第50話 カイトの真意
魔法が発動した後、光が収まったのを見て辺りを確認すると、わたし達は森の中に転移させられていた。
但し、森の中と言っても周りは開けており、わたし達のいる辺りはむしろ草原と言っても良いくらいかもしれない。
幸いな事に那月さんとは一緒で、ヒナタは転移に巻き込まれていなかったから、アルフルスに戻った後に再召喚すれば大丈夫なはずだ。
その一方で、前方には小柄な男性が佇んでおり、わたし達は警戒を強めた。
男性はわたし達の姿を認めると、歓迎するかの様に笑顔で語りだす。
「魔王の陣へようこそ! 歓迎しますよ、レディ」
わたし達はその男性の様子に呆気にとられたけど、先ほどの魔法陣への疑問が勝り、気を取り直して彼へと問い掛ける。
「……ここは何処で、あなたは何者です? そして、マフィアの本拠地がおかしくなっていたのは、あなたが原因ですか?」
「そんな一度に質問されても困りますが……。まあ、美しいレディへの手向けですし、教えて差し上げましょう」
男性は芝居がかった大仰な態度でそう語ると、わたしの質問に答えていく。
「ここは魔の森の中層部で、我が拠点になります。そして、我が名はカイト、先日までは〈ラプターズ・ネスト〉の幹部などをしておりましたね」
男性――カイトの回答により、彼がマフィアの魔法使いと判明する。
尚も、カイトは余裕を見せるかの様に雄弁に語っていく。
「それと、〈ラプターズ・ネスト〉の屋敷に仕掛けた魔法陣の事でしたら、その通りです。大規模な陣でしたので、組織の無頼漢共を生体燃料にしましたから、レディの目には異様に映ったかもしれませんね」
カイトが事も無げに語った話を聞いて、わたしは思わず絶句する。
一方で、那月さんは話の内容から敵の危険性を認めたのか、わたしを庇う様に一歩前に出た。
「ちょっと良いかな? 今の話だと、お兄さんは〈ラプターズ・ネスト〉の幹部でありながら、私達をここに呼び込むために、その構成員を犠牲にして魔法陣を発動させたって事?」
那月さんの問い掛けに対し、カイトは小馬鹿にする様に答えを返す。
「彼らはまだ生きていると思いますが? すぐに死なれては、魔法陣の維持も出来ませんので」
カイトはそこで一拍区切ると、改めてわたし達に向き合った。
「そして、もう一つ訂正するなら、昨夜を以て〈ラプターズ・ネスト〉とは縁が切れています。彼の組織は魔力持ちの処女を見つけるのに都合が良かったのですが、組織が崩壊した今となっては何の役にも立ちませんので」
「えーっと、魔力持ちの、処女?」
「ええ。それが何か?」
カイトは自信満々にそう話したけれど、その言葉を聞いて、わたしも那月さんも思わずドン引きする。
……いや、多分何らかの魔術的な儀式に関係があるのだとは思うけど、言葉のいかがわしい感じが酷いと言うか、急に俗物化した様に感じた。
イーグルと言い、似た様な趣味の奴が集まったんだなと、思わず遠い目をしてしまったけれど、那月さんも同じ様な印象を抱いたらしい。
「……お兄さんって幼い少女が好きな人? だからセルフィ達をつけ回したの?」
「誰がだ! 話を曲解するな!!」
那月さんの引き気味の台詞を聞いて、わたし達にどう思われたかを理解したらしく、カイトは余裕ある態度を投げ捨てて激昂する。
但し、それで我に返ったのか、カイトは咳払いをしてから説明し直した。
「重要なのは『魔力持ち』の処女です。聞いた事はありませんか? 古来より魔術的な儀式や生贄などに、優秀な触媒として活用されてきたはずですが」
「いいえ。わたし達人間には、女性を犠牲にする様な儀式はありません。生贄を求めるのは、人間と敵対する種族の要求に因るものです」
カイトの説明を聞いて閃くものがあり、わたしは強くそう返す。
すると、カイトにとっては想定外の回答だったようで、彼は狼狽えていた。
その様子を見て、わたしは確信を以て告げる。
「ですので、あなたが生贄を求めるならば、その正体は限られます。あなたは人間と敵対する種族の、それも闇魔法使いですね」
「……ちっ、魔女というのは厄介ですね。まあ良いでしょう、確かに貴方の推測通りですよ」
