第58話 思わぬ再会
辿り着いた場所はかつての〈ラプターズ・ネスト〉の本拠地で、以前とは雰囲気が大きく異なっている事に驚く。
悪趣味なほど豪奢だった外観は大きく様変わりしており、無駄な装飾品が外されるなど、機能性と無関係なものは処分されている様だ。
また、一見して堅気でない人を何人も見掛けたけど、どうやらスラム再開発の作業員らしく、真面目に仕事に取り組んでいる様だった。
「ここって、かつてのマフィアの本拠地だよね?」
「お、よく知ってんな。……ってか、あんたらはここにカチコミを掛けたんだったな」
「……どこでそれを?」
那月の質問に対し、ロスさんから想定外の一言がもたらされて、わたしは思わず問い返す。
わたしのその様子を見て、ロスさんはニヤリと皮肉っぽい笑顔を向けたかと思うと、答えを返した。
「アルフルスの役人で、それなりの地位にいる奴なら知ってるはずだぜ。当然、辺境伯の方もな。案外、お上は良く見てるって話さ」
ロスさんの答えを聞いてわたしは驚く。
確かに大きな事件ではあったけど、わたし達が〈ラプターズ・ネスト〉の本拠地を襲撃したのはほとんど見られていないはずだし、それを把握していた情報網にただただ驚かされた。
それから、ロスさんはわたし達の前に出ると、無造作に建屋の扉を開けて中に足を踏み入れる。
「アルフルスの官員のロスだ、約束の魔法薬を持ってきた。お邪魔するぜ!」
わたし達がロスさんに続いて建屋に入った頃には、ロスさんの大声は建屋の中に響き渡っていた様で、中で人が慌ただしく走る様な音が聞こえてくる。
やがて、建屋の奥から熊のように大柄な男性が現れ、その見知った顔にわたしは驚いた。
「相変わらず騒がしいな、ロス・リンクス」
「来た事が分かり易くて、あんたとしても都合良いだろ、ファルコン」
二人はそう言い合うと、握手を交わす。
それから、ファルコンはわたし達を一瞥すると、声を掛けてきた。
「久しぶりだな、魔女。それと、そっちは勇者か?」
「ああ、あんたの希望通り勇者と魔女を連れてきたぜ。それと立ち話も何だし、案内してくんねえか」
「そうだな。部屋はそこだ、付いて来い」
ファルコンはそう言うと、すぐ近くの部屋へと案内する。
どうやら、そこが来客用の応接室になっているらしい。
わたし達が勧められるまま席に着いた後、まずはロスさんがわたしと那月に対してファルコンを紹介する。
「魔女の嬢ちゃんは顔見知りの様だけど、改めて紹介しておくか。そいつが、〈ストレイズ・ルースト〉代表のファルコンだ」
それに対して、那月は珍しく黙ったまま、わたしの様子を伺っていた。
わたしとファルコンの様子から、相手が何者かを理解した上で、最初の対応をわたしに任せる事にしたらしい。
なので、わたしは必要な事は問い質そうと口を開く。
「……正直、あなたがその様な仕事をしている事に驚いています。それと襲撃の際、あなたは操られていたはずですが、記憶はあったんですね」
「ああ。意思はカイトに誘導されていたが、その時の事は覚えている。迷惑を掛けてすまなかったな」
ファルコンはそう言って、わたしと那月に頭を下げて謝罪する。
「頭を上げて下さい。あなたの意思で行った事ではないと分かっていますので」
「フミナが良いなら、私も構わないよ」
「……恩に着る」
わたしと那月の言葉を聞いて、ファルコンは頭を上げる。
そこで、わたしはもう一つ気になっていた事を問い掛けた。
「話は変わりますが、その頭はどうしたんですか?」
確かにロスさんの説明は間違っていなかったけど、襲撃の際は普通に髪があったはずなので、ファルコンの禿頭を見つつ疑問をぶつけてみた。
「む……、これは懺悔と改悛の念を示すために自ら行ったものだ。……そうだな、少し俺の話をして良いか?」
問い掛けにわたしが頷いたのを見て、ファルコンは襲撃のその後について話し始めた。
先の事件で、〈ラプターズ・ネスト〉の主だった幹部は彼以外は亡くなったらしく、イーグルもあの後処刑されたらしい。
併せて、〈ラプターズ・ネスト〉という組織自体も一度解体され、非合法な部分を潰した上で〈ストレイズ・ルースト〉と名前を変えて再出発したのだという。
その際に問題になったのが、組織の長として誰を据えるかで、危険な任務でもある事から役人側にはなり手がいなかったらしい。
そこで、〈ラプターズ・ネスト〉の幹部唯一の生き残りであるファルコンに対し、白羽の矢が立ったらしかった。
「俺も最初は断るつもりだった。だが、話を聞いていくうちに、これはホークの夢を実現可能な組織に出来るかもしれないと気付いた」
「ホークの夢……ですか?」
「ああ、〈ラプターズ・ネスト〉の首領だ。ホークは、この無法の地に秩序をもたらし、最低限であっても互助の仕組みを作ろうとしていた。官公の力に限界があるのなら、それをその地の住人で実現しようとした」
ファルコンの話を聞いて、わたしは驚く。
〈ラプターズ・ネスト〉の首領は穏健派との話は聞いていたけれど、思っていた以上にまともな人物だったらしい。
「……なるほど。正直、真っ当過ぎて驚いています」
「……ふん。だからこそ、ホークが志半ばで倒れたなら、その遺志を受け継ぐのは俺しかいない。それが、俺が今こうしている理由だ」
ファルコンはそこまで話すと、ようやく一息を吐いた。
思わず口にしてしまったけど、わたしから見てもとても真っ当な夢で驚いたし、その夢を引き継ごうという想いにも驚かされた。
ファルコンが暴力を是とする組織の幹部だったのは間違いないけど、今の彼はそれなりに信用しても良いのかもしれない。
「ま、正直なところ、ファルコンが代表になってくれたお陰で、こっちも助かってるのが事実さ。危険で旨味も薄いからマジでババ抜き状態だったし、コイツならその剛腕でスラムに睨みも利かせられるしな」
ファルコンの話が終わるのに合わせ、ロスさんが行政側の意見を付け加える。
思うところが無いと言ったら噓になるけど、ファルコン自身はまともな人物に思えるから、丁度良い落としどころだったのだろう。
話が大分長くなってしまったけど、ファルコンがわたし達に話したかった事は語り終えた様なので、続いて魔法薬の納品を行う事にする。
途中、わたしや那月と力試しをしたいとの話も出たけれど、とりあえずその話はロスさんに押し付けて、淡々と魔法薬を取り出して並べていった。
「今日の分はこれで全てです。残りは一週間くらい後になりますので、それまでに使い切らない様注意して下さい」
「助かる」
「喧嘩や模擬戦などをして、無駄に使用するのも駄目ですからね」
「……善処しよう」
わたしの指摘に心当たりがあるのか、最後の返事までに間があったけど、そこはスラムの皆さんの良識に任せる事にした。
これで依頼は完了したので、治安の問題もあるし、わたし達は足早にスラムを後にする。
厄介な仕事ではあったけど、思った以上に前向きな彼らの様子を見て、安堵出来たのもまた事実だった。
ロスはおっさんと言っていましたが、ファルコンとは一回り位しか離れていません。




