第45話 魔女の尋問
月夜の下、まだ震える足で膝立ちの態勢を作り、イーグルは隠し持っていた銃器の魔道具で魔女を撃ち抜いた。
「はっはー! ざまあみやがれ、女ぁー! 俺達、〈ラプターズ・ネスト〉を敵に回した事、地獄で後悔しな!」
イーグルは人を撃ち抜いた余韻で、極度の興奮状態になりながらそう叫ぶ。
魔女の放った電撃の効果が残り、未だ身体はまともに動かないものの、予め装着しておいた魔法防御に優れた装備のお陰で、彼は一早く回復していた。
ファルコンが魔女を追い詰めた様に見えた時は、そのまま倒してくれれば後腐れがないと思ったものの、結果として魔女に大きな隙を作った事は評価しても良いだろうと、彼は上機嫌になりつつ思い返す。
「しかし、勿体なくはあったな。あれだけの上玉は中々いねえ。ま、大人しく飼うには危険過ぎたし、やむは得ねえか」
イーグルはそう独り言ちると、何とか立ち上がり、手足の状態を確かめる。
まだ痺れは残っているものの、この分ならすぐに回復するだろう。
そう楽観していたところに、銃器で撃ち抜いた先から、鈴を転がすような美しい声が聞こえてきた。
「捕縛しなさい――[アースバインド]」
その瞬間、イーグルの足元の植物が長く伸び、イーグルの身体に巻き付くと、そのまま彼を地面へと縫い付ける。
「な……、どうなってやがる!? 動きが取れねえ……」
よく見ると、他の構成員達もイーグルと同様に地面に固定される形で縛られており、今度こそ〈ラプターズ・ネスト〉は戦闘不能へと追い込まれた。
「先程は驚きましたので、念のため、おイタが出来ない様にさせて頂きました」
再度、玲瓏たる澄んだ声が聞こえた事で、イーグルは恐る恐るそちらを向く。
そこには、無傷の魔女がその美しいかんばせに冷徹な表情を湛えて、イーグルを見下ろしていた。
その非日常的な美しさに、イーグルはえも言われぬ恐怖を感じ震える。
尚も魔女はイーグルに近付くと、落ちた銃器を手に拾って呟いた。
「なるほど……。この世界にも銃器はあるんですね」
「何を言ってやがる? いや、何故てめえは無傷でいられる!? 間違いなく直撃したはずだ!」
吠えるイーグルに対し、魔女は溜息をつくと、出来の悪い生徒に説明するように語り出した。
「最初に言ったはずですが? ここは魔女の陣だと。逆に聞きましょうか。どうしてあなた達は、魔女の陣の中で魔女を害せると考えたのですか?」
呆れた様に語る魔女に対し怒りが込み上げるも、その冷徹な眼差しを前にすると反論するのは憚られた。
しかし、魔女――フミナはイーグルにまだ用があるのか、話を続ける。
「まあ良いです。あなたに全てを喋って貰えれば、このトラブルも解決するでしょうし」
「な……、俺が喋ると思うのか! 舐めるなよ!」
「喋りますよ。あなたが魔女の自白魔法に抗えるとは思いませんから」
フミナはそう言うと、イーグルに対し自白の効果のある魔法を掛けていく。
イーグルは最初こそ魔法の効果に抗ったものの、やがて術中に落ちると素直に語り始めた。
◆ ◆ ◆
「では、まずあなたの名前を教えて下さい」
「俺……はイーグル。〈ラプターズ・ネスト〉のナンバー2だ……」
目の前の背の高い痩せぎすな男に、自白魔法を掛けて問い掛けたところ、その意外な回答に驚く。
〈ラプターズ・ネスト〉はこの街のマフィアの名前だったはずで、それ自体は予想通りだけれど、まさか実行犯にナンバー2が混じっているとは思わなかった。
とは言え、ここから辿る事で敵を容易に一網打尽に出来る可能性も出てきたから、わたしは必要な質問を続ける。
「続いての質問です。セルフィ達を捕えようとしたのは何故ですか」
「孤児の女は……後ろ盾も無えし、飼うには色々と都合が良い。ましてや、あれだけ容姿に恵まれた孤児は滅多にいねえ……。知ってるか? 花ってのは、咲き始めでまっさらな、誰にも触れられる前が一番美味いんだぜ」
「……この、屑が」
要らない事まで喋り出したイーグルに対し、思わず手を上げかけるも、何とか踏み止まって吐き捨てる。
こいつ等が屑なのは分かり切った事なので、これから先の犠牲者を出さない様、仲間の尻尾も掴む様に尋問していく。
「質問を変えます。あなたの協力者を教えなさい」
「……この街の代官と、孤児院の院長だ。奴らも俺と同じ趣味を持ってやがるが、職業柄大っぴらには出来なくてな、俺が孤児の女を宛がう事で上手く回っていたという訳だ……」
すると、想定外に大物の名前が出てきて、わたしは驚く。
孤児院の院長は、以前にセルフィが言葉を濁した事への答え合わせという感じだけど、街の代官までマフィアの仲間となると厄介な事になる。
その権力をもってしても、マフィア共を無罪放免とまでは出来ないかもしれないけど、逆に蜥蜴の尻尾切りをする可能性も十分考えられるから、共犯者全員を裁くのは難しいかもしれない。
その後も、わたしは少しずつ質問をしていったけど、〈ラプターズ・ネスト〉としてはむしろセルフィ達から手を引こうとしていたらしく、焦ったイーグルが独断で動いたという話には驚いた。
厄介な情報もあったけど、それが事実なら、セルフィ達の安全は確保出来るかもしれない。
やがて、自白魔法を少々長く掛け過ぎたのか、イーグルに限界の兆候が見られたので、わたしは最後の質問を行う。
「では最後に。あの巨漢――ファルコンでしたか、を洗脳した術士を答えなさい」
「〈ラプターズ・ネスト〉の魔法顧問だ……。俺の部下で、名前はカイ――、ぐ……、があ!!」
それに答え始めた途端、イーグルは遂に限界を迎えたのか、白目を剥いてそのまま倒れる。
知りたい情報は大体喋って貰ったけど、術者の名前を言い切れなかったところを見ると、術者に制約を掛けられていた可能性もあるかもしれない。
そう考えると、まだ〈ラプターズ・ネスト〉の魔法使いが残っている以上、脅威が無くなったとみるには時期尚早と考えた方が良さそうだ。
とは言え、共犯の代官や孤児院の院長は直接的な行動に出る可能性は低いと思われるから、〈ラプターズ・ネスト〉の魔法使いさえ抑えてしまえば、このトラブルは解決出来るだろう。
遠くから衛兵の声が聞こえてきたのを感じつつ、わたしはそう考えをまとめた。
フミナの敷いた防護結界は強力で、並の銃器程度では貫通出来ません。
〈ラプターズ・ネスト〉は、襲撃がバレた時点で完全な負け戦になっています。




