第53話 わたしは平和に過ごしたい
[ルミナスインパルス]でカイトを下した後、那月さんはわたしの方へ振り返ると、まっしぐらに駆けて来た。
「フミナ!」
那月さんは、そのままわたしに向かって飛び込んで来て、強く抱きしめてくる。
「良かった……。途中はホントにダメかと思ったし、フミナだけでも何とかしなきゃって思ったから……」
「那月さん、落ち着いて。ちょっと苦しいです……」
「あ、ゴメンね! ……大丈夫?」
そう言うと、那月さんはわたしから体を離す。
その結果、丁度顔を突き合わせる形になり、わたし達はどちらともなく笑い合った。
ギリギリの戦いだっただけに、お互いの無事を素直に喜び合うわたし達。
ところが、それに水を差す様にカイトが意識を取り戻したらしく、彼の呻き声が聞こえてきた。
「那月さん、放置していて良いんですか?」
「うん、大丈夫。彼はもう終わっているから」
那月さんの言葉の意味が分からず、わたしは思わず首を傾げる。
やがて、カイトは完全に意識を取り戻すと、わたし達を睨みつけた。
「おのれ、勇者、それと魔女めが……!」
しかし、それは虚勢でしかなく、既に彼の力は失われていた。
更に、敗者には何も残らないという事なのか、彼の身体が風化する様に崩れ始めたのを見て、わたしは思わず絶句する。
「クソ! 俺はまだ負けてなど……。いや、もう無駄という事か……」
それを見て、那月さんはカイトに近付いていき、わたしもその後を追う。
「どうやら、魔王の術式は俺を見放したらしいな。これで満足か、勇者よ」
「危険な術式と分かって手を出したんだよね? なら自業自得じゃない?」
どうやら、魔王の術式の反動が来たらしく、カイトという存在はこの世界から消滅しつつあった。
確かに、彼の行いを考えれば自業自得ではあるものの、魔法の恐ろしさが垣間見えた事もあり、わたしも神妙にカイトの最期を見つめる。
「まあ、そうなんだろうな。だが、良いさ。クソみたいな人生だったが、最期は魔王という存在が見えるまでになった。なら、俺の残した爪痕としては十分だ」
「満足してるとこ悪いけど、私達にとっては迷惑なだけだからね、それ」
「敵対種族の都合など知らん。だが、そうだな。とりあえずこれからは、地獄の先で貴様も堕ちて来る日でも楽しみにするさ」
カイトはそう言うと、那月さんを見上げて最期にニヤリと嗤う。
わたしはそれを見てイラっとしつつ、勝ち逃げの雰囲気を出そうとしているカイトへと反論した。
「心配しなくても、わたし達は地獄へなど行きませんよ。それと、あなたの呪詛は完全に[浄化]して差し上げますから、お気になさらず」
「……ちっ! 魔女かと思えば、その力の本質は聖女か……! 貴様さえいなければ、全てが上手くいったものを……」
わたしの物言いを聞いて、呪詛を残す事すら不可能と悟ったのか、カイトは最後にわたしに対して恨み節を溢す。
それが止めになったのか、カイトの体は風化の速度を早めていき、ほどなくして魔王を僭称した半魔族は存在そのものが消え失せた。
カイトが消滅した後、わたしは辺りに[清浄]と[浄化]を掛けて回る。
意外な事に残された呪詛の類は少なく、案外満足していたのか、あるいは術式に喰われてしまったのかもしれない。
ともあれ、これで今回の戦いの後始末をつけられたから、セルフィ達を取り巻く問題も終わりへと向かうだろう。
「終わりましたよ」
「うん。お疲れ、フミナ」
そう言うと、那月さんはにっこりと笑う。
カイトが消滅しかかっている時は、彼女も神妙な顔をしていたけど、今はいつも通りに見えてほっとする。
そう思っていると、那月さんは今度はしまったという表情に変わり、次いで困り顔になりつつ話し掛けてきた。
「ところでさ、フミナはここが何処か分かる……?」
言われてみると、ここにはマフィアの屋敷から強制的に転移させられて来た訳で、カイトの言葉を信じるなら魔の森の中層部になるはずだけど、具体的な位置まではすぐには分かりそうにない。
もっとも、いざとなれば[転移]もあるから、わたしはあまり危機感を感じず、むしろ戦闘時の凛とした雰囲気とは裏腹な那月さんの様相がツボにはまってしまい、思わず吹き出してしまった。
「あーっ! 笑ったなー!」
「すみ……ませ、ん。……その、ギャップが凄かったので」
「酷いよ、フミナ。それに、結構大事になるかもしれないんだからね」
那月さんはぷりぷりと怒りつつも、わたしに教え聞かす様に語る。
その様子を見て、わたしは彼女を安心させようと口を開いた。
「大丈夫ですよ、那月さん――」
「ちょっと待って」
