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第43話 那月の想い(那月視点)

那月視点です。

 小走りで平原を駆け抜ける事一日、ようやく領都バルタットが見えてきた。

 早朝に出発したはずなのに、日が落ち始める時間まで掛かるなんて遠過ぎでしょう! とプリプリしつつ、フミナに貰ったポーションを一本飲み干す。


「……ふう。しっかしコレ、物凄い効果だよね。あ、それと[清浄]っと」


 ポーションを飲むとすぐに、失ったはずの体力が回復するのを感じる。

 合わせて[清浄]も掛けて、一応の身だしなみを整えておく。


 正直なところ、このポーションの効果は普通の物とは一線を画すものだ。

 というよりも、この国の王宮にさえこのレベルの物は存在しないだろう。

 それほどの品質のものをポンポンと作り、気にもせず何本も渡してくるあたり、私の相棒は色々とズレていると思う。


 それは、あの子が異世界からの来訪者だからやむを得ない面もあるのだけど、今のままでは遠からず目立ってしまうだろう。

 実際のところ、フミナの魔法はこの国でも最高峰と言えるレベルなのは間違いない。

 それだけでなく、あの子は容姿もまた無二と言えるレベルのものだし、そう考えると目立つなと言う方が無理なのかもしれない。


 一方で、その神秘的とも言える程の容姿の割に、やけに無防備なところがあるのだから始末に負えない。本人はかなり貞操観念が高い感じなのに何故だろう……。

 そう言えば、あの子は髪も凄く綺麗な黒髪だし、良い匂いまでするんだよね。

 洗髪剤も一緒のはずなのに、いったい私と何が違うんだろう……、と思考が脱線し掛けた事に気付いて、頭の中を切り替える。


 恐らく、日本はそれだけ安全なところで、だからこそフミナも優しい良い子だし、ガードが甘い面もあるのだろう。

 お母さんの生まれ故郷にそう思いを馳せつつ、続いてフミナとのこれからについて考えていく。


 この世界は決して優しくないし、遠からずあの子にも悪意は降り掛かるだろう。

 そうなった時、私はフミナを守り切れるだろうか――、そう考えると、辺境伯への挨拶も悪いことばかりでは無いのかもしれない。

 もっとも、辺境伯への説明を不味ると、鬼が出るか蛇が出るかという事態になりかねないのだけれど……。


 そんな事を考えつつ、まずは顔パス(服装パス?)で街門を通る。

 陛下が勇者の称号は残すと言った時はうんざりした気持ちだったけど、実際のところ勇者という特権はとても大きく、今は有難いと思う。


 私は、そのままノンストップで領主の城まで辿り着く。

 王城には劣るけど、ほとんど一国の城といって良い程の外観で、グランツ辺境伯の持つ力を示している様に感じられた。

 今度は顔パスという訳にはいかないから、城門を守っている門番へと近付いていく。


「ん? その服装、特務騎士殿ですか?」

「ちょっと良いかな? 『勇者ナツキが挨拶に来ました』って伝えて貰える?」

「勇者殿ですか!? しばしお待ちを!」


 若い門番は私の言葉を聞くと、急ぎ城内へと駆けて行く。

 彼が急いだ効果か、さほど間を置かず、彼と入れ替わる様に初老の執事が顔を出した。


「勇者ナツキ様で宜しいでしょうか。私はグランツ家に仕える執事でスペイサーと申します」

「うん。ナツキだよ、よろしく! それで、グランツ辺境伯に挨拶に来たんだけど、会う事は可能かな?」

「主も今すぐお会いするのは難しく、宜しければ夕食会を開かせて頂ければと思いますが、ナツキ様のご予定は如何でしょうか」


 さっさと挨拶して帰れればベストだったけど、どうやら辺境伯は所要があるらしい。

 夕食会と聞いて、一番面倒なパターンを引いてしまったと感じ、それって断れるもんなの? 等と思いつつも、私はおくびにも出さず了承の旨を告げる。

 その後、スペイサーさんは私に控室と侍女を用意して、仕事へと戻っていった。


 侍女さんから、ドレスを貸し出すとの話も出たけど、それは固辞させて貰う。

 貴族が相手だと、この辺が面倒なんだよね……。




 やがて日も落ちてきた頃、部屋の外が慌ただしくなる。

 どうやら、辺境伯は今日は外出していたらしく、今戻った様だ。

 そう推測していると、扉がノックされ、スペイサーさんを伴って辺境伯が部屋へと入って来た。


「勇者ナツキの来訪を歓迎しよう。会うのは王宮以来か?」

「ご無沙汰しております、グランツ辺境伯。閣下におかれましては……」

「そう言う挨拶は不要だ。其方も苦手だろう」


 知らない顔では無いからか、想定より柔軟な対応にまずはほっとする。

 一方で、辺境伯は意外そうな顔になると、気になる事を語り出した。


「しかし、急な訪問で驚いたぞ。何か心境の変化でもあったか?」

「閣下がそれを言う? こんな手紙を出されたら、来るしかないでしょ!?」


 私はそう言うと、辺境伯に呼び出しの手紙を突き返す。

 すると、辺境伯は驚いた顔になって、しばらく手紙を確認したかと思うと、改めて私へと向き直った。


「確かに当家の印だが、これは違うな」

「……どういう事?」

「スペイサー、何か見本を持て。……見よ。当家の印は、最後に目を針で突く様にしている。万が一、印が不行き届き者の手に落ちた時の対策としてな」


 辺境伯の言う通り、見本の印を見ると、鳥を模した箇所の目の部分が針で突かれてあった。一方で、私の持っている物はただ印がされてあるだけ――。


 そう気付いた瞬間、頭の中に警鐘が鳴り響く。

 大貴族の手紙を騙るなんてまさかと思ったけど、これは私をアルフルスから引き離す策だった訳で、このままだとフミナ達が危ない!


「……閣下、折角の機会を頂戴したところ恐縮ですが、今回の夕食会は辞退させて頂きたく存じます」

「ああ、分かった。一応聞くが、当家の者の手は必要か?」

「いいえ、不要でございます。私は急ぎアルフルスまで戻ろうと思いますので、それでは失礼致します」


 そこまで話すと、礼もそこそこに、私は辺境伯の城を辞する。

 既に敵の術中に落ちた状況の中、私は皆の無事を祈りながら、最速で帰るべく帰路を駆け出した。

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