第22話 那月の侍女
その後、わたし達は気を取り直して、屋敷の防護結界を再構築すべく動き出す。
「今日は偶々危うい場面に出くわしたけど、セルフィも慣れてるだろうから、あんな事は早々ないと思うよ」
「そうですね。彼女は同じ様に身寄りのない少女達と共同生活しているそうですし、わたしが今焦っても出来る事はありませんので……、ここも大丈夫です」
とりあえず、まずは二人で屋敷の各所に結界石を設置し直す事から始めた。
元々あったのは一旦取り外し、ダンジョンで入手した結界石に入れ替えていく。
取り外した結界石も再処理すれば使えそうなので、会話をしつつも丁寧に作業を進めていった。
そして、結界石の入れ替えが完了した後に、防護結界の魔法陣を描き直す。
こちらもダンジョンで入手した塗料を使い、以前の防護結界より更に強固になる様に書き足していった。
最後に、わたしが魔力を込めて魔法陣を起動させると、防護結界が正常に作動し始める。
「無事に起動出来ましたね。これで、防犯上の問題は無いかと」
「おお~。ありがとう、フミナ!」
日のあるうちに作業を終えて、まずはほっとする。
ヒナタの【結界】を参考に防護結界を大分強化したけれど、ちゃんと構築して無事に起動まで出来たので、何かあっても一定の安全は保たれるだろう。
作業を終えた後は、二人で夕食を摂ってから、今度はダンジョンで入手したペンダントの魔道具の補修に入る。
「フミナ~、今日はもうお風呂に入って休まない?」
「那月さんは先に休んでいて下さい。わたしは切りの良いところまで進めてしまいますので」
魔道具の補修は中々に地味な作業となり、ダンジョンで得た鉱石の素材を魔道具に掛け合わせ、その都度魔力を注ぐ事で要となる宝石のヒビを埋めていく。
但し、しばらく作業を繰り返しても目に見える程に補修は進まず、相当に根気のいる作業になりそうだった。
那月さんも、最初は興味深そうに覗き込んできたものの、代わり映えのしない状況に飽きてしまったらしい。
それでも、彼女が就寝する頃には目に見えてヒビは薄れていき、それから間もなく修復が完了する。
「やっと終わりました……。念のため、確認しないとですね――[神の天秤]」
魔道具修復の確認のため[神の天秤]にて解析してみると、魔道具から『破損』との情報が消えていて、無事に直った事が確認出来た。
それなりに時間と労力を使っただけに、まずはほっとする。
後は、このペンダントに何の魔法を込めるかだけど――
「……明日にしましょう。流石にもう遅い時間ですし」
一応の腹案はあったのだけれど、眠気で頭も回らなくなりつつあったので、その日はお風呂に入って就寝する事にした。
◆ ◆ ◆
翌日、わたし達は遅めに屋敷を出て、街中を散策していた。
まずは冒険者ギルドに赴き、フォルパスのダンジョンで入手した魔石を売り払う。
売却したのは入手したものの半分程度だけど、徹底的にアンデッドを狩り尽くした事もあるのか、結構な金額になったので驚いた。
光魔法が得意なわたしにとって、都合の良い狩場との認識は間違っていなかったようで、またアンデッドが湧く事があれば狩りに行っても良いのかもしれない。
続いて魔道具屋を訪れ、今回はポーション用の小瓶をまとめて買う事にした。
とある理由から、ポーション作成は後回しにしていたのだけれど、次の冒険時に試してみようと思い、必要な分だけ購入する。
その後、昼食休憩を挟み、今は二人で家具屋に来ていた。
数日前に依頼したベッドの完成予定日になるらしく、それが確認でき次第、屋敷まで運び込んで貰うらしい。
「ちわ~、4日前にお願いしたベッド出来てる?」
「お、勇者の嬢ちゃんか! しっかり出来とるから、付いて来な」
「ありがとう、おじさん。行こ、フミナ!」
そうして店の奥に付いて行くと、普通のベッドが三つ並んでいた。
数が三つなのは、那月さんが『一応来客用に』と一つ増やしたからだけど、その出来栄えを見ると、ベッドも脇に並べられた寝具も特に問題無さそうだ。
「うん、良い感じ。やるじゃん、おじさん!」
「そりゃ、職人の仕事だからな。快適な眠りを保証するぜ!」
那月さんは家具屋のおじさんと意気投合しつつ、早速屋敷に運び込む手続きを進めていた。現代日本と比べると、この辺は大分おおらかなのだろう。
この後、早速荷馬車にベッドと寝具を積み込んで屋敷へと出発する。どうやら、そのまま設置までして貰えるらしい。
それから、荷馬車を先導しつつ屋敷の前まで来ると、そこには長身の女性が一人で佇んでいた。大きな荷物を抱えつつ、誰かを待っている様にも見える。
「どなた……でしょう? 那月さんのお知り合いですか?」
「ん? あ、誰か居るね……って、あれ?」
そう言うと、那月さんは驚き顔になる。
丁度そのタイミングで、女性もこちらに気付いたのか、わたし達の方へ早足で近付いてきた。
「お久しぶりです、ナツキ様。ちょっと時間は掛かりましたけど、ここまで付いてきましたよー」
「モニカ!? どうしてここに?」
「陛下にナツキ様の行き先を教えて頂いて、旅の手配までして頂けましたので……あら?」
どうやら女性――モニカさんは那月さんの知り合いらしく、田舎に隠居した彼女を追ってきたらしい。
癖っ毛のあるストロベリーブロントの長髪と紫水晶の瞳を持つ、優し気な雰囲気の美人で、歳の頃は大学生くらいだろうか。
二人のやり取りを見ていたところ、不意にモニカさんがこちらを振り返ったので、わたしは自己紹介をすべく口を開こうとした。
「わた――、むぎゅ!?」
「可愛いー! ナツキ様、この子は? こんな綺麗な子、いるんですね」
ところがその瞬間、わたしはモニカさんに抱き締められると、そのままもふもふされてしまう。
那月さんにも勝るとも劣らない豊かで柔らかな感触に、わたしは混乱しつつも抜け出そうとするけど、モニカさんの力は予想以上に強く、わたしは中々身動きが取れなかった。
「あー、モニカ。気持ちは分かるけど、落ち着こうよ」
そう那月さんが窘めると、モニカさんの力が緩んだので、わたしは急いで脱出すると、那月さんの影に隠れる。
「ごめんなさい。私、可愛いものに目が無くって。それと初めまして、ナツキ様の侍女をしているモニカです」
モニカさんはそう自己紹介をすると、わたしに対して『隠れてないでおいでー』と手招きしてくる。
但し、その誘いに乗ってしまうと、またもふもふされてしまうのが目に見えていたため、わたしは那月さんの影から警戒しつつ自己紹介する。
「その……初めまして、フミナと申します。那月さんの相棒として、冒険者をしています」
「へー、フミナちゃんって言うんだね。そんな可愛いのに冒険者なの? ナツキ様、どうやってこの子と知り合ったんですか?」
「まあ、それは一旦置いといてさ、とりあえず屋敷に入ろっか。ベッドも運び込まなきゃだしさ」
那月さんがそう言ったので後ろを振り返ると、家具屋のおじさんが困った顔をして立ち止まっているのが目に入る。
なので、わたし達は家具屋のおじさんに謝りつつ、早速屋敷の中にベッドや寝具を運び込んで貰う事にした。




