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第47話 悪代官の末路

黒幕たちのその後回です。

 その夜、アルフルスの庁舎は大賑わいとなっていた。

 真夜中ではあったが、併設された拘置所に十数名もの〈ラプターズ・ネスト〉の構成員が収容された事もあり、代官までもが出張る事態となったのだ。


 アルフルスの代官――ギュスターヴは思わぬ状況に苛立ちながらも、先駆けて急ぎ戻った衛兵を迎え、事件に関する情報を得ようとしていた。


「ギュスターヴ様、今夜の事件に関する速報です!」

「分かった。話せ」

「はっ! 本件の概要ですが、勇者ナツキ様の所有する屋敷に、〈ラプターズ・ネスト〉の構成員十数名が強襲を掛けたとの事です」

「…………は?」


 ギュスターヴは、若い衛兵からの報告を聞いて唖然とする。

 この話が事実であれば、それは自殺行為以外の何物でもなく、あの〈ラプターズ・ネスト〉がそんな馬鹿げた暴走をするとは信じられなかった。


 一方で、若い衛兵は必死なのか、ギュスターヴの胸の内などは気にする素振りもなく、与えられた任務を全うしようと報告を続ける。


「偶然にも、勇者ナツキ様は本日不在との事。但し、襲撃者共は女性の魔道士に一人残らず撃退され、そして捕縛されておりました」

「女の魔道士……、巷で魔女を名乗っているという女か?」

「はっ! 恐らく同一人物と推測されます」


 報告を聞いていくと、〈ラプターズ・ネスト〉なりに、勇者のいない隙を突いて何かを成そうとしたという事が分かってきた。


 とは言え、それでも自殺行為に変わりはなく、仮に今夜の強襲が成功裏に終わったとしても、勇者が戻ってきてさえしまえば組織は壊滅させられただろう。

 ()()イーグルがそれを許すとは考えられず、ギュスターヴは疑問に思うものの、巷で噂になりつつあった魔女にまで話が及んだ事で、改めて若い衛兵の報告に耳を傾ける。


 最近になって、アルフルスに現れたという魔女――

 勇者の縁者という噂もあるものの、一切の素性が知れず、実際に魔法を行使した様子も見られない事から、本当に魔女なのかギュスターヴは懐疑的に考えていた。

 その要因としては、ピンセント商会を始めとする関係者が、フミナへの恩義からみだりに話を広めなかったのが大きい。


 それでも、彼が魔女の存在を気に留めていたのは、彼女が神秘的な容姿を持った絶世が付くほどの美少女との噂を聞き及んでいたからだった。

 特に彼の弟のブルータスに至っては、魔女に対してはギュスターヴ以上に執心していた事もあって、ギュスターヴも魔女の話を耳にする事が多かった。


 しかしながら、只今もたらされた情報によると、彼女は本当に魔女だったらしく、〈ラプターズ・ネスト〉の一団を撃退したとの報に驚く。


 但し、この話はまだ序の口であり、続けて特大の爆弾が報告された。


「また、真偽不明ではありますが、〈ラプターズ・ネスト〉がグランツ家を騙った手紙を出したとの話も出ています」

「何!?」


 若い衛兵の報告に、今度こそギュスターヴは愕然とする。

 それは越えてはならない一線を大きく踏み越えた行為であり、イーグルがそんなヘマを犯すとは信じられなかった。


 しかし、この話が真実なら急がねばならない。

 辺境伯の名を騙るのは重罪であり、その信用を大きく傷付ける行為でもある事から、事実なら〈ラプターズ・ネスト〉はあっさりと潰されるだろう。

 その際、奴らとの関係が露呈しなくても、辺境伯の印が〈ラプターズ・ネスト〉の手に落ちていたという事実だけで、ギュスターヴにも累が及ぶのは間違いなかった。


 であるなら、事が露見する前に揉み消すべく、ギュスターヴは拘置所へと足を早めた。




 ギュスターヴが拘置所に着くと、丁度戻って来ていたブルータスを見掛ける。

 今回の騒動に際し、彼は衛兵の責任者として現場に出ていたはずで、その話を聞こうとしたものの、彼は兄の存在に気付かず苛立った様子を見せていた。


「……あの小娘が、ふざけおって。後一歩で、あの魔女を我が手中に収められたものを……」

「何をブツブツ言っておる、ブルータス」


 ギュスターヴが声を掛けると、そこで初めて気付いたのか、ブルータスは正気に戻って返事を返す。


「ああ、兄者か。すまねえ、ちょっと苛ついててな」

「何があったか知らぬが、それは後にしろ。それよりも、火急の事態という事は分かっているな?」

「ああ、()だけ別室に拘留済だ」


 ギュスターヴは弟の回答に頷くと、彼を伴って拘置所の別室へと急ぐ。

 彼らは拘置所別室に入ると、理由を付けて監視の衛兵を全て追い出し、更に内側から鍵を掛ける。

