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第39話 魔女の工房にリフォームしよう!

 セルフィ達がピンセント商会に採用されてから数日が経ち、わたし達は慌ただしくも充実した日々を過ごしていた。


 セルフィ達の商会での研修はつつがなく進んでいる様で、それは帰宅した時の彼女達の表情からも伺えた。

 また、那月さんは子ども達の引率兼護衛として一緒に商会に通っているけれど、今のところ大きなトラブルの気配は無いらしい。

 まだ安心できる段階ではないけれど、マフィアの魔手も今のところは鳴りを潜めていると考えて良い様だ。


 一方で、わたしの方は工房となる建物の模様替えに精を出していた。

 工房が完成しない事には、魔道具や魔法薬、それと新ブランドの目玉商品といったアイテムの開発も出来ないので、いの一番に急ぐ必要がある。


 またそれと並行して、那月さんの屋敷と新店舗との両方の敷地に対して、防衛機構の構築も進めていた。

 マフィアが襲撃してくる可能性は0じゃないし、屋敷の住人も女性ばかりなので、これも急ぐに越した事はないだろう。


 結界の魔法陣は、地脈の魔力を利用する事で半ば永続的な稼働を可能にしているけど、自然の力を利用するだけに色々と注意する必要がある。

 例えば、わたしが本気になれば複雑で強力な魔法陣を築く事も出来るけど、それは魔法陣に綻びが生じた途端、簡単に瓦解するリスクも孕んでしまう。

 このため、防衛機構としては最小限かつ単純な機能に留め、むしろ魔法陣の維持や冗長性に重きを置くのが正解になるだろう。


 その様に思考を巡らしながら敷地を歩いていると、大工さん達の姿が目に入る。

 彼らには、工房の水回りの整備を手伝って貰った一方で、わたしの方も土魔法で店舗の基礎まわりを手伝ったり、怪我をした人にポーションを分けたりしていて、彼らとも大分馴染んてきていた。


「おはようございます。今日も早いですね」

「おう、魔女の嬢ちゃんも早いな! 昨日は土魔法、助かったぜ!」

「いえ、こちらこそ工房のお手伝い、ありがとうございました」

「良いって事よ。というか、それが俺達の仕事だしな」


 まずは、今日の作業の準備をしていた棟梁さんと挨拶を交わす。

 最初にわたしが敷地に立ち入った日は、彼にも胡乱げな表情を向けられたけど、今は大分信頼を得られたと思う。


「しっかし、まだ若えのに嬢ちゃんの土魔法はすげえな! ウチの工房にスカウトしたい位だぜ!」

「その、一応、わたしは所属が決まっていますので……」

「ピンセント商会の魔法顧問だっけか? やっぱ、嬢ちゃんみたいな娘は周りがほっとかねえよな。魔法の腕前に加えて、これだけのべっぴんさんだしよ!」


 そう言って豪快にガハハと笑う棟梁さんに対し、わたしは困った顔で微笑みを返す。元々の性格のせいか、それとも女性になって日が浅いからなのか、こういった冗談への返しが上手く出来ないので、とりあえずは笑って誤魔化した形だ。