カイトはそこまで話すと、ここが潮時と考えたのか、自身に掛けていた変化の魔術を解除する。
すると、そこに現れたのは一人の魔族で、わたし達を一瞥してから慇懃に一礼した。
「魔族のカイトです。短い間でしょうが、お見知りおきを」
敵が魔族だった事で、那月さんは緊張感を高めていく。
一方で、わたしは彼の素性を正確に把握すべく、更に踏み込んで問い掛けた。
「いいえ、あなたはまだ本当の事を話していません」
「何を……言っている、魔女!?」
わたしの言葉を聞いて、痛いところを突かれると感じたのか、カイトはあっさりと余裕を失い動揺する。
その様子を見て、わたしはある種の確信を抱きつつ、自らの推測を語った。
「あなたはマフィアに所属し、人間社会で暮らしていたはずです。という事は、街……いえ、〈聖域〉の中でも人間として普通に過ごせていたと考えられます。であるなら、あなたは純粋な魔族ではありません」
「止めろ……。口を閉じろ、女ぁ!!」
「そこから推測すると、あなたは半魔族――それも、人間とのハーフですね?」
「その言葉で呼ぶなあああーーー!!!」
わたしが導き出した答えを聞いて、カイトは古傷を抉られた様に発狂する。
半魔族――それは、他種族と魔族とのハーフであり、その大半は純粋な魔族と比べて半端な力しか持たない事から、魔族の中では蔑視の対象となっていた。
特に、もう片方の親が人間の場合は、敵対種族同士の子どもになるから、人間社会にも溶け込めず、双方から爪弾きにされてしまうらしい。
但し、一応は両方の種族の能力を受け継ぐ様でもあり、カイトの場合は人間を装う事で〈ラプターズ・ネスト〉に入り込んだのだろう。
わたしがそう考察していると、カイトは血走った目でわたしを睨みつける。
「……ああ、そうさ。俺は半魔族のカイト。大した魔力も持たず、何者にもなれなかった半端者さ……」
しかし、その言葉とは裏腹に、カイトは居住まいを正すと、今度は高らかに笑いだした。
「だが! 俺は秘術に選ばれた! 古の魔法陣を用いた魔王の術式にな!」
カイトはそこまで叫ぶ様に語ると、再度わたしを睨み直す。
「魔女……折角だから教えてやろう。古式の闇魔法には、魔力持ちの処女を生贄に己が魔力を増大させる術式がある。俺はこの術式を繰り返す事で、魔王にさえ届き得る程の力を得た」
カイトは強大な魔力を発現させつつ、そう語る。
わたしはそれを聞いて、セルフィ達が何故見逃されたのか疑問に思ったけど、他ならぬカイトが補足する様に喋り続けた。
「あの少女共を生贄に出来ていれば、既に魔王を名乗れていただろうがな……。とは言え、魔力が発現出来ていない人間は生贄にしても効果が薄い。素材としては極めて良質なのだが、ままならないものだ……」
セルフィ達が助かったのは、魔力をまだ発現出来ていなかったのが理由らしく、遡って考えると、彼女達が〈ラプターズ・ネスト〉の後ろ盾を拒み続けた事で、その機会が得られなかったという事でもあるのだろう。
セルフィ達の頑張りが、結果的に半魔族の野望を押し留めていた訳で、妹分達を誇らしく思っていると、不意にカイトが嗤いを零した。
「とは言え、天は俺に味方した様だ。あの少女共以上の魔力持ちの処女を、ここに二人も得る事ができたんだからな!」
カイトはそう言って嗤いながら、わたし達を見据えた。
最早、取り繕う様子もないその態度に、わたし達は改めてドン引きしつつ、顔を見合わせる。
すると、那月さんの顔は少し赤くなっていた。
その様子を見て純情だなと思いつつ、わたしは勿論そうだけど、那月さんもそうらしいのは、世界観を考えると結構凄い事なのかもしれない。
そんな事を考えた後、敵のデリカシーの欠片もない言い様に、とりあえずは二人で感じたままの気持ちを返す。
「……最低だね」
「……最低ですね」
「……ええい、何とでも言うが良い! 魔王誕生の贄となる栄誉を、光栄に思うのだな!」
カイトの開き直った発言を引き金に、事件の真の首謀者との戦いが始まった。
黒幕とのバトル前のはずなのに、締まらない展開になってしまいました。
まあ、敵の言い分がアレなので、フミナも那月もドン引きしています。