ところが、那月さんが真面目な顔で待ったを掛けてきたので、わたしは続く言葉を飲み込んで、彼女の話に耳を傾けた。
「ナツキ、でしょ?」
「え……?」
「さっきはそう呼んでくれたじゃない?」
「あ……」
すると、想定外の話をされた事で、ぽかんとして言葉を失ってしまう。
確かに、戦いの最終局面では呼び捨てにしたけれど、緊迫した状況がそうさせた面もあったと思う。
わたしはそう反論しようとして、だけどその言葉をしまいこんだ。
よくよく考えれば、相棒として命懸けの戦いを乗り切った訳だし、変に意地を張る必要も無いのかもしれない。
そう思うと、自然と微笑みが零れ、言葉が口をついた。
「……そうですね。これで良いですか、那月」
「うん! 改めてよろしく、フミナ!」
そう言うと、お互いにおかしくなったのか、わたし達は笑い合う。
そんな穏やかな一時の中、ふと思い出した様に那月が確認してきた。
「そう言えばさ、何か言い掛けてなかった?」
「話の腰を折ったのは那月ですよ。……まあそれは良いとして、街からかなり遠い感じですし、今回は[転移]で帰りましょう」
「ちょっと待って、[転移]を個人で使えるの!?」
那月はそう言うと驚愕の表情になり、その後もやいのやいのと騒いでいたけど、特に異論は無かった様で[転移]を発動させてアルフルスへと帰る。
一人の半魔族が始めた大事件は、ようやく終わりを告げようとしていた。
◆ ◆ ◆
[転移]でアルフルスに戻った後、わたしは最初にヒナタを呼び戻した。
魔女の使い魔なので再召喚は容易だったけど、わたしが突然消えたからかヒナタも不安だったらしく、再会してしばらくはもふもふに時間を費やす事になった。
その後屋敷に戻ると、セルフィが飛びついて来たり、モニカさんにもふもふされたりしたけど、もうマフィアが手を出してくる事は無いと告げると、みんな安心した様だった。
その後、わたし達はそれまでの騒動が嘘の様に、平和な日々を過ごしていた。
代官や衛兵が難癖を付けてくる可能性も考えていたけれど、どうやら彼らは更迭されたらしく、この街には新しい代官が赴任する予定らしい。
彼らだけでなく、マフィアと癒着して甘い汁を吸っていた人達は皆同様らしく、辺境伯は今回の事件を機に大掃除をするつもりなのかもしれない。
また、マフィアについては、幹部が軒並み居なくなった事もあり、一旦は組織を解体した後にスラムの互助組織として再出発すると聞いた。
彼らの貯め込んだ財産もスラムの支援や再開発に使われるらしく、スラムが落ち着く事でこの街の治安も良くなっていくだろう。
それと、ピンセント商会の方は新店舗の準備が順調に進んでいた。
わたしの開発した化粧水は、特にティナさんとサリーさんの食い付きが凄く、無事に新店舗での商品化が決定した。
二人の強い要望を受けて、彼女達にも試供品を渡したけど、一旦使うともう手放せないらしく、テルセロさんが口を挟む余地も無い程だった。
尚、商品名は『黒曜の魔女の化粧水』になるらしく、黒曜の魔女って何? と思ったけど、単純にわたしの髪の色が由来らしい。
商品の販売戦略上やむを得ない面はあるのだろうけど、容姿が二つ名の由来なのは魔女としてどうなのだろう……。
また、そのせいもあって、結局はわたしも店頭に立つ事になってしまった。
ティナさんに上手く言い包められた感が強いけど、何故か那月も一緒に店員をする事になり、セルフィ達も喜んでいたので、そこはしょうがないのかなと思う。
やがて新店舗も完成し、セルフィ達も研修を終えて、いよいよオープンの日を迎えた。
「いよいよこの店も開店か~。ここまで辿り着くのに色々あったね」
「色々とあり過ぎた気もしますけど……。それより、本当に変じゃないですよね?」
今日は那月がやけに張り切って、わたしの髪も彼女にまとめられたけど、見慣れない髪型に少々不安を覚えて問い掛ける。
すると、那月はにっこりと笑って、大丈夫と返した。
「可愛いから絶対大丈夫だって! 『黒曜の魔女の化粧水』のためにも、フミナもおめかししないとね!」
この人の笑顔を見ると、まあ良いかと思えてしまうのだから、やっぱり那月の笑顔はズルいと思う。
そんな事を考えつつ、ウザ絡みしてくる那月をあしらっていると、自分もこの世界に大分馴染んできた様に感じて思わず苦笑する。
異世界に転生させられて色々とあり過ぎたけど、今は平和な日常を勝ち取れた事を喜ぼう。生き生きと開店の準備をするみんなを見ながら、そう思った。
那月によるフミナの髪型アレンジはサイドテールのイメージです。
ここまでで一区切りとなり、次話以降は新しい展開を考えています。