 それから、工房の改築に必要な資材を分けて貰い、早速作業を進める事にした。




 その後も工房のリフォームは順調に進み、キリの良いところで休憩にする。

 当初考えていた以上に土魔法が役に立ち、要所では大工さんの手を借りているものの、基本的にはわたしの魔法でどんどん出来上がってきた感じだ。

 この分だと、大まかなところは今日中に完成するかもしれない。


 丁度、大工さん達も休憩にするらしく、それとなく雑談に興じる事になった。


「嬢ちゃん、昨日はポーションありがとな。あっという間に怪我が治ったのはびびったけど、すぐに働けて助かったぜ」

「怪我が治って良かったです。でも、今後は気を付けて下さいね」


 調子の良い大工さんに釘を差しつつ、そう答えを返す。

 昨日、結構派手な怪我をしていたので、わたしからポーションを提供したのだけれど、その効能を見て大工さんはみんな驚いていた。


 どうやら、普通のポーションはここまで効き目は高くないらしく、わたしの作ったポーションはハイポーション並の効果があったらしい。

 聖女と呼ばれる可能性を避ける意図で、光魔法ではなくポーション提供を選んだけど、思わぬ事実が明らかになった時はわたしも驚いた。


 わたしがそう思い返していると、大工さん達の話題は各々の家族の話へと移り変わっていた。


「そういや、ポーションと言えばよ、ウチの嫁が『肌の調子が悪いから使う』と言い出した時は喧嘩になったな。まあ、結局は嫁に使われちまったんだがな」

「おいおい、結構な高級品だぜ? 贅沢だな」

「何でも、『美しくありたいと願うのは女性として当たり前』とか言われちまってな、俺も嫁が綺麗になるなら……って、んな訳ねーのにな」


 そこまで話が進むと、周りからは笑い声と共に、夫婦仲を揶揄する野次も飛ぶ。

 それでも、他の人も似た様な経験があるのか、今度は比較的年配の大工さんが同じ様に語り出した。


「俺んところは娘だな。何でも、出来物が出来たとかで、ポーションを勝手に使って駄目にしたときは、流石にきつく怒ったぜ」

「ああ~、蓋を閉めなかったんだな」

「おうよ。俺より先に女房が気付いて、そりゃ大目玉だぜ。せめて、すぐに閉めりゃ、少しは保つんだがな……」


 今度の話に対しては、周りの笑い声の他に、『娘さんを紹介しろ~』という割と切実な声が飛んでいた。


 そんな話を聞いていたせいか、わたしも日本の家族や友達の事を思い返す。

 最早、再開する事は叶わないと分かってはいるけれど、皆の話を聞くうちに、思わず懐かしんでしまったのは仕方が無いと思う。

 但し、そう感傷的な思いに浸っていたのも束の間で、日本での生活と先の彼らの話題とから目玉商品になり得るヒントを思い立ち、わたしは咄嗟に思考を巡らせ始めた。


 魔法がある世界だからか、魔法関係で何でも解決しがちなきらいがあると思っていたけど、実際には魔法が使える人は限られるし、魔法薬も値が張るから、気軽に使えるものではないらしい。

 貴族や金持ちなら無縁の問題かもしれないけど、普通の人達からすると、美容一つとっても現代日本の様にはいかない様だった。

 でも、だからこそ、そこに目玉商品のネタがありそうに思う。


 そんな具合に、思考の海に沈んでいたわたしを見て、近くにいた棟梁さんが声を掛けてくる。


「すまんな。魔女の嬢ちゃんには退屈な話だったか」

「いえ。むしろ、とても参考になりましたし、助かりました」

「……そういうものか?」


 目玉商品のネタが得られた事で素直にそう返したのだけど、物思いに耽り過ぎていたせいで心配されたのか、棟梁さんは微妙な表情になっていた。

 その後は、それなりに休憩時間が経っていた事もあり、棟梁さんは気を取り直すと、手を叩いて号令をかける。


「さて、世間話はこん位にして、休憩は終わりにすっぞ」

「おうよ! ……って、そういや嬢ちゃんには無縁の話ばかりですまんな」

「まあ、嬢ちゃんは容姿の悩みとは無縁そうだしな」

「嬢ちゃんを見ると、目の保養になるし、毎日の士気も上がるってもんよ」

「おめーら、いつまでも喋ってねえで持ち場に着け! 仕事を再開すっぞ!」


 なおも調子の良い事を喋っていた大工さん達も、棟梁さんがどやしつけたの機にテキパキと仕事へ戻っていく。

 一人残されたわたしは、自身の容姿を揶揄された事に釈然としない思いもあったものの、気を取り直して工房へ向かう事にした。




 やがて夕方に差し掛かる頃、工房も大まかには完成まで漕ぎ着ける事が出来た。

 元々が離れの建屋という事もあるのか、当初は水回りが弱かったけど、そこは大工さんにも協力して貰い、上手く増設出来たと思う。

 魔法薬を作る作業はどうしても薬関係の臭いが付いてしまうから、シャワールームは必須だと思っていたし、そもそも魔法薬の生成に水を使うので、これでようやく一安心という感じだ。


