第41話 辺境伯の呼び出し
翌朝の朝食を終えた頃、屋敷の呼び鈴が鳴る。
モニカさんが出てみると、那月さん宛の郵便配達だったらしく、この世界にも郵便配達の仕組みがある事に感心してしまった。
那月さんはモニカさんから手紙を渡された途端、嫌そうな表情で溜息を付き、その様子をモニカさんが珍しくジト目で観察している。
「……どうしたんですか?」
「ああ、うん。遂に来ちゃったか……って、ちょっと憂鬱になってた」
那月さんはそう言うと、わたしの胸元に顔を埋める形で軽く抱き着いて来る。
その妙なほど弱った様子に驚いていると、モニカさんがジト目のまま那月さんに忠告を告げた。
「ナツキ様、早めに文を認めた方が良いと申し上げます。辺境伯からの手紙を放置するのは、後に禍根を残す事になるかと」
「分かったから、その口調は止めて。モニカに事務的にされると心にくるから」
辺境伯からの手紙と聞き、わたしは驚く。
確か相当な高位貴族のはずで、モニカさんが厳しい態度になるのもやむを得ないと思う。
また、わたしに引っ付いたままの那月さんを見るとピンと来ないけど、この国の〈勇者〉の位置付けの一端が垣間見えたのかもしれない。
モニカさんの叱責が効いたのか、那月さんは意を決した様に手紙に目を通す。
やがて全てを読み終えて、手紙をモニカさんに返してから、那月さんは再度溜息を付いた。
「どんな内容だったんですか?」
「あー、その、ね。グランツ辺境伯がさ、そろそろ挨拶に来たらって……」
「……ここに来る前に、挨拶して来なかったんですか?」
わたしが思わずそう漏らすと、那月さんは再度わたしの胸元に顔を埋めてくる。
そんな様子の那月さんを見て、モニカさんは冷え冷えする声音で那月さんに問い掛けた。
「ナツキ様。グランツ辺境伯に未だ挨拶をしていないんですね」
その言葉を聞いた途端、那月さんは飛び上がって、モニカさんに弁明する。
「いや、その、さ。当初はここに定住するとは決めてなかったし。フミナと会ってからは毎日が忙しかったし。気がついたら……って感じ?」
「勇者ともあろう人が何をしているんですか。貴方とて爵位を持つ身でしょうに、礼を失してはいけないとあれほど……」
その後もモニカさんの説教は続き、那月さんは小さくなって聞いていた。
こういうのを見ると、二人の関係は主従というよりも姉妹に近い様に思う。
やがて、説教も一段落したのか、モニカさんは表情を普段通りに戻すと、那月さんに問い掛けて確認する。
「それで、いつ行かれますー? 早いに越した事は無いと思いますが」
「それなんだけど、いま私がここを離れるのは不味くない? セルフィ達の護衛がいないっしょ?」
那月さんの心配はもっともだけど、わたしでも代理は出来ると思うので、提案してみる事にした。
「那月さんが不在の間は、わたしが代理をしましょうか?」
「それはダメ。フミナにはフミナの仕事があるでしょ。それに、必要なのは〈勇者〉という肩書。手を出す事自体を躊躇わせるのが大事だからさ」
ところが、その申し出は那月さんにキッパリと却下される。
事実として、那月さんの存在こそが抑止力となっている面が大きいと思われるから、確かにわたしだと危うい面があるのかもしれない。
それに、魔法薬の開発も進める必要があるので、その点でもわたしの手を割くのは良くないという判断になった。
結局、その後の話し合いで、那月さんは明日明後日の二日間で辺境伯に挨拶をして帰って来る事で落ち着く。
領都までは、本来なら片道だけで二日掛かるらしいけど、そこは勇者の身体能力で突っ切って短縮するらしい。
また、その間は子ども達も商会の研修を休む様にして、わたしとモニカさんも屋敷と店舗の敷地からは出ない事にする。
ちょっと過剰反応にも思えるけど、色々と危険なこの世界では、備えるに越したことはないという事かもしれなかった。
そう決まると、その日のうちに那月さん不在時の準備を各々が進めていく。
セルフィ達はピンセント商会に2日間の休暇を貰う事になり、モニカさんは多めに食料などの日用品を買い込んでくる。
わたしの方でも、屋敷と店舗の敷地の防護結界構築を急ぎ、念のため工房にも同様の結界を施していった。
こうして急ピッチで準備は進み、瞬く間に那月さんの出発を迎える事になった。