 これで邪魔は入らないし、声が漏れる事もあるまいと考えて、ようやくギュスターヴは一息付くと、今夜の事件の首謀者へと向き合った。


「随分と大それた事をしてくれたものだな、イーグル」

「ギュスターヴ……」


 そこには、一部の拘束が解かれたものの、捕縛されたままのイーグルが狭い牢屋に入れられており、憔悴した表情を見せていた。

 イーグルらしからぬ様子にギュスターヴは疑念を抱くも、危急の確認を済ませるべく問い掛ける。


「事実かどうか答えろ。貴様は勇者の屋敷を襲撃したな? 加えて、辺境伯の印を使って手紙の偽造もしただろう?」


 それに対して、イーグルは目を泳がせた後に頷きを返す。


「……ああ、確かに俺だ。だが、何故俺はそんな事をした……?」


 夢にうなされているかの様なイーグルの様子を見て、ギュスターヴは再度疑念の目を向ける。


 一方で、イーグルは自分のやった事が信じられず、未だ呆然としていた。

 孤児達、特にセルフィが己の手中から零れ落ちた事に激怒したのは事実、それに彼女達を諦め切れなかったのも事実だった。


 だが、それでもこの様な暴挙に手を染める程、自分は愚かだっただろうか?

 たとえ今夜の襲撃が成功していたとしても、その後に待ち構えているのは破滅しか考えられず、一時の激情に流されるにはあまりに大事過ぎた。


 しかし、イーグルの起こした事件は最早揉み消せる大きさではなく、それ故ギュスターヴはその影響を最小限にすべく動く。


「貴様の事情は知らぬ。だが、今回の件が表沙汰になった以上、俺が取る対応も分かっているな?」


 そう言って剣を抜いたギュスターヴに対し、イーグルは正気を取り戻すと、彼を睨みつけた。


「てめえ……。面倒な要求に応じて女や少女(ガキ)を手配したり、裏金作りに協力したのは誰だと……!」

「それは貴様にも見返りがあったろう? 下手を打った以上、貴様との関係はここまでだ」


 そう言って、イーグルを始末しようとギュスターヴが動いた時、その後ろから落ち着いた声が響いた。


「――成程。その話、私にも詳しくお聞かせ願えますかな?」


 突然の乱入者に、全員の視点がそちらを向く。

 そこには、長剣を携えた初老の執事が一人佇んでいた。


 鍵を壊した様子も無い事から、ギュスターヴ達は彼がどの様にこの部屋に侵入したのかが分からず、戸惑いが生まれる。

 それでも、すぐに招かざる客と判断したのか、ブルータスは罵声を浴びせながらその執事に襲い掛かったものの、強烈な打撃をこめかみに受けて昏倒した。


「やれやれ。弟君の教育がなっていませんね、ギュスターヴ殿」

「貴様、スペイサー・ブリクジル……!」


 ブルータスを伸した後に、ギュスターヴに皮肉を返したスペイサーに対し、ギュスターヴは憎悪の視線を向ける。

 たかがグランツ家の執事如きがとは思うものの、先ほどの話を聞かれたとなると、非常に不味い事態になる。


 それ故、ギュスターヴは急ぎ今夜の事件の主犯の口を封じるべく動いた。


「……弟は後で教育するとしよう。今は事件の終結を急ぎたいのでな!」


 ギュスターヴはそう言うと、剣をイーグルへと振り下ろす。

 しかし、その右手はやけに軽く、またイーグルも無傷のまま唖然とした顔を晒していた。


 そう気付いた時には、ギュスターヴの右手は手首から先が無くなっていた。


「ぐ、がああーー!!」

「困りますな、ギュスターヴ殿。彼は重要参考人ですぞ」


 スペイサーは何でもない様にそう話すと、再度見えない剣閃で刃に付いた血糊を払う。

 対するギュスターヴは、激痛に顔を歪めつつも、スペイサーを睨みつけた。


「貴様、こんな事をしてただで済むと思っているのか……!」

「ええ。これが我が主の望みですので」


 お茶でも淹れているかの様な穏やかなスペイサーの言葉を聞き、ギュスターヴは背筋が凍りつく様な感覚に襲われる。


「貴方はやり過ぎたのですよ、ギュスターヴ。些事なら見逃しますが、グランツ家の印を悪用したとあっては、最早見過ごす事は出来ぬとの事です」

「そうか、貴様こそがグランツ家の懐刀……! クソが!」


 その罵声を最後に、ギュスターヴの意識は黒く塗り潰された。


 スペイサーは今度はイーグルへと向き合うと、やはり穏やかな雰囲気のまま宣告する。


「では、残った貴方には、今回の事件について語って頂きましょうか。時間は十分にありますので、遠慮はなさらぬ様お願いします」


 今夜の騒動はまだ終幕が見えない――

初老の執事って強キャラ率が高いですよね。

いやらしいちょっかいを掛けてきた敵達は、ここでほとんどが退場となります。

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