第21話 異世界の現実
ダンジョンを出ると既に夜だった事もあり、わたし達は野営で一晩を過ごした後に下山する事にした。
安全に野営出来る手段があると、こういう時にとても便利だと思う。
ダンジョンでの疲れもあったのか、その夜は大人しく就寝し、翌朝早くにアルフルスに向けて出発する。
幸い、帰り道もヒナタの【隠密】と【警戒】が効果を発揮し、魔物に襲われる事もなく帰還する事が出来た。
「ようやく着いたね。これで、初めての冒険は完了かな」
「そうですね。でも良かったんですか? わたしが素材を総取りして」
「いいの、いいの。どうせ私じゃ使えないんだし、フミナに有効利用して貰った方が良いって。それに、相棒だし一つ屋根の下で暮らしているしで、巡り巡って私にも恩恵は返ってくるでしょ」
「那月さんが良いのでしたら……」
素材の配分について、わたしは思わずそう言い淀んでしまうけど、那月さんはいつも通りニコニコしている。
事の始まりは、ダンジョンで採れた素材や魔石のお互いの取り分についての相談だった。
しかし、那月さんからは、素材と宝は全てわたしが受け取って、魔石だけを配分し合おうと提案されてしまう。
いくら何でもわたしが取り過ぎだと反論したけれど、結局は那月さんの意見の方が通る事になった。
理由の一つは、那月さんの言葉通り、わたしなら素材を生かす事が出来るから、下手に売却するよりも得だという事が挙げられる。
そして、もう一つの理由について、那月さんは何度目かになる説明を始めた。
「そもそも、今回はほとんどフミナ一人で攻略した様なものじゃない? 私が必要以上に受け取ったら寄生になっちゃうよ」
「そういうものですか?」
「そういうもの。同じパーティーであっても、主張するところは主張して、成果に応じた取り分は確保しないと」
那月さんの言い分は、日本の特に学校生活ではあまり縁が無いものだけど、この世界では小さい頃から当たり前のように学ぶものらしい。
確かに、危険度という意味では段違いの世界なので、良くも悪くも弱肉強食という傾向は強い様だった。
そうやって、那月さんと冒険を振り返りながら街の南門を通り過ぎると、不意に少女の悲鳴が聞こえてきた。
咄嗟にその方向を振り向くと、大人の男が小柄な少女に対して、無理矢理迫っているのが目に入った。
あれは……、セルフィ!?
そう気付くや否や、わたしは思わず飛び出す。
「やめて、下さい! もう案内は終わりました!」
「んだと!? こっからが本番だろ! オレ様が良い思いをするまでは付き合って貰うぜ」
「そんなの……知りませ……、――っ!」
「良いじゃねえか、一緒に楽しもうぜ。こういう仕事には付きものだろう?」
「誰か……、助けて……」
暴漢はナイフを突き付けて、セルフィを無理矢理連れて行こうとする。
かなり強引な誘拐方法だけど、人気のない路地裏という事もあって、この様な凶行に及んだのかもしれない。
事実として、セルフィは悲鳴を上げたものの、助けが入る気配は無かった。
それを見て、わたしは走りながら、暴漢のナイフを目掛けて[氷結]を放つ。
右手ごと凍り付いて悲鳴を上げる暴漢に対し、わたしはセルフィを掴んでいる左手を後ろから捩り上げ、暴漢がセルフィを手放した瞬間に思い切り投げ飛ばした。
【体術 LV3】から繰り出された投げは想定以上の威力を発揮し、一撃で暴漢の意識を刈り取る。
暴漢が沈黙したのを見て、わたしはセルフィに手を差し伸べた。
「怖かったね、大丈夫だった?」
「フミナ……さん?」
まさかの再会に、セルフィはわたしを呆然と見上げ、その際に彼女が堪えていただろう涙が一滴流れる。
そのタイミングで、那月さんもこの場に追い付いてきた。
「フミナ早過ぎ……って、セルフィ? それと人が倒れてる?」
「ソイツが暴漢です。一応、投げ飛ばしておきました。……セルフィとはお知り合いですか?」
「うん。この街に来た時に、色々と教えて貰ったし。それはそうと、コイツはとりあえず縛っておくね」
