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第51話 魔王の遺産

「ゆくぞ、小娘共!」


 カイトはそう言うと、闇魔法と思わしき詠唱を始める。

 それを見て、わたしは那月さんと顔を見合わせてから、無詠唱で魔法を合わせた。


「させません――[アークサンダー]」


 わたしの[アークサンダー]は、カイトの詠唱を追い抜いて先に完成する。

 その瞬間、カイト周辺の地面から雷光が迸り、地を這う稲妻はそのままカイトを飲み込んだ。

 強烈な雷閃は次々とカイトに殺到していくと、やがて臨界を生じて炸裂する。


 土魔法LV4[アークサンダー]――大地の荷電粒子を集約した稲妻の一撃により、まずはカイトの魔法詠唱の阻止に成功する。

 速度最優先で放ったものの、[アークサンダー]が上級魔法に相応しい威力を発揮した事で、わたしは手応えを感じた。


 しかし、そんな思いは土煙の向こうから聞こえてくる高笑いにかき消される。


「なるほど、大したものだよ。後追いの詠唱でありながら先に魔法を発動させ、更にこれほどの威力があるとはな」


 やがて土煙が晴れてみると、カイトは何事もなかったかの様に、全くの無傷のまま高笑いをしていた。

 そのまま、カイトは上機嫌な風でわたし達に講釈を垂れてくる。


「くくく……。あの雷撃の中、俺が無傷なのが解せないという顔だな。なら教えてやろう! これこそが、俺が得し魔王の遺産、魔王の法衣(デモンズローブ)だ!」

魔王の法衣(デモンズローブ)……」


 わたしが思わずオウム返しに呟いた事で、カイトは更に上機嫌に続ける。


「そうだ。この法衣(ローブ)は纏った者に魔王の術式を授けると共に、魔法による攻撃には絶対的な防御を誇る。それ故、貴様如きの魔法は最早通じん!」


 カイトの宣言を聞いて、わたしは表情を険しくする。

 それを見て、カイトは更に機嫌を良くした様だったけど、隙だらけとなっていた彼の目前に飛び込む影があった。


「――なら、剣ならどう!?」


 魔道士二人の虚を突く形で、那月さんは神速で踏み込むと、その勢いのまま聖剣を振り抜く。

 しかし、その一撃は、カイトが咄嗟に防御に構えた右腕に受け止められた。

 聖剣の一閃すら受け止めた魔王の法衣(デモンズローブ)の性能に、わたしは思わず絶句したけれど、那月さんは予想していたのか無理をせず大きく後退する。


「厄介だね、ソレ。まさか、〈アルテミス〉が弾かれるとは思わなかったよ」

「……そうでもないさ。全く厄介なものだな、勇者というものは……」


 カイトはそう言うと、忌々し気に自分の右腕を掲げて見せる。

 すると、那月さんが斬撃を当てたと思わしき箇所が切り裂かれており、魔王の法衣(デモンズローブ)の下の肌にまで傷が及んでいた。


「なるほど、法衣(ローブ)なだけに斬撃には弱いんだね。でも、それなら一気に畳み掛けさせて貰うよ」


 那月さんはそう言うと、聖剣技を発動する態勢に入る。

 対するカイトはニヤリと嗤うと、一気に魔力を高めた。


「こうも早く切り札を切らされるとは思わなかったが……。まあ良い、貴様らが生贄になる結末は変わらん! 発動せよ――[邪悪なる要塞(イビルフォートレス)]!」

「させない! 聖剣技[ルミナスアロー]………………えっ!?」


 カイトが切り札を切る前に仕留めようと、那月さんは聖剣技を放とうとした。

 しかし、カイトの[邪悪なる要塞(イビルフォートレス)]が発動した瞬間、聖剣の輝きは失われていって、やがて立ち消えてしまう。

 聖剣の輝きが失われた事で、那月さんの聖剣技は不発に終わった。


 その様子を信じられないという顔で見ていた那月さんに対し、カイトは高らかに嗤いながら告げる。


「これこそが魔王の用いた古の秘術[邪悪なる要塞(イビルフォートレス)]だ! この魔法は、魔王の陣を敷く事で敵を徹底的に無力化する。今の貴様らは、強力な剣技も魔法も一切が封じられ、身体も思うように動かないはずだ!」