 また、臭い対策で言えば、工房の周りの木々を利用して、防臭結界も完成する事が出来た。

 一応、工房の中にも同様の措置を施す予定だけど、外にも結界を用意しないと工房の窓も開けられないから、これはこれで必要な措置になる。


 一通りの作業を終えて背伸びをしていると、大工さん達も今日の作業を終えたのか、帰り支度をし始めていた。


「お疲れ様です。皆さんも今日はおしまいですか?」

「おう、嬢ちゃんももう終わりか? 俺達も今日は店じまいにするところだ」


 そのまま何気なく棟梁さんと談笑していると、わたしより少し年上くらいの、若い大工さんが近付いてくる。


「どうした? 何かあったか」

「違います。……その、フミナさんに用がありまして」

「わたし……ですか?」


 あまり面識の無い人なのでちょっと驚いたけど、何だろう?

 そのせいか、向こうもちょっと緊張している様に見える。


「その……、フミナさん! 一緒に夕食に行きませんか」

「えっと、すみません。夕食は家族と一緒に摂る事にしているんです」


 突然の誘いだったけど、夕食はモニカさんが用意してくれているし、那月さんやセルフィ達と一緒に過ごす時間でもあるので、その旨を伝えて断る。

 大工さんの打ち上げに混ぜて貰うのも面白そうではあるけれど、今は彼女達との時間を大切にしたかった。


 そう思っていると、若い大工さんはがっくりと崩れ落ちる。

 それと同時に、周りからは笑いが巻き起こったので、わたしは目を白黒させた。

 どうやら、周りの大工さん達の茶々を聞いていると、皆との打ち上げという訳ではなくて、彼はわたしをデートに誘おうとしていたらしい。


 いずれにしても断るのは確定事項だったけど、若い大工さんの様子に困った顔をしていると、棟梁さんがフォローに入った。


「……まあ、嬢ちゃんは気にしないでくれ。コイツは適当に慰めとくわ」

「えーっと、お願いします」


 そのうちに、若い大工さんの残念会が催される事になったらしく、彼は同僚に助け起こされると、両脇を抱えられて連れて行かれてしまう。

 その手際の良さに感心していると、棟梁さんが優しい顔で話し掛けてきた。


「嬢ちゃんは家族が好きなんだな」

「そう、ですね?」


 棟梁さんの意図が分からず、疑問形で返してしまったけれど、棟梁さんは意に介さず続ける。


「昼間は寂しそうな顔をしていたから心配になったが、さっきの表情を見るに杞憂だったな」

「わたし、どんな顔をしていましたか?」

「優しい良い顔だったぞ。大切な家族なんだろ? 大事にな」


 想定外の内容に、わたしは棟梁さんの話をぽかんとして聞いていた。

 まず、昼間の寂しそうだという表情は、日本を思い返していた時の事かもしれないと、何となく推測が付く。


 一方で、那月さん達の事を思い起こしていた時に、優しい良い顔をしていたという指摘を受けて、只々わたしは驚いていた。

 危険な異世界を生き抜くため、必死だった思いしか無かったけど、気が付けば、わたしは彼女達を『家族』と認識していたらしい。


 その事にまず驚いたけど、よくよく振り返ってみると、わたし達の在り方は確かに家族と呼んで良いものなのかもしれない。

 それに、一度そう理解すると、心が暖かくなるのを感じる。


「はい。ありがとうございます」


 なので、その気持ちのまま、わたしは棟梁さんにお礼をすると、すぐに屋敷へ帰る事にする。

 心なしか、家に帰るまでの足取りはとても軽く感じた。

(シリアス度等の意味で)前回との落差が凄いですが、フミナのこの世界での生活の基盤がようやく整った感じです。

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