第57話 護衛放棄宣言?
やがて、わたし達は我に返ると、まずは改めて自己紹介をし合う事にする。
よくよく思い返すと、ロスさんとは碌に話せていないし、那月やロスさんとしても、スラムに行く前に最低限のコミュニケーションはとっておきたい様だ。
「……んじゃ、気を取り直して簡単に自己紹介でもすっか。俺はロス・リンクス。最近ここに転属になったんで、この街の事はあまり知らねえ。得物は背中のツヴァイハンダーだ……こんなところか?」
「オッケー。なら次は私かな? 私はナツキ・アマハラ、一応勇者の称号持ちね」
「りょーかい。アンタは有名人だし、それだけで良いわ」
「ひど! まだ途中じゃん!」
自己紹介を途中で遮られ、那月はロスさんに不満を捲し立てる。
その様子を見ると、案外息が合っている様にも見えるので、同じ剣士同士という事で近しいところがあるのかもしれない。
そんな風に二人の様子を眺めていると、不意にロスさんから声が掛かる。
「それよりも、そっちの嬢ちゃんの事を教えてくんねえか。魔女と言われても、いまいちピンと来なくてね」
「はあ……」
「この子はフミナ、すっごく優秀な魔女で私の相棒だよ!」
那月の大雑把な紹介を受け、わたしとロスさんは思わずお互いを見合う。
流石にこれは補足の説明が必要かと考えた矢先に、ロスさんが苦笑する様子が目に入った。
「ああ、分かったよ。嬢ちゃんは勇者の相棒に足る魔女って事だな」
「そ! 分かってるじゃん!」
那月のあれだけの説明で、わたしの事をある程度把握できたらしく、ロスさんはそう答えを返す。
さっきとは一転して、意気投合したようにも見える二人の様子に呆気にとられていると、ロスさんはわたしへと振り返って一言を告げた。
「とりあえず、嬢ちゃんもある程度はやれるって事で安心したぜ。俺は護衛って仕事が苦手でね、普段は剣を振るって敵を仕留めるのが専門なのよ。んな訳で、嬢ちゃんも自分の身は自分で守ってくれると助かる」
出発前からまさかの護衛放棄宣言をされて、わたしは思わず唖然とする。
こんな事ならヒナタも連れて来るんだったかと、わたしは半ば現実逃避しつつ、お店の護衛に残って貰った相棒に思いを馳せた。
そんな感じで、まとまりに欠ける状況ではあったけど、わたし達はスラムに向けて出発する。
先方との約束もある様だし、季節柄日が長くなってきたとは言え、遅い時間になるのは避けたいとの思惑で全員が一致した結果だった。
「そういやさ、ロスさんは何で最初あんな話し方だった訳?」
スラムまでの道を会話を交えつつ歩いていると、ふと那月がそんな疑問を零す。
思い返してみると、確かにロスさんの喋り方は最初と今とで変わっていて、最初は変に下っ端っぽい口調だった気がする。
「ん? ああ、ラングの旦那と話してた時の事か? そりゃ、いくら俺だって敬語を使うときもあるぜ。ま、苦手なのは自覚してるし、似合わねえとか言われるけどよ」
「……え、あれって敬語だったの?」
それに対するロスさんの答えを聞いて、わたしと那月は顔を見合わせてお互いに呆然とする。
「どうした? 二人して鳩が豆鉄砲を食ったような顔してよ?」
「いや、そりゃそんな顔にもなるよ……」
那月は呆れた様にそう返したけれど、よくよく考えればロスさんは最前線で剣を振るうのが本来の仕事の様だし、やむを得ない面もあるのだろう。
そんな訳で、軽く言い合いの様になっている二人への仲裁も兼ねて、その話に割り込む事にした。
「えっと、敬語が苦手なのでしたら、同僚に教わったりはしないのでしょうか? 例えば、ルイサさんはそういうのが得意そうに見えたのですけど」
わたしがそう言うと、二人は言い合うのを止めてわたしへと振り返る。
その際、ロスさんは苦虫を嚙み潰したような顔になっていて、わたしは思わず首を傾げた。
「あー、その名前は出さないでくれると助かる」
「何で? 愛想はなかったけど、デキる女って感じじゃん?」
「……苦手なんだよ。やたら細けえ事を言いやがるし、やれ制服は着崩すなだの、もう少し落ち着いて喋れだの、こっちが落ち着かねえっての」
「そっかー、既に散々注意されちゃってたんだね……」
ロスさんの話を聞いて、那月は同情した様な顔を見せる。
自身も時々モニカさんに注意されているので、身につまされたのかもしれない。
二人のやや気落ちした様子を見て、この雰囲気を払拭するため、わたしは話題を変えるべく今日の事について質問する事にした。
「ロスさん、本日お会いするスラムの代表者はどんな方なんですか?」
「……ああ、ガタイの良いハゲのおっさんだな。顔は強面だが、案外信用できる奴だと思うぜ」
「そうですか……」
ラングさんの話し振りだと、わたし達の事を知っていそうな風にも感じたけど、ロスさんの話を聞く限りでは顔見知りでもなさそうで、わたしは首を傾げる。
「ま、勇者や優秀な魔女との縁を繋ぎたいってのは当然ある話だし、今は気にしなくても良いと思うぜ」
「そうですね、ありがとうございます」
ロスさんの言う事はもっともなので、わたしは考察を切り上げる。
幸い、二人の雰囲気も元に戻ったので、そのまま歩みを進めることにした。
そんな感じで喋りつつ道を進んでいくと、やがてスラムの入り口に差し掛かる。
以前と同様に肌を刺す様な危険な雰囲気が感じられ、再開発が始まったとは言え、未だ安全な地ではない事を否応なく理解させられた。
那月やロスさんも、ここからが本番というように表情を引き締める。
そのままスラム街に足を踏み入れていくと、わたしの背後に迫る気配を感じる。
小柄な感じから年の頃は少年の様だけど、偶々近付いた訳でもない様で、まともな理由ではなさそうだ。
少年は気配を殺しつつ迫ってきて、わたしの懐に手を伸ばそうとしたけれど、わたしはそれを察知して少年の手を弾きつつ、軽く足を掛けて転ばせる。
少年はあっさりと転ばされた事に驚いていたけれど、それも一瞬の事で、すぐに我に帰ると身を低くして駆け出した。
少年の逃げ足は予想以上に早く、あっという間に見えなくなる。
「ちっ、野郎スリか!」
それを見て、ロスさんは剣に手を掛けて周囲を威圧する。
結構な威圧感だったので、これでしばらくは落ち着けるかもしれない。
「フミナ、大丈夫?」
「はい。怪しい動きをしている者が近付いて来たのは分かっていましたので、問題ありません」
わたしがそう答えると、ロスさんは感心した様な表情になる。
「へえ、嬢ちゃんも案外やれるんだな。魔女って言うから、体術の類は全然なのかと思ってたぜ」
「ま、私の相棒だからね。体術だけでも、一般の騎士くらいは出来ると思うよ」
ロスさんの称賛に対して、何故か那月が得意げに返す。
実際のところ、わたしにはスる様な持ち物がない……というか全てアイテムボックスの中に入れているので、いずれにしろ少年の行為は徒労に終わっただろう。
但し、彼を撃退した事でロスさんの覚えが良くなったり、スラムの人達に二の足を踏ませる事が出来たので、結果的には良い方に振れたのかもしれない。
実際に、スラムの人達もわたし達への警戒を強めた様で、その後は大した事件は起こらずに目的地まで到着できた。




