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第55話 公共事業の依頼

 翌日、わたしと那月はアルフルスの庁舎を訪れていた。


 クライスさんは昨日は顔見せだけで去って行ったのだけど、アルフルスの代官として相談したい事もあるらしく、それならとわたし達の方から出向く事にした。

 先の事件では〈ラプターズ・ネスト〉のニセの手紙に踊らされてしまった事もあり、その反省から早めにキーパーソンに会いに行く感じだ。

 この点では、那月にとってクライスさんが旧知の人物だった事も大きいのかもしれない。


 アルフルスの庁舎は、先の事件や代官の交代等の影響か、かなりせわしない雰囲気で人々が走り回っていた。

 それでも、わたし達の訪問については事前に話が通っていたのか、さほど待つ事もなく、一人の文官がわたし達の元へとやってきた。


「貴方達がナツキさんとフミナさんですね。私はラング・ツヴァイクと申しますので、以後お見知りおきを」

「うん、よろしく! 私がナツキでこの子がフミナね。クライスさんには会えるかな?」


 那月がわたしの紹介まで済ませてしまったので、それに合わせて礼をする。

 一方で、ラングさんの方も忙しい状況下で拙速を尊ぶという意味もあるのか、手早く話を進めていく。


「ええ、クライス様からも言付かっておりますので、問題ありません。では早速参りましょうか」

「ありがとう、話が早くて助かるよ。行こ、フミナ!」


 クライスさんが那月の性格を理解していたからかもしれないけど、トントン拍子に話は進んで、すぐに面会が出来るという。

 なので、わたしと那月はラングさんの案内の元、早速クライスさんの部屋へと向かう事にした。



 わたし達はラングさんの先導の元、そのまま代官の執務室へと入室する。

 執務室では、クライスさんが難しい顔で山の様な書類と向き合っていたけれど、わたし達の姿を認めた途端、立ち上がって歓迎してくれる。


「ナツキ、フミナ君、良く来てくれた。まずは歓迎するよ」

「こんにちは、クライスさん。それとお疲れ様~」

「お邪魔します。その、凄い書類ですね……」


 わたし達の挨拶に対し、クライスさんは苦笑しながら今の状況を話し始める。


「まあ、最近色々あったからな……。だけど、ラングが予め取りまとめておいてくれたお陰で大分マシだよ」

「お褒めに預かり恐縮です」


 クライスさんの言葉を聞いて、ラングさんは表情を変える事もなく一礼する。

 その様子を見て、クライスさんは目を半眼にしながら、ラングさんに対して愚痴を溢した。


「なあ、やっぱりラングが代官で良かったんじゃないか? 俺は元々武官だし、こういった事務仕事は苦手なんだが……」

「何度も申し上げております通り、私では務まりません。特に先の事件の後でもありますので、他家に隙を見せない意味でも、『伏龍』クライス様が必要なのです」


 愚痴をラングさんに切り捨てられて、クライスさんはがっくりと肩を下ろす。

 一方で、わたしはクライスさんの二つ名に興味が惹かれ、ふと呟きが漏れた。


「伏龍……ですか?」

「ええ、クライス様の異名です。幼き頃は兄のブラント様の影に隠れておりましたが、その優れた才覚は皆が認めるところであり、いずれは『シグルスの黒龍』ブラント様と共にグランツ家の双竜となる事を期待されておりましたので」

