第48話 真の首謀者
引き続き三人称視点での黒幕回です。
アルフルスのスラム街――
その狭い路地裏を、一人の男が急ぎ足で駆け抜けていく。
「クソクソクソ! 俺は聞いていないぞ! 何なんだ、あの女は!」
彼――カイトは、勇者邸宅の襲撃にイーグルが失敗し、その後ブルータスが勇者に一喝されて引き返したのを見て、一早く逃亡を図っていた。
元々、マフィア内でのカイトの立場は参謀であり、それ故今回の襲撃にも実行犯としては参加していなかった。
それでも、活きが良い少女が組織の手中に落ちる瞬間を見ようと、彼は魔術を用いて遠地より襲撃の様子を覗き見ていた。
当初は、勇者ナツキを引き離す策が奏功していた事もあり、カイトは襲撃が失敗するとは露ほども考えておらず、むしろ組織の無頼漢共が先走らないかを監視するくらいの認識だった。
ところが、魔女が高らかに宣言し、瞬く間に無頼漢共を行動不能にしていった事で、カイトは自身の認識が誤っていた事に気付かされた。
イーグルが魔女を撃ち抜いた時は喝采したい思いだったが、彼女が無傷だったのを見て、遂には今夜の作戦の失敗を悟る事になった。
カイトからすると、あれほど高レベルの魔女が待ち構えていたいう情報はなく、組織の無頼漢共の情報収集力の甘さに思わず毒づく。
アレは一種の災害の様なものであり、勇者と同じ一騎当千の強者だ――
同じ魔道士であり、その一方で大した才能を持たなかったカイトにとって、あの魔女――フミナがどれほど常識外れな存在か、否応無しに理解させられる。
あの屋敷に設置された結界は見事と言うしかなく、あの地に足を踏み入れたが最後、たとえ全軍を以て臨んでもあっさりと蹴散らされるだろう。
襲撃の様子を監視した際は、自らの視力を最大限に向上させる事で覗き見ていたが、これが魔法による投影視などであったなら、あの魔女はそれに気付いてカイトの排除にも動いたに違いない。
それに加えて、勇者ナツキがこれほど早く戻って来たのも、カイトにとって想定外と言えた。
[転移]を使ったならともかく、単純な身体能力のみで、一日も掛からずに領都との往復をするなど常識外れも良いところだろう。
とは言え、最終的には勇者を過小評価した結果のみが残り、それ故にカイトは急ぎ行動を起こす羽目に陥っていた。
勇者が戻ったという事は、あの手紙の偽造がバレたという事でもあり、そうであるなら一刻も早く身をくらます必要がある。
カイトはそう結論付けると、逃走に必要なものや重要な魔道具などを回収すべく、〈ラプターズ・ネスト〉の屋敷へと足を早めた――
〈ラプターズ・ネスト〉本拠地――
それはこの世界において珍しく――犯罪組織の本拠地故か――不夜城の様相を見せており、深夜であっても絶えず人が出入りしていた。
そんな中、カイトは敢えて裏口へと回ると、誰の目にも止まらぬ様に屋敷の中へと入っていく。
無事に本拠地まで辿り着いた事で、ようやく一息を吐く事が出来たものの、そんな彼に対し重厚な声が掛けられた。
「何処に行っていた、カイト」
カイトがその声に反応すると、そこにはホークが厳しい表情で待ち構えていた。
「ちょっとした野暮用ですよ。どうしたのですか、ホーク?」
「そうか……。なら、イーグルとファルコンは何処に行ったか分かるか?」
ホークの問い掛けに対し適当に誤魔化してみたものの、イーグルとファルコンの名前が出た事で、カイトは背中に汗が流れるのを感じる。
とは言え、徹底して秘密裏に進めた作戦であり、まだホークも全容は把握していないと結論付け、カイトはこの場は誤魔化し切って凌ぐ事を決める。
「いえ。俺も把握していませんが、お二人は不在なのですか?」
「なるほどな……」
カイトの誤魔化しに対して、ホークは顎に手を当てて考え込む。
その様子を見て、カイトが少々気を抜いた瞬間、突如ホークの剣閃が走った。
カイトはそれを咄嗟に避けたものの、右腕の上腕部を切り裂かれ、苦痛に顔を歪める。
気が付けば、ホークは愛用の円月刀を手にしており、冷酷な眼差しでカイトを観察していた。
「ホーク……、これはどういう事ですか?」
「茶番はここまでだ、闇魔法使い。イーグルがおかしくなったのは、貴様が原因だな? そして、恐らくはファルコンもその毒牙に掛けただろう?」
ホークは疑問形で投げ掛けつつも、カイトの仕業と確信して問い掛ける。
元々、イーグルは己の享楽を最優先するところがあったが、それでも機微を理解した賢い男だった。
