第61話 お姉さまってわたしの事!?
翌朝、わたし達は昨日同様に日が昇ると同時に動き出す。
五人で泊まったので土のシェルターもかなり手狭だったけど、子ども達は慣れているのか、今日も元気そうだ。
わたし達は、まずは野営に使った土のシェルターを地面に戻すと、それから薬草採取に向けて歩き出した。
昨日は薬草の群生地を見つける事が出来たのと、人手が増えた事もあって、当初の予定を大きく上回る量の薬草を確保出来た。
今日も順調なら、日が高いうちにアルフルスへ帰る事が出来るかもしれない。
そんな余裕もあった事で、薬草の捜索と採取をメインにしつつも、今日は子ども達に色々と教えながらの探索となっていた。
那月はリゼットに剣を教えているし、わたしもセルフィとフィリアに魔法を教えながら、森の中を歩いている。
「そう、そこで炎を球状に集約するんです」
「んん……! あ……、また失敗……。フミ姉、これ難しい」
「そうですね、これまでより1ランク上の魔力操作になりますから。でも、これが出来れば[火球]が使えるようになるはずです」
「うん、もう少し頑張ってみる」
特にフィリアは成長が目覚ましく、火魔法LV2[火球]にまで手が届きつつあった。
LV2の魔法が使えれば初級冒険者として合格のはずで、フィリアの年齢とこの短期間での成長を考えると、この子は本当に魔女にまで至れるかもしれない。
一方で、その様子を見ていたセルフィが、珍しく落ち込んだ様子でわたしの服の裾を掴んでくる。
「姉さん、すみません。フィリアの様にいかなくて……」
「いいえ、セルフィも十分に成長していますから大丈夫ですよ」
実際にはセルフィの魔法取得速度も十分過ぎるほど速いのだけど、年下のフィリアに先を行かれているからか、焦りがある様だ。
確かに、魔法の才能という意味ではフィリアは天才と言って良く、リゼットの様に魔法が使えないならまだしも、逆に近しい才能があるからこそ、セルフィにも焦りが生まれるのかもしれない。
なので、わたしはそれを伝えつつ、セルフィに一つ提案してみる事にした。
「実際に、あなた達のピンセント商会での当初の採用条件は魔法の発現でしたし、それをこの短期間で達成したのは誇るべきです」
「フミナ姉さん……」
「但し、魔法に関してはフィリアが上なのも事実でしょう。でも、それはあくまで魔法に関してです。例えば、商才なら子ども達の中でもあなたが一番でしょう?」
「そう……、ですね」
そう言うと、セルフィは顔を上げる。
わたしが言いたい事は分かったけど、まだ納得は出来ていないという感じだったので、わたしは話を続ける。
「あるいは、戦闘においても魔法特化ではなく、剣と魔法双方をバランス良く扱える中衛を目指すのも良いかもしれません。セルフィは護身術の動きも良かったですし、それと将来的に行商を考えるならバランス型の方が優位ですから」
「バランス型……ですか?」
「ええ。例えば、わたしだってそれなりに体術が使えますよね? それは一人旅を想定しての事で、魔法に特化し過ぎるとそれが弱点にもなってしまいますので」
わたしの提案を聞いて、セルフィは考え込む様子を見せる。
だけどそれも束の間で、セルフィは決心した表情になると、わたしを見上げてきた。
「姉さん、ありがとうございます。それなら、私はバランス型の中衛を目指してみます」
「良いんですか? 今すぐ決めなくても大丈夫だと思いますよ」
「いえ、もう決めましたので。それと相談なのですが、中衛を担う上で武器は何が良いでしょうか?」
思った以上にセルフィの決意は固く、その即断即決にわたしは驚く。
とは言え、セルフィは能力的に見ても文武両道だし、自分でも中衛が合っていると感じたのかもしれない。
その一方で、武器の相談に関してはわたしも専門外であり、どうしたものかと悩んでいたところに後ろから声が掛かった。
「なら、短槍はどうかな? 短期間の訓練ですぐに使える様になるから、初心者にもお薦めだよ」
「短槍……ですか?」
「うん、短めで軽い槍の事。防衛戦で義勇兵に持たせたりもするから扱い易いし、剣より攻撃範囲も長いしでどうかな?」
