて、わたしは思わずのけぞる。
だけど、気付いた時にはわたしの掌は彼女にしっかりと握り締められていて、この場から逃げ出す事は叶わなかった。
それからしばらくの間、彼女からキラキラとした目を向けられつつ称賛の言葉を掛けられ、わたしが精神的に一杯一杯になってきた頃、少女も正気に返ったのか落ち着いた表情になる。
少女は今更のように照れた顔を見せつつ、がっちりと掴んでいたわたしの掌をぱっと離してから、居住まいを正してわたしへと向き合った。
「すみません。お姉さまへの憧れの想いが溢れてしまいまして……」
突然まともになった少女に付いていけない思いもあったけど、わたしはこれを機に改めて少女へと質問を投げ掛ける事にした。
「え、ええ……、落ち着いた様で良かったです。それで話を戻しますが、あなたの事を教えて頂けますか」
「はい。私はオブレスト公国の第一公女、マルグレーテ・セレネ・オブレストと申します。どうぞメグとお呼び下さい、お姉さま」
なんと、少女は隣国オブレスト公国のお姫様との事で、その身なり等から他国の高貴な家の娘と推測してはいたものの、この事実にはわたしも驚く。
その証拠としてオブレスト大公家の指輪も見せて貰い、その意匠やあしらわれた宝石の価値こそ分からなかったけれど、付与された加護を見ると国宝級といって良く、指輪が馴染んでいるところを見ても彼女の言葉に嘘は無いだろう。
どうしてお姫様が一人で魔の森にいたのか等、色々と突っ込みどころはあるけれど、とりあえず今は言葉使いに気を付ける必要がありそうだ。
「失礼致しました、マルグレーテ殿下」
「『メグ』です、お姉さま。それと、普段通りに話して下さいますか」
何とかそれっぽく話してみたけれど、すぐに公女殿下からダメ出しを受ける。
その要望に合わせるべきか悩んだけれど、結局は受け入れる事にして、わたしは改めて彼女に語り掛けた。
「……分かりました、メグ殿下?」
しかし、公女殿下は首を左右に振った後に、一部の隙も無い笑顔でにっこりと微笑むと、圧を感じさせる笑顔のまま再度わたしへと告げる。
「『メグ』です、お姉さま」
「……分かりました、メグ。これで良いですか?」
「はい! 宜しくお願い致しますね、お姉さま!」
結局、わたしはメグの圧力に負けて、彼女を愛称で呼ぶよう約束させられる。
一国のお姫様を相手にこれで良いのかとは思うけど、そのお姫様が求めているのだからどうしようもないのかもしれない。
メグの輝くような笑顔を見て諦めの心境になりつつ、わたしはそう思った。