事実として、彼は武に劣るものの、その知恵と立ち回りで組織のナンバー2に君臨しており、代官との伝手すら開拓してみせたのだ。
ところが、最近は危険な言動が目立ち、知恵者としての姿は鳴りを潜め、組織運営を危うくしかねない状況に陥っていた。
それは当然、ホークとしては見過ごせる事態ではなく、イーグルの身辺を調査した結果、浮かび上がったのがカイトだった。
素性の知れない魔道士ではあったものの、イーグルの手の者であり、貴重な魔法使いという事も相まって、彼は瞬く間に組織の魔法顧問へと登り詰めた。
その一方で、彼の魔法には謎が多く、またカイトが地位を得るに連れてイーグルがおかしくなっていった様に感じ、ホークはカイトを警戒してもいた。
自身を刺す様なホークの視線を見て、カイトは誤魔化しが利かないとみたのか、戦闘態勢を整えつつも問い掛ける。
「いきなり切りつけるとは酷いじゃないですか。それに、闇魔法使いとはどういう事ですか?」
「しらばっくれても無駄だ、貴様の魔法は調査した。もっとも、その結果を知った時は耳を疑ったがな」
カイトを警戒する一環として、ホークは彼の魔法の素性も調査していた。
魔法に関する調査故に確認は困難を極めたものの、最近になってようやく尻尾を掴む事に成功し、その結論が闇魔法だった事で、ホークはカイトを排除する方向へと動き出した。
何故なら、闇魔法は人間には使用出来ないとされ、主に魔族を始めとした人間と敵対する種族が使用する魔法だったからだ。
「それで、貴様は何者だ? 魔族か?」
「……そこまで割れているのなら、仕方ありませんね――[ダーク]」
ホークの詰問を受け、カイトは遂に戦闘態勢へと移行する。
闇魔法[ダーク]――低レベルの魔法ながら、辺りを闇で覆い視覚を遮る事で、暗殺などに使用される実用的な魔法――を以て、まずはホークの視野を奪う。
しかし、カイトが続く一手を放とうとした瞬間、強烈な斬撃が彼を切り抜けていき、カイトの身体は半ば両断された。
「馬……鹿……な……。何も……見えない、はず……なのに……」
「舐めるな。この程度でどうにか出来ると思ったか」
ホークの斬撃は完璧にカイトを捉え、術者が斃れた事で暗闇も解除される。
それに合わせて、ホークはカイトの亡骸を一瞥すると、踵を返した。
「ちっ、魔族が組織に紛れ込んでたとは、俺もヤキが回ったな。取返しの付かねえ事になってねえと良いが……」
イーグルとカイトが何処までの背信行為に手を染めていたか現時点では不明であり、それもまた調査が必要になるため、ホークはそう独り言ちつつ、頭痛を堪えるかの様な表情を見せる。
そんな彼に対し、誰もいないはずの背後から声が投げ掛けれらた。
「――死にゆく貴方には無用な心配ですよ。[ダークセイバー]」
「な……に……?」
突如突き抜ける様な激痛を感じ、ホークが咄嗟に自身の身体を見下ろすと、左胸から漆黒の刃が生えていた。
やがて漆黒の刃が消滅した事で、ホークの左胸からはおびただしい量の血が流れ落ちていく。
消えゆく己が命を感じつつも、ホークは混乱する思いをねじ伏せ、最後の力を振り絞って振り返る。
そこには、先ほど手に掛けたはずのカイトが、無傷で平然と佇んでいた。
「カ……イト……、貴、様……」
「やれやれ、貴重な呪符を失ってしまいましたね。まあ命には代えられませんし、やむを得ないでしょう」
カイトは何でもない様にそう告げると、改めてホークへと向き合った。
「では、冥途の土産に教えましょうか。魔族は〈聖域〉の中では力を制限されてしまいましてね、それ故にこの街にいるときは、念のため護身の呪符などを忍ばせておいたのですよ」
カイトが想定外なほど用意周到だった事に気付き、ホークは薄れゆく意識の中、浅はかな自分を呪うと共にカイトを睨みつける。
「特に[身代わりの呪符]はこれ一つしかありませんでしたので、俺としても痛手なのですが……。まあ、この街での活動も最後ですし、構わないでしょう」
最早、ホークの意識は失われつつあったが、それでも目の前の敵に対し最後まで対峙し続ける。
「折角の、処女の魔力持ちが手に入らなかったのは痛手ですが……。そうですね、貴方には我が魔法陣の糧となり、最後まで俺のために働いて貰いましょうか」
カイトが意味の分からない事を喋りながら、自身に伸ばしてきた手を見たのを最後に、ホークの意識は掻き消えた。