「そうだったんですね。わざわざありがとうございます」

「事実、クライス様は王国軍の第三騎士団長も務められていましたし、兄がブラント様でなければ家督争いが起きてもおかしく無かったかと」


 わたしの呟きに対し、流れる様にラングさんの解説が入る。

 それを聞いて、クライスさんは嫌そうな顔になりつつ反論を返してきた。


「……止めてくれ。それと、兄貴と家督争いなんて想像したくもない。俺はまだ死にたくないからな」

「お兄さんは、そんな怖い人なんですか?」


 ちょっと気になる話でもあったので、今回も思わず質問してしまう。

 わたしが辺境伯と絡む事は無いと思うけど、もしも怖い人なら予めそう認識しておいた方が良いかもしれない。


 しかし、クライスさんは首を横に振ると、その問いには否を返す。


「いや、そういう訳ではないよ。特に、君の様な有用な子には優しいと思うし、領主としても優秀なのは間違いないからね」


 但し、クライスさんはその後に一言を付け加えた。


「だけど……、いや、だからかな? 敵と認めた者には一切容赦がないのも事実さ。そんな訳で、あの人と敵対するなんて考えたくもないかな」

「そうなんですね」


 そうクライスさんの説明を聞いて納得していると、那月も話に加わってきた。


「あ~、確かに辺境伯ってそんな感じかも。話は変わるけどさ、クライスさんの奥さんやお子さんもこっちに来てるの?」

「いや。急な話だったし、今は俺だけだな」

「そっか、大変だね」


 どうやら、クライスさんは妻子を王都に置いたまま、単身赴任する形でアルフルスの代官に就任したらしい。

 前の代官が色々とあくどい事をしていた結果、その尻拭いが必要になった事で、貴族階級の人達も結構苦労しているのかもしれない。


 その後も雑談は続いたけど、それが一息ついたタイミングを見て、クライスさんは本題を切り出した。


「さて、そろそろ君達への相談事を話しても良いかな? 我々が今、スラム街の再開発を進めている事は知っているかい?」

「うん。何でも、〈ラプターズ・ネスト〉が貯め込んでいたお金を、スラムに還元するって話だよね?」


 問い掛けに那月が即答するのを見て、クライスさんは頷いてから話を進める。


「ああ。実際に事業として進み始めてもいるんだけど、幾つか問題もあってね。君達にはそのうちの一つ、魔法薬不足への協力をお願いしたい」

「魔法薬不足……ですか?」

「そうだ。今回の再開発に当たり、スラムの組織〈ストレイズ・ルースト〉と連携し、スラムの人達に仕事を割り振っているんだが、慣れない仕事のせいか怪我人が絶えなくてね。魔法薬の在庫が足りなくなっているのさ」


 それから、クライスさんは背景なども説明してくれたけど、今回の再開発はスラムの治安への不安を理由に人が集まり難い面があって、作業員の方はスラムの人々を雇用する事で賄えたものの、素人が多いため怪我が絶えない実情があるらしい。


 また、その治療手段についてはもっとひどく、回復魔法の使い手はスラムには存在しないため、そもそもスラムに手配する事自体が不可能なのだと言う。

 事実として、一定以上の力を持つ魔道士は貴重だし、更に回復魔法の使い手は重宝される事から、たとえスラム出身の回復魔法士がいたとしても、結局はスラムから出て行って戻らない現実がある様だ。


 その様な理由もあって、回復魔法の術者ではなく魔法薬を手配する事で代用を図ったのだけど、その品質がバラバラな事もあって使える魔法薬の残量が心許なく、このままだと再開発を一時中断せざるを得ないかもしれないという事だった。


 実際のところ、作成者の力量次第で魔法薬の効能はかなり変わる様だし、保存状態などの影響も考えられるから、クライスさんの言う事は良く理解出来た。


「……とまあ、魔法薬一つを取っても問題山積でね、そこで魔法薬師としてとみに名を馳せた『黒曜の魔女』に白羽の矢が立った訳さ」

「……そうでしたか」

「そんな訳で、今回はフミナ君への依頼になるね。内容と報酬はこの書面の通りだけど、受けて貰えるかな」


 クライスさんはそう話しながら、ラングさんから受け取った書類をわたしへと提示する。

 その内容を見ると、大量のポーションと毒消しを定価で納入する契約となっていて、わたし達としても大きな利益が見込めそうだ。


「……一つ確認になりますが、納期はどうなりますか?」

「正直なところ、すぐにでも……と言いたいところでね。全数一括とは言わないけど、ある程度まとまった数を急ぎで貰えると助かる」


 契約の詳細を尋ねてみると、条件が良い理由は、急ぎで必要というのも一因らしい。

 なので、要望に応えるべく[アイテムボックス]内の薬草類の在庫を確認したところ、要求数の半分程度であれば何とかなりそうだ。


「それでは、要求数の半数を明日に、残り半数は一週間後で如何でしょうか?」


 そう提案したところ、クライスさんとラングさんは呆気にとられた表情でわたしを見つめていた。

 その様子を見て戸惑うわたしに対し、那月が苦笑しつつ、クライスさん達に補足するように告げる。


「あ~、この子って色々と規格外だから、そういうものだと思って。でも、早いだけじゃなくて品質も間違いないし、そこは私が保証するから」

「……分かった。こっちとしても、早く手に入る分には助かるしな。しかし、『黒曜の魔女』の噂は聞いていたけど、まさかその噂以上とはね……」


 皆に苦笑されてしまい、わたしも戸惑ったまま困ってしまったけど、那月曰く、これ程の量のポーションを一人の魔道士が一日足らずで作るのは本来あり得ないらしい。

 クライスさんとしても、もっと時間が掛かる想定だったところが、明日に納入するとの回答だったので、良い意味で驚いた様だった。


 その後は、現物を早く入手出来るに越した事は無いとの話になり、明日午後に那月と一緒にポーションを納品しに来る事で話はまとまる。

 その際、まずは庁舎に訪れた後に、案内を付けるのでスラム街の再開発拠点まで納品をお願いしたいとの事だった。


 手間ではあるものの、割の良い仕事なのも事実だし、わたしなら[アイテムボックス]を使えばそれほど大変でもないので了承する。


 この日は契約書にサインした後、帰ってすぐに魔法薬作成へと取り掛かった。

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