那月からのアドバイスを受けて、セルフィは再度考え込む。
確かに槍は優秀な武器だと聞くし、短槍なら小柄なセルフィにとっても良い選択と言えそうだ。
「ありがとうございます、ナツキさん。武器は短槍にします」
「そっか。なら、今はこれを渡しとくね。槍術はモニカが得意だから、帰ってから教えて貰おう」
「はい!」
今回も即断即決のセルフィに対し、那月は長めの木の棒を取り出して渡す。
恐らく、短槍を模した修練用のもので、リゼットの木刀の様なものだろう。
新たな目標が得られた事で、セルフィも心機一転して調子が戻った様で、まずはほっとする。
その後もわたし達は薬草採取を続け、新たな群生地を見つけられた事もあって、昼前には必要量を上回る薬草を採取することが出来た。
それから、わたし達は早めの昼食を摂った後、森の中で薬草採取と子ども達の鍛錬を続けつつ、徐々に街へと戻るルートを進んでいた。
折角の機会なので、ギリギリまで時間を有効活用しつつ、あまり帰りが遅くならない様にも配慮した格好だ。
実際に子ども達にも疲れが見え始めているから、そろそろ帰る頃合いなのかもしれない。
そんな事を考えつつ、殿役として最後尾を歩いていると、ヒナタの【警戒】が新たな気配を察知した。
どうやらオークの群れらしく、わたしは思わずげんなりしたけれど、意外にも奴らはこちらの気配に気付いていない様だ。
それなら遭遇せずにやり過ごせるかと考えたところ、今度はオークの群れから離れようとしている別の気配を察知する。
これは……、まさか人間!?
そう気付くや否や、わたしは皆に一言告げて駆け出した。
「近くで魔物に襲われている人がいます! わたしが助けに行きますから、あなた達はここで待っていて下さい!」
それから最短距離を駆け抜けて行くと、オークの群れとそれに追われている一人の少女に出くわした。
少女は何とかオークの魔の手から逃れようとしていたけれど、丁度オークの振るった棍棒が彼女を掠めたらしく、弾き飛ばされた様に地面に倒れ込む。
目の前の獲物が動けなくなった事で、オークの群れは下卑た笑みを浮かべながら少女へと近付きつつあった。
それを見て、わたしは少女の前に躍り出ると、先頭のオークを[アースニードル]で貫く。
先頭のオークが仰向けに倒れていった事で、後続のオークは足止めされた恰好になり、こちらに迫る速度に遅れが生じる。
わたしはその様子を冷静に観察しながら、後続のオーク共も同様に[アースニードル]で仕留めた。
オークの生き残りがいない事を確認した後、わたしは少女へと振り返る。
丁度同じタイミングで少女もわたしの方を見上げた事で、わたし達は顔を見合わせる恰好となり、その少女の容姿にわたしは驚いた。
長く伸びた綺麗な黒髪と白く瑞々しい肌に大きな黒色の目が印象的で、それでいて鼻梁もすっと通った面立ちの儚げな美少女だった。
但し、その顔にやたら見覚えがあるというか、毎日鏡で見ている顔に良く似ているというか……。
目の前の少女も同じ様な思いを抱いたのか、大きな目を更に大きく見開いて、わたしを見ていた。
そのまま時が止まった様に、わたしと少女は見つめ合っていたけれど、その沈黙は彼女が口を開いた事で破られる。
「……お姉さま……?」
「……え?」
少女はそう呟くと、不意にわたしの手を取って両手で包み込む。
その瞬間、少女の身体に強い魔力の奔流が起こったかと思うと、その余波を受けて彼女は光り輝いた。
わたしはその様子を呆然と見ていたけれど、やがて魔力の奔流と光が収まり、少女が力尽きた様に気を失うのを見て、彼女が地面に付かない様に受け止める。
正体不明な現象を受けて、わたしは自身の身体に影響が無い事を確認しつつも、途方に暮れた気持ちが口をついていた
「今のは一体……。それと、わたしに妹はいません……よね?」
少女の容姿が随分とわたしに似ていた事もあり、自分でも自信なく呟く。
遠くからは、那月達がわたしを探す声が聞こえてきていた。
セルフィはフミナの役に立ちたい一心で魔法を鍛えてきました。
それ故にフィリアに遅れをとっている焦りがあったのですが、今回のフミナの提案が転機になった感じです。




