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第54話 新しい代官

 ピンセント商会の新店舗がオープンしてしばらくが経ち、わたし達は忙しくも充実した日々を過ごしていた。

 オープン当初は本店からのヘルプも入る等、かなり慌ただしかったけれど、ようやく少しは落ち着いてきた様に思う。


 それでも客足は変わらず好調で、特に『黒曜の魔女の化粧水』は連日売り切れの状況が続いていた。

 ティナさんとも相談して一日の販売数量を設定し、更には一人当たりの購入制限を設けたにも関わらず、あっという間に売り切れてしまう。

 一般の人々が欲していた需要に綺麗にマッチした結果だと思うけど、ここまで売れるとは思ってなかったから、驚きの気持ちが強かった。


 また、ティナさん曰く『フミナちゃんが店頭に立ってくれている効果も大きいわ』との事で、当初は半信半疑だったけど、事実として今もわたしは中学生位の少女から話し掛けられていた。


「す、すみません! 黒曜の魔女さんでしょうか?」

「はい。こんにちは」

「こ、こんにちはです……」


 そこまで話すと、目の前の少女は顔を赤らめてぼーっとした表情になる。

 これまでも何人かに同じ様な反応をされていたので、当初こそ戸惑ったけど、わたしは少女に落ち着いて続きを促す事にした。


「えっと、わたしに何か御用でしょうか?」

「え、あ、はい! 『黒曜の魔女の化粧水』について聞きたくて、黒曜の魔女さんもこの魔法薬を使っているんですか?」

「そうですね。わたしが作った物ですし、当然自分自身でも試していますよ」


 少女の質問からはちょっとズレるけど、わたしは正直にそう返す。

 ティナさんからは、『わたしの肌の秘訣』位に答えて欲しいと言われていたけれど、嘘も言えないので程々で答える様にしていた。

 それでも、目の前の少女は目をきらきらさせながらわたしの話を聞いていて、話が終わるや否やすぐに反応が返ってくる。


「凄い……。これがあれば、私も魔女さんの様に綺麗になれるのかな……。すみません! 『黒曜の魔女の化粧水』を1本下さい!」

「はい、ありがとうございます」


 この様な感じで、今日も『黒曜の魔女の化粧水』を求める客足が途絶える事はなく、早々に完売となった。




 化粧水が売り切れた後、わたしは昼食を摂ってから、今度は工房で仕込みを行っていた。

 当初はポーションや毒消しの廃材から化粧水を生成していたけど、化粧水の需要が圧倒的に多かった事もあり、今は普通に材料から生成している。

 材料の使用量はポーションよりも遥かに少ないのだけれど、売れ行きが非常に好調で残数が心許ないので、そのうちに薬草採取に行く必要がありそうだ。


 尚、化粧水の生産量自体は更に増やせるのだけど、ティナさんからそれはしなくて良いとの話を受けている。

 あまり化粧水ばかりがクローズアップされ過ぎるのも良くないのと、素材採取などでわたしが不在になった時の事も考えての判断らしい。


 そんな事を考えながら作業を進めていくと、丁度良く材料の仕込みが終わったので、わたしは休憩も兼ねて敷地内を軽く散策する事にした。


 わたしの設置した各種の結界が正常に動作している事を確認しつつ、お店にやってくるお客さんを眺めていると、珍しくも男性一人でお店に近付いて来た人と目が合った。

 男性は少々驚いた顔をしたかと思うと、わたしの方へと近付いて来る。


「すまない。ピンセント商会の二号店はここで合っているかい?」

「はい、こちらになります」


 とりあえず、お店に来た客の様なのでそう答える。

 身なりの良い誠実そうな大人の男性という事もあり、あまり警戒する必要は無さそうだ。

 その一方で、かなりの長身かつ、鍛え上げられた歴戦の雄という雰囲気を感じるから、高名な騎士だったりするのかもしれない。


 そんな事を考えていると、男性は続けて問い掛けてくる。


「ありがとう。ところで、君が『黒曜の魔女』かな?」

「……そうですね」


 見ず知らずの男性からもそう尋ねられた事で、わたしは思わず不愛想に返してしまう。

 こんな事になるなら、名付けの際にもっと反対するんだったかと何度目かの後悔をしていたところ、男性は興味深そうな表情になりつつ話し掛けてきた。


「なるほど、君がアイツの相棒なんだね。ならついでで悪いけど、ナツキを呼んできて貰えるかい? クライスが訪ねて来たと言えば通じるはずだ」

「クライスさん……ですか?」


 どうやら、クライスさんは那月の知り合いらしく、彼女に会いに来たらしい。

 なので那月に取り次ごうとしたところ、丁度その尋ね人の方から近付いて来て、わたしに声を掛けてきた。


「フミナ~、化粧水ってもう無いんだっけ?」

「本日の分はもう売り切れです。それよりも、那月に来客ですよ」

「私に来客?」


 那月はそう言うと、初めて気付いた様にクライスさんを見上げる。


「え、あれ? クライスさん……ですよね?」

「ああ。久し振りだね、ナツキ。相変わらず元気そうで何よりだ」


 クライスさんはそう言うと、店員の制服を着た那月を見て苦笑する。

 対して、那月も困った顔で笑顔を作りつつ、返事を返した。


「まあ、今となっては自由の身ですし。クライスさんこそ、こんなところで遊んでいて大丈夫なの?」

「ああ。俺も別に遊んでいる訳じゃなくてね、今日は君とその相棒に挨拶に来たのさ」

「どういう事? 王国軍の第三騎士団長がわざわざこんな辺鄙なところに?」


 那月は疑問を表情に浮かべつつ、クライスさんに問い掛ける。

 クライスさんはそんな那月の様子を見て苦笑しつつも、那月の問いに答えた。


「おいおい、辺鄙なのは事実だけどな……。お前、俺の家名は覚えてるか?」

「えーっと、フルネームは確か『クライス・グランツ』だったよね……。……グランツ!?」


 那月はそう言うと、驚いた顔でクライスさんを見つめる。

 一方のクライスさんは、ようやく気付いたのかという表情で那月を見据えた後、改めて那月と私に向けて挨拶の言葉を掛けた。


「全くお前と言う奴は……、まあ良いけどな。グランツ辺境伯、ブラント・グランツが実弟、クライス・グランツだ。本日から、この街の代官を務める事になった。そんな訳で、改めてになるが宜しく頼むよ」


 わたしはクライスさんの挨拶を受けて礼を返したけれど、那月は驚愕の表情のまま固まっていた様だった。

 〈ラプターズ・ネスト〉の騒動からしばらくして、この街に新しい秩序が訪れようとしていた。

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