第40話 謀略
アルフルスのスラム街に聳える〈ラプターズ・ネスト〉本拠地――
その中でも特に悪趣味なほど豪奢な部屋の中で、イーグルとカイトは何やら密談を交わしていた。
しかし、その内容が思わしくないのか、やがてイーグルは苛立ちを隠さなくなり、最後には憤怒の表情で怒鳴り上げた。
「クソが! どうなってやがる!? 〈ラプターズ・ネスト〉がコケにされたってのに、どいつもこいつも腰抜けどもが……!!」
一方で、その傍らで状況報告を続けていた若者――カイトは、イーグルに悟られぬように嘆息すると、彼を宥めに掛かる。
「今回は事が事ですからね。ホークも本気で組織を引き締めていますし、勇者は少女達から目を離さない、挙句に我々としては商会にも手を出せません。正直なところ、八方塞がりかと」
カイトの分析を聞き、イーグルは舌打ちの後に酒を呷り、それでも気分が晴れないのか、グラスを壁に投げつけて叩き割る。
まず最初の誤算は、ホークが本気で組織を引き締めた事だった。
イーグルも直属の私兵を持ってはいるものの、〈ラプターズ・ネスト〉内からそれ以上の動員は出来ないとなると、人手不足の感は否めない。
第二の誤算は、勇者が本気で少女達の護衛をし続けている事だった。
見目こそ優れているものの、たかが孤児の少女なだけに、勇者がここまで本腰を入れるのは想定外で、ちょっかいを掛ける隙すら見当たらない。
また、少女達も躾が行き届いているのか、勇者の目の届かないところへはぐれる事は無く、仕掛ける機会が見出せなかった。
それだけでなく、彼女らを雇ったのがピンセント商会というのも、イーグルからすると非常に頭の痛い問題だった。
相手が木っ端商人ならそちらを脅す手もあるが、ピンセント商会はアルフルスを代表する商会の一つ。
それに手を出してしまうと、今度はアルフルスの代官が黙っていないだろう。
〈ラプターズ・ネスト〉が我が物顔で活動出来ているのは、アルフルスの代官を抱え込んでいるのが大きな要因――これはイーグルの功績――だが、新進気鋭の商会に手を出してしまうと、彼との協調関係は崩れるに違いない。
というよりも、そうなればグランツ辺境伯にまで知られる事態となる可能性が高く、代官ごと〈ラプターズ・ネスト〉が消される、というのが正しいか。
しかしながら、イーグルはセルフィ達を諦める気は全く無かった。
これにはイーグルの趣向が大きく絡んでおり、彼はセルフィ位の年頃の少女を嬲るのを至上の悦びとしていた。
特にセルフィは、彼も中々覚えがない程の美少女であり、他の4人も十分な美形とあって、諦めるには獲物が大き過ぎたのだ。
それ故か、彼は危うい表情になりながら、カイトに対し献策を要求する。
「カイト、策は出せるか? この際、後で辻褄が合やあ何でも良い! 兎に角、ガキ共を手中に収める事を優先しろ!」
「そうですね……、貴方の要求をクリアするには、どうしようもなく大きな障害が存在する。逆に言えば、それを排除出来れば何とでもなるでしょう。であるなら、勇者を引き離す策が一つ。加えて、実行部隊の強化もしておきたいですね」
「……出来るのか?」
「綱渡りにはなりますが、この様な案は如何でしょうか」
そうして出された案は、綱渡りどころかむしろ進んで飛び降りると言わんばかりのもので、イーグルすら驚愕させる内容だった。
しかし、理性を欲望が上回ったのか、やがてイーグルはカイトの策を認めると、ホークの横槍が入る前にと動き出した。
◆ ◆ ◆
「呼んだか? イーグル」
「ああ、ファルコン。まずは座りな」
イーグルとカイトの密談の後、今度はファルコンがイーグルの部屋に呼び出されていた。
ファルコンはイーグルを警戒しながら、部屋の中の甘ったるい臭いに顔をしかめつつも、イーグルが勧めた通り席に座る。
「さて、来て貰ったのは他でもねえ。勇者について話そうと思ってな」
「……先に言っておくが、ホークに背く様な話なら帰らせて貰うぞ」
「そうじゃねえさ。勇者に関する情報の共有はアリだろう?」
先の会議の時とは逆に、妙ににこやかなイーグルを見て、ファルコンは警戒を強める。
とは言うものの、勇者の情報共有自体は理に適っており、またファルコン自身も興味を惹かれた事もあって、イーグルの話に乗る事にした。
実際に、それからはお互いの勇者に関する知識をすり合わせるだけの会話に終始し、想定外なほど和やかに話し合いは進む。
やがて、ファルコンが警戒を緩めた頃、イーグルはファルコンを術策に嵌めるべく、話題を誘導し始めた。
「しかし、確かめれば確かめるほど、勇者ってのは化物だって思いが強くなるな。それでもお前は、状況が許すなら勇者との戦闘を願うのか?」
「ああ。強き者との闘争は心躍る」
「たとえ負け戦であってもか?」
「勇者であっても、負けるつもりはない」
「……ほう。なら、勝つつもりという訳か」
「当然だ。戦うからには全力を尽くし、そして勝つ。それは相手が勇者であっても変わらない」
そこまで問答を繰り返すと、イーグルはニヤリと嗤う。
それを見て、ファルコンは訝しげな表情になったが、突然強い頭痛に苛まれ、身動きが取れなくなった。
「さて、十分に術が効いてきたようだな。カイト、出てきな」
イーグルがそう言うと、暗幕の裏からカイトが姿を現す。
それを見て、ファルコンは抵抗しようとしたものの、既にその意思は半ば失われつつあった。
「イー……グル、カ……イト、貴……様ら……」
「ここまで効けば問題ありません。ファルコン、勇者と戦いたいという君の望み、俺達が叶えてあげましょう」
カイトがそう語ると、ファルコンは遂に限界が訪れたのかその場に崩れ落ちた。
その様子を見て、イーグルは感心して告げる。
「しかし、大したものだ。こうもあっさりと洗脳出来るとはな。流石は魔道士の端くれという事か」
「いえ。実際のところは、お香に魔法陣、そして本人の闘争の意思を利用してようやく、というところですね。大した力を持たなかった俺を取り立て、そして最大限に活用してくれる貴方には頭が上がりませんよ」
カイトのおべっかとも取れる言葉だったが、第一の策が上手く行った事もあり、イーグルは上機嫌に頷く。
「次は勇者を引き離す策だな。この俺をコケにした落とし前は、キッチリ付けて貰うぜ!」
イーグルはそう宣言すると、危険を孕む二つ目の策を実行に移していく。
猛禽達は雌伏の時を終え、抗争の炎は燃え上がる気配を見せつつあった。