そう言って、那月さんは暴漢の処理に入ったので、わたしは改めてセルフィへと向き合う。
「怪我はない? もう大丈夫だからね」
「……はい、大丈夫です。ありがとうございます、フミナさん」
セルフィはそう言うと、わたしの手を取って、気丈にも立ち上がる。
だけど、その手はまだ震えており、彼女が受けた恐怖が相当なものであった事を伺わせた。
「終わったよ、フミナ。それとセルフィ、大丈夫?」
「ナツキ様も、ありがとうございます。お二人はお知り合いだったんですね」
「頼りになる相棒だよ! それはそうと、あまり無理しちゃ駄目だからね」
「はい。気を付けていたのですが、路地裏に誘導されてしまいまして……、反省しています」
そう言うと、セルフィは痛々しい笑顔を見せる。
それを見て、思わず手を伸ばしそうになったわたしに気が付いたのか、那月さんはわたしの肩に手を置くと、振り返ったわたしに対して首を横に振る。
「ナツキ様もフミナさんもありがとうございました。私が返せるものは多くはありませんが、何かありましたらお声がけ下さい」
「りょーかい、セルフィも気を付けて」
気が付けば、その様なやり取りを経てセルフィは走り去り、その場にはわたし達と気絶した暴漢だけが残された。
◆ ◆ ◆
その後、わたし達は争い事を聞きつけた衛兵に暴漢を引き渡して帰路についた。
衛兵とのやり取りは主に那月さんが対応したのだけれど、〈勇者〉の肩書は絶大なのか、わたし達は特に疑われる事もなかった。
やがて屋敷に到着し、一息ついた頃合いを見て、わたしは那月さんに疑問をぶつけた。
「一つ聞かせて下さい。どうして、あの時止めたんですか?」
「セルフィの事で合ってる? ならさ、フミナはどうしたかったの?」
「それは……」
那月さんに逆に質問を返されて、わたしは思わず口ごもる。
確かに、あの場で手を差し伸べたとしても、わたしに出来る事は無かったろう。
「責めてる訳じゃないよ。多分、日本ならそれが正しいんだと思う。だけど、ここはそうじゃない」
「……そして、わたしも自分自身が生きるので手一杯だから、ですね」
「それも理由の一つ。それにさ、セルフィ一人を助けて終わりなら、何とかなるかもしれない。でも、多分そうはならない」
「どういう事ですか?」
「もし、同じ様な子を見掛けた時、次はどうする? 見捨てる選択が出来る?」
「――――――」
「付け加えると、幼くても彼女は自分自身の力で生きていける。なら、一人で生きていけない子を見掛けてしまったなら、どうかな?」
那月さんの問い掛けに対し、わたしは言葉を失い、答える事ができない。
日本と違い、危険で厳しい世界と感じていたにも関わらず、まだまだ自分の考えが甘かった事に気付かされ、ただ呆然とするしかなかった。
「フミナはね、優し過ぎるんだと思う。それは私も好ましいと思うけど、自分の力以上に抱え込もうとしたら、フミナが潰れちゃうよ。そうなってしまったら、みんな不幸になっちゃう」
「そう……ですね……」
「だからね、まずは自分の気持ちに折り合いを付ける事。私達はさ、自分の手の届くところまでしか、何かを成す事は出来ないんだから」
那月さんの指摘を、わたしは黙って聞いていた。
それは、その内容の正しさだけでなく、わたし自身が気付いていなかった事に気付かされたからでもあった。
わたしは心の何処かで、この世界をゲームの様に考えていた節があった。
だからこそ魔法にもすぐに順応出来たし、ここまでも冷静に指針を進められた面があったと思う。
実際、『攻略対象』という考え方もその最たるものだったろう。
だけど、ここもまた現実であり、決してゲームの中の世界じゃない。
だから、セルフィは幼くても危険な目にあったし、それを救うのも容易ではないだろう。
それに、仮にセルフィを救えたとしても、更に次があるとしたら――
那月さんの言う通り、自分はどうしたいのか、その答えを出さないといけないと感じていた。