 その内容を聞いて、わたしは湧き上がる不安を抑えつけつつ、幾つか上級魔法を試したけど、そのいずれも魔力が霧散して不発に終わる。

 その隣では、那月さんが聖剣の力を発動させようとしていたけれど、こちらも聖剣に集約したはずの力が失われる様で、聖剣が輝きを取り戻す事はなかった。


「……フミナ、そっちはどう?」

「上級以上の魔法は駄目みたいです。那月さんは?」

「私もダメ。どうやっても、聖剣の力は発動出来ないみたい」


 現状をお互いに確認し合ったものの、やはり最悪な状況には変わりなく、カイトはその様子を見て舌なめずりをしつつ、わたし達を見回した。


「くくく……、ようやく理解できたようだな。狩られる側になった気分はどうだ? 貴様らの顔が絶望に染まった時、我が大願は成就するだろう!」


 わたし達を罠に嵌めた事で、カイトは上機嫌にそう語る。

 その様子を見て、那月さんはぼそりと呟いた。


「……王国で最も魔界に近い場所、か。だから、陛下は私に命じたんだね」

「那月さん?」

「私が今ここにいるのは必然だったって事。ああ言う手合いから国と民を守るためにね。フミナ、巻き込んで悪いけど、協力してくれる?」

「巻き込むも何も、彼にとってはむしろわたしの方が標的でしょうし、あなたの相棒ですから最後まで付き合いますよ」


 わたし達はそう語り合うと、まずは那月さんが動く。

 那月さんはカイトの懐へ飛び込んで連撃で剣閃を見舞うけど、先ほどと比べて明らかに威力と速度が落ちており、カイトは難なくそれを受け止めていく。

 やがて、那月さんの連撃が途切れたタイミングで、カイトが魔法の発動に入ろうとした瞬間、今度はわたしが動いた。


「[フレイムファング]……が駄目なら、[火槍(ファイアランス)]!」


 [火槍(ファイアランス)]がタイミング良く着弾した事で、カイトの魔法の妨害に成功する。

 その間に那月さんは距離を取る事が出来たけど、[火槍(ファイアランス)]による妨害を受けた事で、カイトはわたしを標的に見据えた。


「碌な魔法も使えないと言うのに器用だな、魔女よ。だが、これならどうだ――[魔王の爪(デモンズクロー)]!」


 カイトは闇魔法で長く伸びた爪を創り出すと、猛然とわたしに迫る。

 しかしその一撃は、何とか間に割り込んだ那月さんの聖剣が阻んだ。


「やるな、勇者よ。だが、これで終わりではないぞ――[ダークセイバー]」

「させません――[ホーリーシールド]!」


 カイトの詠唱に合わせて、わたし達の四方八方に漆黒の刃が召喚される。

 それを見て回避は間に合わないと判断し、わたしは魔法による防御を選択した。

 わたし達の周囲を白銀に輝く盾が覆い、それから僅かな間を置いて、漆黒の刃が次々と押し寄せてくる。


 漆黒の刃の群れに白銀の盾は軋みをあげ、わたしも魔力をかなり消費したけど、その全てを何とか受け止めた。

 だけど、次の瞬間、那月さんはカイトの膂力を受け止めきれず、その後ろに庇っていたわたしごと弾き飛ばされる。


「ふはは……。ぬるいな、勇者に魔女よ! 所詮はこの程度か!」


 カイトは上機嫌にそう語ると、そのまま立ち止まって高笑いを続けた。


「痛つつ……。フミナ、大丈夫?」

「はい、何とか」


 その間に、わたし達は回復魔法を掛けながら何とか立ち上がる。

 しかし、立ち上がったのは良いものの、この苦境を打開する手段が浮かばない。


 わたし達が立ち上がったのを見て、カイトは高笑いを止めると、わたし達を見据えてニヤリと嗤う。


「では続きといこうか。精々俺を楽しませてくれよ? 小娘共!」




 [邪悪なる要塞(イビルフォートレス)]に抗う術を奪われたまま、絶望的な戦いが続く。

 それでも、実戦経験が薄いのかカイトの戦闘技能の甘さや、那月さんの機転もあって、わたし達は危ういバランスの中、辛うじて拮抗した戦況を維持していた。


 とは言え、わたし達は確実に体力と魔力を削られており、勝ち目のない状況へと徐々に追い詰められていった。


「……ごめん、フミナ。敵の力量を見誤っていたみたい」

「お気になさらず、色々と想定外の事ばかりでしたからね。それに手段が尽きた訳でもありませんので」

「そっか……。でもさ、もしも万策尽きたらフミナだけでも逃げて。その時は私が何とかするから」


 那月さんはそう言い残すと、再度カイトの懐へと飛び込んでいく。

 二人の戦いを見ていると、[邪悪なる要塞(イビルフォートレス)]の効果により力と速さこそカイトが圧倒しているものの、技のない素人同然の動きという事もあって、那月さんは何とか互角に立ち回っていた。


 それでも、那月さんの一撃は牽制にもならないのに対し、カイトはその一撃が致命打になりかねない威力を内包しており、今回の格闘戦の趨勢も徐々にカイトへと傾いていく。

 やがて、那月さんはカイトの一撃を避け切れず、何とか聖剣を盾にして直撃を防いだものの、わたしとは反対方向へと吹き飛ばされた。


 カイトはこれを好機と見たのか、すぐにわたしを見据えて駆けて来る。


「これで手出しは間に合うまい! まずは魔女、貴様からだ!」


 猛然と迫るカイトに対し、わたしは牽制の[火槍(ファイアランス)]を放ったけど、カイトはそれを一顧だにする事もなくわたしへと突進して来る。

 そのまま、正にカイトの手がわたしを捉えようとした瞬間、わたしはカイトの目の前に想定外の魔法を放った。


「[光源(ライト)]」

「何!?」


 至近距離から強烈な光を浴びせられた事で、カイトは視界を失い隙を晒す。

 その隙に乗じて、わたしに伸ばされたままのカイトの手を掴むと、わたしは彼が突進してきた勢いを利用して投げ捨てた。

 その結果を見る間も惜しんで、わたしは那月さんと合流する。


「駄目ですよ、もしも逃げるとしても二人一緒にです」


 わたしの言葉を聞いて、那月さんは諦めの表情で否を返そうとするけど、わたしはそれを押し留めると、首に掛けたペンダントを見せた。


「それって……」

「まだ手はあります。だから、落ち着いて下さい」


 わたしの言う事を理解したのか、那月さんが冷静さを取り戻す。


「策があるんだね。なら、私はどう動いたら良い?」

「出来る限りカイトを引き付けて、時間を稼いで下さい。最後の手を決めるには、まだ情報が足りませんので」

「分かった、任せて。私の命、フミナに預けるから!」


 那月さんはそう言うと、戦意を取り戻した目でカイトを見据える。

 魔王を僭称する半魔族との戦いは、佳境に入りつつあった。

参考まで、中級がLV3・上級がLV4以上という感じです。

※フミナ達は、LV4以上の魔法(とそれに相当する剣技)が封印された状態。

実は、フミナの魔法技能はほとんどあり得ない程に高レベルです。

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